近年、さまざまな企業で人材育成やマネジメントに「コーチング」の手法が導入されています。管理職に対してコーチングの研修を実施する会社も増えてきました。コーチングの手法を活用すれば、メンバーの意欲を引き出し、成果につなげることができます。
記事では、コーチングの基本的な知識と、人材育成・マネジメントにおけるコーチングの価値、具体的な実践方法を解説します。チームマネジメントにお悩みの方、目標達成の手法をお探しの方は、ぜひ参考にしてください。
<目次>
コーチングとは?
コーチングは、「個人や組織の目標達成を支援する手法」の一つです。スポーツの世界では、古くから導入されている考え方であり、オリンピックや世界大会で活躍するようなプロ選手はほとんどの場合、専属のコーチと契約しています。
プロスポーツの世界と同じように、個人のパフォーマンスをあげる必要があるビジネスの世界でもコーチングの考え方が導入されています。当初は経営者などのエグゼクティブ層に限定されていましたが、直近10年ほどで、人材育成やマネジメントにおいて広く用いられるようになりました。
スポーツの「コーチ」という言葉から、監督が選手を指導するような場面をイメージする方もいらっしゃるかもしれません。しかしコーチングは、教える側が一方的に指示を出したり、答えを与えたりする手法ではありません。
コーチングは、「答えは相手の中にある」という考え方が大原則です。「答えは相手の中にある」という原則に基づいて、相手が自ら考え、答えを見つけ出すためのサポートを行なう手法がコーチングです。コーチングでは、相手に適切な「問い」を投げかけ、対話のなかで相手自身から選択肢や意思を引き出し、自発的な行動を促します。
コーチングの価値と効果
コーチングは、ビジネスの場においてどのような価値を持つのでしょうか。企業におけるコーチングの効果を確認します。
内発的動機や主体性を引き出す
コーチングは、メンバーが自分自身で答えを見つけ出すサポートをする手法です。上司やリーダーは、一方的なアドバイスや指示を与えるのではなく、適切な「問い」を投げかけることで、メンバーから施策や意思を引き出します。
相手から指示されるわけではなく、自分自身で考えて意思決定するからこそ、「指示されたからやっている」という受け身の感覚ではなく、「自分で考えて決めてやる」という主体性や当事者意識が育まれます。
人は自ら納得して選択したことに対して、高いモチベーションが発揮されます。マネジメントにコーチングの手法を取り入れることで、メンバーの当事者意識を高め、内発的動機付けをすることができます。
個人やチームの成長を促進し、目標達成に近づく
コーチングは、行動の選択肢を増やし、新しい気付きをもたらします。相手からの「問い」を考えることで、コーチを受ける人(コーチーやクライアントと呼ばれます)は、気付きや新たな視点、アイデアを思いつきます。新たな視点やアイデアに「自分が考えて意思決定した」という納得感が加わることで、目標達成に大きく近づきます。
なお、一般的なコーチングは1対1で行ないますが、「グループコーチング」や「チームコーチング」と呼ばれる複数人を相手に実施するコーチングの手法もあります。複数人でのコーチングでは、コーチと別のクライアント、またクライアント同士の会話を通じて、一人では考えつかなかった気付きや価値観がより多く見出されやすくなります。
特に、同じ組織のメンバーに対して実施する「チームコーチング」は、グループダイナミクスを利用することで大きな気付きをもたらすとともに、チームビルディングと実行段階への強い影響力を発揮することができるため、組織に大きな変化をもたらすことが可能です。
ティーチングとの違いと使い分け
コーチングはよくティーチングと比較して紹介されます。マネジメント層は、両者の違いを理解して、使い分けられるようにすることが大切です。
ティーチングとコーチングの違い
ビジネスにおけるティーチングとコーチングはどちらも目標達成や人材育成を支援する手法ですが、両者の性格は大きく違います。
ティーチングとは、知識やスキル、方法のアドバイスを通して、個人やチームのパフォーマンスを向上させる手法であり、「ティーチ」する、すなわち「外から答えを教える」ことを意味します。
一方のコーチングは、ティーチングのような指導ではなく、適切な「問い」を活用して答えを引き出す手法です。「相手の中に答えがある」と考えて対話する双方向性がコーチングの特徴です。
ティーチングとコーチングの使い分け
ティーチングとコーチングは、一方が他方よりも優れているということではありません。ティーチングにもコーチングにはそれぞれ長所と短所があり、適した状況があります。
例えば、支援対象者に知識やスキルがないときは、コーチングよりもティーチングが適しているでしょう。コーチングは、相手の知識や経験を土台にして行ないますので、そうした土台がない場合は機能しづらいのです。
一方、先ほど述べたとおり、相手の内発的動機や主体性を高めたいときや、蓄積された知識と経験を土台にしてさらに個人・チームを成長させたいときには、コーチングが適しています。本人のなかにあるビジョンや価値観を知りたいときにも、ティーチングでなくコーチングが向いているでしょう。
例えば、新入社員を対象にして「目標達成までの計画を立てる」際には、コーチングよりもティーチングが適切かもしれません。仕事の経験も段取りも知らない新入社員から、計画の立て方をコーチングで引き出そうとしてもうまくいかないかもしれません。
逆に、経験ある中堅社員と「目標達成までの計画を立てる」際には、ティーチングで計画を指示するよりも、コーチングで自ら考えてもらうことで、やる気を引き出すほうが目標達成に近づくかもしれません。
一方で、同じ経験がない新入社員に対してでも、「目標達成に本気になってもらう」ために、目的・目標の意味付けをして自発性を引き出したいのであれば、ティーチングよりもコーチングが向いているかも知れません。
上記のように相手のスキルや経験、目的などの状況に応じてティーチングとコーチングをうまく使い分けることが大切です。「状況に応じてリーダーシップのスタイルを変える」考え方はシチュエーショナルリーダーシップ(Situational Leadership)と言い、近年のリーダーシップ理論の主流です。
コーチングの概略や効果、ティーチングとの使い分けを説明したところで、コーチングを実践するポイントを解説していきます。
ラポール形成と場の設定
コーチングは、対話を通して相手に自らの中にある答えを見つけ出してもらう方法です。したがって、相手との間に「問い」を真剣に受け止めてもらい、また出てきた答えを躊躇なく本音で伝えられる信頼関係と安全・安心な場の設定が求められます。
信頼関係を構築するうえで、必要となるのがラポール形成の技術です。相手に対する誠実な関心と尊重を前提にして、ラポール形成の技術を用いることで信頼関係の構築をスムーズに行なうことができます。
ラポール形成の技術には、相手の仕草や姿勢を模倣するミラーリング、声のトーンやリズムをまねるペーシング、相手の発言を返すバックトラッキングなどの技術があります。
こうして築かれる信頼関係と、コーチングの冒頭で、例えば「出てきた話に対する守秘義務や人事評価に反映しないこと」を宣言することで、コーチングをするための「安全・安心の場」が作られます。
なお、ラポール形成の技術について詳しく知りたい方は、以下の記事も併せてご覧ください。
適切な質問
コーチングは「問い」を通じて、相手の思考を刺激して、相手の中にある感情や意思、アイデアや施策を引き出す技術です。したがって、コーチングにおいては「適切な問い」の体系が非常に重要となります。
コーチングで扱う「問い」は、例えば以下のような種類があります。
- 現状に対する質問
- 望ましい状態に関する質問
- 価値基準に関する質問
- 課題や障害に対する質問
- 行動を明確にする質問
など
コーチングのなかでは、“When(いつ)”“Where(どこで)”“Who(誰が/誰と)”“What(何を)”“Why(なぜ)”“How(どのように)”という「5W1H」を意識しながら質問すると、思考を整理しやすくなるでしょう。When、Where、Who、Howは具体化、Whyは深掘り、Whatはお題の設定や意思の洗い出しなどにそれぞれ有効です。
なお、コーチングでは感情や意思を扱うことも重要であり、ときには客観的な事実よりも、相手にとっての主観的な真実が大切です。5W1Hだけを意識すると、「適切な問い」ではなく、「尋問」のようになってしまいます。5W1Hと同時に、相手の感情や意思、相手にとっての主観的な真実に意識を向けましょう。
目標達成を支援するコーチングの基本パターン
目標達成を支援するコーチングの基本的なフレームワークとして、「GROW」モデルを紹介します。
GROWとは、
- Goal(目標)
- Reality(現状)
- Resource(資源)
- Option(選択肢)
- Will(意思)
の頭文字を取って作られたフレームワークです(RがRealityとResourceの2回登場しますので注意してください)。
「達成したいゴールと現状のギャップを明らかにして、ギャップを埋めるための方法を考えて、実行の意思を確認する」ことが基本的な流れです。以下で、もう少し詳しく説明します。
- Goal(目標)
達成した状態やゴールを明確化します。ビジネスにおける目標設定のように必ずしも定量的である必要はありませんが、なるべく具体的にしましょう。
<質問例>
- 達成したいことは何ですか?達成したいことは何ですか?
- 達成することで何が手に入りますか?
- なぜ達成したいのですか?
- 具体的にはどういうことですか?
- Reality(現状)
ゴールが明確になったら、次はゴールに対する現状を整理します。相手が現状を整理して、ゴールと現状のギャップをはっきり認識できるようにしましょう。
<質問例>
- 現状はどうなっていますか?
- うまくいっていることは何ですか?
- うまくいっていないことは何ですか?
- 一番改善したいことは何ですか?
- Resource(資源)
ゴール達成のために必要となる/活用できるリソースを考えてもらうための質問です。リソースには、人やモノ、知識、情報、スキルなどがあるでしょう。
<質問例>
- 達成に役立つリソースとして何がありますか?
- サポートしてくれる人は誰ですか?
- 達成のために何が必要ですか?
- 一番大事なリソースは何ですか?
- Option(選択肢)
ゴールと現状のギャップを埋めるためにどのような選択肢があるかを考えてもらうための質問です。十分な選択肢が出てきたら、重要度や効果などを踏まえて実際に実行するアクションを考えてもらうことも大切です。
<質問例>
- 達成するためにどのような方法がありますか?
- リソースが無限にあるとしたら、何をしますか?
- どのような方法が思いつきますか?
- 今まで思いついたけど実行しなかった施策は何ですか?
- Will(意思)
何をするかの選択視が絞り込まれたら、最後に行動や決定をあと押しして、相手のコミットメントを引き出します。
<質問例>
- どれぐらいやりますか?
- いつから始めますか?
- いつまでに達成しますか?
- 何をするか、宣言してください
まとめ
コーチングは、一方的に答えを与えるのではなく、「問い」を通じて相手が自ら答えを見つけ出すことをサポートする手法です。コーチングの手法をマネジメントや人材育成にうまく活用すると、メンバーの主体性を引き出したり、内発的動機付けを行なったりすることができます。
「相手の中に答えがある」という前提に立つコーチングと対になるのが、「外から答えを教える」ティーチングという手法です。コーチングとティーチングは優劣があるわけではなく、それぞれに長所と短所があります。したがって、対象や状況に応じて適した手法をうまく使い分けることが大切です。
コーチングは「問い」を通じて対話しながら相手の答えを引き出していく手法です。したがって、信頼関係や安全・安心な場の設定、適切な「問い」のレパートリーが不可欠です。相手に対する誠実な関心や尊重、そして、コーチ自身の自立がコーチングの前提です。
そのうえで、ラポール形成の技術やGROWのような基本的なコーチングのモデルと質問のレパートリーを身に付けて、ぜひコーチングの手法を活用してください。