社会や市場に厳しい変化が生じる近年、社員一人ひとりの自立や主体性につながるエンパワーメントに関心を持つ企業が増加しています。エンパワーメントを効果的なものとするためにはいくつかの点に注意をする必要があります。
記事では、エンパワーメントの意味や注目される背景、効果的なエンパワーメントを行なうためのポイントを解説します。
<目次>
エンパワーメントとは?
エンパワーメントという単語の一般的な意味は、「個人のパフォーマンスを最大限に引き出し、自分で判断・行動できるように促す」ことです。エンパワーメントは、個人や集団の潜在能力を発揮させることであり、古くから社会活動や教育といったさまざまな分野で使われる言葉です。
上記の意味から転じて、ビジネスの世界でも良く使われるようになったエンパワーメントは、「権限委譲」という意味で使われるのが一般的です。「権限委譲して自己決定権を与えることで、内発的動機付けを強化して個人のパフォーマンスを最大限に引き出す。
また、意思決定の経験を積むことでリーダーシップを育成する。さらに、現場が意思決定することで、顧客に最適なサービスを提供し、変化に対応できる組織を作る」ことがビジネスにおけるエンパワーメントの目的です。
ただし、実際のビジネス現場では、社員にいきなり権限だけを渡しても、エンパワーメントの目的は達成できません。場合によっては、「丸投げされた……」と不満につながることもあり得ます。「どのようなステップを踏んで権限を与えれば、エンパワーメントの効果を出せるか?」が、多くの企業が直面する課題です。
エンパワーメントが注目される背景と効果、活用メリット
まずエンパワーメントが企業に注目される背景と効果、活用メリットを解説します。
現場に即したスピーディーな意思決定と変化対応力の向上
近年、グローバル化やIT化によって環境変化のスピードやダイナミックさ、また顧客ニーズの多様化が進んでいます。
安定が続かず変化も激しい状況下で企業に求められるのは、環境変化に対応する柔軟性とスピーディーな意思決定です。
エンパワーメントの導入がうまくいくと、現場に権限が委譲されることで、組織としてスピーディーに日常の意思決定を進めることができます。顧客のことを理解した現場の意思決定だからこそ変化に即して顧客に最適なサービス提供などを実施することが出来るでしょう。
また、日常の意思決定から解放されることで組織の上層部はより大きなスケールで市場の変化を読み解いたり、中期的な意思決定に集中したりすることができます。組織として、日常の意思決定、中期方針や戦略の意思決定、2つのレイヤーで外部環境にスピーディーに対応することができれば、組織の変化対応力は強靭なものとなるでしょう。
モチベーションやエンゲージメントの向上
エンパワーメントによる権限委譲は、自分で考えながら仕事を進め、自身の意思決定によって成果を出せる状況を生み出します。
人は誰もが生まれながらにして「自分のことを自分で決めたい」という欲求を持っています。したがって、エンパワーメントによって、自分で意思決定して仕事を進められる「自己決定権」が得られると、メンバーの内発的動機付けが強化されます。
特に、仕事や組織を自分ごととしてとらえるエンゲージメントの高いメンバーほど、エンパワーメントによる意思決定感の向上が大きな効果をもたらすでしょう。
逆に、エンパワーメントがなされず、何をするにも上司の意思決定を仰がないといけない組織では、メンバーの自己決定感は得られず、徐々にモチベーションも下がり、指示待ちの状況になりやすいでしょう。
次世代リーダーの育成
次世代を託せるリーダーの育成は、多くの企業が抱える経営課題の一つです。特に拠点展開型・労働集約型の組織では、リーダーの存在が企業成長に不可欠です。しかし、リーダー育成は研修だけで効果が得られるものではありません。
研修による人材育成とエンパワーメントによる権限委譲を併せて進めると、リーダーの育成に大きな効果が得られます。リーダーの育成には「研修で学んだことを現場で実践し、成功や失敗の体験を振り返って生きた知恵にしていく」経験学習のサイクルが大切です。
エンパワーメントは、現場のリーダー層に意思決定を任せるということです。リーダーの育成にとって、「決断する」、そして「決断の結果を受け止める(責任感)」経験は不可欠です。権限委譲によって、現場リーダーが早いうちから意思決定の経験を積むことは、次世代リーダーの効果的な育成につながります。
エンパワーメントの導入・実践方法のポイント
エンパワーメントの導入・実践においては、以下の点に注意する必要があります。
エンパワーメント導入における全体のポイント
組織としてエンパワーメントを進めていくうえでは、下記3つのポイントに気を付けることで効果的に進めることができるでしょう。
エンパワーメントは、万能な施策ではありません。指示待ち型の社員、やる気のない社員にとっては、エンパワーメントは大きな負荷となります。また、まだ知識のない新人や若手にとっても権限委譲は重荷となるでしょう。
もちろん、エンパワーメントによって主体性が発揮されたりや動機付けがされたりする部分もありますので、「鶏と卵、どちらが先か」という議論に似たようなものです。
ただし、上記のとおり、組織全体でいきなりエンパワーメントを進めようとすれば、“エンパワーメントされるのにふさわしい状態ではない”社員にとっては負荷となり、不満やトラブルが起こることが予測されます。
エンパワーメントを進めるうえでは、数か年での導入プランを描いていくことが、人材育成の加速と現場での運用を考えたときの現実解です。また、自社が目指す組織や採用力にも応じて、「今すぐ全社員をリーダー人材として育てるのか?」も検討すべきポイントになるでしょう。
エンパワーメントに欠かせない正しい判断や意思決定は、正しい情報のうえに成り立ちます。組織が目指すミッションやゴール、組織の状況や仕事の全体像がわかっていなければ、正しい判断を行なうことはできません。
したがって、効果的なエンパワーメントを行なうためには、正しい意思決定を下すための情報を組織のメンバーと共有する必要があります。
特に「マネジメント層だけが持っている情報や知識が多い」場合、そのままエンパワーメントを実施しても満足いく成果はあがらないでしょう。エンパワーメントに一歩先んじて、組織の情報共有や必要な知識のインプットを進めていくことが大切です。
エンパワーメントに基づく権限委譲を効果的に進めるためには、正しい情報とともに、組織にとって正しい判断基準の共有や啓蒙が必要です。判断基準は、大別すると下記の3つに紐づきます。
- 知識に基づくもの
- ゴールに紐づくもの(組織やプロジェクトの目標など)
- 価値観に紐づくもの(組織のミッション、ビジョン、バリューなど)
1つ目2つ目の基準で正しい判断をするための情報共有や人材育成はもちろん必要ですが、特に3つ目の「価値観に紐づく判断基準」に関しては、組織のミッションやビジョン、バリューを浸透させることが不可欠です。
マネジメントの父とも呼ばれるドラッカー博士の著書に以下のようなエピソードが紹介されています。
「新任の病院長が最初の会議を開いたときに、ある難しい問題について全員が満足できる答えがまとまったように見えた。そのとき一人の出席者が、『この答えに、ブライアン看護師は満足するだろうか』と発言した。再び議論が始まり、やがて、はるかに野心的なまったく新しい解決策ができた。
その病院長は、ブライアン看護師が古参看護師の一人であることをあとで知った。特に優れた看護師でもなく、看護部長をつとめたこともなかった。だが彼女は、担当病棟で何か新しいことが決まりそうになると、『それは患者にとっていちばん良いことでしょうか』と必ず聞くことで有名だった。
事実、ブライアン看護師の病棟の患者は回復が早かった。こうして病院全体に、『ブライアン看護師の原則』なるものができあがっていた。病院の誰もが、『患者にとって最善か』を常に考えるようになっていた。」
(P・F・ドラッカー 「プロフェッショナルの条件」より引用)
上記こそが「価値観による判断基準」であり、組織のミッションやビジョン、バリューに紐づく意思決定です。
エンパワーメント実施における個別ステップ
個別の仕事やプロジェクトなどでエンパワーメントを実施するうえで、最初にすべきステップは、仕事の目標やゴールを部下と合意することです。ゴールに合意していなければ、適切な意思決定はできませんし、お互いの視点も食い違ってしまいます。
大切なことは、「どうやって」よりも「何を」という結果や成果に照準を合わせることです。目標やゴールに合意することが、個別の権限委譲をスムーズに行なうための第一歩です。
目指すゴールに合意できたら、次は仕事の実行ガイドラインについてすり合わせていきます。ガイドラインとなるのはおもに以下の項目です。
- 絶対に守られるべきルール
- 使える資源(人、お金、技術、設備など)
- 責任に対する報告
- 提供できるサポート
- 実行内容への評価基準
ガイドラインをすり合わせることで、「意思決定していいフレームワーク」を合意することが大切です。ガイドラインをすり合わせる目的は、部下に細かい指示をすることではなく、部下に「この範囲であれば自由に決めていいのだ」と感じさせることです。こと細かな方法論を指示するのではなく、「進め方のフレームワーク」をすり合わせましょう。
実際のビジネス現場においては、目標とゴール、実行ガイドラインは一回の打ち合わせでスッと決められるものではないかも知れません。ただし、目標とゴール、実行ガイドラインをすり合わせていくことを意識すると、すり合わせ自体がメンバーへのフォローになっていきますので、ぜひ実施してください。
エンパワーメントを進めるうえで勘違いしてはいけないのは、「権限委譲は丸投げではない」ということです。メンバーに権限を与えるだけ与えて丸投げするのはエンパワーメントではなく、放任や放置です。
エンパワーメントを実施することで、メンバーの「責任感」を向上させることは大切ですが、成果に対する最終的な責任はあくまで上司のものです。責任の所在を勘違いして、エンパワーメントを進めると、
- 失敗や挑戦への恐れ
- モチベーションの低下
- 上司とメンバーの関係悪化
など、望んでいなかった結果になってしまうこともあります。
エンパワーメントを実施しながらも、上司として最終責任を持ち、メンバーが成果をあげるために適切なサポートを行なうことが大切です。だからこそ、ガイドラインを決めるうえでも、「求める報告と提供できるサポート」を盛り込むことが不可欠です。
エンパワーメントを効果的に進めるうえで、上司は適切なケアをするためにメンバーの仕事に注意を向け、適切なタイミングで必要な支援を与える必要があります。また、メンバーの現状レベルやスキルでは決定・実行できない課題の場合、無理にすべてを任せるのではなく部分的な委譲にするなどの工夫も必要となるでしょう。
まとめ
エンパワーメントは、仕事における自己決定権を委譲することで、内発的動機付けや経験値の向上などを通じて個人と組織のパフォーマンスを高めるための取り組みです。VUCAの時代とも呼ばれ、変化対応力の向上が不可欠となるなかで、組織の対応力を高め、リーダー人材の育成に役立つエンパワーメントに関心を持つ企業が増えています。
ただし、エンパワーメントは万能の施策ではありません。エンパワーメントを実施するのに不向きな状態のメンバーもいるでしょうし、効果的なエンパワーメントにするためには、正しい情報や知識、判断基準の共有や啓蒙も必要です。
エンパワーメントは、効果的に実施することで人材育成と組織の変化対応に大きな効果があります。組織全体での導入準備を整え、
- 目標とゴールの合意
- 実行ガイドラインへの合意
- 適切なフォロー
という3ステップでエンパワーメントを進めていってください。
エンパワーメントを進めるうえでは、基礎的な価値観や考え方について組織内で共通言語を作っておくことが有効です。本記事からダウンロードできる資料は、「共通言語」の作り方、そして、主体的な社員の生み出し方について紹介しています。是非、ご参考にしてください。