時代の変化スピードが速くなり、ビジネスの複雑さも増す中、「エンゲージメント」という言葉が注目されています。エンゲージメントは、従業員と組織の紐づきの強さを表すものであり、少しニュアンスは違いますが、「帰属意識」や「愛社精神」と似た意味を持ちます。
変化対応や複雑なビジネス環境において、社員の主体性や自発性、また、組織方針の実行力が問われる中で、エンゲージメントを高めるマネジメントができると、組織の競争力が高まります。
記事では、エンゲージメントの意味と測定方法、エンゲージメント向上のために有効な施策までを解説します。エンゲージメント経営に成功している企業の事例も併せて取り上げますので、ぜひ参考にしてください。
<目次>
エンゲージメントとは
「エンゲージメント」という言葉は、もともと「約束・契約」という意味です。この意味で使われているのが、“エンゲージメントリング”=“婚約指輪”です。
そして、もともとの意味から転じて“心理的な結びつきの強さ”という意味合いで、人事やマネジメント領域であれば「企業・仕事と社員の心理的な結びつきの強さ」、マーケティング領域であれば「商品・ブランドと顧客との関係性の強さ」という意味合いで使われます。
人事やマネジメント領域におけるエンゲージメントを具体的に表すと、
- 所属する組織の一員であることへの誇りや意識の強さ
- 組織のミッションやビジョン、している仕事への誇り
- 同僚や職場への信頼や愛着
等の要素になります。
上記を見ると、エンゲージメントという言葉は、帰属意識や愛社精神と似ているように思います。しかし、違う側面もあります。
帰属意識や愛社精神という表現は、かつての終身雇用が当たり前の時代に生まれた概念ですあり、「組織が主、社員が従」というニュアンスを持っています。それに対して、エンゲージメントは「組織と社員は対等」という前提で使われています。
それでは、近年エンゲージメントが注目されているのはなぜでしょうか?それは、変化の激しいVUCAの時代に組織を存続・成長させるために、社員一人ひとりに主体性を持って仕事に取り組んでもらうことが不可欠だからです。また、コロナ禍に伴うテレワーク等も組織との心理的な紐づきが弱くなる要因です。
そのような背景の中で、企業の競争力を左右する要因として、エンゲージメントを向上させることに関心が集まっています。
エンゲージメントの測定方法
自社のエンゲージメント状況は、測定して数値化することが可能です。さまざまな組織調査等がありますが、代表的なものをご紹介します。
GPTW「働きがいのある会社」調査
Great Place to Work® Institute Japanが行なっている「働きがいのある会社」調査は、組織のエンゲージメント状況を、信用・尊重・公正・誇り・連帯感という5つの要素で測る調査です。
以下のような設問に、5段階評価で回答してもらう形です。
【設問の一例】
- 経営・管理者層の期待していることが明確になっている
- 私は、この会社において専門性を高めるための研修や能力開発の機会が与えられていると思う
- この会社では、従業員は性別に関係なく正当に扱われている
- 私たちが会社全体で成し遂げている仕事を誇りに思う
- この会社では、仕事や部門が変わっても、誰でもなじめる雰囲気がある
出典:「働きがいのある会社」調査・ランキング「調査実施内容」より
年1回、中小企業から大手企業まで参画して、調査が実施されて、結果が公表されます。従って、「他社と比較した情報が手に入る」という意味で、非常に有効なエンゲージメント調査です。
ギャラップ社「Q12(キュー・トゥエルブ)」
世界的な調査会社である等を行なうギャラップ社の「Q12(キュー・トゥエルブ)」は、12個の質問でエンゲージメントを測定します。以下の12個の質問それぞれに対して、5段階評価で回答してもらう形です。
- 私は仕事のうえで、自分が何を期待されているか知っている
- 私は自分の仕事を正確に行なうために必要な道具や材料を与えられている
- 私は職場で、自分の最も得意とすることを行なう機会を毎日与えられている
- ここ一週間のうちに、良い仕事をしたと褒められたり、認められたりした
- 上司もしくは職場の誰かが、自分を一人の人間として気遣ってくれる
- 職場に自分の成長を励ましてくれる人がいる
- 職場で自分の意見が尊重されているように思える
- 会社の使命や目標は、自分の仕事を重要なものと感じさせてくれる
- 職場の同僚は、質の高い仕事をすることに専念している
- 職場に最高の友人と呼べる人がいる
- この半年の間に、職場の誰かが自分の進歩について話してくれた
- この一年の間に、仕事上で学び、成長する機会があった
点数の合計が高ければ高いほど、社員の定着率や生産性、企業の業績が向上するとされています。質問数が少なく、実施しやすいところに特徴があります。
エンゲージメントサーベイツール
最近では、エンゲージメントサーベイと呼ばれるHRtechを用いたエンゲージメント調査や社員のモチベーション調査を行なうサービスも出ています。
クラウド型のサーベイは、必ずしもエンゲージメント調査だけではなく、モチベーションや意欲、メンタル状態を測る機能がついていることが大半です代表的なサービスをいくつかご紹介します。
jinjerワーク・バイタル
回答者は、それぞれの質問に対して「お天気マーク」でコンディションを表現します。ログイン不要でスマートフォンからでも回答可能。定点観測でコンディション変化を察知することができます。
jinjerwebox
スマートフォンから3分で回答でき、結果もすぐに確認できる手軽さが魅力です。月額300円/人で、3人から利用できます。数十人のチームから数千人を越える大手企業まで、幅広く導入されています。
jinjerモチベーションクラウド
エンゲージメントスコアについて、他社平均と自社数値を比較したり、部門ごと・階層ごとに比較したり、半年前の数値と今年の数値を比較したりと、さまざまな角度から組織の状態を把握できるクラウドサービスです。
“モチベーション”を軸にしたコンサルティング会社であるリンクアンドモチベーションが提供しており、課題に基づくアクションプランを立て、実行促進・進捗確認を行なうことも可能です。
エンゲージメントを向上させる施策とは?
自社の現状把握と並行して、エンゲージメント向上のためのアクションを行なっていきましょう。エンゲージメント向上に結びつく施策をいくつかご紹介します。自社の課題に合わせてぜひ取り入れてみてください。
ミッション・ビジョン・バリューの浸透
エンゲージメントを向上させるうえで、ミッション・ビジョン・バリュー/経営理念・行動規範の浸透は不可欠です。ミッション・ビジョン・バリューは、「自分がなぜこの組織で働くのか?」に対する精神面での答えであり、自分の仕事に「意味」をもたらすものです。
しかし、どんなに素晴らしいミッション・ビジョン・バリューを作っていても、社員に浸透していなければ意味がありません。
ミッション・ビジョン・バリューは事業内容、採用や意思決定に反映されているでしょうか。社員が日常的にミッション・ビジョン・バリューに触れる機会はどれだけあるでしょうか。浸透状況が不十分であれば、手を打ち続けましょう。
仕事をデザインする余地
「仕事に創意工夫を加える余地がある」ことが社員のエンゲージメントを高め、主体的な行動を引き出します。これは自己決定権やジョブクラフティングと呼ばれます。
言われたことをそのままこなすだけでなく、上司や顧客と交渉・調整することで、仕事のやり方はいくらでも変えられるでしょう。「自分で自分の仕事をデザインする」というマインドを社員に持ってもらいましょう。
マネジメントにおいても、メンバーにチャレンジする機会を与えたり、仕事を任せるようにしたり、メンバーへの提案の機会を作る等、「仕事をデザインする」余地を積極的に作っていきましょう。
良好な人間関係とコミュニケーションの活性化
上司や同僚との良好なコミュニケーション(人間関係)は、エンゲージメントを育てる土台になります。ランチや飲み会、レクリエーションの実施で、心理的な距離が近づけると効果的です。ポイントは「相互理解」です。
職場の上下関係をそのまま持ち込んだようなランチや飲み会を行なっても、エンゲージメントは高まりません。メンバー一人ひとりを“一人の人間”として、敬意を払ったうえで、お互いを知りあうことが良好な人間関係に繋がります。
また、組織内で感謝が飛び交う組織は、人間関係が良好になります。昔は紙で、最近ではオンライン上で、thanksカードを送りあう文化は素晴らしいものです。
働きやすい環境の構築
職場環境の改革も、エンゲージメント向上に有効です。働きやすい職場には、リラックスできる、仕事に簡単に集中できる、同僚と交流しやすい、プライバシーに配慮されているといった特徴があります。
フリーアドレスや集中ブース、コラボレーションスペース、リフレッシュスペース等を導入しても良いでしょう。また、サテライトオフィスの活用やリモートワーク、時短勤務等の多様な働き方を受け入れることも大切です。
福利厚生の充実
エンゲージメント向上においては、福利厚生も重要です。福利厚生の充実は、単なる待遇の改善だけではなく、社員の生活、人生、キャリアを尊重しているというメッセージにもなります。
物理的な手当等だけでなく、ピアボーナス制度や特別休暇制度、業務支援、スキルアップ支援等なども福利厚生の一つです。「社員により良く働いてもらう」、「働くうえでの不便を解消する」、「社員の成長を支援する」といった視点で考えると、企業独自のユニークな福利厚生が生まれるかもしれません。
インナーブランディングの実施
ここまでに挙げてきた施策を、しっかりと社内に発信・拡散させていくことも大切です。適切な自社認識を社内に広める取り組みをインナーブランディングと呼びます。
自分たちが仕事を通じて社会や顧客に貢献しているという感覚、自分たちが目指している崇高な理想、真剣に想いを持って働く同僚、マネジメントメンバーや同僚の人間的な側面、福利厚生の制度や活用事例等を、社内報等を通じて発信していきましょう。
エンゲージメント調査の定期的な測定
エンゲージメントを向上させ、それを維持していくためには「どの施策がエンゲージメント向上に効果的だったのか」「現在、組織のどこに課題があるのか」を常に把握し続けることが大切です。
身体の健康を保つうえでは、「定期的な運動」や「健康的な食事」が大切ですが、併せて、「体重測定」や「定期的な健康診断」が重要です。行なった施策の効果・結果を定量的に図るのが、社員のエンゲージメント調査です。
従って、エンゲージメント調査は1回やって終わりではなく、定期的に実施することが重要です。
エンゲージメント向上に成功した企業事例
エンゲージメントが高いとされる企業を、行なわれる施策と共に何社かご紹介します。
誰もが知るIT企業のGoogleでは、「対話のカルチャー」を通してミッション・ビジョン・バリューの浸透を徹底しています。
トップが自らミッション・ビジョン・バリューを語ることを欠かさず、また、マネージャーはほぼ毎週のようにメンバーとの1on1ミーティングを実施して、対話による方向性の共有に努めています。
スターバックス
大手コーヒーチェーンのスターバックスでは、スタッフが学士号を取るための資金援助や、スキルを磨くための通信教育への補助を行なっています。
また、アルバイトやパートタイマーを含めたすべてのスタッフを平等に「パートナー」と呼び、店舗運営における社員の主体性を尊重しています。
エイチーム
名古屋の総合IT企業エイチームでは、全社員が経営について考える文化を形成するために「全社ミーティング」を毎週実施。全社ミーティングでは、各事業の売上、利益、目標達成率等が共有され、企業経営を自分事として捉えてもらうための工夫がされています。
また、経営情報の共有と並んで、社員のバースデーイベントが毎月開催される等、仕事ではないところで、社員にスポットライトを当てる機会やコミュニティ作りを大切にしています。
佐竹食品/U&S
「日本一楽しいスーパー」を目指してスーパーマーケットを展開している佐竹食品/U&Sでは、モチベーションクラウドのサービスを利用して「モチベーションインデックス値」というエンゲージメントのスコア導入。
経営トップが中心となって、店長・部長といったマネージャー層を啓もうして、モチベーションインデックス値を重視する経営を行なっています。
業績と同じように部門や店舗ごとにモチベーションインデックス値を公開、また、向上に向けて部門や店舗別のビジョンを構築したり、2年に1度、全店舗を休業して全社員が一堂に会する「ありがとう総会」を開催したりしています。
小松製作所
小松製作所では、マネージャー層のスキルを強化することで社員全員のエンゲージメントを向上させました。
マネージャーたちは研修とワークショップを受講して、信頼を得ることや部下のモチベーションを向上させる方法、チームワークの取り方、変化への対応力、権限委譲の重要性という5項目を学びました。
その結果、自社で導入しているエンゲージメント調査で、社員のエンゲージメントスコアは33%から70%にアップ、工場のパフォーマンスも半年で9.4%アップしています。
メンバーのエンゲージメントを高めるうえでは、上司であるマネージャーの言動に働きかけることが重要であることが分かる好事例です。
まとめ
変化の激しいVUCAの時代において、社員の主体性や変化対応できる組織作りは不可欠です。そこに役立つのが、エンゲージメントの向上です。
記事ではエンゲージメント向上のためのさまざまな施策をご紹介してきましたが、エンゲージメント向上の第一歩は、自社の現状を把握することです。身体の健康を維持するうえでは、健康診断と体重測定が大事なように、定量的に組織のエンゲージメント状態を把握して改善に取り組みましょう。
有料の調査もさまざまありますが、小さく試してみたい、まずは自分の部門で導入したいという場合は、無料や低額でできるチェックリストや診断から始めてみるのも一つです。