社員教育を成功させるには、「学ぶ習慣」を現場に浸透させることが不可欠です。「学ぶ習慣」を現場に浸透させ、「学ぶ文化」をもった職場環境を作ることで、社員教育の効果も変化対応力も飛躍的に向上します。
社員教育における「研修」はあくまでもきっかけ作りです。日常の中で仕事への気づきや学び、疑問を持ちながら、社員教育に参加する社員とそうでない社員では同じ研修時間を過ごしても得られるものは雲泥の違いになります。また研修で得られたものを現場で実践しようとすれば、いろいろな成功や失敗が生じます。
成功/失敗体験から学び、研修で得られたものを自社での実践ノウハウとして落とし込む社員とそうでない社員で、社員教育の投資対効果は天と地の差になるでしょう。
<目次>
社員教育を成功させるポイントは「学ぶ文化」をもった職場環境
社員教育を成功させるポイントは、「学ぶ文化」をもった職場環境です。
「背中を見て覚えろ」では、社員を育てられない時代
少し極端な話をしながら、社員教育の時代変化を考えてみます。昭和の時代、社員教育は「背中を見て覚えろ」でした。OJT(On-The-Job Training:現場での実務を通して行う教育)を通じて、先輩社員のやることを真似して覚えていくというやり方です。
その後、昭和の後半から平成中期までは標準化とマニュアル化の時代です。仕事のやり方をきちんと体系化、言語化・マニュアル化して、そのうえでOff-JT(Off-The-Job Training:集合研修や講習会など)を通じて知識をインプットします。そのうえで設計されたOJTに入っていくというやり方です。
しかし、平成中期までの社員教育は、ゆとり・さとり・ミレニアル世代の若者たちに適していると一概には言えません。
なぜならば、ゆとり・さとり・ミレニアル世代の若者は、「マニュアルがなくても使えるユーザーインターフェース」に慣れ親しんだ世代だからです。
読んで覚えるマニュアルと、背中を見て覚えるOJTによる社員教育だけでは、新世代の若者たちに十分な教育効果を上げることはできません。もちろん、仕事の標準化とノウハウの言語化、そして、オンボーディングをはじめとする設計されたOJTは重要です。
しかし、それに加えて、現代の社員教育に必要とされるのは、「自然と学べる環境」の構築です。
「先輩を見て盗む」ではなく、「社員自らが持続的に学んでいく環境」を作ることが、企業に求められるようになっています。自然と学べる環境が構築されると、研修の費用対効果にも大きな違いが出てくることでしょう。
社員教育の環境作りは「7:2:1の法則」と「コルブの経験学習モデル」がポイント
社員教育の環境を考えるうえで、重要になるのは「7:2:1の法則」です。「7:2:1の法則」は経営コンサルタントであるマイケル・ロンバルドとロバート・アイチンガーが、管理職向けアンケート調査の分析を通じて提唱したものです。
「7:2:1の法則」は、「管理職の成長は何によって得られるか?」を分析したもので、
- 70%は、仕事における自分自身の経験
- 20%は、上司や先輩など他者のアドバイス
- 10%は、研修やセミナー
というものです。成長は圧倒的に「仕事における経験」から得られるということです。マネジメント層の方であれば、感覚的に頷けるものがある比率ではないでしょうか。
「7:2:1の法則」を見ると、『社員を成長させるには仕事の経験が重要だ!社員教育はやらなくていい』と思ってしまう方もいるかも知れません。しかし、それは違います。
「仕事上の経験」から成長するのは事実です。しかし、“経験”が“成長”となるためにはステップが必要です。
人事の方であれば、人が経験から学ぶステップを表した「コルブの経験学習モデル」をご存知の方も多いでしょう。コルブの経験学習モデルは、「経験が学び」になる4ステップを表しており、
- 経験 : 具体的な経験をする
- 省察 : 経験を振り返る
- 概念化: 学びとして抽象化する
- 試行 : 学びをもとに試してみる
で表現されます。例えば
2)省察 「出張でいつもより早い時間に起きる必要があったのに、タイマーがいつも通りの時間だった」
3)概念化 「朝からの予定はカレンダーに入れる時に“目覚ましのセット”を一緒にしよう」
4)試行 「来週に予定された朝からの緊急会議向けに、目覚ましをセットする」
といった形です。「仕事における経験」は重要ですが、経験するだけでは、学びになりません。「省察:振り返り」⇒「概念化:次に使えるように咀嚼する」⇒「試行:試してみる」という3ステップがないと“経験しただけ”で終わってしまいます。
だからこそ、経験から学ぶ仕組みを職場に取り入れたり、時には研修を通じて中長期での振り返りをしたりすることが必要です。
研修をはじめとしたOff-JTには新しい知識やスキルを学ぶ、マインドセットするということ以外に上記のように「振り返って経験を学びにする」という役割もあります。
なお、OJTとOff-JT、それぞれのメリット・デメリットに興味があれば、以下の記事を併せてご覧いただくことがおすすめです。
社員が育つ環境作りをしている企業の事例
上記を取り入れて、社員教育の環境作り、学ぶ文化を作っている事例として、サトーの「3行日報」、物語コーポレーションの「発言しないといけない組織」を紹介します。
【サトーの「3行日報」】
プリンタや自動認識装置を製造するサトーグループでは、全社員が毎日、経営トップに対して、1日の顧客接点や仕事での気づきを、「会社を良くするため改善提案」として3行(127文字)の日報で提出するという仕組みがあります。
1日の終わりに「1日を振り返る(省察)⇒発見や気づきを考えて改善提案にする(概念化)⇒提案として提出する(空想上の試行)」というサイクルを回しているわけです。
現場で起こる日々の発見や顧客の変化、予期せぬ成功や失敗を経営トップに上げて、施策を打っていくための仕組みですが、同時に社員教育として、社員一人ひとりが自ら学び成長する環境を生み出している事例です。
【物語コーポレーションの「発言しないといけない組織」】
焼肉やラーメンなどの飲食店をチェーン展開する物語コーポレーションでは、年齢も役職も関係なく「参加者全員が会議で意見を言わなければいけない」ことが徹底されています。従って、会議に参加する社員は、何を発言するか常に考える必要があります。
「自分なりの意見を考える」習慣というのは、「日々の現場で、気づきがないかのアンテナを立てる」意識です。
これも経験学習モデルにおける“省察(振り返り)”と“概念化(気づきや提案にする)”を促進している事例と言えます。
「学ぶ文化」をもった職場を作るための社員教育、仕組み作りとは?
「学ぶ文化」をもった職場を作るための社員教育、仕組み作りをどのように行えば良いかを見てみましょう。
業務の中に学ぶ仕組みを作る
「学ぶ文化」をもった職場を作るためにまず重要なのは、業務の中で思考とアウトプットする仕組みを整えることです。紹介したサトーの「3行日報」は1つの典型的な事例です。
世界的に著名な経営学者であるピーター・ドラッカーが、コンサルティングファーム“マッキンゼー・アンド・カンパニー”中興の祖であるマービン・バウワーにアドバイスしたとされる言葉があります。
全米トップレベルの人材を集めたコンサルティングファームに対するこのアドバイスは、仕事上での経験を学びに変えるプロセスがいかに重要かを物語っています。
大リーグで活躍する大谷翔平選手が取り入れていることで有名な目標達成の手法「原田メソッド」でも、日誌の中に「今日をもう一度やり直せるなら(制限がないとしたら)」という項目があります。これも「1日を振り返る⇒学ぶ」ことを促進するやり方です。
すべてに共通する通り、1日を単位とした“日誌”や“日報”というやり方で行うのが取り組みやすいでしょう。
コーチングとティーチングを使い分けた指導を行う
コーチングとティーチングを使い分けた指導を行うことも、「学ぶ文化」をもった職場作りに有効です。
指導者が一方的に教えるのではなく、問いかけを通じて相手の中にある答えを引き出したり考えさせたりするコーチングの技法は、学ぶ文化を作るうえで有効です。
もちろんコーチングは万能ではありません。相手が知らない知識やノウハウはコーチングでは引き出せませんので、知識やノウハウ、スキルをインプットするうえでは、ティーチングが重要です。
ただ、社内で“問いかけ”や“考えさせる”マネジメントが少ないようであれば、コーチングの基本的な考え方をマネジメント層に教育することは効果的かもしれません。
社員に権限や決済を譲渡して意思決定の体験を積ませる
社員が主体的に取り組めるように、権限や決済を譲渡することも1つの社員教育です。社員が自ら考え意思決定することで、「考える」習慣が生まれます。
また、自ら行った意思決定のほうが結果へのコミットメントが強くなりますので、結果を振り返って学ぶサイクルもスムーズにいきます。
世界規模でホテルチェーンを展開し、サービスクオリティで有名なリッツカールトンでは、社員の一人ひとりに対して、1日2,000ドルの決済権を与えています。「最高のサービス」を提供するために必要なら、2,000ドルまでの費用を社員が自由に使って良いというものです。
もちろん、権限や決済を与えるためには、権限を行使するための判断基準が浸透していなければなりません。
リッツカールトンの場合には、「クレド」が判断基準です。クレドとは、行動指針が書かれたカードです。リッツカールトンの社員は、このクレドを全員が身につけています。
クレドに書かれている内容は、「モットー」「サービスの3ステップ」「サービスバリューズ」「従業員との約束」など。クレドを確認することで、リッツカールトンがどのようなサービスを目指すのかを常に確認することができるようになっています。
また、毎朝の朝礼や情報共有を通じて、「書かれた行動指針がどういう意味なのか?」「どういうケースでどういう対応をすることがクレドに副っていると言えるのか?」を常に浸透させ続けています。
「リッツカールトンが何を価値とするのか」「最高のサービスとは何か」の原則を徹底して浸透させる教育を行いながら、権限や決済を委譲することで、社員の創意工夫や意思決定が、会社の経営理念や方針に合致したものとなります。
参考:リッツカールトンのクレド
社員教育を継続する
「学ぶ文化」をもった職場を作るためには、社員教育を継続することが重要です。社員教育は、「4:2:4の法則」を踏まえて継続することが大切です。「4:2:4の法則」とは、社員研修の効果は、
- 40% ……研修前の意識付け
- 20% ……研修そのもの
- 40% ……研修後のフォロー
で決まるというものです。従って、研修の効果を高めるためには、研修そのものと併せて、研修前および研修後を設計する必要があります。これまでに紹介したコルブの経験学習モデルと合わせて考えるなら、
↓
・研修後の実践: 今日の学びを整理したうえで、何を実践するかを設定する
というイメージです。社員教育はインプットとアウトプットの両方を増やしていくことが重要です。社員が「考える/学ぶ ⇒ 実践する ⇒ 成功する/失敗する ⇒ 考える/学ぶ ⇒ …」というサイクルを、なるべく多く回せるようにしましょう。
社員が育つ環境作りは社員定着にも効果的
社員が育つ環境作りは、社員の定着にも効果があります。転職の理由として、人間関係や待遇が、一定割合を占めることはいつの時代でも変わりません。
しかし、近年では、「仕事のやりがい」や「自己成長」を求めて転職するケースも増えています。
職場全体に「学ぶ」文化を作ることができれば、社員が成長実感を得たり、自分なりの工夫を通じて仕事のやりがいを得たりしやすくなるので、結果として社員の定着にもつながります。
まとめ
社員教育において「学ぶ環境」を作ることは、企業に大きなメリットがあります。学ぶ環境を作るためには、企業の働きかけや仕組みづくりが必要です。コルブの「経験学習モデル」を参考にして、設計してください。
社員教育には長い時間がかかります。前述したリッツカールトンのように、社員が主体的に行動するための基準となるミッションや共通言語の浸透は、一朝一夕で実現できるものではありません。
大がかりな研修を行うことだけが社員教育ではありません。朝礼の時間を活用する、クレドなどのカードを使う、日誌の項目を設計するなども、社員教育の1つです。ぜひ様々な手段による「社員教育」を継続して、社員一人ひとりが考えて成長する「学ぶ文化」を作ってください。