近年の日本では、少子高齢化が加速するなかで、国策として高齢者雇用が促進されています。こうしたなかで2021年4月1日に施行されたのが、改正高年齢者雇用安定法です。
現時点で対象となるようなシニア社員がいない企業では、改正高年齢者雇用安定法に基づく環境整備が遅れていたり、具体的に何をすべきかわからないこともあったりするかもしれません。上述のように高齢者雇用の確保は国策であり、今後も推進されていくと考えられますので早めに把握・対応しておくことが望ましいでしょう。
本記事では、まず高年齢者雇用安定法の概要と法律の改正背景を確認します。そのうえで、高年齢者雇用安定法の改正で企業に求められる措置と、70歳までの就業機会の確保に向けて企業がやるべきこと、高齢者雇用で活用できる助成金・給付金を紹介します。
<目次>
- 高年齢者雇用安定法とは?
- 高年齢者雇用安定法改正の背景
- 高年齢者雇用安定法の改正で企業に求められる措置
- 高年齢者雇用確保措置における努力義務の「努力」とは?
- 70歳までの就業機会の確保に向けて企業がやるべきこと
- 高齢者雇用で活用できる助成金や給付金
- まとめ
高年齢者雇用安定法とは?
高年齢者雇用安定法とは、少子高齢化が急速に進み労働人口が減少するなかで、日本経済を維持し、働く意欲がある誰もが年齢に関わりなく能力を十分に発揮できるようにするために、高年齢者が活躍できる環境整備を図る法律です。
従来の高年齢者雇用安定法では、65歳までの雇用確保を主眼として、事業主には以下2つが義務付けられていました。
- 60歳未満定年の禁止(高年齢者雇用安定法第8条)
- 65歳までの雇用確保措置の実施(高年齢者雇用安定法第9条)
また、定年を65歳未満に定めている事業主は、高年齢者雇用確保措置として以下のいずれかを講じる必要がありました。
- 65歳までの定年引き上げ
- 定年制の廃止
- 65歳までの継続雇用制度(再雇用制度・勤務延長制度)の導入
なお、継続雇用制度は、原則として「希望者全員」に適用する必要があります。
参考:高年齢者雇用安定法改正の概要~70歳までの就業機会の確保のために 事業主が講ずべき措置(努力義務)等について~ 令和3年4月1日施行(厚生労働省)
高年齢者雇用安定法改正の背景
2021年に高年齢者雇用安定法が改正された背景には、少子高齢化がこれまで以上に進展し労働人口が減少していくなかで、日本経済を維持するために高齢者雇用を推し進めたいという国の方針があります。
また、高齢者の歩行速度は2006年までの10年で“約10歳若返った”というデータなどもあり、近年では従来の定年年齢を過ぎても、働ける状態の高齢者が増えています。さらに、年金制度の不安、長寿化などもあるなかで、70歳以降まで働くことを希望する高齢者も8割にのぼっています。
ただし、“働き続けたい”という要望と同時に、男性の4割弱がパートタイムを希望、女性は7割がパートタイムを希望しているなど、働き方の多様なニーズがあることを知っておく必要もあります。
出典:生涯現役社会に向けた雇用制度改革について(経済産業省)
高年齢者雇用安定法の改正で企業に求められる措置
今回の改正で、2021年4月1日以降は、70歳までの就業機会の確保が努力義務とされるようになっています。そのため、70歳までの継続雇用制度を未導入の場合、以下いずれかの措置を取る必要があります。なお、高年齢者雇用確保措置とは、以下の措置の総称です。
- 1.70歳まで定年年齢を引き上げ
- 2.70歳までの継続雇用制度(再雇用制度・勤務延長制度など)を導入(他の事業主によるものを含む)
- 3.定年制を廃止
- 4.70歳まで継続的に業務委託契約を締結する制度の導入
- 5.70歳まで継続的に以下の事業に従事できる制度の導入
- a.事業主が自ら実施する社会貢献事業
- b.事業主が委託、出資(資金提供)などをする団体が行なう社会貢献事業
高年齢者雇用確保措置における努力義務の「努力」とは?
70歳までの就業機会の確保は努力義務です。したがって、措置を講じなかったことに対する罰則はありません。しかし、改善の勧告に従わない場合は、社名公表もありえます。
また、少子高齢化が進むなかで、高齢者の雇用促進は国策になっています。従って、今後も、さまざまな取り組みが進むことは間違いありません。
そう考えると、現時点で努力義務でも、どこかで完全義務化されることも十分予測できます。早めに努力義務に対応し、また、高年齢者が働ける環境整備に着手しておくことが望ましいでしょう。
70歳までの就業機会の確保に向けて企業がやるべきこと
改正高年齢者雇用安定法に基づき70歳までの就業機会の確保をするうえでは、以下のような準備を進める必要があります。
高齢者が働きやすい職場環境の構築
シニア社員が70歳まで働き続ける場合、役職定年制によって課長などの管理職から外れたり、正社員からパートなどの非正規雇用になったりすることも珍しくありません。
このように働き方や役職が変わった場合、いわゆる組織のリーダーではなくなったシニア社員のモチベーションを維持するとともに、組織への貢献意欲を高める環境整備が必要になります。
たとえば、シニアアドバイザーという役職・肩書を付与することで、管理職ではなくなった喪失感の解消や、これまでの豊富な経験を活かすような取り組みを行なう企業もあります。ただし、シニア社員の継続雇用でモチベーション維持させるための環境整備においては、現役社員に不公平感が生じないような配慮も必要です。
賃金制度の再設計
高齢者雇用に関する制度改正は、高年齢者雇用安定法だけではありません。たとえば、2022年4月以降は、働くシニア社員の年金受給額に関する改定を毎年実施する在職定時改定制度が創設されるようになります。
また、法律で定めた水準以上の収入がある高齢者の年金額を減額もしくは支給停止にする仕組み(在職老齢年金制度)も改正されました。在職老齢年金制度が改正されたことで、60歳以上の社員の賃金見直しが必要になる可能性があります。
就業規則の変更と届出
常時10人以上の労働者を使用する使用者は、定年や高年齢者の雇用確保措置、就業確保措置の変更・新設を行なう場合、就業規則を変更し、所轄の労働基準監督署長に届け出る必要があります。
なお、高年齢者就業確保措置の段階的導入や業務委託契約の締結などを始める場合、事業主は過半数労働組合などとの間で十分に協議したうえで、過半数労働組合などの同意を得ることが望ましいです。
高齢者雇用で活用できる助成金や給付金
改正高年齢者雇用安定法に基づく高齢者雇用を開始するに際して、環境整備や準備にコストがかかる場合もあるでしょう。環境整備に際しては、厚生労働省が運用する65歳超雇用推進助成金を活用するのもおすすめです。
2022年度時点では65歳超雇用推進助成金には、以下3つのコースが用意されています。各コースの概要を紹介しますので使えそうなものがあれば、ぜひ検討してください。なお、助成金は年度毎に変更もありますので、必ず厚生労働省のホームページで最新情報を確認してください。
65歳超継続雇用促進コース
2022年4月1日以降に、労働協約または就業規則によって以下の措置を講じたときに申請できる助成金です。
- 65歳以上への定年引き上げ
- 定年の定めの廃止
- 希望者全員を66歳以上の年齢まで雇用する継続雇用制度の導入
- 他社による継続雇用制度の導入
65歳超継続雇用促進コースでは、1事業主につき1回限りの支給を可能としています。申請には、7つの要件を満たす必要があります。
なお、2020年度末までに65歳超継続雇用促進コースを使って70歳未満の雇用確保制度を導入していた事業主が、2022年4月1日以降に70歳以上の措置を講じる場合は、すでに受給した額を差し引いての支給となります。
高年齢者評価制度等雇用管理改善コース
高年齢者の雇用管理制度の整備などにかかる措置を、就業規則または労働協約に定め、以下によって実施をしたときに受給できるコースです。
1.雇用管理整備計画の認定
次の高年齢者のための雇用管理制度の整備等の取組に係る「雇用管理整備計画」を作成し、(独)高齢・障害・求職者雇用支援機構理事長に提出してその認定を受けること
高年齢者の雇用の機会を増大するための能力開発、能力評価、賃金体系、労働時間等の雇用管理制度の見直しもしくは導入または医師もしくは歯科医師による健康診断を実施するための制度の導入
2.高年齢者雇用管理整備の措置の実施
(1)の雇用管理整備計画に基づき、同計画の実施期間内に高年齢者雇用管理整備の措置を実施すること
高年齢者無期雇用転換コース
50歳以上かつ定年年齢未満の有期契約労働者を、以下の方法で無期雇用労働者に転換させたときに受給できるコースです。
1.無期雇用転換計画の認定
「無期雇用転換計画」を作成し、(独)高齢・障害・求職者雇用支援機構理事長に提出し、その認定を受けること
2.無期雇用転換措置の実施
(1)の無期雇用転換計画に基づき、当該計画の実施期間内に、高年齢の有期契約労働者を無期雇用労働者に転換すること
3つのコースの支給額や詳しい要件などは、以下のページを確認してください。
まとめ
少子高齢社会へと加速する近年の日本においては、労働人口の急激な減少を食い止めるために高齢者雇用が促進されています。それに伴って、2021年4月1日には高年齢者雇用安定法の新制度が施行されました。
改正高年齢者雇用安定法では、以下の高年齢者雇用確保措置のうちいずれかを実施することが、企業の努力義務になっています。
- 1.70歳までの定年年齢引き上げ
- 2.70歳までの継続雇用制度(再雇用制度・勤務延長制度など)導入(他の事業主によるものを含む)
- 3.定年制の廃止
- 4.70歳まで継続的に業務委託契約を締結する制度の導入
- 5.70歳まで継続的に以下の事業に従事できる制度の導入
- a.事業主が自ら実施する社会貢献事業
- b.事業主が委託、出資(資金提供)などをする団体が行なう社会貢献事業
こうした70歳までの雇用確保を進める上で、企業にはシニア社員のモチベーション維持や環境整備をする必要もあります。高齢者雇用は国策であるため、今後もより強く推し進められると想像されます。
厚生労働省では、65歳超雇用推進助成金などの制度も用意しています。シニア社員を継続雇用する環境がまだ整っていない企業は、助成金などを活用しながら、早めに整備したほうがよいでしょう。