終身雇用制度が崩壊して人材の流動化が進んだ結果、仕事や組織に不満を抱えているメンバーが退職することは一般的になっています。上司からすると“部下からの突然な退職相談”であるケースも多くあります。
少子化により労働人口が減少する日本において、優秀な人材の獲得競争はますます激しいものとなりつつあります。当然、多くの経営者や上司が、優秀な部下の退職を防ぎたいと考えています。
本記事では、「そもそも部下はなぜ退職を決意するのか」、また「部下から退職を告げられた時点では手遅れなのか」を解説します。また、部下の退職における兆候の把握と対応、部下の退職を防ぐために上司が意識したいポイントを紹介しますので参考にしてください。
<目次>
部下はなぜ退職を決意するのか?
メンバーはいまの組織で仕事をするなかで生じている不満や悩みを解消するために、退職を決意します。そのため、部下の退職を防ぐには、会社を辞めるところまで追い込まれた部下の想いや理由に目を向ける必要があります。本章では、退職を生じさせる6つの代表的な理由を紹介します。
意義を見出せない仕事
どのような仕事にも、意義や目的があります。しかし、働く人が自分の担当業務の意義・目的がわからない、納得していなければ、以下のような不安・違和感が生じるでしょう。
- 「この仕事は何のためにやるのか?」
- 「自分の仕事はどんな価値を生み出しているのか?何かに貢献しているのか?」
- 「自分がここにいる意味、この仕事をしている意味はあるのだろうか?」
意義を見出せなければ、仕事に対する熱意やモチベーションは失われ、仕事に取り組むことは苦痛になってしまうでしょう。
強みを活かせない環境
人は、自分の強みを活かすことに喜びを感じるものです。また、強みを活かすことで高い成果を上げられるようにもなります。
組織や上司のマネジメントが下手で、強みを活かせる役割を与えられない、もしくは画一的で型にはめるようなマネジメントをされて強みをいかせなければ、仕事は面白くなりません。
人は、強みを活かせなければ、優れた成果を上げられません。また、弱みが表に出るタスクや仕事のやり方を強制されれば、ミスを多発したり、成果を出せなかったりして、自信を喪失することもあるでしょう。成果を出せないと、前述した仕事の意味を見失う危険性も出てきます。
成長実感の乏しさ
たとえば、初めて就職して初期研修を受けていた新人研修時代、そこから部門に配属されて新しい作業を覚えて任せられる仕事が増えていく新人時代は、「自分は成長している」という実感が得られやすいものです。
しかし、ひと通りの業務を覚えて一人前になると、毎日の仕事が同じことの繰り返しのように思えてきて「自分は成長できているのだろうか?」と不安になることがあります。特に、同じ仕事を3年ぐらい続けて、ある程度のスキルを身に付けてしまうと、成長実感が乏しくなりがちです。
上司などが客観的に見れば、確実に成長しているし、まだまだ成長する余地があることも多いでしょう。しかし、大切なことは、客観的にどうかではなく、本人にとって「自分は成長していると感じられるか」「この企業にずっと在籍して成長できると感じるか」です。
キャリアの閉塞感
先述の意義を見い出せない・強みを活かせない・成長実感が得られない……などの状況は、「この仕事を続けることで、自分の将来はどうなってしまうのだろう?」などの閉塞感をもたらします。
終身雇用が崩壊した現在、多くの若手が「企業は自分の人生を保証してくれない。自分自身で、自分の市場価値を高められる環境を選ぶ、将来性のある企業に行くことが大事」と考えています。
したがって、自社に成長性がない、また自社で成長できないと感じた場合、在籍し続けることに対する不安や閉塞感が一気に強くなります。近年では、自分自身や企業に大きな問題がなくても、インターネットやSNSを通じて同年代や同期と比較することで、不安が生じやすく、「隣の芝生は青い」感覚も生じがちです。
閉塞感が閾値を越えると、「とりあえず転職サイトに登録してみようか」といった行為につながり、一気に転職への流れが出来上がっていきます。
尊敬できない上司
「社員は、企業を去るのではなく、上司のもとを去るのだ」という言葉もあるぐらい、上司への不満、上司との人間関係は退職の大きな要因です。
上司との関係性に関しては、上司の能力よりも人間性が非常に大切です。たとえば、以下のように人間性に問題がある上司のもとでは、離職が多発するでしょう。
- 部下の話に耳を傾けない
- 自分のミスを部下のせいにする
- 部下の成果を自分のものにする
- 一部のメンバーをえこひいきする
- 言っていることとやっていることが違う など
また、上司や先輩がキャリアのロールモデルとなれない場合、前述したキャリアへの閉塞感も生じやすくなるでしょう。
待遇に対する不満
働く上で“待遇”の要素はやはり重要です。待遇は衛生要因とも言われていた時代もありますが、転職サイトの年収診断やスカウトサイトなども増えたなかで、転職・退職の大きな要因にもなっています。
最近では、転職が容易になったこともあり、市場の給与相場・待遇相場と自社の状況に乖離があると、待遇を原因とする退職が容易に生じます。
なお、待遇に関しては、上記のように相場観との乖離という絶対的なものもあるだけでなく、社内での評価に不満がある、「○○さんが自分より評価されるのはおかしい」といった相対的なものへの違和感も不満の原因になります。
例えば、以下のような感覚です。
「自分はすごく頑張っているのに給料が上がらない、出世できない」(不満)
「あまり頑張っていないメンバーが、なぜか自分より早く出世している」(不公平感)
相対的な待遇への不満と、ここまで紹介した離職要因がかけ合わさって、転職の引き金となることも多くあります。
退職を告げられた時点で手遅れ!?
退職を部下が申し出た時点で、組織へのエンゲージメントは回復不可能なレベルに落ちていることが大半です。
また、転職先がすでに確定しているなどの事情があれば、引き留めはまず不可能となります。特に最近は、オンライン採用の浸透もあり、退職を申し出てきた時点で転職先の入社日まで決まっているケースも多くあります。
無理な引き留めをすることは、成果がでないだけでなく、関係性の悪化につながる可能性も高くなります。部下から退職の相談・申し出があった場合、状況を確認したうえで、既に次の入社先が決まっているような場合は、退職理由をヒアリングすることに留めて、引継ぎがスムーズに行われるように注力することをお勧めです。
退職防止に大切な早期の兆候把握と対応
部下の退職を防ぐには、日々の観察やコミュニケーションを通して不満・不安の兆候に気付き、早めに要因改善に向けた対応をすることが大切です。
エンゲージメントやモチベーション低下のサイン
メンバーに以下のような言動が増えてきた場合、組織へのエンゲージメントやモチベーションが下がっている可能性が高いでしょう。
- 出社時間が遅くなり、始業ギリギリに会社に来るようになる
- 服装・髪型・化粧などの身だしなみが乱れ始める
- 上司やメンバーへの報連相が減る、特に相談が少なくなる
- タバコやトイレ休憩による離席が増える
- 挨拶が減る、声が小さくなる
- 周囲と雑談をしなくなる
- 仕事をダラダラやるようになる など
上記の言動は、ストレスの増加で生じる兆候でもあるため、必ずしも退職に直結するわけではありません。しかし、どちらにしても対応が必要ですので、1on1でのヒアリングなどで原因を把握して対応しましょう。
1on1や定期面談による兆候の把握と対応
上司も自分の仕事があるため、部下を常に観察できるわけではないでしょう。最近ではテレワーク環境になっていると、とくに部下の状況は見づらくなります。
従って、1on1や面談などの定期的なコミュニケーション機会を作り、部下との信頼関係を構築すると共に、不安や悩みを早めに把握してケアすることが大切になります。
部下の退職を防ぐために上司が意識したいポイント
仕事や組織へのエンゲージメントが高ければ部下の退職は生じにくくなりますし、キャリアへの悩みや待遇などの退職要因があっても相談をもらいやすくなります。部下のエンゲージメントを高めるには、上司の関わり方が大切です。部下の退職を防ぐために上司が意識したいポイントを解説します。
信頼関係と相互理解
部下に何らかのアプローチや働きかけをして効果をあげるために不可欠なのが、基礎的な信頼関係です。部下と仲良くなる必要はありませんが、部下にとって「信頼できる上司」であることが大切です。
部下との信頼関係を築くには、上司が人格を磨き、言動に一貫性を持つ、また、プロフェッショナルとしての生き方を見せる必要があります。そのうえで、部下と人間的な側面まで含めた相互理解が実現できれば理想です。
仕事の意味付け
企業のミッション・ビジョンと部下の価値観を結び付けましょう。そのためには、まず、研修や1on1、コーチングなどを通じて、部下の価値観や軸を明確にしていくアプローチが大切です。
その上で、明確になった仕事観や軸といまの仕事がどうつながっているか、また、今の仕事で積んでいる経験が今後のキャリア展望にどう結び付くかなどをすり合わせていきましょう。
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強みの発揮
人は、強みを発揮していると楽しいと感じますし、成果もあがります。部下の強みを把握して、発揮できる仕事をアテンドする、発揮できるようにしてあげるとよいでしょう。
HRドクターを運営する研修会社ジェイックでは、才能診断「ストレングス・ファインダー®」を使った強みを生かすマネジメント研修なども提供しています。「ストレングス・ファインダー®」を受けると、個人でも安価に才能診断ができますのでお勧めです。
キャリア開発と成長実感
現状に若干の不満や課題があっても、将来への希望があったり、未来につながる意味付けがされたりすると人は頑張れるものです。だからこそ、上司は、部下がどのようなキャリアを作りたいかを理解し、現在の仕事が、作りたいキャリアにどう紐づくかという意味付けをしてあげる必要があります。
部下によっては、まだキャリア展望が見えていないことなどもあるでしょう。そうした場合には、上司から選択肢を見せてあげたり、いまの仕事が“選択肢を持つ”ことにどうつながるかを示してあげたりすることが有効です。
もちろん部下の希望するキャリアが分かったら、そこにつながる機会を提供してあげることも大切です。また、フィードバックを通じて、理想とするキャリアに一歩ずつでも近づいている、成長できているという感覚を提供することも重要です。
正当な評価
当然のことですが、部下を正当に評価することが退職防止する上でとても重要なことです。成果をしっかりと評価してあげることが大切ですし、同時に、根拠がないまま高く評価しても、どこかで必ず行き詰まりますので注意が必要です。
また、専門人材は市場の相場観と見合った待遇にしていかないと、退職誘因になる可能性が上がります。評価の問題は上司ひとりでは解決できないことも多くありますが、正当な評価と適切な待遇という視点は、部下の退職防止を考える上で欠かせない要素です。
まとめ
テレワークやオンライン採用が普及した現在、部下から退職の相談が来た時点で既に次の入社先や入社日まで決まっており、もう引き留めようがないケースが増えています。
上司は一般的な退職理由を把握して、自社や自組織において要因に普段から気を配っておく必要があります。その上で、信頼関係と相互理解、仕事の意味付け、強みの発揮などのポイントを意識して、日頃のコミュニケーションやケアを行ないましょう。エンゲージメントやモチベーション低下の兆候を把握して、早めの対応を講じることが大切です。
上司ひとりで出来ることの限界もありますので、経営層・人事、そして管理職層がきちんと連携して、中長期的に働きがいのある組織、物心両面できちんと満たされる組織をつくっていくことが大切です。