中小企業は、大企業と比べて採用が難しく、また、新入社員も辞めやすいという特徴があります。採用が難しいからこそ、定着率を上げる取り組みをしないと、中小企業における人員確保はなかなかうまくいきません。
近年では、転職が一般化したことで、人材の流動化が進み、従来と比べて人を定着させることが難しくなっています。定着率を上げる方法には、インナーブランディングやミッション・ビジョンの明確化によるエンゲージメント向上、あるいは、定着しやすい人材の採用などがあります。
記事では、中小企業も実践できる人材定着率を上げる手法を解説します。
<目次>
定着率とは?
まず「定着率」は、社員が一定期間にどれくらい在籍していたか(離職していないか)を示す数値です。定着率は、「1-離職率」で計算されることが多いでしょう。
まず、離職率の計算は、一定期間に退職した人数を、起算日に在籍していた人数で割る方法が一般的です。離職率の計算で使う一定期間は、企業によって幅がありますが、一般的には、たとえば、年度、また、新人の入社1年間・3年間でといった期間で計算することが多いでしょう。
定着率は、離職率を1から引けば求めることができます。自社の定着率に関する分析をしたい場合は、まずは離職率の計算方法を使って具体的な数字を出してみるとよいでしょう。
- Ex)
- 期首に100人いて、その1年で10人が退職した ⇒ 離職率10%、定着率90%
- 入社時点で10人いた新卒が3年後には7人になっている ⇒ 離職率30%、定着率70%
なお、上記を見れば分かる通り、定着率を社外のデータなどと比べる際には、どんな期間や分母で計算している値かをしっかり確認することが必要です。
入社後すぐの早期離職はギャップの解消が重要
定着率の向上を考えるうえで、新人が入社して1年以内で離職する早期離職が多い場合は、入社前と入社後のギャップが大きな可能性が高いでしょう。
早期離職の問題を解消するには、リアリスティックジョブプレビュー(RJP)と呼ばれる考え方を採用に取り入れてギャップを解消する、また、そのうえでオンボーディングと呼ばれる受け入れ態勢の整備施策を取り入れましょう。
まずリアリスティックジョブプレビューとは、「現実的な仕事情報」を事前開示することで、入社後のミスマッチを防ぐ方法です。
採用活動において、自社が求める人材を採用するために、選考時に都合の良い情報だけを公開して、仕事のきつい部分や組織の整っていない部分などを隠すと、ギャップによる早期離職が起きやすくなります。
リアリスティックジョブプレビューでは、以下のような施策を通して入社前後のギャップを解消していきます。
- 選考プロセスにおける情報提供の徹底
- 入社前の職場見学やインターン実施
- 入社後の人間関係の想起、上司となる人物との顔合わせ
など
なお、入社前後のギャップ、早期離職をなくすうえで、待遇面(給与や休日、福利厚生など)におけるギャップがないことは大前提です。注意してください。
また、オンボーディングとは、新人が組織に馴染んで活躍できるようにする受け入れプロセスです。
ビジネスマナーや商材研修のインプットだけでなく、「組織に馴染む(組織社会化)」という視点で、組織にミッションやビジョン、価値観や風土の背景となる沿革、組織構造、バリューや意思決定プロセス、価値観などの暗黙知などを共有していくことが大切です。
オンボーディングについては、以下の記事で詳しく解説しています。早期離職の要因となる受け入れ態勢の改善に興味があれば、ぜひご覧ください。
定着率アップの施策に役立つ「動機づけ・衛生理論」
定着率アップは、さまざまな施策を組み合わせることで実現します。施策の土台として知っておくと役立つのが、アメリカの臨床心理学者・フレデリック・ハーズバーグが提唱した「動機づけ・衛生理論」という考え方です。
「動機づけ・衛生理論」とは?
「動機づけ・衛生理論」とは、人のモチベーションに関する有名な理論です。「動機づけ・衛生理論」は、人のモチベーションを左右する要因は大きく2つに分類できるという考え方です。
2つのうち、1つめは、衛生要因です。給与や福利厚生といった衛生要因の不足は社員の大きな不満を招きます。したがって、メンバーのモチベーションを高めるうえでは、衛生要因を満たすことが必須です。
ただし、衛生要因を満たしても、極端にいえば「不満がなくなる」だけで、モチベーションが高くなるわけではありません。衛生要因を多少高いレベルに改善していっても、企業が期待するレベルまでモチベーションは向上させられません。
衛生要因と対になる2つめの要因が、動機づけ要因です。動機づけ要因は、やりがいや成長、仕事の意義といったものであり、増えれば増えるほど、モチベーションが高まる要因です。したがって、衛生要因を満たしたうえで大切になるのが、動機づけ要因です。
社員の定着やモチベートを考えるうえでは、「衛生要因の不足がないか?」「動機づけ要因を増やせないか?」という視点で見ると考えやすいでしょう。
衛生要因に関する施策
以下のような衛生要因への不満足が多いと、仕事のモチベーション低下や大きなエンゲージメント低下、離職などが生じやすくなります。よって、メンバーの定着率アップを目指す場合は、まず衛生要因の不満・不備がないかを調べ、改善できることを見つけていくことが大切です。
- 給料
- 福利厚生
- 労働条件
- 働き方の多様性
- 対人関係
など
動機づけに関する施策
動機づけ要因は、施策を進めることで仕事へのモチベーションや満足度が上がるものです。具体的には、以下のような施策が該当します。
- 仕事の意義・目的の浸透
- 成長機会の提供
- 承認のしかけ
- 適度な責任
- やりがいが感じられる仕組み など
ちなみに、ハーズバーグの「動機づけ・衛生理論」は、以下のようにマズローの5段階説に当てはめて説明することも可能です。衛生要因は、マズローの5段階説の以下の欲求に該当します。
- 生理的欲求
- 安全欲求
- 親和欲求の一部
- 親和欲求の一部
- 承認欲求
- 自己実現欲求
マズローの5段階欲求説は「下位の欲求が満たされないと、上位の欲求は生じてこない」というのがポイントになります。つまり、衛生要因と同じように、下位の欲求から順番に「組織内でキチンと満たされているか?」を確認して、徐々に上位の欲求を満たすように施策をしていくのがポイントです。
エンゲージメントをいかに高めるか?
社員の定着率に関わる概念として、エンゲージメントという概念があります。エンゲージメントは、組織に対する愛着や結びつきの強さを示す概念です。
高いエンゲージメントが定着率を向上させる
社員のエンゲージメントの高さは、定着率と相関します。「エンゲージメントが高い」とは、待遇面などへの満足だけでなく、企業の掲げるミッションやビジョンに共感している状態であり、前述した衛生要因と動機づけ要因、双方が満たされている状態です。
エンゲージメントが高ければ、業績悪化などのトラブルが起きても、すぐに離職を考えるのではなく、「自分にできることは何か?」を考えて動くようになります。
エンゲージメントを高めるインナーブランディング
エンゲージメントを高めるための取り組みとして有効なのが、インナーブランディングです。言葉のとおり、内部のブランディングということで、「社員から見た自社」のブランドイメージを強化する考え方です。
具体的には、クレド、顧客の声、ストーリー、また、社員の情報などを社内に継続的に発信していき、自社や事業への誇り、顧客への貢献実感、社員の相互理解などを醸成することがポイントです。
一貫したミッション・ビジョン・バリューの重要性
定着率の向上やインナーブランディングを考えるうえでは、ミッション・ビジョン・バリュー(以下、MVV)の浸透も大切です。MVVを掲げているという企業は多いかもしれません。しかし、MVVは浸透していなければ意味がありません。
たとえば、
- 継続的、日常的に社員に提示しているかどうか?
- 社員がMVVを自分事にする、自分の仕事を紐づけて考える機会はあるか?
- 経営陣や管理職が実際の意思決定や行動で示せているかどうか?
- 社員はMVVが自分の判断基準になっていると思っているか?
- 社員はこの組織はMVVに基づいて動いていると感じているか?
といったことは実現しているでしょうか。MVVの浸透には、ミーティングや朝礼時など日常的に提示して議論のテーマとし続けたり、経営陣や管理職が自らの意思決定や行動を通じて示したりしていくことが何より大切です。
採用時点で定着率の高い人材を見極めるには?
定着率をアップさせるには、採用時に定着しやすい人材を見極める、逆にいうと「自社に定着しない人材を見抜く」という視点も必要です。
スキルや経験、実績だけでは判断できない
まず、求職者が保有しているスキルや経験、実績は、定着のしやすさとあまり関係がありません。中途のキャリア採用の場合、即戦力を期待してスキルや経験を重視してしまいがちですが、スキルや能力だけでは自社との相性は判断しにくいのが一般的です。
社風との相性や価値観など内面的要素の見極めが必要
人材の定着には、社風や文化、価値観との相性といった内面的要素が大きく関係してきます。定着率を高める採用という視点では、スキルや経験以上に、内面的要素と価値観との一致(カルチャーフィット)の視点が重要になります。
適性検査や構造化面接の導入が効果的
一方で、内面的要素の見極めは簡単ではありません。たとえば、相手の価値観などは、書類を見ても分かりません。
また、面接で掘り下げるにしても、一般的な質問(例:強みや弱みはなんですか? など)では、事前に対策されたであろう回答が返ってくるだけで、本当の部分は見えてこないでしょう。
定着率アップにつながる採用活動をする場合、見極め精度の高い手法である構造化面接や適性検査を活用するのがおすすめです。
まとめ
入社後すぐの早期離職が多い場合は、入社前後のギャップが大きいことが原因で定着率が悪くなっていることが考えられます。離職が多い場合は、ギャップを減らすためのリアリスティックジョブプレビュー、また、受け入れ体制を整えるオンボーディングを取り入れることがおすすめです。
また、中長期的には社員エンゲージメントを高める取り組みを行なうことが定着率を上げるための基本になります。採用時には、自社の社風や仕事のスタイルなどと求職者の価値観やコンピテンシーが一致するか、カルチャーフィットの視点を取り入れることも大切です。
定着率の改善は、採用や育成費用の削減、人材育成の円滑化などにつながります。記事の内容も参考に、ぜひ定着率の改善に取り組んでください。