企業の成長を支えるのは、優れた製品・サービスや福利厚生だけではありません。社員一人ひとりの主体性や挑戦心が、組織の競争力を左右します。
アフラックでは、人財マネジメント制度導入を契機に、社員が自らキャリアを描き、挑戦できる環境づくりに取り組んできました。
本記事では、制度設計の背景や具体的な施策、現場に起こった変化について、アフラック生命保険株式会社常務執行役員伊藤道博氏に、『HRドクター』を運営するジェイックグループ株式会社Kakedas代表取締役社長竹長が、お話を伺いました(以下敬称略)。
<目次>
主体的キャリア形成を実現する制度改革
主体的なキャリア形成を促すために
竹長社員が自らキャリアを考え、行動できる環境をつくるためには、制度面での後押しが欠かせないと思います。御社は、2021年に管理職を対象に職務等級制度の変更、そして2022年には変更を全社員に適用し、人財マネジメント制度を導入されています。こうした大きな制度改革に踏み切られた背景を教えていただけますか。
伊藤当社には、創業以来大切にしてきた「人財を大切にするコアバリュー」があります。これは“社員を大切にすることで、ビジネスも発展する”という人財マネジメントにおける基本となる考え方です。
この考え方を土台に、意欲と能力のある人財が自律的に働き、最大限の力を発揮しながら主体的にキャリアを構築できる環境を実現しようと、人財マネジメント制度改革を行いました。
伊藤この制度改革の目的は「会社を強くすること」にあります。当社が今後も成長していくためには「組織力」を高める必要があり、その基盤となるのが「人財力」です。そして、人財力を高めるために欠かせないのが「主体的なキャリア形成」だと考えています。
環境変化の激しい現代において、すべてをトップダウンで進めるのは現実的ではありません。当社には約5,000人の従業員がおりますが、現場では日々多様な課題が生じます。それを適切かつ迅速に解決していくために、社員一人ひとりが自ら考え、行動し、解決へとつなげる姿勢が求められます。
しかし従来の人事制度では、キャリアは会社から与えられるものでした。例えば、昇格までに必要な年数が決まっており、昇格時期にだけ資格取得に取り組むといったケースも見られました。
それが悪いわけではありませんが、自身のキャリアについて自ら考えることなくして、仕事に主体的に向き合うことはできないのではないか、という問題意識も、制度改革のきっかけとなりました。
主体性を育む制度設計の意義
竹長人財マネジメント制度ではなぜ「主体性」を重視しているのでしょうか。理由や狙いをお聞かせください。
伊藤社員一人ひとりが自ら考え、行動し、その結果に責任を持つことが、個人の成長だけでなく会社の成長にも繋がると考えているからです。
私は「主体性」と「自律性」という言葉を使い分けるように意識しています。「自律的なキャリア形成」と「主体的なキャリア形成」が同義で使われていることも見られますが、意味は異なると感じてます。
「主体的」とは、自分で考えて行動し、結果に責任を持つこと。一方の「自律的」は「律する」という言葉が示すように、一定の規範やルールの中において自分を律して行動することを指すと捉えています。
キャリアとは人生そのものに関わることです。会社内に留まりません。自分はどう生きたいか、どんなキャリアを実現したいかを起点に考え、その実現の場として、アフラックでのキャリアを築いていく。自律的である前に、社員一人ひとりが主体的であって欲しいと思い、社員の「主体性」を育む方向で制度を整えてきました。
同時に、人財マネジメント制度の実施に当たり不可欠だったのが、現場への人事権の委譲です。各役員や部署のリーダーが人財マネジメントに責任を持たなければ、主体的な組織づくりは実現しないからです。
管理職に求められる職務や人事部門の役割などが変わり、相応の対応は必要でしたが、組織全体で「主体性」を追い求めるために必要な変更だったと思います。
社員一人ひとりの判断が組織の競争力に直結する
自ら考え動く力が会社を強くする
竹長社員の主体性を高めるうえで、「主体的なキャリア形成」が重要だと考えられている理由を教えてください。
伊藤環境変化の激しいVUCAの時代は、いっそう、社員一人ひとりが主体的に考え、行動し、価値を創り出す力が重要です。社員の主体性を高めることが会社全体の競争力にも直結すると考えています。保険業界もコモディティ化しており、商品力だけで競争優位性を維持するのは難しくなりました。
当社では現在「『生きる』を創るエコシステム戦略」を推進しています。保険として病気になった時に経済的保障を提供するだけでなく、病気になる前の予防から治療、その後の生活に至るまで、人生全般を包括的にサポートすることを目指す考え方です。治療後も、QOL(クオリティ・オブ・ライフ)の観点から継続的な支援が大切になります。
こうした幅広い支援を形にする「エコシステム」を構築するとなると、多様な人財が新しい価値を考え、創り出す主体性が不可欠です。そのために、社員のキャリア形成や制度面での支援を重視しています。
施策の具体的効果が示す、社員と管理職の意識変革
一貫性ある施策でキャリア形成を後押しする
竹長御社では、社内公募制度や自己啓発支援、キャリア開発計画書など多様な仕組みを実施されています。運用するうえで特に重視しているポイントや成果について教えてください。
伊藤一番重要なのは「一貫性」を持つことだと思います。
起点となるのは「職務記述書(ジョブディスクリプション)」です。当社では、全社員が閲覧できる人事ポータルサイトに、約1,500ポスト分(2025年4月時点)の職務記述書を公開しています。社長・役員から一般社員まで、全ポジションのミッション、必要なスキルや知識・経験、そしてグレードが明示されています。
運用にはエネルギーを要しますが、公開することに大きな意味があります。なぜなら、社員が、望むキャリアには何が必要なのか、何を学ぶべきかを知ることが、主体的なキャリア形成の第一歩になると思うからです。
キャリア目標が具体化されたら、次は「能力開発計画書(3CDP)」を作成します。「3C」は「Career」「Competency」「Chishiki・Skill(知識・スキル)」のことです。職務記述書をベースに、意欲ある社員は3CDPを作成し、上司と対話しながら、目指すキャリアと能力のギャップを明確化し、具体的な能力開発のための取り組みを進めていきます。
このとき重要なのは、必要な能力を“仕事を通して”伸ばすことです。研修など座学で学ぶことも大切ですが、日々の業務の中で磨ける力は多くあります。そのため、1on1を通して上司と目標や必要な行動をすり合わせ、3CDPに落とし込むことで、具体的なキャリア開発につなげています。
伊藤こうして能力開発の目標や行動計画が明確になると、各種の施策が効果を発揮します。例えば、年間で最大10万円まで活用できる自己啓発支援金「AflacCafe」は、社外セミナーや資格取得など多様な学習に自由に使えます。
また、2022年からは社内版合同企業説明会「キャリアEXPO」を開催しています。各部署のミッションや職務内容、求める人財像、習得できるスキルや能力について、各部署の社員が直接説明を行います。
職務記述書だけではうかがい知れない実際の働き方や職場の雰囲気を知ることができると社員からも好評で、参加した部署にとっても、自部署の魅力を発信する有効な機会となっています。2024年度は70部署・約1,500名がオンラインで参加しました。
竹長こうした制度をスムーズに運営し、社員一人ひとりのキャリア形成を後押しするためには、人事部門の存在が非常に重要になると思います。制度導入を機に、人事部門の役割や在り方はどのように変化したのでしょうか。
伊藤現場に人事権を委譲する「部門型人財マネジメント」を導入する際、同時に人事部を「人財戦略部」に改称し、これからの人事部門の役割を「部門型人財マネジメントのコンサルティング」に機能変革しました。人財戦略部が現場に入り込んで、人財マネジメント上の課題解決や価値創造を各部署と共に進めています。
人財戦略部員に求められるスキルセットも大きく変化しました。そこで、人財戦略部の“人財ポートフォリオ”をデザインし、必要なスキルを可視化したスキルマップやトレーニングを実施中です。人事メンバー一人ひとりの能力を高めながら、組織全体の底上げを図っています。
社員の成長意欲と管理職のマネジメント意識の変化
竹長これまでの施策を通じて、社員の意識や行動にも変化が生まれてきているのではと感じます。実際、エンゲージメントサーベイの結果も非常に良好だったと伺っています。現場ではどのような変化が見られているのでしょうか。
伊藤大きく二つの変化が見られます。一つ目は、社員の意識です。「キャリアは自分で考えるものだ」というモメンタムが明確に醸成されたと感じています。
3CDPの作成は任意ですが、75%の社員が作成済みで、作成予定も含めると約96%に達します。これは管理職も含めた数字であり、多くの社員が自主的にキャリア形成に取り組んでいることがわかります。
二つ目は、管理職の変化です。制度改革に伴い人事権を現場に委譲したことで、上司は部下のキャリアにより真剣に向き合うようになりました。異動や昇格についても「人事が決めたこと」では説明が成立しなくなり、「人財マネジメントに責任を持つ」という考え方が浸透してきています。
こうした管理職の変化や施策の効果は、エンゲージメントサーベイにも表れています。「上司は私の成長をサポートしてくれる」と答えた社員は3年前から4ポイント上昇し73%となるなど、対話・育成の文化が現場に醸成されていることが分かります。
伊藤一方、キャリアを考える過程では、キャリアに迷いや悩みを抱える「キャリア迷子」も生じていますが、私はそれをポジティブに捉えています。将来を真剣に考えるからこそ悩みや迷いが生まれるわけですから、健全なことだと思います。
竹長エンゲージメントサーベイを実施する上で工夫されていることや、特に特徴的な結果について教えていただけますか。
当社のエンゲージメントサーベイはあえて内製化せず、世界標準の調査プラットフォームを活用しています。他社水準と比較することで、自社の位置づけを客観的に把握でき、分析も可能になります。世界平均を上回る項目は当社の強みということも分かります。
当社に特徴的なのは「個人の尊重」に関する評価の高さです。「一人ひとりを大切にしてくれている」と感じる社員が多く、コアバリューやパーパスへの共感度も95%程度にのぼります。
創業の想いである「がんに苦しむ人々を救いたい」や、ブランドプロミス「『生きる』を創る。」に共感する社員が多いことは、当社の強みであり、これからも大切にしていきたいことです。
社員の成長が会社の成長につながる未来へ
挑戦と成長を加速させる今後の人的資本戦略
竹長これまでの取り組みを通じて、社員のエンゲージメントや主体的なキャリア形成が着実に進んできたと感じます。さらなる挑戦と成長に向けて、今後の人的資本戦略には大きな期待も寄せられていると思います。今後の展開のため、直近で解決しようとしている課題は何でしょうか。
伊藤会社の長期経営ビジョンや中期経営戦略・経営戦術の実現を確かなものにしていくための基盤づくりは進んできましたが、いくつか課題も感じています。
まず、社員の挑戦心がやや弱まっていることが挙げられます。ジョブ型の人財マネジメント制度の導入により、異動や新しい経験に対して躊躇する雰囲気があり、「異動しない方が昇進しやすい」と考える傾向も見られます。本来、さまざまな仕事や部署を経験することは成長につながるものですが、短期的な負担を考えるとためらってしまうのでしょう。
人は変化を恐れるものです。だからこそ、コンフォートゾーンを抜け出し、ストレッチゾーンに身を置いて挑戦する意義を伝えていくことが、今後ますます重要になると考えています。
竹長こうした課題の解決に向け、今後取り組もうとしていることを教えてください。
伊藤三つあります。一つ目は、人財ポートフォリオに基づく戦略的・計画的な人財育成です。主体的なキャリア形成の文脈を活かしつつ、部門の戦略実現に必要な人財要件・スキルを可視化し、主体的な能力開発と結びつけていきます。
各事業戦略に必要なスキルを可視化することで、社員は自発的に学び、結果として会社の成長に必要な人財を計画的に育成できると考えています。
二つ目は、リーダー育成です。組織力・人財力を強化していくためには、現場の管理職の存在が非常に重要であるため、「リーダーシップ・トランスフォーメーション(LX)」という取り組みを進めています。
例えば、昨年、企業内大学「アフラック・リーダーシップ・アカデミー(ALA)」を開校し、一橋大学大学院と連携した実践的なプログラムを通じてリーダーの能力開発を徹底的に行っています。
三つ目は、人財の層をさらに厚くすることです。外部からも優秀な人財を積極的に採用し、社内に「健全な競争意識」を根付かせたいと考えています。新制度の導入により、社歴・年齢・性別に関係なく、意欲や能力のある若い人財が抜擢されるケースも多くあり、良い変化が見られます。
一方、昇進はゴールではなく、常に競争のある環境を構築することが重要です。人財が育つ環境を整えると同時に、外部からも優秀な人財を継続的に迎え入れることで、組織全体に健全な緊張感を保っていきたいと思います。
竹長近年は「働き方の多様化」も進んでいます。私自身は、オフィスで顔を合わせながら雑談を交わしたり、一緒に仕事を進めたりすることで得られるものは大きいと感じています。一方で、柔軟な働き方によって効率性や経済性を高めることも重要だと思います。
こうした両方の価値を活かしながら、パフォーマンスと従業員満足度を両立させるためには、どのような工夫が必要だとお考えでしょうか。
伊藤当社では「戦略的ハイブリッドワーク」のプリンシプルを策定しています。オフィスワークとリモートワークの「価値」を明確に定義し、どのように組み合わせることが、組織パフォーマンスを最大化するか、各部署のリーダーが戦略的に判断して運用するよう徹底しています。
私は、働き方の議論において「生産性」という言葉をあまり使わないようにしています。生産性の定義は個人によって異なるからです。例えば、社員は「家のほうが生産性が高い」といい、上司は「会社にこないと(チームの)生産性があがらない」というなど、噛み合わない論争が生じるからです。
その代わりに「組織価値」で考えるよう伝えています。大事なのは組織の成果を最大化することです。現状、出社率は全社平均7割程度ですが、部署やチームごとに出社日やコアタイムを合わせるなどチームとしてどう働くか考えているようです。
竹長組織価値が最大化されるか、という観点が重要ということですね。
伊藤会社にとって本当に重要なのは、組織力と人財力が高まっているか、人財力が会社の成長をリードしているかどうかです。そのために、組織が健全で、メンバーが能力を存分に発揮できる環境になっていることも欠かせません。
個人の成長が会社の成長に直結し、組織全体の成果を最大化できるような“元気な会社”であり続けたいと思っています。
竹長本日は貴重なお話をありがとうございました!

