年功序列や終身雇用が崩壊し、また、DX化などの変化が起こる中で、ビジネス分野における「社会人の能力開発」の必要性が叫ばれるようになりました。現在、健康寿命が世界一となった日本は人生100年時代を迎え、かつ、少子高齢化の中で定年年齢の引き上げなどは国策となっています。
こうした中で、仕事で求められる知識やスキルを、時代の変化にあわせて継続的にアップデートすることが求められています。本記事では「社会人の学び」をテーマに、社会人の学び方として注目が集まる「リカレント教育」、また、すべてのビジネスパーソンにとって基本となる「社会人基礎力」の概念を紹介します。
<目次>
リカレント教育
記事では最初に“社会人の学び直し”を示す概念であるリカレント教育について解説します。
リカレント教育とは?
リカレント(recurrent)とは「繰り返す」という意味の言葉です。リカレント教育とは、学校を出て社会に出た後も、必要なタイミングで再び教育を受けて仕事に役立つ能力を身に付けていくという「生涯を通じた継続的な学び」をさす概念です。
平均寿命も延び、生涯現役が望まれる現代において、社会人でも必要に応じて学び直すというリカレント教育には大きな期待が寄せられています。
リカレント教育が注目されている理由
リカレント教育が注目されるようになった背景には、ここまで紹介したような平均寿命の延びや急速な技術革新、市場や雇用の変化があります。数十年前、私たちの人生は、学校を出た後に企業に就職し、定年を迎えたら退職し、リタイア後の生活を送るというスタイルが主流でした。
しかし、現在は前述したように、定年延長に伴って働く期間が長くなり、かつ、その中で転職の一般化やDX化などによって、キャリアの中で必要とされるスキルが変わっていくことも珍しくはありません。
また、働き方も転職によって働く場を変える以外にも、
・起業して新たな仕事を始める
・副業や兼業をする
・子育てをしながら働く
・定年後も新たな仕事に挑戦する
といったように人生のキャリアは一律ではなくなりつつあります。
このような時代の変化を受けて、厚生労働省や経済産業省をはじめとする国の機関も、リカレント教育の支援に乗り出しています。また、民間企業でも社員のリカレント教育に関心を持つところが増えてきました。最近では、DX対応に伴ってのリスキリングという概念も注目を浴びています。
リカレント教育の金銭負担を支援する各種制度
リカレント教育による社会人の学び直しを考えるうえで、課題となる要素のひとつが学費などの金銭負担です。そのためリカレント教育には、以下のような支援制度が設けられています。
- 「教育訓練給付金」
教育訓練給付金とは、働く人の能力開発や、中長期的なキャリア形成を支援するために設けられている制度です。教育訓練給付金制度では、厚生労働大臣が指定する教育訓練講座を受講後に、費用の一部が支給されます。
- 「人材開発支援助成金」
人材開発支援助成金は、企業を対象にした人材育成支援制度です。従業員に対して職務に関連した訓練を実施した場合に、かかった費用や従業員の給与の一部に対して助成を受けることができます。
- 「キャリアコンサルティング」
キャリアコンサルティングは、在職者や教育関係者を対象に無料でキャリア相談ができる制度です。全国にあるキャリア形成サポートセンターで、ジョブ・カードを活用してさまざまなキャリア相談、支援が行われているほか、オンラインでの相談も可能です。
- 「ハロートレーニング」
ハロートレーニングは、希望する仕事に就くために必要なスキルや知識を身に付ける講座を、無料で受講できる制度です。ITや建設・製造、デザイン、サービス、介護などさまざまな分野の講座が用意されています。
「社会人教育」と「社会人基礎力」
社会人教育というキーワードを考えるうえで、各種の専門スキルなど以外に経済産業省が社会人の能力モデルとして定義した「社会人基礎力」も参考となります。
「社会人教育」とは?
社会人教育とは、社会人として備えておくべきリテラシーや仕事をするうえで必要な能力の開発を目的とした教育をさす概念です。
前述したようなリカレント教育やリスキリングなどの概念も該当しますし、企業内における人材育成も広い意味では社会人教育のひとつといえます。なお、社会人教育が通常の「教育」や「講座」と異なるのは、「ビジネスで成果を出すための能力開発」であるという点です。
経済産業省が定義する「社会人基礎力」とは?
社会人教育を「ビジネスで成果を出すための能力開発」であると説明としましたが、ビジネスで成果を出すための能力開発にはどんなものがあるでしょうか。
社会人の能力開発は大きく分けると3階層で考えるとわかりやすいと思います。まず一番土台となるのが業種や職種を問わず、ビジネスで成果をあげるために基礎となるポータブルスキルです。
ポータブルスキルの上に、各分野における業務知識、例えば、「マーケティング」「営業」「会計」といった職種分野でパフォーマンスするのに必要な知識やスキルがあります。
そして、上記の各分野を突き詰めたところにある突き詰めた専門性、例えば、「マーケティングの中の、SEOの中の、コンテンツSEOにおけるスペシャリティ」といった形での専門性があります。
社会人教育というと、「専門的な知識やスキル」に目がいってしまいがちですが、じつは成果をあげるうえでは、3階層の一番土台となるポータブルスキルも非常に大切です。
ポータブルスキルの考え方は国も非常に重視しており、経済産業省が「社会人基礎力」という能力モデルで説明しています。
「社会人基礎力」では、3つの能力分野と12の能力要素が定義されており、とくに新人や若手の社会人教育、また、自分のポータブルスキルレベルを振り返ったり能力開発に取り組んだりするうえでは参考になるものです。
なお、上述した社会人基礎力とリカレント教育の関係性などについては、経済産業省が下記のような資料も公開していますので、ご興味あればご覧ください。
経済産業省 「人生100年時代の社会人基礎力」と「リカレント教育」について
社会人基礎力を構成する3つの力
どの仕事にも必要とされる社会人の基礎能力、ポータブルスキルである「社会人基礎力」は、2006年に経済産業省によって提唱されました。
社会人基礎力は「前に踏み出す力」「考え抜く力」「チームで働く力」の3つの能力分野と12個の能力要素で構成されています。本章ではそれぞれの能力を簡単に紹介します。
社会人基礎力を構成する3つの力 ①前に進む力
「前に踏み出す力」とは、一歩前に踏み出し、失敗しても粘り強く取り組む力です。学校教育とは違い、仕事では常にひとつの正解が用意されているわけではありません。
そのため、正解がわからない中でも失敗を恐れず、試行錯誤して前に踏み出す力が求められます。前に踏み出す力は、以下の3つの能力要素によって構成されています。
・主体性 :物事に対して自ら積極的に取り組む力
・働きかけ力 :周囲のさまざまな人たちに働きかけ、巻き込んでいく力。
・実行力 :目標を設定し、やりきる力
社会人基礎力を構成する3つの力 ②考え抜く力
「考え抜く力」とは、物事に疑問を持ち深く考える力です。例えば、課題を発見し、改善案や解決のための手段を考えるといったことが、考える力を発揮する具体例です。
また、ただ考えるだけでなく、納得いくまで考え抜くことが求められています。「考え抜く力」は、以下の3つの能力要素によって構成されています。
・課題発見力 :現状を分析し、物事の本質や課題を明らかにする力
・創造力 :これまでの常識にとらわれない思考や、新しい価値を生み出す力
・計画力 :課題解決に向けたプロセスを考え、問題への備えをする力
社会人基礎力を構成する3つの力 ③チームで働く力
「チームで働く力」とは、さまざまな人と関わり、目標達成に向けて協力する力です。チームで働く力では、お互いの強みや個性を補い合い、人数以上のパフォーマンス(相乗効果)を発揮することが求められています。
チームで働く力を身に付けることで、自分一人では届かない大きな成果を掴むことも可能になります。「チームで働く力」は、以下の6つの能力要素によって構成されています。
・発信力 :自分の意見や考えを、相手にわかりやすく伝える力
・傾聴力 :相手の話を丁寧に聞く力
・柔軟性 :立場や考え方の違いを尊重し理解する力
・情況把握力 :自分と周囲の人々や物事との関係性を理解して把握する力
・規律性 :社会のルールや他者との約束を守る力
・ストレスコントロール力 :ストレスが生じたときに対応できる力
先ほどの経済産業省 「人生100年時代の社会人基礎力」と「リカレント教育」において、この6つについての記載があります。
経済産業省 「人生100年時代の社会人基礎力」と「リカレント教育」について
人生100年時代を踏まえ、新しく追加された社会人基礎力の3つ3つの視点
社会人基礎力は前述の通り、2006年に制定されたものです。当時と比べて時代の変化スピードはさらに加速した現在では、専門的な知識やスキルが過去のものになってしまうスピードも速くなっています。したがって、時代やライフステージに応じて、常に学び続け、必要なスキルをアップデートしていくことがますます求められています。
このような時代の変化に対応するため、2018年に経済産業省は「人生100年時代の社会人基礎力」として、ポータブルスキルの開発とリカレント教育に取り組む3つの視点を追加しています。3とありますが、視点であり、考え方であり、これ自体も一種の能力といってもよいかもしれません。
【学ぶ】何を学ぶか?
何を学ぶかを自分自身で考え、継続的に学び続けていく考え方(力)です。「何を学ぶか?」では、「長期的に活躍するためにはどんなスキルが必要なのか?」「どうすれば自分の付加価値を高めることができるか?」といったことを深く考えることが求められています。
【統合】どのように学ぶか?
今後の学び方は、外部での学びやOff-JTだけではなく、自らの体験・実践とリフレクション(振り返り)を通じて学んでいくことが非常に重要になっています。
体験・実践していくうえで、「ストレッチする」業務に取り組む、兼業や副業を通じて、多様な体験を積むといったアプローチも大切です。そして、自分の経験や能力、キャリアを振り返り、それらを目標達成のために統合させていく考え方(力)が必要となります。
【目的】どう活躍するか
自己実現や社会貢献に向かって、主体的に行動し自らキャリアを創っていくとキャリア自律の考え方(力)です。終身雇用が崩壊して、一方で、転職・副業・兼業・独立・リカレント教育…など、多様な選択肢が生まれた中でキャリア自律が個人に求められていますし、企業にも従業員のキャリア自律支援が求められています。
社会人基礎力を鍛える3つのコツ
ここまで、これからの時代を生きるビジネスパーソンにとって大切な「社会人教育」と「リカレント教育」の概念、そして、社会人教育の具体的なモデルである「社会人基礎力」について解説しました。
最後に、社会人基礎力を高める3つの方法を紹介します。
コツ1 自分を客観的に見て自己分析をする
社会人基礎力を高めるうえで最初に必要なのが、自分を客観視して自己分析をすることです。社会人基礎力には3つの能力分野と12つの能力要素があると説明しましたが、それぞれについて自己分析を行い、「自分にどんな能力が不足しているのか?」「何を鍛えるべきなのか?」を掴むことが重要です。
客観的に自分を把握するためには、自分の中だけで思考し続けるよりも、自己採点してみたうえで、職場の同僚などの周囲からフィードバックをもらうことがおすすめです。12個の能力要素×5段階などでチェックしてもらうとわかりやすいでしょう。
コツ2 日頃の業務で社会人基礎力を意識する
人材開発の分野でよく知られた調査のひとつに、ビジネスパーソンは何からどのくらいの割合で学びを得るのかを示した「7・2・1の原則」というものがあります。
7:2:1の原則とは、7割を仕事の経験から、2割を上司や先輩の助言やフィードバックから、1割を研修などのトレーニングから学ぶとするものです。これは、ビジネスマネージャー多数へのアンケート調査の結果が基になって導き出された原則ですが、肌感覚と合わせても非常に納得感があるものです。
つまり、私たちの学びの7割は日々の仕事の経験から生まれるのです。研修などで「知識」を得た後、実務を通じて身に付け、応用の仕方を学んでいく。これは社会人基礎力でも同じです。
社会人基礎力は、「基礎力」という通り、ある意味では非常にシンプルな内容であり、知識ではなく、実践能力です。したがって、鍛えたい社会人基礎力が明確になったら、どんな行動をすれば鍛えられるか? 筋トレと同じで、どういう思考や行動をすれば、その能力要素を使うか? を考え、日々の仕事内で意識しましょう。
社会人基礎力は一朝一夕で高めることはできません。日々の積み重ねや習慣形成で長期的に向上させることが重要です。
コツ3 会社として、個人の能力育成を支援する
上記で説明した2つのコツは、いずれも個人が自発的に社会人基礎力の向上に取り組んでいくアプローチです。しかし、人生100年時代においては、個人の自発性に任せるだけでなく、企業も育成の担い手となることが求められています。
組織の人材育成の一環として、社員一人ひとりのキャリア支援、適材適所の人材配置、人事評価とフィードバックなどを通じて、社員が活躍できる仕組みや環境を用意することが重要です。
まとめ
記事では社会人の学び直しをテーマに、リカレント教育と社会人基礎力について解説しました。
終身雇用が崩壊した現在、社会人教育、社会に出てからの学び直しと成長は、人生100年時代を生きるすべてのビジネスパーソンにとってますます求められています。その中ではリカレント教育を通じて新たなスキルを身に付けたり、社会人基礎力を参考にポータブルスキルを鍛えることが大切です。
キャリア自律が求められる時代、長期的に活躍し続けるためには、「何を学ぶか」「どのように学ぶか」「どう活躍するか」を考える視点も大切です。
企業の視点で考えると、キャリア自律の必要性が増す中で個人の成長意欲・危機感が以前よりも高まっています。企業には、優秀な人材が流出しないように、自社での学び直しや成長の機会を充実させることが、今まで以上に求められるでしょう。
記事がキャリアや従業員の長期的な学び直し、キャリア自律への支援を考えるヒントとして、少しでもお役立ちできれば幸いです。