エンゲージメントの高い組織をつくるために、人事制度の見直しと人材育成をどのように両立させるかは、多くの企業が抱える課題です。
アイホン株式会社では、チャレンジを後押しする人事制度や新たな評価制度の導入などを通じ、組織全体の意識改革と人材育成を進めてきました。
改革に至った背景や具体的な取り組みについて、アイホン株式会社 執行役員 管理本部長 兼 経営企画部長の磯村 直輝氏に、『HRドクター』を運営する株式会社ジェイック 取締役 常務執行役 近藤が、お話を伺いました(以下敬称略)。
<目次>
- 約40年ぶりに人事制度を見直した背景
- 人事制度による適材適所への取り組み
- 組織の未来を支える人材育成と制度の連携
- 変わりゆく社員意識とエンゲージメント向上の兆候
- チャレンジを続ける組織文化の構築と人材育成
- 対談者プロフィール
約40年ぶりに人事制度を見直した背景
「今のままでは成長し続けられない」という危機感
近藤貴社は、2023年から人事制度を刷新されました。制度改革に至った理由や背景にあった課題を教えてください。
磯村当社は1948年の創業以来、インターホンの製造・販売を主軸に事業を展開してまいりました。戸建住宅向けのドアホンから始まり、マンション向けのオートロックシステム、さらには病院や介護施設向けのナースコールシステムなど、幅広い分野で製品を提供しています。
マンションのオートロックシステムは2000年頃から普及しはじめ、現在では新築物件向けの販売を上回る形で、既存のマンションへのリニューアル売上が事業の柱となっています。
こうした事業の広がりは、防犯やセキュリティに対する社会的関心の高まりなど、時代や外部環境の変化に後押しされてきた結果だと捉えています。事業が追い風を受けて、安定的に成長してきたことで、組織・人材面の課題の1つに考動力の不足が顕在化してきました。
これまでは、社員が先輩から言われたことを愚直に受け入れ、そのまま実行していれば成果が上げられる状況が続いていましたが、変化の激しい昨今、この組織風土のままでは、これまでのような成長は望めないどころか時代に飲み込まれてしまう、という危機感を持つようになりました。
社員が自ら考え、主体的に動けるようになること、さらに会社も社員のチャレンジを引き出すような社風に転換しなければならない、と一念発起して約40年ぶりに人事制度改革に着手しました。
磯村まず改革の主目的においたのが、評価制度が人材育成につながっていないという課題の解決でした。従前の評価制度では、上司が部下の働きぶりを一方的に評価するような旧来型のもので、本人の実績を上司が一方的に評価するため、実態と一致していないことも散見されました。
元々、目標設定が評価の仕組みに組み込まれていませんでしたので「上司からの見え方」が評価基準になりがちで、結果として、評価への不満だけでなく、社員の受け身な姿勢を助長してきたと感じています。
今回の評価制度の変更は単なる仕組みの変更ではなく、人材育成につながるような社風の醸成にもつながる大きな改革になるはずです。ただ変化を感じるまでには、かなりの時間がかかるだろうと覚悟しています。
検討するにつれて明らかになった課題
近藤制度改革の検討時には、他にどのような課題や変化の必要性が明らかになっていったのでしょうか。
磯村大小さまざまありましたが、まず評価制度だけでみても、目標設定の難しさは今も大きな課題です。上司が部下を評価する際、営業部門は数値目標の達成度で評価できますが、それ以外の部門では「定量的」かつ「個人に相応しい」目標設定などは、不慣れなこともあり困難を極めました。
次に、管理職のあり方です。当社の管理職は、大半がプレイングマネージャーですが、部下に業務を任せることに対して消極的でした。今までプレイヤー業務で成果を上げてきたからこそ今の地位がある、「マネジメントより自分で手を動かして成果につなげたい」といった理由があると思っています。
しかし、管理職である以上、どの業務を自分が担い、どこから部下に任せるべきかを明確にする必要があります。こうした育成への認識が十分に浸透していない点も、大きな課題だと分かりました。
当社の社風は、「アットホーム」「安心感がある」と表現されることが多いのですが、その反面で競争意識が弱く、年功序列の慣習も少なからず残っています。また開発や生産部門は社員の人事異動も少ないため、組織の変化が生まれにくいという課題も浮き彫りになりました。
今回の人事制度改革は、当初、外部コンサルタントに社内調査と制度設計を依頼しましたが、昨今、大手企業が導入されている先進的なルールを盛り込んだ内容だったため、経営層から「社員を大切にする当社の社風には合わない」との判断で採用には至らず、大きな方針転換を余儀なくされました。
そこからリスタートに当たって、責任の所在を明確にするためそれまで総務部に内包されていた人事機能を独立させ「人事部」を新設しました。以降は人事部長を中心に社内のメンバーのみで議論を重ね、約1年かけて新たな人事制度の完成まで漕ぎ着けました。
人事制度による適材適所への取り組み
新たな評価制度の運用が会社の課題に
近藤2023年に公表した第8次中期経営計画には「成長基盤のテーマである人材投資を促進することで、生産性向上と併せて働きがいの向上も実現する」と掲げられています。具体的にどのような取り組みをされていますか?
磯村新人事制度において適切な評価、具体的には、等級制度・報酬制度・評価制度の見直しを行い、社員の成長や貢献を適切に評価し処遇できる仕組みへと改善しています。
加えて、柔軟な働き方の推進にも取り組み、全社全部門でのフレックスタイム制や時間単位で取得できる有給休暇制度を導入しました。多様な働き方を支援することで、ワークライフバランスの向上を図っています。
近藤実際に新しい制度を運用してみて、いかがでしたか?
磯村エンゲージメントサーベイを実施したところ、新たな評価制度に切り替えたことで「目標設定」に関する項目のスコアが10点満点中4点という最も低い結果となり、予想はしていましたが、ショックでした。追い打ちをかけるように、会社の課題を調査するアンケートにおいて「評価制度」が上位に挙がってきました。
目標設定は「成果評価」と「行動評価」の2軸で構成されています。「成果評価」では、業務を通じて今期に何を達成するのか、自分でいくつか目標を決める必要があります。
自身の成長につながるチャレンジングな目標を掲げてほしいと考えていましたが、実際には「目標を3つも考えられない」「定量的な目標を設定すること自体が難しい」といった声が挙がりました。制度を構築しても、すぐには思うような運用に至らないのが現状です。
近藤確かに、一歩踏み込んだ目標設定をするには、相応のエネルギーが必要ですよね。私たちジェイックの研修は、知識を習得してもらうだけでなく「一歩踏み出す体験」もできるように設計しています。
例えば、新入社員研修では、主体性やオーナーシップといった考え方を学んでもらった上で、実際に自分で考え、行動する体験を積めるようにしています。こうした経験を通じて、受講者が自信を持ってチャレンジできる土壌をつくることを目指しているのです。
適材適所を目指す人材配置の取り組み
磯村今回の制度改革のもう1つのねらいは適材適所の実現です。従来から「キャリア自己申告」を実施しており、社員が自身の業務に対するやりがいや満足度に併せて今後のキャリアビジョンなどを申告する制度です。
「やりがい」を持って働く社員を増やしたい、という想いとは裏腹に、「アンケートに『やりがいがない』と書くと、ネガティブに受け取られるかもしれない」という不安から、本音を書かない社員もいるようですが、適材適所の人材配置を実現するためには、他にどのような方法がありますか?
近藤現場の意向や本人の希望を踏まえ、柔軟に人材を異動させる仕組みがあるとよいかもしれません。例えば、「うちの部署でこういう人材がほしい」という声を見える化して、該当者が手を挙げられるようにしたり、面談を通じて適性を判断し異動を提案したりできるような制度が考えられます。
これは他社の話ですが、「配属後3年経って成果が出ていない場合は、ポジションを変える」というルールを設けている企業もあります。罰則的な施策ではなく、「3年経って思うような成果が出ていないなら、置かれている環境と合わないのではないか」という考えに基づいており、社員のモチベーションを維持して成果につなげる意図があります。
一度配属されたらほとんど異動しない文化がある企業も多いですが、「自分に向いている仕事が他にあるかもしれない」という選択肢を社員に提示し、キャリアの可能性を広げる工夫は重要でしょう。
近藤さらに、最近では「抜擢人事」も活発に行われています。将来性のある人材に高いポジションを経験させることで、視座を高める機会を与える取り組みです。この施策では、事前に定めた期間内に成果が出なければ、元のポジションに戻すという運用も行われています。
ポイントは、仮に成果が出せずに元のポジションに戻ったとしても、高い視座を経験したことで、元の業務に対する意識や取り組み方が変わるという点です。施策の背景には、「チャレンジして失敗しても大丈夫」という、安心できる社風があります。
失敗してもそれで終わりではない。再挑戦の機会は何度でもある。そうしたメッセージを会社が繰り返し発信し、社員がチャレンジしやすい風土をつくることが大切ではないでしょうか。
組織の未来を支える人材育成と制度の連携
新入社員からグランドシニアまでの体系を整備
近藤人材育成の取り組みについても詳しくお聞かせください。
磯村まず新入社員研修は、ジェイックさんにご協力いただいて実施しています。初日の講義で社長が会社の歴史を伝えたのち、「学生と社会人の違い」など基本的な意識改革からスタートします。最近特に感じるのは、新入社員の価値観の多様化です。
入社時点で転職を視野に入れている人もいれば、従来からの終身雇用を望む人もいます。われわれは多様性を踏まえた育成を意識しなければなりません。
「OJTトレーナー」という制度を運用し、入社から2年間、専任のOJTトレーナーが新入社員に寄り添い、指導を行います。OJTトレーナーの役割は育成だけでなく、トレーナー自身が次世代リーダーとして成長するための機会にもなっています。
磯村会社として永続的に成長を続けていくためには、挑戦できる環境をつくることは欠かせません。変化の目まぐるしい時代に、どのようなリーダーが必要になるのかを明確にし、会社が育成に本気で取り組んでいる姿勢を伝えることも大切にしています。
その一環で、人事制度改革に併せて選抜制の「管理職候補アセスメント研修」を導入しました。役員の推薦を受けた社員が対象で、クリティカルシンキングやロジカルコミュニケーションなどのワークを通じて情報収集力やその情報を活用する思考力などを定量的に把握し、永続的な発展に不可欠となる次世代管理者のプールを用意しています。
既存の管理職には、2年間のカリキュラムの中で、ロジカルシンキングやコーチングなどの基礎力を養う全管理職対象の研修だけでなく、任意参加として、「学びたい」と手を挙げた管理職にはアドバンスな研修も定期的に案内し学習機会を増やしています。
一般階層向けには、職能資格に応じた階層別研修も充実させています。当社の役職は「執務職」から「主事補」「副主事」「主事」「主幹」へとステップアップします。
なお、「副主事」は、主事補から主事までの在級期間が5年以上開き中だるみの傾向にあるという問題に対応するため、今回の新制度で新設したポジションで、キャリア意識の低下を防ぐ狙いがあります。それぞれ昇格のタイミングで、階層に合わせた研修を提供しています。
働く人の気持ちに寄り添う制度に
近藤新しい人事制度の導入にあたって、特に意識した点は何でしたか。
磯村今回の人事制度改革では、単に形式を変えるだけでなく、社員一人ひとりが納得し、意欲的に働ける仕組みづくりを重視しました。
というのも、以前、国の要請を受けて60歳を過ぎた人材を雇用することになった際、当社では「シニア社員」という区分にしたのですが、業務内容はほとんど同じなのに給料だけが下がったことから、「待遇が悪くなるなら成果もそれなりで」という不満により、モチベーションと生産性を共に低下させてしまったことがありました。
こうした反省も踏まえて、今回は、より柔軟で納得感のある制度設計を目指しました。
例えば、これまでは「総合職」と「一般職」という大きく2つの区分で採用してきましたが、新たに「地域限定総合職」というカテゴリーを設け、本人の希望や面接を経て「もっとがんばってみよう」という本人の意識をベースに「一般職」からチャレンジ転換できるようにしています。
もちろん、一般職としてそのまま働き続けることも選択できるため、社員それぞれのライフスタイルや価値観に合わせた選択肢が広がり、転換後に早速活躍してくれている社員も出てきています。
なお、前述のシニア社員に対しても、今回の新制度では本人の意思や健康状態と会社が戦略的に取り組む業務が合致すれば、65歳以降も働ける「グランドシニア社員」という区分を新設し、「シニア社員」時代からの継続的な活躍を後押ししています。
その他の課題への対応
磯村マネジメント人材の枯渇、キャリア教育をしっかり提供できていない層への意識改革をねらいとして、職能資格の「主事」クラスからキャリアパスを複線化しました。今後、ゼネラリストとして管理者を目指すか、専門性を高めてスペシャリストになるのかを選べるようにしました。
これまであまりキャリアを意識することのなかった世代にも、自身の意向を示しやすい環境を整えることで、中長期的な成長意欲を醸成することを目指しています。
変わりゆく社員意識とエンゲージメント向上の兆候
人材育成の手ごたえと全社的な意識の高まり
近藤人事制度の導入や人材育成施策の実践を通じて、社員の意識やエンゲージメントにどのような変化が見られましたか。エンゲージメントサーベイのデータ、社員の声など、具体的な反応をお聞かせください。
磯村まず、年1回実施しているエンゲージメントサーベイの「仕事のやりがい」に関する数値は、社員全体では60%台で推移しています。これを70%台に引き上げることを目指しています。また、管理職層に関しては、現状70%前後のスコアを80%まで高め、会社全体を牽引してほしいと考えています。
エンゲージメントサーベイの項目では、「キャリア」や「目標設定」の項目を注視しています。このうち「目標設定」の項目は、前述の通りスコアが低迷していますが、「キャリア」に関するスコアは、研修などの取り組みを通じて少しずつ向上しています。特に「上司が部下のキャリアイメージを理解しているか」という設問のスコアが上昇傾向にあります。
さらに、「スキルアップにつながる研修が提供されているか」といった項目も、少しずつですがスコアが上がってきています。
研修に関する項目は、研修直後こそ「あの研修は良かった」という声が上がりますが、1ヶ月もすれば忘れられてしまうことも多いので、年1回のサーベイで数値を改善するのは難しいと思います。この項目のスコアが上がっている点は、嬉しい変化だと捉えています。
磯村また、部署間のコラボレーションが以前に比べて活発になったと実感しています。昨年、昨今の業績や今後の成長を踏まえて、社長が「開発力の“再”強化宣言」を行いました。
これまで玄関と部屋をつなぐだけだったインターホンに、ネットワークへの接続やスマートホン連携などソフトウェア面での新たな機能が追加されたことにより、開発難易度が上がったことが背景にあります。社長の「開発力の“再”強化宣言」は、開発部門だけの問題とせず「全社で開発力強化に向けて取り組もう」というメッセージだったのです。
社長の宣言をきっかけに、営業部門や間接部門でも「自分たちに何ができるか」を考えるようになり、社内の意識が変わってきています。
直近では、総務部門の提案で、開発部門内のコミュニケーションを改善するようなメッセージツールが導入されたり、人事部の人材開発課が開発部門のプロジェクトマネージャー向けにプロジェクトマネジメント研修を企画したりというコラボレーションも生まれています。
全社的にこうした変化の兆しが見られるのは、非常に喜ばしいことだと感じています。
チャレンジを続ける組織文化の構築と人材育成
挑戦する文化の醸成と新たな社内施策の展望
近藤最後に、今後どんなことに取り組んでいきたいと考えているか、お聞かせいただけますか。特に、会社の成長やエンゲージメント向上に向けた具体的な施策やビジョンについてお伺いしたいです。
磯村当社では毎年、社長が行動指針を発表していますが、2025年は「新たなページに挑む」を掲げ、「新しいことに挑む」ことにこだわっています。
私たち人事部門が目標としているのは、ストレッチの効いた目標を自ら設定できる人材、またそれに伴走できるマネージャーを育てることです。経営層でも、当社には現状を打破するチャレンジングな目標設定が必要で、その実現に向けた人材育成が重要だという共通認識が育ってきています。
さらに、当社の主力製品であるインターホンも、ソフトウェア比率が増すことで、品質保証や情報セキュリティへの対応が必要になるなど、守備範囲が広がっています。だからこそ、これまでの仕事の進め方にとらわれず、自ら考え行動できる人材を育てていくことが急務です。
組織を変える具体策の一つとして、役員の変革にも着手しています。当社は執行役員がそれぞれの本部を担当する本部長の機能を持っております。役員同士が協力して経営課題に取り組む中で、相互に経営貢献を評価する仕組みです。役員が本気で挑戦する姿勢を示すことで、その姿が自然に部下へ波及することを期待しています。
また、今後は新たな人事制度として「スキマバイト」のような仕組みを導入したいと考えています。例えば、国内営業部門の社員が海外営業の業務を経験するなど、業務時間の一部を使って他部門の業務に関わる社内インターンのような取り組みです。
興味のある他部門に関わる業務を少しずつ経験することで、将来的なチャレンジにつなげる仕組みを作っていきたいと考えています。
磯村当社は海外に拠点を持つグローバル企業でもあり、2032年までに国内と海外の売上比率を半々にするという大きな目標を掲げています。実現に向け、海外人材の採用や育成にも力を入れているところです。
これまで「社内公募制度」を15年以上続けており、中でも「海外人材」の公募は毎年継続しています。すべての社員が海外で働くチャンスがあることを意識してほしい、と考えています。
今期からロンドンの販売子会社に赴任した社長は、公募で国内から海外営業へ飛び込んできた入社7年目の若手社員が抜擢されました。こうした社員一人ひとりの挑戦が、会社の成長を牽引するのではないでしょうか。
今後も挑戦する風土を育て、多様な人材が自らの成長やキャリア形成を実現できるよう、人事制度の整備と人材育成に注力していきます。
近藤御社のさまざまな取り組みから、アットホームで安心感のある社風がより良い方向へ向かっていることをひしひしと感じました。本日は貴重なお話をありがとうございました!
対談者プロフィール

執行役員 管理本部長 兼 経営企画部長

取締役 常務執行役