議論を避ける|デール・カーネギー『人を動かす』

議論を避ける|デール・カーネギー『人を動かす』

私たち、一人ひとり違った考え方や価値観を持って生きています。ビジネスシーン等であれば、立場や役割に応じて異なる利害を持っていることも多いでしょう。このように違った考え方や価値観、立場が様々な人間関係の中で仕事や取引するうえでは、関係者同士で議論して決着をつける、結論を出す必要があることが多々あります。

 

コミュニケーションとリーダーシップに関する名著『人を動かす』の著者であるデール・カーネギーは、「議論に勝つことは不可能だ。もし負ければ負けたのだし、たとえ勝ったにしても、やはり負けているのだ。なぜかと言えば 仮に相手を徹底的にやっつけたとして、その結果はどうなる? やっつけたほうは大いに気をよくするだろうが、やっつけられたほうは劣等感を持ち、自尊心を傷つけられ、憤慨するだろう。」と書き、相手との継続的な人間関係、相手の心を動かすという視点では、議論に勝つことは不可能だと言っています。

 

カーネギーは、『人を動かす』の中で議論に勝つ唯一の方法は「議論を避ける」ことだと言います。

 

一種の禅問答のようにも聞こえるかもしれません。しかし、私たちにとって、仕事やプライベートで良好な人間関係を維持し、さらに相手に対する影響力を発揮する上で、カーネギーの言葉は、非常に蘊蓄に富んだ意味合いを持っています。本記事では、デール・カーネギーの著書『人を動かす』より、「人を説得する12原則」のひとつ「議論を避ける」を解説します。

 

なお、本原則は書籍では「議論を避ける」ですが、デール・カーネギー研修の受講者に配られるゴールデンブックでは「議論に勝つ唯一の方法として議論を避ける」と表記されています。記事内では、よりシンプルに表現された書籍の表記に合わせて解説します。

 

<目次>

「議論を避ける」の詳細と実践

「議論を避ける」の原則を解説します。

 

「議論に勝つ」ことは不可能である

『人を動かす』で述べられているカーネギーの結論は、「議論に勝つことはできない」ということです。しかし、ビジネスや日常生活の議論では、議論が決着しないこともありますが、議論して勝ち負けが決まることも少なくありません。

 

では、カーネギーは何をもって「議論に勝てない」と言っているのでしょうか。

 

冒頭でも紹介した通り。『人を動かす』の中で、カーネギーは以下のように述べています。

「議論に勝つことは不可能だ。もし負ければ負けたのだし、たとえ勝ったにしても、やはり負けているのだ。なぜかと言えば - 仮に相手を徹底的にやっつけたとして、その結果はどうなる? - やっつけたほうは大いに気をよくするだろうが、やっつけられたほうは劣等感を持ち、自尊心を傷つけられ、憤慨するだろう。」
(デール・カーネギー『人を動かす』より引用)

つまりカーネギーは、「議論に勝つ」ことはできても、「人を動かす」という目的から考えると、たとえ議論に勝ったとしても目的は達成できない、結果的に負けるのと同じことだと言っているのです。

 

自分自身の経験を思い出してみても、「議論には勝ったけど、結局相手が動かなかった」、逆に「議論でやりこめられて非常にムカついたので、相手の言うことに従うもんか!」といった経験は誰もが持っているのではないでしょうか。

 

議論に負けても、その人の意見は変わらない

カーネギーは『人を動かす』の中で、「議論に負けても、その人の意見は変わらない」ということを繰り返し述べています。

 

私達人間は、論理よりも感情で動く生き物です。だからこそ、議論という論理の世界で勝敗を決めたとしても、相手のことが感情的に気に入らなければ、従わないといった話は多々起こります。マーケティングの世界では、「人は感情で意思決定して、論理で理由をつける」といわれます。論理を基に相手を打ち負かしても、相手の感情を損ねてしまうと、多くの場合、相手の意見・行動は変わらないのです。

 

議論に勝つ最善にして唯一の方法

カーネギーは議論に勝つ最善にして唯一の方法は、「議論を避けることだ」と言い切っています。議論に勝つ方法が議論を避けることであるというのは、まるで禅問答のよう思えます。

もちろん、実際の場面では、思考を深める、適切な解決策や施策を見出す、重要な決断をするために、議論することが不可欠なことも多いでしょう。

 

カーネギーがいう「議論を避ける」とは、議論を一切しない、議論を拒否するということではありません。相手を打ち負かす、徹底的にやりこめる、といった議論を避けるということです。

 

正面から議論で相手を論破して、一方が勝者、もう一方が敗者になれば、負けた方には感情的なしこりが生じ、相手を動かすという目的からは大きく遠ざかってしまいます。

 

人を動かすためには、「議論で勝ち負けを決める」ではなく、「異なる視点、異なる意見を持ち寄ることで、よい解決策を共同で生み出す」という意識が大切です。
共通のゴールを確認する、相手の言い分を認める、ポジティブなフィードバックを与える、相手の意見を取り込んで新たな提案をするといった形で議論に臨みましょう。

 

『人を動かす』では、『片々録』という本からの引用で「議論を避ける方法」が書かれているので、以下に紹介します。

 

少し硬い表現もありますが、非常に実践の参考となる言葉たちです。

  • 意見の不一致を歓迎せよ
  • 最初に頭をもたげる自己防衛本能に押し流されてはならない
  • 腹を立ててはいけない
  • まず相手の言葉に耳を傾けよ
  • 意見が一致する点を探せ
  • 率直であれ
  • 相手の意見をよく考えてみる約束をし、その約束を実行せよ
  • 相手が反対するのは関心があるからで、大いに感謝すべきだ
  • 早まった行動を避け、双方がじっくり考え直す時間を置け

 

『人を動かす』とデール・カーネギー

「議論を避ける」の原則を唱えたデール・カーネギー(1888年生)は、自己啓発やコミュニケーションの分野で成功した講演者・作家で、代表作『人を動かす』の著者です。貧しい家庭に生まれた彼は、教師を目指して大学を卒業後、販売職などを経験しましたが長続きせず、YMCAの話し方講座で転機を迎えます。講師として人気を博し、独立後に数多くのトレーニングプログラムを開発しました。1936年に出版した『人を動かす』は、良好な人間関係を築き、人を動かすための実践的ノウハウを実例と共にわかりやすく解説したもので、1500万部を超える世界的ベストセラーとなっています。

 

書籍『人を動かす』の内容とデール・カーネギーをもっと詳しく知りたい方は、以下の記事で紹介していますのでご覧ください。

 

 

「人を説得する12原則」とは

『人を動かす』は、「人を動かす三原則」「人に好かれる六原則」「人を説得する十二原則」「人を変える九原則」の4パートから構成されており、全部で30の原則が紹介されています。本記事で解説した「議論を避ける」は、上記の中の「人を説得する12原則」のひとつめとなる原則です。以下で「人を説得する12原則」の一覧を簡単に紹介します。

 

1.議論を避ける

詳細は冒頭で解説しましたが、カーネギーは、相手との人間関係を良好に保ち、人を心から動かすという意味において、議論に勝つことは不可能であり、唯一の道は議論を避けることだと説いています。正面から相手を論破して負かしたとしても、負けた側の自尊心は傷つき、相手の意見や主張は変わらないことが多いということです。人を動かすには、「議論で勝ち負けを競う」のではなく、「異なる視点や意見を共有し、協力して最善の解決策を見つける」という意識が重要です。

 

2.誤りを指摘しない

人は自分の判断を正しいと思いたいものです。そのため、誤りを指摘されると自分を否定されたように感じます。相手のミスを正す際は直接的に指摘するのではなく、気づけるように誘導することが効果的です。

 

 

3.誤りを認める

自分の間違いに気づいたときは、素早く認めて謝罪することが大切です。自ら認めることで、相手の感情が和らぎ、寛容な対応を引き出せます。カーネギーは、指摘される前に自分の落ち度を認めるべきだとしています。

 

 

4.穏やかに話す

説得する際に、イライラしたり攻撃的な態度を取ると逆効果です。たとえ苦手な相手でも、穏やかで柔らかな態度で接することが重要です。相手を尊重する姿勢が、良い結果につながります。

 

 

5.”イエス”と答えられる問題を選ぶ

会話の冒頭で意見が対立する話題を持ち出すと、相手に敵対心を抱かれやすくなります。まずは相手と意見が一致するテーマから話を始めることで、スムーズな対話が可能になります。

 

 

6.しゃべらせる

相手を説得するには、まず相手に自由に話してもらうことが大切です。自分の意見を伝えるよりも、相手が十分に話した後で意見を述べる方が効果的です。

 

 

7.思いつかせる

人は、他人に言われた意見より、自分の意見を大切にする傾向があります。だからこそ、相手に何かして欲しい時は、相手が自分自身で思いつくように誘導することが有効です。

 

 

8.人の身になる

相手の考えや行動には理由があります。それを理解するために、「自分が相手の立場ならどうするか」を考える姿勢が大切です。相手の背景を知ることで、より良い関係を築けます。

 

 

9.同情を寄せる

人は共感されることが好きです。相手の立場や感情に寄り添い、その理解を言葉できちんと伝えることで、相手からの信頼を得ることができます。

 

 

10.美しい心情に呼びかける

人は誰しも理想主義的な側面、自分自身を高潔で立派な人物であると思いたい側面を持っています。相手の理想主義的な側面、良心や人情、道徳心や大義に訴えかける伝え方・物言いが、時に大きな効果を発揮します。

 

 

11.演出を考える

事実をそのまま伝えるだけでなく、伝え方や演出を工夫することで、相手の感情を動かしやすくなります。どのように見せるかを意識して、伝え方をデザインしましょう。

 

 

12.対抗意識を刺激する

人は他者より優れていたいという競争心を持っています。この対抗意識を刺激することで、相手のモチベーションや感情を動かす効果を発揮することがあります。

 

 

本章で簡単に紹介した「人を説得する12原則」は、以下の記事で全体像を解説していますので、ぜひご覧ください。

 

 

まとめ

記事では、デール・カーネギーの『人を動かす』で紹介されている「議論を避ける」の原則を解説しました。

 

日常生活、また仕事の場面で議論が必要な場面に置かれたとき、私達はつい「自分の意見の正しさを理路整然と主張しよう」「相手を論破して説得しよう」と考えてしまうことがあります。しかし、議論を闘わせて、一方が勝ち、もう一方が負けてしまう形をつくると、負けた側に不満や恨み、感情的なしこりが残ります。

 

結果的に議論で勝ったとしても、相手の考えや行動が変わることはなく、むしろそれまでの人間関係が台無しになってしまう、といった結果に終わってしまうことが多々あります。このように「相手を打ち負かそう」として議論する限り、議論の行きつく先が期待する結果になることはまずありません。カーネギーがいうように、「人を動かす」という目的からすると、議論で相手を打ち負かしても目的を達成することはかなわないのです。

 

HRドクターを運営する研修会社ジェイックでは、米国デールカーネギー・アソシエイツ社と提携して、日本でデール・カーネギー研修を提供しています。「管理職のマネジメント力を高めたい」「営業職の営業力をあげたい」とお考えの人は、以下のデールカーネギー研修を参照してください。

 

著者情報

近藤 浩充

株式会社ジェイック|取締役 兼 常務執行役員

近藤 浩充

大学卒業後、情報システム系の会社を経て入社。
IT戦略事業、全社経営戦略、教育事業、採用・就職支援事業の責任者を経て現職。企業の採用・育成課題を知る立場から、当社の企業向け教育研修を監修するほか、一般企業、金融機関、経営者クラブなどで、若手から管理職層までの社員育成の手法やキャリア形成等についての講演を行っている。
昨今では管理職のリーダーシップやコミュニケーションスキルをテーマに、雑誌『プレジデント』(2023年)、J-CASTニュース(2024年)、ほか人事メディアからの取材も多数実績あり。

著書、登壇セミナー

・社長の右腕 ~上場企業 現役ナンバー2の告白~
・今だからできる!若手採用と組織活性化のヒント
・withコロナ時代における新しい採用力・定着率向上の秘訣
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