美しい心情に呼びかける|デール・カーネギー『人を動かす』

美しい心情に呼びかける

駅前や繁華街などで時々、戦争による難民、災害の被災者、貧困で苦しむ子供たちに手を差し伸べる募金活動の場面を見かけることがあります。コンビニやスーパーの店頭などにも募金箱があったりします。最近では、「ハッシュタグをつけてSNSで投稿する」「キーワードで検索する」ことが寄付になったりすることもあります。

 

こうした寄付の呼びかけを見て、実際に寄付したことがあるという人も多いのではないでしょうか。その場で行動しないにしても、「気持ちだけでも応援したい」「こうした募金活動が少しでも助けになれば・・・」と感じる人はさらに大勢いることでしょう。

 

このような、「困っている人の力になりたい」「自分にできることで協力したい」といった美しい気持ちは私たちの誰もが持っているものです。

 

コミュニケーションやリーダーシップ分野の権威として知られるデール・カーネギーは、こうした美しい気持ちは、私たちのような一般市民に限らず、どんな極悪人であっても抱いている普遍的なものだと言います。カーネギーは、著書『人を動かす』の中で誰もが持つ「美しい心情に呼びかける」ことが、人を説得する上でも効果的になるタイミングがあると述べています。

 

記事では、書籍『人を動かす』のなかにある「美しい心情に呼びかける」をテーマに、「美しい心情に呼びかける」の詳細や実際の日常生活の中で活用するためのポイントをわかりやすく解説します。

 

こちらに動画での簡単な解説もありますので、動画でご覧になりたい方はこちらをご覧ください。

<目次>

「美しい心情に呼びかける」の詳細と実践のポイント

まず最初に、記事のテーマである「美しい心情に呼びかける」の詳細と、実際の人間関係の中で活用するためのポイントを詳しく解説します。

 

1.私達は誰もが、心の底では良い人間でありたいと思っている

冒頭で触れたように、「困っている人の力になりたい」「できることであればなんとかしてあげたい」といった美しい気持ちは、私達の誰もが持っているものです。

 

人間は誰でも理想主義的な傾向を持ち、自分の行為については、美しく潤色された理由をつけたがる。そこで、相手の考えを変えるには、この美しい理由をつけたがる気持ちに訴えるのが有効だ。”
(デール・カーネギー『人を動かす』より引用)

 

カーネギーは『人を動かす』の中で、人はみな美しく理想主義的な傾向を持っていると話しています。

 

当記事のテーマである「美しい心情に呼びかける」とは、人が持つ「美しく理想的な人間でありたい」「自分を美しい立派な人間だと思いたい」という心情に訴えかけることで、相手の考えや行動を期待する方向に導いていく原則です。

 

カーネギーは、美しい心情に呼びかけた具体例として、大富豪として世間の注目を集めていたロックフェラー二世のエピソードを紹介しています。

ロックフェラー二世も、彼の子供たちの写真が新聞に出ることを防ぐために、人間の美しい心情に訴えた。
「子供たちの写真を新聞に発表することは、この私が不賛成だ」とは言わず、幼い子供たちを傷つけたくないという万人共通の心情に訴えた──
「あなた方の中にも子供のある方がいておわかりだと思いますが、あまり世間が騒ぎ立てるのは、子供にとってかわいそうです」“
(デール・カーネギー『人を動かす』より引用)

 

ロックフェラー二世は、自身の子供の写真が世間にさらされることを何としても避けたいと考えていました。

 

しかし、彼は「子供の写真を新聞に載せるなんて、言語道断だ!」と主張するのではなく、「あなた方の中にも子供のある方がいておわかりだと思いますが、あまり世間が騒ぎ立てるのは、子供にとってかわいそうです」と、記者たちの美しい心情、道徳心に訴えかけたのです。

 

こう呼びかけられて、「子供たちが犠牲になってもいいから話題にしよう」と言える人はほとんどいないでしょう。

 

このように「美しい心情に呼びかける」ことは、人間として当たり前の気持ち、良心に背いた行動に強い嫌悪感を持つ私達に対して、強く訴えかけるものなのです。

 

2.「美しい心情に呼びかける」の原則は、どんな時にも効果を発揮するのか?

お伝えしたように、人としての道徳心や高潔さ、大義名分などに訴えかけられると、ほとんどの人は頷き、Noとは言えなくなるものです。

 

一方で、ビジネスなどで相手を説得したり動かしたりすることを考えると、「言っていることは分かるが、“美しい心情に呼びかける”原則は、あまりにもヒューマニズムや情緒的に過ぎるのではないだろうか。実際の状況では、キレイごとや理想論で切り捨てられてしまいそうだ…」このように感じる人もいるかもしれません。

 

読者の中には、「そういう手は、ノースクリフやロックフェラーや感傷小説の作家にはうまくいくかもしれないが、手ごわい相手から貸金の取り立てをするような場合に、果たして通用するだろうか」と疑う人があるかもしれない。もっともな話だ。
役に立たない場合もあるだろうし、人によっては通用しないかもしれない。もしあなたがこれ以上の方法を知っていて、その結果に満足しているなら、別にこんな方法を用いる必要はない。しかし、そうでないのなら、一度これを試してみてはどうだろうか。
(デール・カーネギー『人を動かす』より引用)

 

上記に引用したように、カーネギーも美しい心情に呼びかけることが役に立たない、通用しないこともあると話しています。相手を説得するに当たっては、別のやり方・アプローチが効果を発揮する場面も多々あるでしょう。「美しい心情に呼びかける」原則は、どんな場面に通じるわけではありません。

 

ただ、いろいろな手を検討して効果が表れなかった時には試してみる価値はあるでしょう。自分の“人を動かすための手札”のひとつとして、ぜひ考えてみてください。

 

3.「ピグマリオン効果」によって、人は期待するように育つ

カーネギーは「美しい心情に呼びかける」の章の最後に、以下のジェイムズ・トーマスという人の言葉を紹介しています。

 

相手の信用状態が不明な時は、彼を立派な紳士と見なし、そのつもりで取引を進めると間違いがないと、私は経験で知っている。要するに、人間は誰でも正直で、義務を果たしたいと思っているのだ。
これに対する例外は、比較的少ない。人をごまかすような人間でも、相手に心から信頼され、正直で公正な人物として扱われると、なかなか不正なことはできないものなのだ
(デール・カーネギー『人を動かす』より引用)

 

繰り返しになりますが、私達はみな「誠実で良い人間でありたい」と思っています。表現を変えると、「自分は誠実で立派な人間である」と思いたいのです。だからこそ、他人から信頼されて“誠実で立派な人物”として扱われると、その相手の期待を裏切ることは、なかなかできないものです。

 

逆に言えば、良い人間でありたい、誠実な人間になりたいという心情に働きかけ、相手を信じるメッセージを送り続ければ、人は期待に応えてくれるようになるということです。

 

この話を聞いて、教育や人材育成で馴染みのある「ピグマリオン効果」を思い出した人もいるかもしれません。「ピグマリオン効果」とは、「他者から期待されることで、学習成績や仕事の成果が向上する心理効果」です。

 

カーネギーのいう「美しい心情に呼びかける」というのは、信頼や期待のメッセージを相手に送り続けることでもあります。

 

このように考えると、この原則は人を説得する場面だけでなく、職場の人材育成でも活用できる考え方にもなるのです。

 

HRドクターでは、部下を持つ上司・管理職向けに、部下メンバーの成長につなげるための褒め方、期待のかけ方を分かりやすく解説した記事を用意しています。ピグマリオン効果を活用した部下育成のやり方として、ぜひ参考にしてみてください。

 

 

『人を動かす』とデール・カーネギー

「美しい心情に呼びかける」の原則が収められた書籍『人を動かす』を執筆したデール・カーネギー(1888年生)は、作家・講演家として自己啓発や対人スキル分野で名を馳せ、『人を動かす』『道はひらける』で広く知られています。

 

カーネギーはYMCAの話し方教室で講師を務めたことを契機に、コミュニケーションやリーダーシップの重要性に気づき、独立後に自分の研究所を設立して多くの人たちにコミュニケーションやプレゼンテーションの講座を提供しました。彼が設立した研究所は、世界的な研修会社として今もなお多くのビジネスパーソンに影響を与え続けています。

 

そんなカーネギーの代表作『人を動かす』(1936年出版)は、人間関係の築き方や他者への影響力を解説した書籍でありで、全世界で1500万部以上を売り上げるベストセラーです。

 

書籍『人を動かす』の内容とデール・カーネギーをもっと詳しく知りたい方は、以下の記事で紹介していますのでご覧ください。

 


 

人を説得する12原則

書籍『人を動かす』は、「人を動かす3原則」「人に好かれる6原則」「人を説得する12原則」「人を変える9原則」の4パートから構成されており、全部で30の原則が紹介されています。

 

先ほど解説した、本記事のテーマである「美しい心情に呼びかける」は、「人を説得する12原則」のひとつです。「人を説得する12原則」には、自分の要望を受け入れてもらい、相手を主体的に動かす上で重要な12の原則が書かれています。本章では「人を説得する12原則」の一覧を簡単に紹介します。

 

1.議論を避ける

意見が異なる人を説得しようとする際、議論して自説の正しさを証明しようとしてしまうことは少なくありません。しかし、負けた相手の自尊心は傷つき、相手はあなたに反発心を抱くことも多いものです。そうなれば、議論で勝っても、相手を説得することはできません。意見が異なる相手を説得したいのであれば、正面から議論して相手を論破するようなことは避けるべきです。

 

 

2.誤りを指摘しない

相手の誤りを正面から指摘すると、自尊心を損ない、感情的な反発を引き起こします。相手に気づきを与えるには、婉曲な表現や「自分が間違っているかもしれませんが」という前置きが効果的です。こうした配慮が、相手との良好な関係を維持しつつ誤りを正す鍵となります。

 

 

3.誤りを認める

自分のミスに気づいたときは、言い訳せず素直に謝罪することが重要です。先に自ら誤りを認めることで、相手は寛容になり、信頼関係が深まります。あなたが提案するリカバリー策についても、納得してもらいやすくなるでしょう。

 

 

4.穏やかに話す

穏やかな話し方は、相手に「自分はあなたの味方」だと印象付ける効果があります。相手と友好的に対話をするためにも、穏やかで物腰柔らかな話し方で接することが大切です。

 

 

5.“イエス”と答えられる問題を選ぶ

相手が「ノー」と答えると、その姿勢を崩すのが難しくなります。最初に相手が「イエス」と答えやすい話題を選び、少しずつ合意を重ねることで信頼関係が築けます。こうして前向きな対話の雰囲気を作ることが、成功の秘訣です。

 

 

6.しゃべらせる

人は自分の話を聞いてもらいたいと思っています。相手に十分話をさせることで、自己重要感が満たされ、あなたに好意を抱きやすくなります。良い聞き手となり、相手に心置きなく話をさせることが、信頼構築への第一歩です。

 

 

7.思いつかせる

人は、他人から強制されるよりも、自分で考えたアイデアを重視します。質問や提案を通じて、相手が「自分自身で考えた」と思えるように促すと、相手の心を動かしやすくなります。このアプローチは、相手を自然に行動へと導きます。

 

 

8.人の身になる

相手を説得するには、まず相手の立場や背景を理解することが重要です。「自分が相手の立場ならどう感じるか」を考え、相手の状況や感情に寄り添うことで、適切なアプローチが見つかります。

 

 

9.同情を寄せる

人は共感されることで心を開きます。「あなたの気持ちはもっともです」といった同情の言葉をかけることで、相手はあなたを信頼し、話に耳を傾けやすくなります。この共感が、良好な関係構築の基盤となります。

 

 

10.美しい心情に呼びかける

人は心のどこかで、自分自身を「正しい行いをする立派な人物である」と思いたい感情を持っています。だからこそ、人を説得する時には相手がスムーズに頷ける「崇高な動機」「道徳的に正しい」と感じられるような伝え方をするとよいでしょう。メリットだけで説得しようとするのではなく、名誉や大義名分、倫理を大切にする人だと思って相手を扱ってみましょう。

 

11.演出を考える

伝え方や演出が、相手の反応を大きく左右します。単に事実を伝えるのではなく、興味を引く工夫や劇的な演出を加えることで、説得力が増し、相手の心を動かしやすくなります。

 

 

12.対抗意識を刺激する

競争心を活用することは、相手を動かす効果的な手段です。競争やゲーム性を取り入れることで、相手の意欲やパフォーマンスを引き出し、目標達成に向けた行動を促進します。

 

 

「人を説得する12原則」の詳細と全体像を以下の記事で解説していますので、詳しく知りたければぜひご覧ください。

 

 

まとめ

記事では、デール・カーネギーの『人を動かす』で紹介されている「美しい心情に呼びかける」の原則を解説しました。

 

「困っている人の力になりたい」「自分にできることで協力したい」・・・このような気持ちは、私たちの誰もが持っているものです。

 

こうした美しく人間らしい心情は、私たち人間の本質に強く訴えかけるものです。だからこそ、美しい心情、道徳心に訴えかけることが、相手の考えや行動を期待する方向に導いていく上でも、効果を発揮しうるのです。

 

一方で、実際のビジネスや交渉の場で、美しい心情に呼びかけることが、どんな場面でもどんな相手にも有効になるわけではありません。美しい心情に呼びかける原則は、相手を説得するための選択肢の一つとして捉えるとよいでしょう。

 

HRドクターを運営する研修会社ジェイックでは、米国デールカーネギー・アソシエイツ社と提携して、日本でデール・カーネギー研修を提供しています。「管理職のマネジメント力を高めたい」「営業職の営業力をあげたい」とお考えの人は、以下のデールカーネギー研修を参照してください。

 

著者情報

近藤 浩充

株式会社ジェイック|取締役 兼 常務執行役員

近藤 浩充

大学卒業後、情報システム系の会社を経て入社。
IT戦略事業、全社経営戦略、教育事業、採用・就職支援事業の責任者を経て現職。企業の採用・育成課題を知る立場から、当社の企業向け教育研修を監修するほか、一般企業、金融機関、経営者クラブなどで、若手から管理職層までの社員育成の手法やキャリア形成等についての講演を行っている。
昨今では管理職のリーダーシップやコミュニケーションスキルをテーマに、雑誌『プレジデント』(2023年)、J-CASTニュース(2024年)、ほか人事メディアからの取材も多数実績あり。

著書、登壇セミナー

・社長の右腕 ~上場企業 現役ナンバー2の告白~
・今だからできる!若手採用と組織活性化のヒント
・withコロナ時代における新しい採用力・定着率向上の秘訣
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