インターネットを軸にメディアやゲーム、広告事業を展開し、AIやDX関連事業を強化するサイバーエージェント。
会社が飛躍的に成長する中で、いかに人事が人づくり・職場づくりに貢献し、組織全体で新たなチャレンジする環境を生み出してきたのか、その役割と今後の人事部門の在り方について、常務執行役員CHOの曽山 哲人様に伺いました。
設立:1998年3月18日
社員数:7,374名(連結)
インターネットを軸としたメディア事業、インターネット広告事業、ゲーム事業、投資育成事業の4事業を展開する。近年ではネット時代の新たなインフラとなる新しい未来のテレビ「ABEMA」の提供をはじめ、高度なAI研究開発のもと、日本語LLMの独自開発やAIを活用した効果の出せる広告クリエイティブ制作に取り組むほか、エンターテインメントと高い技術力の融合によるファンテックサービスや新IP創出を進めている。
<目次>
- Q.貴社の沿革や事業内容をお聞かせいただけますでしょうか。
- Q.入社時の20名から単体従業員数2,000名近い現在の規模に至るまで、パーパス・ビジョンを浸透させるために行っている取り組みを教えてください。
- Q.ビジョン浸透のための取り組みについて、具体的に教えてください。
- Q.CHOというご自身の立場で、イノベーションを起こす組織にするために意識していることは何でしょうか?
- Q.貴社は若手メンバーを「抜擢」をすることで知られていますが、抜擢人事はいかに始まったのでしょうか?
- Q.抜擢して失敗した場合、退職リスク等もあると思いますが、どのようなフォローをしていますか?
- Q.抜擢人事をした中で、記憶に残っている社員やエピソードはありますか?
- Q.抜擢人事を通じて、組織はどう変わっていきましたか?
- Q.貴社のMission Statementに「採用には全力をつくす。」とありますが、たとえば採用基準・条件などがあれば教えてください。
- Q.仕事に対する価値観が多様化する中で、「これからの人事のあり方」について考えをお聞かせください。
Q.貴社の沿革や事業内容をお聞かせいただけますでしょうか。
曽山様:弊社は1998年に設立されたインターネット企業です。インターネットを軸に広告、ゲーム、メディア事業を展開しています。
現在の注力事業であるインターネットテレビ『ABEMA』は、24時間編成のニュースチャンネルをはじめオリジナルのドラマや恋愛番組、アニメ、スポーツなどを配信し、インターネット時代の動画インフラとして確立しつつあります。
オリジナルゲームIPのアニメを『ABEMA』で配信したり、当社で興行を手掛け、PPVとしても配信するなどの『ABEMA』を起点とした事業拡大も進んでいます。
なお私自身は弊社設立1年後の1999年、社員数20名ほどのころに入社しました。広告営業を経て2005年からCHO(最高人事責任者)を担っています。
Q.入社時の20名から単体従業員数2,000名近い現在の規模に至るまで、パーパス・ビジョンを浸透させるために行っている取り組みを教えてください。
曽山様:会社が成長・変化するたび、その一つひとつのタイミングでアクションを行ってきました。
中でもポイントだったのが、弊社が設立2年後に上場したときです。急成長とともにたくさんの管理職や社員を採ったため、組織がバラバラとなって“退職率30%問題”というものが発生してしまいました。それが3年間(2001~2003年ごろ)続きました。
そこでの教訓をもとに人事の取り組みを強化する決断をしたのです。ビジョン策定をはじめ、社員を大事にするための人事制度をいくつか決めて、少しずつ変わっていきました。
またビジョンについても当初は複数存在していましたが、1つに絞りこみ、明確にしました。それが「21世紀を代表する会社を創る」というものでした。このビジョンに紐づけた人事の取り組みとして、社員が新規事業をやりたいといったときにコンテストをやったり、社内異動に手を挙げられるような仕組みを作ったりしました。
これが一つの大きな転換点となりましたね。
Q.ビジョン浸透のための取り組みについて、具体的に教えてください。
曽山様:はい、弊社では採用の時点から浸透への取り組みを開始しています。例えばインターンでグループワークするときに、「当社のベースにはこういうビジョンがあるから、それを踏まえて議論していただけますか」というようなものです。そうしたものを学生の段階からやってもらい、入社後もスムーズに職務に就けるようサポートしています。
もう一つには「経営の言行一致」があります。経営陣がきちんとビジョンを実践していれば部下もそれに倣うものです。もし企業でビジョン浸透がなされず困っているというのであれば、社長や役員がそのビジョンを体現していないかもしれません。
ビジョンを決めたものの、そのあとに実施することが浸透のための社員研修だけだとすれば、社員とのずれが起きる可能性があります。研修を受ける社員からみれば「社長と役員は受けていない」となり、参加意欲も薄れてしまいます。経営側が率先し、模範を見せるのが最も効果のある浸透策です。
もちろん、最初からすべてのビジョンを実践してみせるようなことはできないと思うので、例えば経営会議などで、ビジョンに関する話題を相談するだけでもいいでしょう。まずはそれだけでも言行一致しているので説得力が生まれてきます。
役員会で話せば役員間でビジョンへの意識が高まり、さらに直下の社員にもビジョンを引用しながら会話をするなど、そういった言行一致のアクションが伝播してくれば経営陣の意思が伝わり、社員もそれを真似しようとするはずです。
小さなアクションがまず第一歩であり、やってなければ社員の耳や目には入りません。まず役員がアクションをすること。そのうえで研修をすればより効果は出てくるでしょう。
そうした社内伝播への試みを先導するのも人事の仕事です。CHOという言葉が出てきたように、今日ようやく経営会議に人事も参入することが多くなり、役割としても格上げされてきています。
Q.CHOというご自身の立場で、イノベーションを起こす組織にするために意識していることは何でしょうか?
曽山様:弊社ではイノベーションを起こし続ける企業となるためには、「変化の習慣」「経営の率先垂範」「セカンドチャンスの事例」という3つが大事だと考えています。
「イノベーションしたい」「新規事業したい」と言っているにもかかわらずうまくいっていない会社は、どれかが欠けているかもしれません。弊社も昔は同じ問題にぶつかっていました。
まず1つ目の「変化の習慣」については、簡単に言えば会社が常に変わっていこうとする習慣があるかどうかという話になります。弊社では「あした会議」というものがあり、経営陣が会社を変える議論を定期的に行っています。
同様に一般企業でも役員合宿などが行われているかと思いますが、例えば新しい投資分野を決めたり、戦略・事業を決めるなど、人やお金の配置を大きく変える意思決定を毎回行える議論の場があれば、その会社に変化の習慣はあるということです。
弊社の「あした会議」では、役員だけではなく一般社員と一緒にチームを編成し、中長期での課題解決案や新規事業案など、会社を変化させる提案をしています。社員を巻き込んでやることで、より実効性が高くなります。
それを2006年から年1~2回の頻度で行った結果、累積で約30社の会社が設立され、売上は少なくとも4000億円が累計で生まれており、変化の習慣により生まれた成果は大きいです。
2つ目の「経営の率先垂範」については、新規事業を社員にやってほしいなら上の立場にある人がやった方がいいということです。これは前述のビジョン浸透のためにまず経営陣から率先して実践することにも共通しており、まずは先に立って模範を示すこと。弊社でいえば「あした会議」がまさにその形になります。
そして3つ目の「セカンドチャンスの事例」ですが、これはあるメンバーが挑戦し、失敗したとしても、再度機会を得て活躍している事例を指します。この挑戦→失敗→活躍という流れが1人の中で起きていて、そのケースの蓄積があると、メンバーは皆、セカンドチャンスあると信じてくれるようになります。
もしまだそうした蓄積がなければ、セカンドチャンスを掲げても残念ながら絵空事に聞こえてしまいます。社員のセカンドチャンスや、チャレンジ自体を応援するというのはもちろん必要ですが、その事例の蓄積がなければ社員は空虚に感じてしまいます。
弊社でも、20年以上前には「セカンドチャンスはほとんどない」という声もあったのは事実ですし、事業の立ち上げに失敗すると退職していく人もいました。その反省があって、役員自身が挑戦・失敗・活躍を経験し、その蓄積を行っています。
いろんな会社の経営者の方とお話をすると「ビジョン、バリューや文化の浸透が難しい」という話題が出てきますが、成功事例ができて文化として定着するまでには時間がかります。これが難しさの理由です。研修もとても効果的ですが、同時に事例が積みあがってはじめて効果が見えてくるのです。
Q.貴社は若手メンバーを「抜擢」をすることで知られていますが、抜擢人事はいかに始まったのでしょうか?
曽山様:創業当初から、代表の藤田には「抜擢」への考え方がありました。もともと言っていたのは、人事として大事なものは「採用」「育成」「活性化」の3つであり、これができれば会社は伸びるということでした。
その中でも「育成」はとても難しいですね。私も以前そうでしたが、育成=研修と考えがちです。また研修のほかにOJTもありますが、そのOJTも人により解釈が違います。これに対して藤田は「環境が人を育てる」と創業初期から言っており、良い環境にあれば人は成長すると話していました。
では環境をどう作り出すか、それは上司から部下に対する「抜擢」にあります。藤田は、抜擢はどんどんやっていこうと言っていました。ただ抜擢というと多くの人が誤解し、課長などのポジションを与えることだと思っています。しかし現実にそんなにたくさんのポジションはありません。弊社で言う抜擢は、「期待をかけて任せること」にあります。
例えばあるチームで、1年目の社員に新聞などから情報収集の役割を抜擢したいとき、「チームが忙しすぎて情報収集できていないからその責任者になってほしい、君ならできるから任せたい」と、その意味を本人がわかるように語ってあげると、やる気につながるのです。
仕事の渡し方が「これやっておくように」という作業の指示だけでは、こちらの期待は伝わりません。今はパーパスなどに象徴されるように経済的な成長に加えて、感情的な成長を求める傾向にあります。
感情的な成長とはやりがいのある仕事ができている、意味のある仕事に就けているということで、そこに価値が求められているのです。そのためチームのメンバーに期待を込めて意味を伝えて任せると、若手のみならずベテランでも力を発揮してくれるのです。
Q.抜擢して失敗した場合、退職リスク等もあると思いますが、どのようなフォローをしていますか?
曽山様:確かに失敗するのは恥ずかしいと思うはずです。そのため、それを上回るフォローアップをしないと退職してしまいます。
そこでセカンドチャンス事例を数多く積み重ね、弊社がそこで見出したのは以下の3つです。
- ①チャレンジしてくれたことを労い、感謝の言葉をかける
- ②次に何をやりたいか本人の意思を聞き、再チャレンジ、新たなチャレンジを助ける
- ③新たな軌道にのるまで対話を続ける
新たなチャレンジで仮に異動をしたとしても、思い出したりして折れそうになってしまうこともあります。そんな時に対話をして「以前の失敗で学べたことや意味があったこと」を一緒に整理し、今の仕事への活力につなげていくことが大切です。
そして新たな場面で少しでもうまくいったら社内で大々的に評価するんです。そうしたことから少しずつ自信がついてくるようになります。
弊社ではこういう社員のフォローにおいては担当役員や直属の上司に加えて、人事担当者も関わりました。焦らせないように応援し続けていきます。もともと優秀な人材だからこそ挑戦や抜擢となった経緯があるので、粘れば結果は必ず出ると信じて対話することが重要です。
Q.抜擢人事をした中で、記憶に残っている社員やエピソードはありますか?
曽山様:そうですね、弊社の本体役員室に所属する専務執行役員・飯塚の事例があります。彼は内定者のときに写真アプリを同期とともに開発し、それが話題になったのです。
藤田は飯塚との対話で「これだけ成果も出ているなら会社にしてみたら?」と提案し、彼は内定者の時点ですでに子会社の社長になったというケースがありました。
これは2011年のことで、飯塚はその会社の社長を続けるとともに、他の会社の社長も任されています。
Q.抜擢人事を通じて、組織はどう変わっていきましたか?
曽山様:チャレンジの幅とスピード感は確実に変わりましたね。昔は企業規模から考えても、新たに事業をつくるとしても1つか2つが精いっぱいでした。
今はグループ会社が100社以上あるので、つまり100人の社長がいるわけです。それぞれ100の違う事業をやっているので、これだけでも幅の広さは感じていただけると思います。
今はeスポーツを手掛けたり、インターネットとABEMAを掛け算した、リアルの会場を使う興行も行っています。
Q.貴社のMission Statementに「採用には全力をつくす。」とありますが、たとえば採用基準・条件などがあれば教えてください。
曽山様:条件というわけではないですが、弊社で活躍する社員には一つ大きな特徴があり、“成果から逆算する”という逆算型の考え方をもっています。この点についての理解は採用基準の一つになるかもしれません。
その逆は積み上げ型になります。営業で1千万の売上が目標となったとき、積み上げ型であれば、思いつくままのやり方でまず行動に移し、1千万を目指します。逆算型になると、どうやったら1千万ができるか計画から始めます。
一方で積み上げ型は行動が先なので、月末が締めなら20日ごろに問題に気づいてリカバリーしようとしても間に合わない。私も以前はこのタイプで、目標達成できず7割くらいの数字ばかりが残っていました。今思えば無駄が多かったなと思います。
以前、あるMVP社員に成果を出すための秘訣を聞いたところ「必ず計画を立てている」とのことでした。さらに「計画を3つ立てている」とのことで、それは理想(目標達成)と、理想から少し崩れたものと、全部崩れたパターンの3つでした。最悪のストーリーまで決めてあるのです。
人の思考は変えられます。成果から逆算、という考え方があることをまず認め、目標を一番上に置き、その達成のために必要なことは何か描くんです。
計画の上手下手は関係なく、計画を書いていけば失敗したときもブラッシュアップして改善しやすくなります。計画を立てるという概念がない人は、まず成果から逆算するトレーニングをするといいでしょう。
採用でもそうした思考の変化を求める柔軟性や、他の人の意見を聞けるかどうかの対応力なども問われます。一生懸命考えた計画を否定されるのは誰しも嫌なものですが、まずは1回受け止め、吸収することができる能力は極めて重要です。弊社の採用基準にも「素直な人」というのはその一つに入っています。
Q.仕事に対する価値観が多様化する中で、「これからの人事のあり方」について考えをお聞かせください。
曽山様:人事の仕事の価値は今後ますます上がってくると考えています。生成AIをはじめとする技術革新が進み、人によるオペレーション業務は圧縮され、現在私たちが仕事と思っていることは、ほぼAI技術が解決していくでしょう。
そうすると人と人とのコミュニケーションの価値がより重要になるので、良い関係や対話ができるかどうかで会社の差は出てくると思います。そこで感情のマネジメントが多くのマネージャーにとって必要になりますが、それをサポートするのは人事であり、会社の中で最大の業績貢献部署になると考えます。