社員のワークエンゲージメントを向上させることは、生産性や定着率にプラスの影響をもたらし、メンタルヘルス対策や人材育成しやすい環境構築にもつながります。
日本は他国に比べてワークエンゲージメントが低いとされていますが、ワークエンゲージメントの向上に取り組む企業は増加傾向にあり、中小企業であっても取り組み次第でワークエンゲージメントを高めることが可能です。
記事では、厚生労働省の資料をもとに、ワークエンゲージメント向上の研究事例や企業の取り組み事例を紹介します。
<目次>
ワークエンゲージメントとは?
ワークエンゲージメントとは、仕事に対する精神状態を示す概念の一つで、オランダ・ユトレヒト大学教授のウィルマー・B・シャウフェリの発表によって広まりました。
ワークエンゲージメントは「活力」「没頭」「熱意」の3つの要素から仕事に対する心理状態や充実度を判断します。
- 活力:仕事をしていると活力が湧いてくるという感覚
- 没頭:仕事に夢中になっている状態
- 熱意:自分の仕事に対する情熱、誇り
ワークエンゲージメントが高い社員は「活力」「没頭」「熱意」がいずれも高く、生産性に優れハイパフォーマンスとなります。仕事だけでなく組織に対するエンゲージメントも高く、離職率が低くなる傾向にあります。
ワークエンゲージメントの研究事例
少子高齢化によって生産年齢人口の減少が確実に見込まれる日本では、持続的な経済成長を実現していくことが重要な課題となっています。
課題解決のためには働きがいを持って働ける環境を整備するとともに、ワークエンゲージメントを向上させることが重要であるとされており、ワークエンゲージメントに関するさまざまな研究が行なわれています。
日本のワークエンゲージメント・スコア
日本を含めた16ヵ国のワークエンゲージメント・スコアを比較したShimazu,Schaufeli, Miyanaka, & Iwata(2010)によると、日本のワークエンゲージメント・スコアは他国と比較して低い傾向にあるとされています。
出典:https://www.mhlw.go.jp/wp/hakusyo/roudou/19/dl/19-1-2-3.pdf
ただし、この結果はポジティブな感情や態度の表現を抑制する日本固有の風潮や文化、国民性が影響している部分もあると考えられ、国別で比較してスコアが低いからといって「日本人のワークエンゲージメントは低い」と言いきれるものではありませんので、注意が必要です。
雇用形態別のワークエンゲージメント・スコア
出典:https://www.mhlw.go.jp/wp/hakusyo/roudou/19/dl/19-1-2-3.pdf
正社員と限定社員、正規雇用と非正規雇用といったように、ワークエンゲージメント・スコアを雇用形態などで比較してみると、正社員が3.41であるのに対し、限定正社員は3.51となっており、勤務地や仕事内容、労働時間などが限定されている限定正社員のほうが高い傾向にあります。これは意外に感じる人も多いかもしれません。
また、正規雇用と非正規雇用を比べた場合、「不本意での非正規雇用労働者」のワークエンゲージメントが全体的に低い水準となっているのに対し、「不本意ではない非正規雇用労働者」は高い水準となっています。
出典:https://www.mhlw.go.jp/wp/hakusyo/roudou/19/dl/19-1-2-3.pdf
つまり、正規雇用だからといってワークエンゲージメントが高いとは限らず、望んで今の職に就いたか否かが、ワークエンゲージメントに影響しているということです。異動や配置に対する納得感や、仕事に対する意味づけ(キャリアや成長・待遇など)がとても重要であることがわかります。
年収別のワークエンゲージメント・スコア
ワークエンゲージメント・スコアを年収別に比較してみると、39歳以下の社員は年収の増加にともなってワークエンゲージメントが上昇する傾向があることがわかっています。
出典:https://www.mhlw.go.jp/wp/hakusyo/roudou/19/dl/19-1-2-3.pdf
一方で40歳以降は、年収増加とワークエンゲージメントは必ずしも相関しません。
出典:https://www.mhlw.go.jp/wp/hakusyo/roudou/19/dl/19-1-2-3.pdf
年収とワークエンゲージメントの関係にはさまざまな見解があり、例えば、Zeng, Zhou, & Han(2009)では「報酬の高いホテルのメンバーほどワークエンゲージメントが高い」ことを指摘していますし、看護師を対象にしたSimpson(2009)でも「報酬とエンゲージメントに統計的優位な正の相関がある」ことを言及しています。
しかし、以上の見解は年収を上げればワークエンゲージメントが高くなるという因果関係を示したものではなく、逆に、ワークエンゲージメントが高いからこそパフォーマンスが上がり、年収も高くなったと捉えることもできます。
ただし、年収は仕事へのやりがい・貢献・評価を示すものとして、ワークエンゲージメントに一定の影響はあると考えられます。
ワークエンゲージメントと組織コミットメント
ワークエンゲージメントは、組織コミットメントを構成する「企業の理念・戦略・事業内容を理解している」「担当業務の意義や重要性を理解している」「企業の組織風土に好感を持っている」のいずれとも相関関係にあることがわかっています。
上記の傾向も「ワークエンゲージメントが高まるから組織へのコミットメントが高まる」と断言できるわけではなく、「組織へのコミットメントが高まるからこそ、ワークエンゲージメントが向上する」という因果関係である可能性も示唆できますが、いずれにしろ、両者は密接に関係して相関していることは事実です。
出典:https://www.mhlw.go.jp/wp/hakusyo/roudou/19/dl/19-1-2-3.pdf
ワークエンゲージメントと定着率・離職率
ワークエンゲージメントが高いと、新入社員の定着率は向上する傾向にあります。
人手不足企業であっても同様のことがいえ、ワークエンゲージメント・スコアが3以下の場合は新入社員の定着率(入社3年後)が低下している企業が多く、逆に、ワークエンゲージメント・スコアが4以上の場合は人手不足企業の多くで定着率が上昇しています。
出典:https://www.mhlw.go.jp/wp/hakusyo/roudou/19/dl/19-1-2-3.pdf
また、社員全体で見ても、ワークエンゲージメントの高さと離職率の低下には正の相関があることが分かっています。
出典:https://www.mhlw.go.jp/wp/hakusyo/roudou/19/dl/19-1-2-3.pdf
ワークエンゲージメントと労働生産性
ワークエンゲージメントを高めると、社員個人の労働生産性は向上します。これも「社員個人の労働生産性が高いからワークエンゲージメントが向上している」という逆方向の因果関係も考えられますが、感覚としては、ワークエンゲージメントの向上が個人の労働生産性の向上につながる可能性は高いでしょう。
ワークエンゲージメントと労働生産性における正の相関は、人手不足企業においても同様の傾向が確認できます。
出典:https://www.mhlw.go.jp/wp/hakusyo/roudou/19/dl/19-1-2-3.pdf
ワークエンゲージメントは企業の労働生産とも正の相関が見られ、ワークエンゲージメントのスコアが1単位上昇すると、企業の労働生産性が1%~2%程度上昇する可能性があると見られています。
出典:https://www.mhlw.go.jp/wp/hakusyo/roudou/19/dl/19-1-2-3.pdf
ワークエンゲージメントが高い企業の事例
ワークエンゲージメントを高める取り組みはすでに多くの企業で導入されており、導入した多くの企業が効果を実感しています。本項では、ワークエンゲージメントが高い企業の事例として以下の3社をご紹介します。
株式会社福井
株式会社福井は、創業100年を越える金物製造卸売業の老舗企業で、2018年からワークエンゲージメントの測定システムを導入しています。当初は物流センターのメンバーの点数が相対的に低く、原因を探っていくとマンパワー不足という課題が浮き彫りになりました。
分析も踏まえながら、物流センターのメンバーを増員したところ、ワークエンゲージメント・スコアが劇的に改善したわけではないものの、物流センターのメンバーの離職が止まり、最低限の効果を実感することができました。
それからというもの、「コミュニケーションは質より量である」をモットーに定期的な1on1を実施し、仕事の話に限らずざっくばらんな話をするようにしています。1on1導入の結果、ワークエンゲージメント・スコアの改善が見られるとともに、離職率の急激な低下も確認されています。
また、定期的にワークエンゲージメントを測定することで、生じている問題が可視化され、解決に向けたアクションが取りやすくなったとも実感されています。
株式会社 FICC
株式会社 FICCはブランドマーケティングを提供するデジタルエージェンシーで、戦略立案から施策実行までの一貫したサービスを提供しています。
最初は「一緒にやってきた仲間が辞めてしまうのがもったいない」という思いから、何かできることがないかと調べるうちにワークエンゲージメントという概念にたどり着いたそうです。
ワークエンゲージメントの測定システムを導入してからは月に1回のペースでスコアを把握しており、低下を認知した場合は原因の仮説を立てて、状況を確認することで、スピーディに対策が講じられるようになったそうです。
また、ワークエンゲージメント・スコアの可視化はマネージャーにとっての客観的評価となり、管理職による人材マネジメントの効率化にもつながっています。
Sansan 株式会社
Sansan 株式会社は、名刺を主軸としたサービスで事業を展開している会社です。人事施策の基本方針として「メンバーの強みを最大限に活かす組織作り」を掲げており、組織のパフォーマンス向上を目的にワークエンゲージメントの測定を始めました。
ワークエンゲージメントの測定は1ヵ月に1回のペースで実施され、平均7名ほどのチーム単位でも結果を分析しています。
メンバーを個人としてだけではなく、チームとしてとらえ、課題が生じている組織と個人を可視化することで、組織に足りないものに向き合うことができ、更なる組織改革に挑戦できるようになったといいます。
ワークエンゲージメントが高い企業に共通する特徴
細かな施策の違いはありますが、ワークエンゲージメントが高い企業ではワークエンゲージメントの測定システムを導入しており、ワークエンゲージメントを数字で計測・追跡し、改善のPDCAを回しています。
仕事環境の整備やコミュニケーション活性化、企業のミッション・ビジョンの浸透、成長機会の提供など、ワークエンゲージメントを高める施策は数多くありますが、どれが自社にとって効果的なのかはやってみなければわからないというのが現状です。
したがって、ワークエンゲージメントのサーベイツールを導入し、施策の効果を検証するとともに、うまくいった施策を強化し、うまくいかなった施策を改善あるいは撤廃するなど、PDCAを回していくことが重要です。
まとめ
厚生労働省の研究事例からもわかるとおり、ワークエンゲージメントは労働生産性、組織コミットメントや定着率などと正の相関があります。したがって、ワークエンゲージメント向上は、いずれの企業にとっても取り組む価値がある施策だといえるでしょう。
ワークエンゲージメントは給与や待遇など外発的動機づけだけで決まるものではなく、組織の規模に関わらず、向上のための施策を実施することは可能です。施策実施の際は、サーベイツールを導入して、施策の結果を数字で追跡して、組織の健康診断とPDCAを回していくことがとても重要です。