現代のトロッコ問題
いつも大変お世話になっております。
株式会社ジェイックの梶田です。
「トロッコ問題」をご存じでしょうか?
“制御不能になったトロッコが、猛烈なスピードで走っています。
疾走するトロッコの先には、線路工事をしている作業員が5人います。
運転士であるあなたは、左側の待避線にトロッコの進路を変更できます。
そうすれば5人の命を助けられます。
しかし待避線には1人の作業員が工事をしていて、
進路を変更すれば、その1人がトロッコにひかれて命を失うでしょう。
あなたなら待避線に入り、1人を犠牲にして5人を助けるでしょうか。
それとも待避線には入らず、5人の命を奪うでしょうか。
もう時間がありません。あなたはどちらを選びますか──。”
今から12、3年ほど前だったと記憶しています。
NHKの番組「ハーバード白熱教室」に登場したマイケル・サンデル教授、
彼の著書『これからの「正義」の話をしよう──いまを生き延びるための哲学』(2011. 鬼澤忍訳, 早川書房.)。
その本で、私はこの「トロッコ問題」を読み、随分と思考を巡らし、
答えが知りたくて、その先を読み進めたことを記憶しています。
自分自身の倫理観、道徳観の拠り所は何だろうか…?と。
今年の共通テスト(旧センター試験)の倫理(公民)試験の出題が、
SNSで話題に上りました。
ふたりの高校生の会話の様子が問題文になっているのですが、
その内容を要約すると、
高校生が通りがかった豪邸を目にして、
その豪邸に生まれた子は運が良くて、世の中は不平等だとして、
いわゆる社会格差について言及するのです。
もう一人の高校生は、不平等であろうがなかろうが、
人は与えられた環境の中で頑張るべきだと反論します。
格差は社会が埋め合わせるべきだ、
いや、個人の努力が成長や評価につながるはずだ、
など、ふたりのやり取りが続くのですが、
SNSではこれが「親ガチャ」問題だと取り沙汰されています。
ちなみに「親ガチャ」とはインターネットスラングで、
生まれもった容姿や能力、家庭環境によって人生が左右されるという認識で、
「生まれてくる子供は親を選べない」ことを、スマホゲームの「ガチャ」
に例えた表現だそうです…。
要するに、現代社会における「格差」という社会問題について、
これからの不透明な時代を生きる高校生がどう考えているかを問う、
すなわち、倫理観、道徳観を問う試験問題です。
ご興味があればググっていただくと問題文を読むことができますが、
私は、この試験問題を読んだときに、真っ先に10年以上前に読んだ、
冒頭のマイケル・サンデル教授のトロッコ問題が頭に浮かびました。
個人的には、非常に良い試験問題だな、と思いました。
新渡戸稲造さんが書いた「武士道」という本の冒頭では、
外国人の法律学博士からの、
「宗教科目がない日本では、どうやって道徳を学ぶのか」
という問いが、「武士道」という本のきっかけだと書かれています。
ワールドカップで日本人サポーターがスタンドを掃除する誇らしい姿が
世界に配信されたかと思えば、人の秘密を暴露して稼ぐユーチューバーが
国会議員になり世間を騒がせる…
VUCAや多様性という言葉の陰で、個々の持つ倫理観や道徳観が、
より一層試される世の中になっていると思います。
その意味では、正解を当てるというよりも「考えさせる」問題は
これからの若者たちにはとても良い試験問題だと思いました。
2021年から実施されている大学入試共通テストは、
「各教科・科目の特質に応じ、知識・技能を十分有しているかの
評価も行いつつ、思考力・判断力・表現力を中心に評価を行うものとする」
と目的が定義されており、まさにその目的に沿った出題ではないでしょうか。
家庭や社会でも倫理観を養うための教育機会を持つことが大切ですね。
そして「考える力」は本当に大切な能力だと思います。
どう思われますか?
今回の執筆者:「梶田貴俊」
(株式会社ジェイック 西日本代表講師)