
『人を動かす』などのベストセラーで知られるデール・カーネギー。その教えやカーネギー自身がもつ教育現場での経験をもとにした研修プログラム「デール・カーネギー・トレーニング」を提供しているのが、デールカーネギー・アソシエイツ社です。同社のプログラムは現在、FORTUNE500(アメリカの売上トップ500社)の90%以上に導入されています。
100年以上の時を超えてなおビジネスの現場で機能するカーネギーの教えは、現代においてどのような価値を与えているのでしょうか。アメリカの人事トレンドを交えながら、同社CEO のジョー・ハート氏に、HRドクターを運営する株式会社ジェイック 執行役員 竹田が、お話を伺いました(以下敬称略)。
<目次>
アフターコロナにおけるアメリカの人事トレンド
厳しい労働市場のなかで、ピープルマネジメントへの取り組みが不可欠に
竹田最近のアメリカ企業のピープルマネジメントにおいて、関心の高い課題は何でしょうか。加えて、マネジメントにおける課題もお聞かせいただけますか。
ハートコロナ禍を経て、ビジネスパーソンの働き方は大きく変わりました。現状はリモートで働く人と出社する人、そしてリモートと出社を組み合わせて働くハイブリッド型の人がおり、働き方が多様化している状態です。
ハイブリッド型の働き方が広がるなかでは、従業員のパフォーマンスを高めるような企業のカルチャーをどのように築くのかが課題となっています。また、AIが人の働き方に関わってくるようになったため、AIをどう活用するのかも人々の関心を集めています。
加えて、従業員とのコミュニケーションも重要な課題のひとつです。こうした変化を良いと思う人もいれば、懸念を持つ人もいます。さまざまな考えや思いを持つ従業員に対して、どのように対応していくのかが大事です。
特にコロナ禍以降は、Z世代やミレニアム世代、X世代など、世代ごとの価値観の違いがより明確になったと感じます。世代間のコミュニケーションをどう図り、マネジメントするのかも重要な課題のひとつでしょう。
アメリカの労働市場は競争が激しいので、企業は優秀な人材を集めて自社に留め、能力をさらに開発していこうとしています。その流れもあり、若い人が早く昇進することも多くなりました。その一方で、若い世代がリーダーになる準備ができていないことも散見されるので、どのように準備をしてリーダーを育成していくのかが労働市場全体の課題です。

竹田今はパラダイムシフトのタイミングだと感じています。従来から年功序列型だった日本でもジョブ型に大きく転換しつつあり、若い人に機会が巡ってくるようになっています。
一方で、ベテラン層ではリスキリングがテーマになっています。アメリカの状況はいかがでしょうか。
ハートスキルを増やすことはどの世代にも必要です。これまではおおまかなキャリアパスが予測できていたと思いますが、現在はなかなか予測できません。
だからこそ評価方法が成果型に移行してきており、アメリカでも「成果を出さないと昇進できない」というクリアなやり方に移ってきています。ベテラン層もスキルを高めていくことが必要ですね。
「静かな退職」「力を持った従業員」ワーカーはどんな企業で働きたいのか?
竹田日本では心理的安全性や「静かな退職」、ジョブ型などの概念、制度が人事分野のトレンドとなっています。アメリカではどのようなトレンドが見られますか。

ハート心理的安全性の確保はもちろん、静かな退職(Quiet Quiting)」はアメリカでもトレンド化しています。日本と同様にパラダイムシフトが起きていて、従業員から求められることが変わってきました。
従業員のなかには、プライベートと仕事のバランスや柔軟性のある働き方を求める人など、さまざまな考えやニーズがあります。
最近よく聞くのが“Empowered Employee(力を持った従業員)”です。企業間の人材獲得競争が激しくなって、従業員が転職しやすくなった背景もあり、雇用主と従業員とのパワーバランスが変わってきているのを感じます。
こうした変化を受け、企業の経営陣には「従業員を企業にどう繋ぎ止めるか?」というプレッシャーがかかっています。加えて、企業のカルチャーを築きつつ、従業員に成果を上げてもらうこと、両者のバランスを取ることも課題です。
先日デールカーネギー社では、従業員に対して「どんな企業で働きたいか」という調査を行いました。その結果では、主に3つの要素があることがわかっています。
1つ目は「自信」。「このリーダーは自分を良い方向に連れていってくれるはずだ」と、リーダーに自信が持てるかです。「組織が自分の役割や居場所を作ってくれる」という自信を持てることも含まれます。
2つ目は「安心」。自分の意見を述べることができ、聞き入れられる安心感があるかということです。企業を「安全な場所」だと感じて発言できるか、自分のアイデアを企業に発信しようと思えるかが大事になります。
3つ目は「希望」。「企業が自分にコミットしてくれる」「自分に投資してくれる」という希望を持てるかです。投資という側面では、研修を受講できることもその一部だといえます。
パラダイムシフトのなかで求められる「リーダーシップ」
竹田従業員のなかには変革によって失われるものは想像できるものの、新しく獲得できるものを想像するのが難しい人もいます。
そのため変革を恐れるのかもしれません。だからこそ「希望」は、パラダイムシフトにおける重要なキーワードだと感じました。
ハート現在の不確定で不透明な時代だからこそ、以前よりも強くて透明性のあるリーダーシップが求められています。また、リーダーが周囲にインスピレーションを与えられるかどうかも重要なポイントです。
そのインスピレーションがチームに自信を与え、チーム全体に回復力や機敏性、恐れない心が派生することにもつながるからです。しかしすばらしいリーダーがいても、周りの環境次第ではそのリーダーシップが十分に発揮されないかもしれません。リーダーシップが発揮されるような組織編成や環境作りにも気を配るとよいでしょう。
リーダーはその企業の社風、トーンを決める人です。企業としては、どんな人を育てていきたいのか、意図のあるメッセージを発信しなくてはいけません。加えて、社風に合った働きやパフォーマンスがあれば賞賛するべきです。
もし行動して失敗したとしても、叱責するのではなく「何を学んだのか」を確認することも必要ですね。大企業になればなるほど、ポジティブな社風や目標を決めていることが多いのですが、なかなか浸透していない現状もあります。一部の従業員だけでなく、企業全体にどう展開して浸透させていくのかを考えるとよいですね。
そのためには、従業員とのエンゲージメントも大事になってきます。以前はほぼ全員が出社していたので、従業員とのエンゲージメントもしやすく、カルチャーも浸透させやすかったのです。しかしコロナ禍でリモートワークが普及したため、組織におけるカルチャーの浸透という側面では、より複雑性が増していると思います。

現代に生きるカーネギーの教え
100年前の教えが今も活用される理由
竹田ギャラップ社の調査によると、エンゲージメントしている(熱意を持って働いている)日本の従業員は5%しかおらず、世界145カ国中最下位でした。この従業員のエンゲージメント向上に寄与するのがカーネギーの教えですが、なぜ彼の思想や手法が現代に機能するのか教えていただけますか。
ハート「カーネギーが100年前に提唱したことが、なぜ今も有効なのか?」という質問をよく受けます。その答えは、社会や技術が時を経て移り変わっても、人間自体はさほど変わっていないからです。
人は誰しも、自分に価値があると信じたいですし、自分の存在を認めてもらいたい、自分の存在をありがたく思ってほしい、といった欲求を持っています。こうした欲求は、ともすれば昔よりも今のほうが強まっているかもしれません。また現代において、人間関係はより重要視されるようになったと考えています。
カーネギーは生粋のイノベーターで、人や人間関係をよく理解した上で、さまざまなプリンシパル(理念)を築いてきました。仕事や社会はどれも人と人が織りなしていて、人間関係が根底にあるからこそ、カーネギーの教えが今も有効に機能しているのではないでしょうか。
カーネギーの理念は112年の歴史があり、「デール・カーネギー・トレーニング」は84の国と地域で大企業から中堅・中小企業に取り入れられています。さまざまな国での取り組みや成果を見るなかで、カーネギーの理念は人間関係の構築やチームビルディングなどの観点で、多くの人たちに影響を与えていることを実感しています。

竹田カーネギーの教えはリモート環境下の人々にも対応できるのでしょうか。
ハート対応できます。人が人に影響を与えるということ自体は、リモートであれ対面であれ変わらないからです。リモート環境下でも人間関係をうまく構築するポイントは、恣意的に行うこと、つまり目的を持って行動することです。
具体的には、その従業員のために時間を確保して話したり、その人への思いやりや共感を見せたりすることが大事だと思います。
“People dont care what you know until thay know that you care.(人はその人が自分を思ってくれているとわかるまでは、その人が何を考えているのかを知りたいとは思わない)”という有名な言葉があります。意図を持ってアプローチすることの大切さをよく表現している言葉です。
日本企業やFORTUNE500社におけるトレーニングの成果
竹田「相手の関心に関心をもつ」ということですね。自分に関心を持っている相手に親近感をもつのは万国共通だとわかりました。ということは、デールカーネギーのトレーニングは日本企業においても有効でしょうか。
ハートもちろん日本でも有効です。先日ジェイック社が企画してくれたイベントでは、トレーニングを受けた企業の方々から、たくさんの感謝の言葉をいただきました。
デール・カーネギーやその教えがいかに多大な影響をもたらしたのか、ということも多くの方から聞くことができ、日本でこのトレーニングが効果を上げていること、そして今後も有効であり続けることを改めて実感しています。
竹田アメリカでは、FORTUNE500社(アメリカの売上トップ500社)のうちの90%が「デール・カーネギー・トレーニング」を取り入れています。どんな企業でどのような成果が出ているのかお聞かせください。

ハート例はいくらでも挙げられますよ。例えば、2023年秋にベトナムで開催されたイベントを訪問した際には、PUMA台湾社のCEOから、「デール・カーネギー・トレーニング」がその社風に大きな影響を与え、従業員がお客様中心の考え方になるという大きな変化が見られた、と感謝されました。
また、15,000人以上の従業員を擁するABB社では、女性のリーダーシップを開発するコースを開講し、受講した従業員に変化があったとの言葉をいただきました。
「デール・カーネギー・トレーニング」は大企業から中堅・中小企業まで幅広く取り入れられており、受講する企業の規模に関係なく成果が上がっています。
弁護士からの転身。その“Defining Moment”とは
竹田最後に、ハートさん自身のこともお聞かせください。ハートさんは弁護士として成功していたにも関わらず、デールカーネギー・アソシエイツ社のCEOに就任しています。このキャリアの“Defining Moment(決定づけた瞬間)”はどのようなときだったのでしょうか。
ハート私は弁護士として邁進していましたが、そのキャリアを見つめなおすなかでデール・カーネギーのトレーニングに出会い、大きな影響を受けました。
そのトレーニングが、弁護士として、また夫や父として、世の中に対する全ての見方を変え、私を人として成長させてくれたのです。だからキャリアだけでなく、私の人生そのものを変えてくれたと思っています。
これをきっかけに弁護士を辞め、eラーニングの企業を始めて、デールカーネギーのeラーニングシステムを提供しました。その後もまた違う企業を立ち上げ、10年ほど働きましたね。
そして、忘れもしない2014年12月。雪が降っていた寒い日に、デールカーネギー・アソシエイツ社から一本の電話がかかってきました。「CEOの席が空く。トライしてみないか?」と。
私は子どもや住まい、仕事のことを含めて妻に相談しました。その時に妻が“I’m all in.”つまり「100%サポートする」と言ってくれたのです。この瞬間が私の“Defining Moment”でしたね。その後、長い選考プロセスを経て、2015年にCEOに任命されました。
デール・カーネギーのプログラムは私や私の家族に多大な影響を与え、私のキャリアを加速させてくれたと思います。人生のさまざまな局面でデール・カーネギーの教えが活用できましたし、あらゆるシーンで私を助けてくれました。
だから私は第一人者として、この体験を伝えていきたいのです。「デール・カーネギー・トレーニング」にアクセスしてもらい、多くの人を助け、皆の人生と家族を豊かにしたいと思ったからこそ、私は今CEO職に就いています。

竹田もしカーネギーさんにお会いしたら、何と伝えたいですか。
ハート一言「ありがとう」と伝えたいです。私だけではなく何千人何万人もの人に、すばらしいギフトをくれましたから。
竹田本日は貴重なお話をいただき、ありがとうございました!

CEO

執行役員
 
 






 
  
  
 