人の立場に身を置く|デール・カーネギー『人を動かす』

人の立場に身を置く|デール・カーネギー『人を動かす』

イソップ童話の「北風と太陽」は、多くの人が一度は耳にしたことのある物語のひとつだと思います。
ある日、北風と太陽は、「どちらが通りすがりの旅人の外套を脱がせることができるか?」を勝負することになりました。北風は外套を吹き飛ばそうと全力で風を起こしますが、寒さのあまり旅人は力いっぱい外套を押さえしまい吹き飛ばすことはできません。次に太陽がジリジリと照りつけたところ、旅人は暑さに耐え切れず、今度は自分から外套を脱いでしまったというお話です。

 

「北風と太陽」の物語からは、人を動かすためには命令や強制ではなく、相手が自ら動いてくれるように導くことが大切であることが分かります。

 

世界中でベストセラーとなった書籍『人を動かす』の著者デール・カーネギーは、相手に自ら動いてもらうためには、人の立場に身を置き、相手が欲しいものをテーマとして、それを手に入れる方法を教えてあげることが不可欠であると言っています。

 

本記事では、書籍『人を動かす』より、相手に自らの意思で行動を起こしてもらうために最も基本となる「人の立場に身を置く」について解説します。

 

なお、本原則は書籍では「人の立場に身を置く」ですが、デール・カーネギー研修の受講者に配られるゴールデンブックでは「強い欲求を起こさせる」という、何を実現する必要があるかをより明確にした表現で記載されています。2つを併せてみると、人を動かすには何をする必要があるかがより明確に分かります。本記事内では書籍の表現に合わせて解説していきますのでご了承ください。

<目次>

書籍『人を動かす』とデール・カーネギー

記事では最初に、書籍『人を動かす』と著者のデール・カーネギーについて簡単に紹介します。

 

デール・カーネギーの生い立ち

アメリカ・ミズーリ州の農家で、1888年にデール・カーネギーは生まれました。大学を卒業したカーネギーは、教師、セールスマン、行商人、そして役者といった様々な職に就きますが、どの仕事も長続きしませんでした。

 

そんな中で転機となったのが、YMCAが設けた弁論術の講師の仕事です。カーネギーは、大学時代に熱を入れて学んだ弁論術のスキルを活用し、講義は瞬く間に大評判となりました。やがて、カーネギーは独立して研究所を設立します。その後も人間関係の構築や人前でのスピーチ、プレゼンテーションで悩みを抱える多くの人たち向けのトレーニング講座で人気を博し、カーネギーの名は一躍有名となりました。

 

『人を動かす』の概要

好ましい人間関係を築き、人に良い影響を与える原理原則をまとめた『人を動かす』は、カーネギーの名を一躍有名にした書籍です。『人を動かす』が初めて世に出たのは、1937年のことです。

 

今から80年以上も前に出版された同書ですが、その内容は今でもまったく色あせることなく、『人を動かす』は2022年時点でもアマゾンのビジネス書の売れ筋ランキングにランクインしています。『人を動かす』に書かれた教えは、時代や文化を越えて、現代社会に生きる私たちにとっても、至極の原則であると言えます。

 
『人を動かす』について知りたい人は、以下の記事で内容を要約しているので参考にしてください。

「人を動かす三原則」とは?

『人を動かす』は、「人を動かす三原則」「人に好かれる六原則」「人を説得する十二原則」「人を変える九原則」の4パートで構成されており、全部で30の原則が紹介されています。

 

本記事のテーマである「人の立場に身を置く」は、最も根幹となる「人を動かす三原則」のひとつです。「人の立場に身を置く」の詳細に入る前に、本章では「人を動かす三原則」について簡単に紹介します。

 

1)盗人にも五分の理を認める

人は誰しも、「自分のしている行いは正しい!」「たとえ間違っているにしても、やむを得ない事情があるから、自分は悪くないのだ!」と考える傾向にあります。このことは、数々の悪事や罪を犯した人物であっても、例外ではありません。

 

カーネギーは『人を動かす』の中で、凶悪犯クローレーと全米を震え上がらせた暗黒街の王者アル・カポネという2人の事例を紹介しています。いずれも近代社会で稀にみる悪事を働いた人物でしたが、彼らですら、自分は可哀そうな人間であり、正しいことをして生きてきたのだと心底信じており、罰を受けるのは不当だと訴えたというのです。

 

「自分は正しいのだ!」と信じている人に対して、正面から批判や非難をしたところで、相手が間違えを認めたり行動を変えたりすることは期待できません。むしろ、批判・非難することで、相手は心理的な防御を固めたり、反発心を抱いたりするなど、人を動かすとは正反対の結果をもたらすでしょう。

 

たとえ、客観的に見て相手が間違っているとしても、「人を(心から)動かす」という観点から考えれば、相手を正面切って批判することには、何の意味もありません。相手を批判・非難する代わりに、相手の行動の“理由”、「なぜそうせざるを得なかったのか?」という事情を聞いてあげることが大切です。

 

2)重要感を持たせる

私たちは皆、心の底で「自分は重要な存在である」と他者から認めて欲しいと願っています。だからこそ、相手の自己重要感を満たすことが、人を動かすうえで不可欠であるとカーネギーは強調します。重要感を持たせる上では、相手を心から称賛し、惜しみなく褒めることが肝心です。

 

お世辞や表面的な賞賛は逆効果です。相手が持っている優れた点、努力、熱意、成果などを発見し、素直に、心から賞賛するということです。気持ちを込めて、また、具体的に優れた個所に触れることで、相手の自己重要感はしっかりと満たされます。相手の自己重要感を満たすことは、人を動かすための第一歩と言えます。

 

3)人の立場に身を置く

私たちは往々にして、自分の利益や都合だけを考えて、相手を動かそうとします。しかし、人は自身の中に強い欲求が生じない限り、自ら進んで行動を起こすことはありません。相手に自ら動いてもらうためには、相手が欲しいものをテーマにして、それを手に入れる方法を教えてあげることが肝心です。

 

相手が欲しいもの、相手を動かす強い欲求が何かを知るためには、まず相手の立場に立つことから始める必要があります。「自分」ではなく「相手」の立場・視点に立ち、「相手の望みは何なのか?」「相手は何を大切にしているのか?」に焦点を当てて考えるということです。

 
「人を動かす3原則」については以下の記事で詳しく解説しています。

「人の立場に身を置く」の詳細と実践

本章では、記事のメインテーマでもある「人の立場に身を置く」について詳しく解説します。

 

1.人が何か行動を起こす時には何かしらの動機がある

人が行動を起こす時、そこには何かしらの動機・理由が存在します。冒頭ではイソップ童話の「北風と太陽」を引用しましたが、北風のように力づくで動かそうとしても、大概の人は反発したりガードを固めたりするので、期待する結果にはなりません。太陽のように、相手に自らの欲求で動いてもらうための働きかけこそが重要になります。

 

職位や権力を使って“無理やり従わせる”、“力づくで相手を動かす”といったことも、表面的あるいは一時的には出来るかもしれません。しかし、このやり方では、相手は“言われたから”、“指示を破って怒られたくないから”という理由で行動するに過ぎません。熱意や工夫はなく、当然、高いパフォーマンスが発揮されることもないでしょう。

「人間の行動は、心のなかの欲求から生まれる……だから、人を動かす最善の法は、まず、相手の心のなかに強い欲求を起こさせることである。商売においても、家庭、学校においても、あるいは政治においても、人を動かそうとするものは、このことをよく覚えておく必要がある。これをやれる人は、万人の支持を得ることに成功し、やれない人は、ひとりの支持者を得ることにも失敗する」
(デール・カーネギー『人を動かす』より引用)

 

2.相手の求めるものが何か知る

相手に強い欲求を起こさせるための大切なポイントは、相手の求めるものが何かを知ることです。このことについて、カーネギーは魚釣りの例えを用いて分かりやすく説明しています。

“夏になると、私はメーン州へ魚釣りにいく。ところで、私はイチゴミルクが大好物だが、魚は、どういうわけかミミズが好物だ。だから魚釣りをする場合、自分の好物のことは考えず、魚の好物のことを考える。イチゴミルクを餌に使わず、ミミズを針につけて魚の前に差し出し、「一つ、いかが」とやる。”
(デール・カーネギー『人を動かす』より引用)

イチゴミルクが好きな人は多いかもしれません。しかし、自分がイチゴミルクを好きだからといって、イチゴミルクを餌にしても魚は釣れません。魚が好きなのはイチゴミルクではなく、ミミズだからです。私たちが苦手とするミミズを魚が好むように、好むもの・求めるものは様々であり、自分とは異なります。相手に欲求を起こさせるためには、まず相手の求めるものが何かを理解することが大切です。

 

このことは、言われてみると当たり前の話です。しかし、私たちはビジネスの現場でついついこの原則を忘れてしまいがちです。

 

例として、組織における業務の目標設定について考えてみましょう。多くの組織では、期首に事業計画が立てられ、それが部門や支店の目標へとブレイクダウンされ、さらにチーム、そして、個人の目標へと落とし込まれます。この仕組みは、社員個人の努力を組織全体の成果につなげるという意味では、非常に合理的です。

 

しかし、この時、各個人に設定された目標は「本人にとって達成したいと思う目標」、一人一人にとって「求めるもの」になっているでしょうか。「何としても達成したい!」と思える目標にするためには、「目標を達成すること」と「各個人が望んでいるもの」がどうつながるかを紐づけて伝えてあげる必要があります。

 

目標達成のために頑張る理由は、ある人にとっては昇進かもしれませんし、別の人にとっては賞与かもしれません。夏休みに家族と少し豪華な海外旅行を楽しみにする人、転職しても通用するスキル・能力向上が一番だという人、「この会社で自分はやっていける!」という自信が欲しい人・・・などなど、求めるものは社員それぞれ様々です。

 

しかし、多くの組織や上司が、社員が何を求めて仕事や目標達成に取り組んでいるのか?を理解するプロセスを怠って、「給与をもらっているのだから、文句を言わずに与えられた目標を達成しなさい」と相手の立場にならず、指示と命令で人を動かそうとしています。これは論理的に間違っているわけではありません。しかし、人を動かすアプローチにはなっていません。

 

「何のために目標達成を頑張るのか?」「何を求めて仕事に取り組むのか?」は、ひとりひとり違います。だからこそ、「給与をもらっているのだから、与えられた目標を達成しなさい」と当たり前のように指示するのではなく、各メンバーが仕事を通じて得たいものをテーマにして、それを得る方法を一緒に考え伝えてあげることが大切です。それが、結果として、メンバーのモチベーションやパフォーマンスを大きく引き上げて、組織の目標を達成することにつながります。

 

3.相手の立場に身を置き、相手の視点から物事を考える

相手が何を求めているか?は、相手の立場に身を置いて、相手の視点から考えることで、ようやく理解できます。『人を動かす』の中で、カーネギーは自身が目にしたエピソードを引用して分かりやすく説明しています。

“エマーソンとその息子が、小牛を小屋に入れようとしていた。ところがエマーソン親子は、世間一般にありふれた誤りを犯した──自分たちの希望しか考えなかったのである。息子が小牛を引っ張り、エマーソンが後ろから押した。小牛もまたエマーソン親子とまったく同じことをやった──すなわち、自分の希望しか考えなかった。四肢を踏んばって動こうとしない。

見かねたアイルランド生まれのお手伝いが、加勢にやってきた。彼女は、論文や書物は書けないが、少なくともこの場合は、エマーソンよりも常識をわきまえていた。つまり、小牛が何をほしがっているかを考えたのだ。彼女は、自分の指を小牛の口に含ませ、それを吸わせながら、優しく小牛を小屋へ導き入れたのである。”
(デール・カーネギー『人を動かす』より引用)

“自分の視点、自分の都合”で考えている限り、相手が何を求めているか?は見えてはきません。上記のエピソードでは、エマーソン親子が自分たちの都合で子牛を動かそうとしましたが、ビクともしませんでした。それとは対照的に、お手伝いの女性は「子牛は何を欲しがっているのだろうか?」とまず考えました。

 

子牛の目線・気持ちになって考えた結果、母牛の母乳に見立てて誘導することで、子牛をすんなりと小屋へ入れることに成功したのです。

 

このように、自分ではなく、「人の立場、相手の気持ち」に焦点を当てて考えてみることで、相手が望むものが見えてきます。相手が望むものが見えてくれば相手を動かすことができます。

 

時には、相手の要望をなかなか掴めない場合もあるかもしれませんが、心配することはありません。分からない時は、シンプルに相手に訊けばよいのです。お互いの人間関係ができてさえいれば、きっと相手は喜んで教えてくれるでしょう。その上で、相手が欲しいものを手に入れる方法を一緒に考え、伝えてあげることで、相手は自発的に行動を起こすでしょう。

まとめ

記事では、デール・カーネギーの著書『人を動かす』より、人を動かす三原則のひとつである「人の立場に身を置く」をテーマに解説しました。

 

誰かに動いて欲しい時、私たちは「こうしなさい」「ああしなさい」と自分の都合で相手に要求しがちです。ビジネスにおいて上下関係などがあれば、それで一時的に相手を動かすことはできるかもしれません。しかし、その行動には相手の気持ち、熱意はこもらないことになるでしょう。

 

人を真剣が動かす唯一の方法は、相手に自ら動きたくなる気持ちを起こさせることです。そのためには人の立場に身を置いて、相手が求めるものを理解することが大切です。

 

「人の立場に身を置く」は、ビジネスの場だけでなく普段の人間関係においても、効果を発揮する原則です。この原則を意識して実践することで、相手が気持ちよく動いてくれるようになり、お互いにとって最良の結果がもたらされることになるでしょう。

 

なお、HRドクターを運営する研修会社ジェイックでは、米国デールカーネギー・アソシエイツ社と提携して、日本でデール・カーネギー研修を提供しています。
 

「管理職のマネジメント力を高めたい」「営業職の営業力をあげたい」とお考えの人は、以下のデールカーネギー研修、セミナーの情報を参照してください。

著者情報

近藤 浩充

株式会社ジェイック|常務取締役

近藤 浩充

大学卒業後、情報システム系の会社を経て、ジェイックに入社。執行役員としてIT技術者の派遣を行う「IT戦略事業部」の創設、全社のマーケティング機能を担う「経営戦略室」室長を歴任。取締役/教育事業部長として、社内の人材育成、マネジメントで手腕を磨く。2013年には中小企業向け原田メソッド研修の立ち上げを企画推進し、自部門および全社の業績を向上させた貢献により、常務取締役に就任。カレッジ事業本部長、マーケティング本部長、教育事業本部長等を歴任。

著書、登壇セミナー

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