組織変革の原点と「ティール型組織」であり続ける理由
事業拡大に伴う組織課題の顕在化
近藤貴社は「ティール組織」という概念が一般化する以前から、その形態を自然と取り入れ、事業を拡大されてきました。まず、現在に至るまでの組織体制やカルチャーがどのように変わってきたのかお聞かせください。
柴田弊社は2002年にBNPL(後払い決済)サービスを開始しました。当時は、クレジットカードが普及しつつあったものの、銀行振込による前払い決済が主流であり「代金を振り込んだのに商品が届かない」といった問題が発生していたのです。
そこで「先に商品を受け取り、後で支払う」というBNPL事業を展開させていったところ、手軽さと安心感が大きな強みとなり、事業拡大に至りました。
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柴田私自身は、BNPL事業の黎明期に弊社に参画し、2004年に代表取締役に就任しました。代表として組織の成長を担う中で、二つの大きな課題に直面しました。
一つは、組織の階層構造や部門の壁が情報流通や社員の意欲を阻害していると感じていたこと、もう一つは、いわゆる管理職としてのマネージャーを置くと、それ以外の社員から経営的な視点や意思決定の意識を奪ってしまうことです。これら階層型組織の弊害が、組織を分断する要因であり成長の足かせとなっていました。
そこで目指したのが、階層や壁がない組織です。私は、ドラッカーなどの書籍を熟読し「権限委譲」こそが鍵だと考えていました。私自身、権限をどんどんマネージャーに渡していきましたが、マネージャーが委譲された権限をその下のメンバーに渡さないことが多く、その結果として様々な部門であらゆる問題が発生する状況が続いていました。
ティール型組織の始まりと組織文化の確立
近藤「階層や壁がない組織」と言うのがまさに、後に「ティール組織」と呼ばれる概念だと思いますが、実現に向けた具体的な変革プロセスはどのようなものだったのでしょうか。
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柴田具体的な取り組みの一つは、採用戦略の見直しです。応募者の経歴やスキルよりも「組織全体の共創を重視できるか」という点を重視しました。特定の個人が権限を独占したり、自己評価の追求を優先したりすることで、組織の自律性や協調性が損なわれることを防ぐためです。
また、2012年から約1年をかけて当時いた全社員で議論し、MVV(ミッション・ビジョン・バリュー)を根本から作り直しました。
その背景には、2007年から新卒採用を開始し、優秀な人材が入ってきたことから来る「これだけ優秀な社員がいるのだから、全員が育つ環境にしなければならない」という危機感がありました。
同時に、当時の社員の過半数が「従来の“ボスマネジメント”ではないマネジメントスタイルが良いのではないか」という私の考えに共感していたため、過半数の支持がある今が変革の好機だとも判断しました。
社員には「MVVの検討を事業推進くらい重視してほしい」「自分が社長ならどうするか考えてほしい」などと伝え、ワークショップや合宿などを行いながら理想の組織スタイルを追求しました。
近藤全社員での議論では、どのような意見が出たのでしょうか。
柴田「プラットフォームを志向する会社になっていくべきだ」「多様性を受け入れられる会社でありたい」「次々と事業を生み出す会社でありたい」などの意見が出ていました。まさに今の弊社のミッションである「つぎのアタリマエをつくる」に近いものです。
同時に、理念を実行するうえで、当時の組織の「歪み」も浮き彫りになりました。特に優秀な新卒社員たちから「ミッションに対して、現場では別の行動が取られていますよね」など、明確な「歪み」を指摘する意見が出たのです。
社会に染まりきっていない彼らが「歪んでいる」と言うのであれば正すべきだと思い、「歪み」を一つずつ取り除いていった結果が、今の組織の形です。
結果として、議論を始めた当初から社員の半数が退職するという試練を伴いましたが、新しいスタイルに賛同する人材だけが残り、その後は「組織全体の共創を重視できるか」という明確な基準のもと採用を続けたため、組織はさらに強化されたと思います。
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近藤現場で働く社員の声を聞いて、改善されていったのですね。こうした現場の声を聞くために、何か仕組みがあったのでしょうか。
柴田特に仕組みはなかったのですが、そういった批判や変革を求める声がダイレクトに社長である私に入ってくる環境はあったと思います。
当時はまだ社員数が少なかったことに加え、私も新卒研修を担当したり、飲み会に顔を出したりと、コミュニケーション量を増やすよう努力をしていました。だから新入社員からも積極的に声が上がってくるようになったのかもしれません。






