エンパワーメントとは?導入の効果やメリット、成功のポイント、注意点を解説

更新:2024/03/09

作成:2021/03/01

東宮 美樹

東宮 美樹

株式会社ジェイック 取締役

エンパワーメントとは?導入の効果やメリット、成功のポイント、注意点を解説

エンパワーメントは、ビジネス分野においては「権限移譲」を意味する概念です。

 

近年、ビジネスを取り巻く環境は、未来が予測不可能で、劇的に変化するVUCA時代に入っています。こうしたなかで迅速な対応をするためには、エンパワーメントの強化が不可欠です。また、人材育成の視点でも、エンパワーメントは重要な要素となります。

 

エンパワーメントの効果は、将来のリーダーや管理職を育成したり、一般的な業務分担では見えにくい潜在能力を開発したりと、非常に幅広いです。ただ、エンパワーメントの効果性を高めるには、導入のメリットだけでなく注意点も把握したうえで取り入れることが大切になります。

 

記事では、まず、エンパワーメントの概要と推進する効果・メリット、エンパワーメントがビジネスで注目される理由を確認します。後半では、エンパワーメントの導入・実践方法のポイント、導入時の注意点などを解説します。エンパワーメントの導入・実践を検討されている人は、ぜひ参考にしてください。

 

<目次>

エンパワーメントとは?

エンパワーメントの語源は「em(与える)+power(パワー)」で、「パワーを与えること」です。心理学的には、「湧活」、つまり生きる力を湧き立たせるという意味があります。

 

一般的には、「個人のパフォーマンスを最大限に引き出し、自分で判断・行動できるように促す」という意味でよく使われています。

 

そして、上記から転じてビジネス場面では、エンパワーメントを「権限委譲」という意味で使用します。

 

ビジネスにおける、エンパワーメントは、「自己決定権を与えることで、自信や主体性、エンゲージメントを強化する」という概念になります。

 

ビジネスでエンパワーメントが注目される理由

パソコンを見るビジネスマン

 

近年におけるビジネス環境変化のスピードは、グローバル化やIT化の進展に加え、新型コロナウイルスの感染拡大などを経て、ますます加速しています。顧客ニーズの多様化もとどまるところを知りません。

 

こうしたなかで企業が成長し続けるためには、変わり続ける環境への迅速な対応はもちろんのこと、顧客ニーズを超えたイノベーションを起こす創造力が求められます。

 

また、迅速な対応やイノベーションを起こすためには、日常の意思決定を適切かつスピーディーに行なうことが不可欠になるでしょう。

 

エンパワーメントを職場にうまく導入できると、顧客に一番近い存在である現場のメンバーが自分で考え、行動する力が育まれます。

 

結果として、変化への対応力や新たな商品サービスの開発につながる可能性があるでしょう。

 

エンパワーメントは経営層とメンバー層、もしくは上司と部下の信頼関係のうえに成り立つものです。信頼関係の土台があるからこそ、双方がそれぞれに必要な意思決定に注力することが可能になります。

 

組織の上層部は、市場動向を見据えて中長期的な意思決定を行ないます。一方で、現場のメンバー層は、中長期的な方針や原則を踏まえながら日常的な意思決定を行ないます。

 

2つのレイヤーが信頼を保ちながらうまく機能することで、組織の変化対応力が強靱となるだけでなく、イノベーションを起こす原動力が生まれます。

 

エンパワーメントを推進する効果・メリット

エンパワーメントの導入によって強い組織がつくるには、互いに信頼し合える環境が欠かせません。

 

この前提をきちんと理解したうえで権限委譲することによって、一人ひとりのスキルや能力を最大化できるでしょう。本章では、人材育成の視点でエンパワーメントを推進する効果やメリットを解説します。

 

従業員・社員のモチベーションやエンゲージメントの向上

エンパワーメントがうまく機能し、仕事に裁量権を与えられると、メンバーはより自律的に考え自ら意思決定し、動けるようになります。

 

メンバーが自律的に動く状態は内発的動機づけを高め、仕事に対して“成果を出したい”という前向きな向上心を生み出すでしょう。

 

エンパワーメントは、単なる責任転嫁や丸投げではなく信頼関係をベースとした権限移譲です。

 

そのため、エンパワーメントを導入・実践すると、部下のエンゲージメント(愛着心をともなう貢献意欲)にも良い影響を与えられるようになります。

 

仕事や組織の問題を自分事として捉えられるようになれば、従業員の自ら積極的に取り組む姿勢も高められるでしょう。

 

上記は、逆の「エンパワーメントされていない状態」を考えるとイメージしやすいでしょう。

 

たとえば、上司が細かく指示をしすぎる、いわゆるマイクロマネジメントの状態に陥ると、部下は主体性を失って指示待ちの状態になります。

 

また、上司が仕事を丸投げして、何のフォローもせず責任を押しつければ、部下は上司を信頼しなくなり貢献意欲もなくなるでしょう。

 

 

 

次世代リーダーの育成

エンパワーメントは、若手社員を次世代リーダーとして育成するうえでも重要な考え方です。

 

リーダー育成は、研修だけで成果が得られるものではなく、自分の裁量と責任で仕事を実践し、試行錯誤する経験が不可欠となります。

 

次世代リーダーの育成で大切になるのが、「研修で学んだことを現場で実践し、成功や失敗の体験を振り返って生きた知恵にしていく」という経験学習のサイクルです。

 

特にリーダーは、「決断する」「決断の結果を受け止める(責任感)」という両方の経験を積み重ねていくなかで成長していきます。

 

人材の能力開発

権限委譲によってたとえ小さなことでも自己決定権を行使できるようになると、仕事に対するオーナーシップ(当事者意識)が生まれます。自ら意思決定した結果への責任感も強くなるでしょう。

 

また、オーナーシップをもって仕事に取り組むなかでは、思考力、判断力も磨かれます。

 

オーナーシップによって仕事の幅が広がり、さまざまな仕事の経験を積み重ねることによって、上司や本人も気付かなかった潜在能力が発見される可能性もあるでしょう。

 

ほかには、責任感を持ったメンバーが成功や失敗を経験することで、リーダーシップも強化されます。権限委譲による経験は、組織における次世代リーダーや管理職候補の成長を加速させるでしょう。

 

スピーディーな意思決定

冒頭でも紹介した通り、状況が劇的に変化するVUCA時代では、外部環境の変化スピードは非常に速くなっています。また、顧客ニーズも多様化し、そして顧客はカスタマイズされたサービスを受け取ることが当たり前になりつつあります。

 

このような状況変化と顧客ニーズに対応するためには、現場におけるスピーディーな意思決定が必要不可欠です。

 

細かい事案まで上司に確認を取っていては、対応が後手になってしまいます。顧客対応なども時間がかかり過ぎてしまい、機会損失が生じるかもしれません。組織としても生産性が落ちることにもなってしまいます。

 

エンパワーメントを行うことで現場の従業員が自ら判断できる範囲が広がれば、意思決定のスピードが向上します。これまで対応の遅さで機会損失等が起こっていたようであれば、そうした問題も減らすことができるでしょう。

 

スピーディーな意思決定が現場で可能になることで生産性が向上し、臨機応変に対応することで顧客満足度も向上することが期待できます。

 

マネジメント能力が身に付く

エンパワーメントすることで、従業員に決済権を委譲することになります。

 

裁量権を与えられることで、メンバーは自らが主体となって問題解決と意思決定していく必要があります。それによってメンバーの問題解決能力、プロセスを考える力が磨かれることとなります。その過程では他のメンバーと協働して物事に対処する必要があることも増えるでしょう。

 

エンパワーメントによって従業員に権限移譲することで、組織の次世代を担うリーダーを育成する効果が期待できます。

 

従業員・社員の主体性が向上する

従業員に権限を委譲し、自分自身で意思決定をすることによって、仕事への当事者意識が強化されます。「自分で考え、自分で行動を選択し、自分で責任を取る」という思考となり、主体性が向上するでしょう。

 

業務に対しても自ら積極的に創意工夫を施したり、周囲を巻き込んで課題解決などに動くことが期待できます。このように、エンパワーメントによって従業員・社員の主体性が向上することも組織にとっての大きなメリットだと言えます。

 

エンパワーメントのデメリットや注意点

エンパワーメントにはデメリットも存在します。導入する際には、以下のようなデメリットにも注意をしながら進めていく必要があります。

 

エンパワーメントに不向きな状態の従業員・社員もいる

エンパワーメントは、万能な施策ではありません。現在、主体性を発揮できていない、モチベートされていない従業員にとっては、エンパワーメントは大きな負荷となりますし、権限移譲することにより弊害も考えられます。

 

そのため、エンパワーメントを導入する際には、まず「現状ではエンパワーメントに不向きな社員・従業員」を見極めることが大切です。

 

そもそも、決断や判断が苦手で裁量権を与えられることに向かない人材なのか、まだ成長段階にあるのかによっても対応の仕方は変わってきます。

 

人によっては、エンパワーメントよりも指示を的確に遂行する仕事を担当させるほうが力を発揮できる場合もあるでしょう。まだ知識のない新人や若手にとっても権限委譲は重荷となります。エンパワーメントを導入する際には、各メンバーの適材適所も意識したうえで取り入れる必要があります。

 

もちろん、エンパワーメントによって主体性が発揮されたり、動機付けがされたりする部分もあります。エンパワーメントの負荷と効果は、「鶏と卵、どちらが先か」という議論に似たようなものです。

 

ただし、上記のとおり、組織全体でいきなりエンパワーメントを進めようとすれば、エンパワーメントされるのに“ふさわしい状態ではない従業員”にとっては負荷となり、不満やトラブルが起こることが予測されます。

 

個別のレビューや1on1などの導入と並行させながら、少しずつ裁量権を増やしていくことで、トラブルの回避と成長促進ができるでしょう。

 

エンパワーメントを進めるうえでは、数ヵ年での導入プランを描いていくことが、人材育成の加速と現場での運用を考えたときの現実解です。

 

また、自社が目指す組織や採用力にも応じて、「今すぐ全社員をリーダー人材として育てるのか?」も検討すべきポイントになるでしょう。

 

判断基準のばらつきが生じる

エンパワーメントを進める中では、従業員それぞれが個々に判断し、意思決定を行うことが求められることになります。しかし個々で判断する以上、判断基準にばらつきが生じる可能性があります。判断には能力や主観も影響してくるためです。

 

対応する従業員ごとに判断基準にばらつきが生じてしまうことは、問題・クレームに発展する可能性もありますし、注意が必要です。

 

事業の方向性、また、会社の基準からずれてしまわないように判断基準を明確にし、チームメンバーが共通認識を持てるようにすることが重要です。仮に個別のジャッジ自体がばらついたとしても、全体として考えるべき視点、外してはならない基準が守られていれば問題ないでしょう。

 

組織として一貫性のない対応となっている場合には、マネジメントとメンバーで共通の判断基準を持てるように対策を取ることが必要でしょう。1on1や定期ミーティングなどの機会を持ってリーダーが定期的に判断基準を伝える、判断プロセスをすり合わせることも重要です。

 

リスクが上昇する

エンパワーメントのメリットとして、部下に権限を委譲することにより、スピーディーに意思決定をし行動ができるようになることがあります。しかし、部下によっては以上された権限に能力や判断基準の獲得が追いついておらず誤った意思決定をしてしまう可能性もあります。

 

誤った意思決定をすることで、顧客からのクレームを引き起こしたり、損失を生じてしまうリスクが生じます。

 

こうしたリスクが上昇することを防ぐには、エンパワーメントによって部下に権限を委譲するうえで、すべて部下に任せきりにするのではなく、上司がフォローできる体制、定期的にフィードバックできる体制を整えておくことが大切です。

 

エンパワーメントの効果を高める2つのアプローチ

エンパワーメントを高めるアプローチには二つの方法があります。それぞれ解説します。

 

構造的なアプローチ

構造的なアプローチとは、組織の権限を持つ経営者や管理者が、現場の従業員に権限委譲をすることです。こうすることで社員が持つ本来の力を引き出すことができるようになります。

 

権限を委譲することで従業員が持つ本来の力を引き出し、組織のパフォーマンス向上を目指す方法が「構造的アプローチ」です。

 

心理的なアプローチ

心理的なアプローチとは、権限自体を委譲するのではなく、自己効力感を高めることで従業員のパフォーマンス向上を目指す方法です。

 

経営陣・管理職から従業員へ権限移譲をする構造的なアプローチとは違い、本人の内にある「自分はやればできる」というモチベーションを高めることで、文字通りの意味でエンパワーする形が心理的アプローチです。

 

心理的なエンパワーメント、自己効力感の向上には内発的動機づけが有効です。内発的動機づけの要件、方法などは次の記事で解説しています。興味のある方はご覧ください。

 

 

エンパワーメントの導入事例

エンパワーメントを導入している企業の事例をご紹介します。

 

ザ・リッツ・カールトン ホテル

ザ・リッツ・カールトン ホテルでは3つのエンパワーメントが定められています。

 

・上司の判断を仰がずに自分の判断で行動できること
・自分の通常業務を離れて、セクションの壁を超えて仕事を手伝えること
・1日2,000ドルまでの決裁権

 

これらのエンパワーメントは、顧客にとって一番良いサービスの方法を考え、個々の従業員が迷うことなく最善の方法を選択することができるために整えられています。

 

特徴的なのは1日2,000ドルまでの決裁権が従業員に与えられていることです。これにより、従業員が個々の判断で、記念日に宿泊したお客様にバースデーケーキやワインをプレゼントしたり、お客様の忘れ物を迅速に配送手配などをするといったことが可能となります。

 

リッツ・カールトンといえば「クレド」が有名です。クレドの冒頭には「リッツ・カールトンはお客様への心のこもったおもてなしと快適さを提供することをもっとも大切な使命とこころえています。」と記されており、従業員へのエンパワーメントはこれに基づいて行われています。

 

株式会社星野リゾート

当初トップダウン形式の経営であった星野リゾートは、離職率の増加などの問題を抱えていました。その中で、組織文化を変える試みのひとつとして経営方針としてエンパワーメントを推進。

 

社内の情報共有を進め、従業員が自ら考え、行動できる組織へと変革。従業員の離職率も大きく低下させることに成功しました。

 

組織の人事についても星野リゾートは特徴的です。星野リゾートが運営する各施設はトップに総支配人、その下にユニット・ディレクター、現場のプレイヤーと3階層になっていますが、上2階層である総支配人とユニット・ディレクターは立候補制になっています。

 

立候補者は、「自分がその役職に適している」ことをプレゼンテーションして選出されます。こうした仕掛けも、エンパワーメントの効果を高める取り組みとなっています。

 

情報公開も積極的に進め、誰もが気軽に話し合える社内の文化づくり、権限移譲に取り組み、人材が定着する組織を実現しています。

 

スターバックス コーヒー ジャパン 株式会社

コーヒーチェーンを経営するスターバックスコーヒーが導入しているエンパワーメントは、細かい接客マニュアルを用意せず、現場のやり方に任せるというものです。

 

企業理念などを学ぶ新人研修に関しては、1週間にわたって綿密におこなわれます。しかし、接客に関しては、「お客様が何をしてほしいかを考えてサービスしよう」と、たったの1行だけ記述されているのみです。

 

つまり、「判断基準」である企業理念をしっかりと浸透させる代わりに、入社当初からエンパワーメントを進めることで、スタッフ一人ひとりがお客様のことを思い、最善の接客が何かを考え、実践する状態を作り出しています。これがスターバックスの高い顧客満足度につながっていると言えるでしょう。

 

グーグル(Google)

グーグル(Google)では、社内情報を積極的に公開し、社員に権限移譲をしていく構造的アプローチでエンパワーメントに取り組んでいます。

 

週1回の全社員ミーティングでは、経営層が会社の状況を説明。今後の展望や製品開発の進捗状況などが共有され、質疑応答の時間も設けられ、経営層と従業員の考えの違いについても積極的に意見交換が行われています。

 

グーグルでは従業員に単に権限移譲をするだけではなく、従業員の意思決定が会社の考えと一致するように、経営層が自ら全社員に積極的に情報共有を行っていることが特徴的といえます。

 

エンパワーメントの導入・実践方法のポイント

部下に声をかける上司

 

組織としてエンパワーメントを進めていくうえでは、下記3つのポイントに気を付けることが大切です。この章では、3つの実践ポイントを詳しく解説します。

 

エンパワーメント導入における全体のポイント

まずは、エンパワーメントを実施うるうえで、組織全体で注意すべきポイントを紹介します。

 

組織のミッション・ゴールなど正しい情報共有をする

エンパワーメントに欠かせない正しい判断や意思決定は、正しい情報のうえに成り立ちます。

 

組織が目指すミッションやゴール、組織の状況や仕事の全体像が伝わっていない場合、権限委譲される側は、正しい判断を行なうことができません。

 

したがって、効果的なエンパワーメントを行なうためには、正しい意思決定を下すための情報を組織のメンバーと共有する必要があります。

 

特に「マネジメント層だけが持っている情報や知識が多い」場合、そのままエンパワーメントを実施しても満足いく成果はあがらないでしょう。

 

エンパワーメントに一歩先んじて、組織の情報共有や必要な知識のインプットを進めていくことが大切になります。

組織にとって正しい判断基準を共有・啓蒙する

エンパワーメントに基づく権限委譲を効果的に進めるためには、正しい情報とともに、組織にとって正しい判断基準の共有や啓蒙が必要です。

 

判断基準は、大別すると下記の3つに紐づきます。

  • 知識に基づくもの
  • ゴールに紐づくもの(組織やプロジェクトの目標など)
  • 価値観に紐づくもの(組織のミッション、ビジョン、バリューなど

 

1つ目2つ目の基準で正しい判断をするための情報共有や人材育成はもちろん必要ですが、特に3つ目の「価値観に紐づく判断基準」に関しては、組織のミッションやビジョン、バリューを浸透させることが不可欠です。

 

マネジメントの父とも呼ばれるドラッカー博士の著書に以下のようなエピソードが紹介されています。

「新任の病院長が最初の会議を開いたときに、ある難しい問題について全員が満足できる答えがまとまったように見えた。そのとき一人の出席者が、『この答えに、ブライアン看護師は満足するだろうか』と発言した。再び議論が始まり、やがて、はるかに野心的なまったく新しい解決策ができた。

 

その病院長は、ブライアン看護師が古参看護師の一人であることをあとで知った。特に優れた看護師でもなく、看護部長をつとめたこともなかった。だが彼女は、担当病棟で何か新しいことが決まりそうになると、『それは患者にとっていちばん良いことでしょうか』と必ず聞くことで有名だった。

 

事実、ブライアン看護師の病棟の患者は回復が早かった。こうして病院全体に、『ブライアン看護師の原則』なるものができあがっていた。病院の誰もが、『患者にとって最善か』を常に考えるようになっていた。」

(P・F・ドラッカー 「プロフェッショナルの条件」より引用)

上記こそが「価値観による判断基準」であり、組織のミッションやビジョン、バリューに紐づく意思決定です。

 

エンパワーメント実施における個別ステップ

エンパワーメントを実施するに際しては、ステップを分解して捉えて各ステップを丁寧に押さえていくことが成功のポイントです。

 

目標とゴールの合意

個別の仕事やプロジェクトなどでエンパワーメントを実施するうえで、最初にすべきステップは、上司と部下との間で仕事の目標やゴールを合意することです。

 

ゴールに合意していなければ、適切な意思決定はできませんし、お互いの視点も食い違ってしまいます。

 

合意で大切なことは、「どうやって」よりも「何を」という結果や成果に照準を合わせることです。

 

目標やゴールに合意することが、個別の権限委譲をスムーズに行なうための第一歩です。

実行ガイドラインへの合意

目指すゴールに合意できたら、次は仕事の実行ガイドラインのすり合わせを行ないます。ガイドラインとなるのはおもに以下の項目です。

  • 絶対に守られるべきルール
  • 使える資源(人、お金、技術、設備など)
  • 責任に対する報告
  • 提供できるサポート
  • 実行内容への評価基準

ガイドラインをすり合わせを通じて、「意思決定していいフレームワーク」を合意することが大切です。

 

ガイドラインをすり合わせる目的は、部下に細かい指示をすることではなく、部下に「この範囲であれば自由に決めていいのだ」と感じさせることです。

 

こと細かな方法論を指示するのではなく、「進め方のフレームワーク」をすり合わせましょう。

 

実際のビジネス現場においては、目標とゴール、実行ガイドラインは一回の打ち合わせでスッと決められるものではないかも知れません。

 

ですが、目標とゴール、実行ガイドラインをすり合わせていくことを意識すると、すり合わせ自体がメンバーへのフォローになっていきます。ぜひ実施してください。

適切なフォロー

エンパワーメントを進めるうえで勘違いしてはいけないのは、「権限委譲は丸投げではない」ということです。

 

メンバーに権限を与えるだけ与えて丸投げするのは、エンパワーメントではなく放任・放置になります。

 

エンパワーメントを実施することで、メンバーの「責任感」を向上させることは大切ですが、成果に対する最終的な責任はあくまで上司のものです。

 

責任の所在を勘違いして、エンパワーメントを進めると、以下のように望まない結果や問題が生まれやすくなります。

  • 失敗や挑戦への恐れ
  • モチベーションの低下
  • 上司とメンバーの関係悪化 など

エンパワーメントでは、権限委譲を実施しながらも、上司として最終責任を持ち、メンバーが成果をあげるために適切なサポートを行なうことが大切です。

 

だからこそ、ガイドラインを決めるうえでも、「求める報告と提供できるサポート」を盛り込むことが不可欠になります。

 

エンパワーメントを効果的に進めるうえで、上司は適切なケアをするためにメンバーの仕事に注意を向け、適切なタイミングで必要な支援を与える必要があります。

 

また、メンバーの現状レベルやスキルでは決定・実行できない課題の場合、無理にすべてを任せるのではなく部分的な委譲にするなどの工夫も必要となるでしょう。

 

エンパワーメントを導入するときの注意点

エンパワーメントを導入する際には、ここまで紹介したポイントをしっかり確認したうえで、エンパワーメントを業務分担や日々の仕事に取り入れることが大切です。

 

ただ、エンパワーメントには、やり方を間違えるとかえって生産性やエンゲージメントを下げる諸刃の剣となる側面もあります。

 

注意が必要です。なかでも、対象メンバーへの対応には細心の注意を払う必要があります。

 

この章では、対象メンバーの選定やエンパワーメント実践時のポイントを解説します。

 

失敗を受け入れる

エンパワーメントによって仕事の裁量権を与える場合、最初は判断ミスなどで失敗することも想定内としましょう。エンパワーメントを“学びの機会”ととらえる必要があります。

 

上司は、過度に叱責や責任を押しつけるようなことはしてはなりません(もちろん意思決定に対する結果責任を適切に伝えることは大切です)。

 

そもそも、上司が部下に仕事を任せることに不安を感じてしまうと、エンパワーメントはうまくいきません。

 

特に「成果より成長を優先する」段階では、部下が自分で考え、遂行して結果を出すということに意味があると認識しておく必要があるでしょう。

 

アフターフォローの場面では、上司は「相談に乗る」という立場で関わることも大切です。エンパワーメントの成功のためには、信頼関係を構築することがとても大事になります。

 

権限委譲を行なう上司は、部下に信頼してもらうためにも、まずは、ある程度の失敗を受け入れて成長を促すことを意識したほうがよいでしょう。

 

権限委譲の範囲や判断基準の設定

エンパワーメントによる人材の成長を促し、想定できる失敗をある程度防ぐためには、委譲する権限の範囲を明確にするとともに、「どの段階で上司の判断を仰ぐか?」という基準をあらためて設けておくことが有効です。

 

上司の判断を仰ぐ基準を決めないと、部下に“何をやっても許される”と勘違いされてしまったり、逆に困ったり迷ったりしたときにも相談しにくくなってしまったりするでしょう。

 

また、権限の範囲によっては、関係する部署間、もしくは社員同士でトラブルに発展することもあります。

 

事前に、どこまでの仕事に裁量権を与えるのかをしっかり伝えるとともに、関係者が共通の認識を持っておくことが必要です。

 

ビジョンやゴール・役割を明確にする

エンパワーメントを導入する際、企業や組織の目指すビジョンやゴールを明確にすることが必要です。企業や組織の目指すべき方向性を明確にすることで、判断基準の軸が生まれます。ビジョンやゴール・役割、そして、企業内のバリュー、コンプライアンス等が判断基準になります。

 

従業員のエンパワーメントへの理解度に応じて、勉強会や説明会を開催するといったことも必要でしょう。1度で理解してもらえると考えず、定期的に共通認識を持てるように働きかけることが重要です。

 

そうすることで従業員も自らの役割を理解し、エンパワーメントが実現しやすくなります。ビジョンやゴール・役割の理解が浅いままエンパワーメントを進めてしまうと、意思決定のばらつきが大きくなります。

 

場合によってはトラブルや損失を生じてしまうリスクもあるため、エンパワーメント推進時にはビジョンやゴール・役割を明確にすることが欠かせません。

 

まとめ

ビジネスにおけるエンパワーメントは「権限委譲」という意味であり、「自己決定権を与えることで、自信や主体性、エンゲージメントを強化する」ことを指す概念です。

 

エンパワーメントが必要となる背景には、経営環境の変化やニーズの多様化が加速し、現場に権限移譲する、組織の変化対応スピードをあげることが求められている現実があります。

 

エンパワーメントをうまく導入できると、顧客に一番近い存在である現場社員の自律性が高まり、組織の変化対応力向上だけでなくイノベーション創出などにもつながる可能性があります。

 

ただし、エンパワーメントを機能させるには、上司と部下が互いに信頼し合える環境が欠かせません。

 

エンパワーメントを実践する際には、上司が信頼関係の重要性をきちんと理解したうえで部下に適切な裁量権を与えることによって、以下のような効果・メリットが期待できるようになります。

  • 社員のモチベーションやエンゲージメントの向上
  • 次世代のリーダー、管理職の育成
  • 人材の潜在能力の開発

エンパワーメントを実施するうえで、全体として以下のポイントを抑えておきたいところです。

  • エンパワーメントは万能策ではなく、不向きな社員もいること
  • 組織のミッションやゴール、状況や仕事の全体像の正しい情報を共有すること
  • 組織にとって正しい判断基準を共有・啓蒙すること

また、部下に対してエンパワーメントを実施する場合は、以下のステップで行なうとよいでしょう。

 

  1. 仕事の目標とゴールを部下と合意
  2. ルールや使える資源、報告やサポートなどの実行ガイドラインを部下と合意
  3. 求める報告を明確化し、適切なフォローを実施

エンパワーメントをうまく機能させるためにも、対象の部下への対応として以下の点にも注意しましょう。

  • 上司が部下の権限委譲の向き不向きを最初にしっかり見極める
  • 判断ミスは想定内と考え、失敗を受け入れる
  • 権限委譲の範囲や判断基準を設定し、関係者で共有する

なお、エンパワーメントを進めるうえでは、組織内で共通言語を作っておくことが有効です。共通言語のつくり方や主体的な社員の生み出すためには、HRドクターを運営するジェイックが提供する「7つの習慣®」研修がお勧めです。ご興味あれば、ぜひ詳細をご覧ください。

著者情報

東宮 美樹

株式会社ジェイック 取締役

東宮 美樹

筑波大学第一学群社会学類を卒業後、ハウス食品株式会社に入社。営業職として勤務した後、HR企業に転職。約3,000人の求職者のカウンセリングを体験。2006年にジェイック入社「研修講師」としてのキャリアをスタート。コーチング研修や「7つの習慣®」研修をはじめ、新人・若手研修から管理職のトレーニングまで幅広い研修に登壇。2014年には前例のない「リピート率100%」を達成。2015年に社員教育事業の事業責任者に就任。

著書、登壇セミナー

・新入社員の特徴と育成ポイント
・ニューノーマルで迎える21卒に備える! 明暗分かれた20卒育成の成功/失敗談~
・コロナ禍で就職を決めた21卒の受け入れ&育成ポイント
・ゆとり世代の特徴と育成ポイント
・新人の特徴と育成のポイント 主体性を持った新人を育てる新時代の学ばせ方
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