車椅子のお客様【人を残すvol.166】

いつも大変お世話になっております。
株式会社ジェイックの梶田です。
 

先日、とある企業様からのご要望で、20代の若手社員を対象とした
“報連相”がテーマの研修を実施しました。
 
「若手社員たちは、
 自分自身で“報連相”が足りていないことに気づいていない。
 そのことがお客様からの不信感やクレームに繋がっていることを
 わからせて欲しい」
 
というご要望でした。
 
新人研修では必ず教える基本的なビジネススキルですが、
その基本を徹底することは難しいものですね。
 

話は変わるのですが、
私が初めて就職したのは、映画館を運営する会社でした。
 
まだ、シネコンという施設が生まれる前の時代でした。
 
最初に配属された映画館は、
駅からしばらく歩いた場所に佇む、いわゆる「ミニシアター」でした。
 
封切り映画を上映する「ロードショー館」ではなく、
独立系配給会社が保有するアート系の映画ばかりを上映します。
 
アート系映画は、根強いファンがいて、リピーターが多かったものです。
 
その映画館は建物の2階に位置しており、
今でいうバリアフリーには全く対応しておらず、
1階から長い階段を登った所に入り口がありました。
 

足の不自由な車椅子のお客様がいらっしゃいました。
 
来場される際は、毎回事前にお電話をくださいます。
映画館のスタッフで車椅子ごと持ち上げて、入館していただくからです。
もちろんお帰りの際も。
 
この車椅子が電動で、ものすごく重たいんです。
お客様の体重と合わせて100kg近くあったんではないかと思います。
 
30段以上全長20mほどの階段を、二人がかりで持ち上げて運んでいきます。
 
それはもう、全身の筋肉が痙攣するほどの重労働で、
そのあとはしばらく、何も手につかないという感じでした。
 

バブルが破綻して映画館経営も苦しくなり、
人員削減のため常駐する社員は、私一人ということが多くなりました。
 
私と売店担当の女性アルバイトしかいないときに、
その車椅子のお客様からお電話を頂くと、近くの映画館から応援を頼むか、
お断りすることもありました。
 
人員不足を理由にお断りすると、
寂しそうなお声で「またお願いします」と仰るので、
最初の内は、心が痛みました。
 
しかし、毎回、他の映画館スタッフに応援を頼むのも申し訳なく、
仕方がない…と自分に言い聞かせて、お断りすることも増えていきました。
 
―――
 
そんなこともありつつ、ひとりで映画館を切り盛りするようになって、
しばらくした頃に、上司に呼ばれました。
 
「手紙がきているんだ。常連さんから。」
 
宛先は会社名となっており、差出人は、あの車椅子のお客様でした。
 
そのお手紙には、このような事が書かれていました。
 
「前略
 
 いつも●●劇場での映画を楽しみにしています。
 
 そして、重たい車椅子をいつも持ち上げて運んでくださる
 スタッフの皆様には本当に感謝しています。
 
 日本経済が未曽有の危機に陥り、御社におかれましても、
 様々な経営上の努力や工夫が必要であろうことは容易に想像できます。
 
 そのような中でも、私のわがままを受け入れて下さり、
 いつも笑顔で対応してくださって、本当に感謝の言葉もございません。
 
 私は、子供の頃から映画が大好きで、御社の●●劇場で見る映画は、
 現在の私にとっては生きがいのひとつです。
 
 上映作品もさることながら、あの映画館の雰囲気が本当に好きです。
 
 しかしながら、今までは、御社のスタッフの皆様の優しい心遣いに
 甘えてばかりいました。
 
 景気が不透明な中、皆様にはこれまで以上にご苦労が多い中で、
 私がお電話を差し上げた時に、苦慮されることもあるかと存じます。
 
 そのことで、皆様が、私に対して何か良心の呵責のようなものを
 お感じになっているとしたら、それは本当に申し訳ないことと思い、
 このように日頃の感謝をお伝えしたく筆をとりました。
 
 本当にこれまでありがとうございます。
 そしてどうか、これからも●●劇場が続くことをお祈りします。
 
 草々」
 
―――
 
私は、それを読んで、本当の意味で、良心の呵責に苛まれました。
自分はなんという愚かな対応を重ねてしまったのだろう、と。
 
上司はそんな私を見て、
 
「こういうお手紙を頂くということは、
 とてもありがたいことであり、とても申し訳ないことだな。
 これを機会に、スタッフみんなで連携を取っていこう。
 勝手に判断せず、悩んだら、“報連相”な。」
 

当時24歳の私にとって、報連相の大切さが身に染みた出来事でした。
その時のことは今でも鮮明に思い出せます。
 
残念ながら、その映画館は、今はもうありません。
 
あの車椅子のお客様は、どうなさっているでしょうか。
 
あれからも、たくさんの良い映画に出会えていらっしゃるでしょうか。
そうであって欲しいと思います。心から。
 

今回の執筆者:「梶田貴俊」
(株式会社ジェイック 西日本代表講師)

車椅子のお客様

著者情報

梶田 貴俊

元株式会社ジェイック シニアマネージャー(現ジェイック契約パートナー)

梶田 貴俊

前職、通信機器ベンチャー商社勤務時代にリーマンショックを経験。代表取締役として、事業再生計画を推進し同社のV字回復を実現した。現在はジェイックの講師として研修事業を牽引している。

著書、登壇セミナー

『会社を潰さないためのSunday Management List ―中小企業のリーダーがやるべき日曜日のマネジメントリスト』

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