企業理念は、企業としての存在価値・目的を示す標語のことを指します。
近年の日本でも、終身雇用の完全崩壊によって転職が当たり前のものとなり、さらにリモートワークなども導入されるなかで、組織の求心力が弱くなる状況が生まれやすくなりました。
一方で、現場では、価値創造やイノベーションが求められることも多くなり、求められた結果、“経営理念”や“企業理念”“ミッション”などの重要性があらためて注目されています。
ただし、経営理念や企業理念は、作ればいいというものではありません。適切なステップを踏んで作成し、また、組織やメンバーに浸透させることが重要です。
本記事では、まず、企業理念と経営理念と比較などもしながら、企業理念がどういうものかを確認します。
確認したうえで、後半では、企業理念の作り方とポイント、企業理念を浸透させる方法、企業理念の事例を紹介します。
<目次>
企業理念とは?経営理念との違い
まず、企業理念がどういうものかを確認しましょう。
企業理念とは
企業理念は、企業としての存在価値・目的を示すものです。
多くの企業理念は、「私たちは顧客や社会にどのような価値を創出するのか?」という“組織の外”に対する価値創造を宣言したような内容となっています。
ただし、企業理念には、厳密な定義がありません。そのため、企業によってニュアンスが少し異なる場合もあるでしょう。
企業理念に含まれる3つの要素
英語圏における企業理念に対応する言葉を考えてみると、後述する3つのようなものが出てきます。以下の3つは、「組織の外:顧客や社会に提供する価値」といえるでしょう。
そのため、企業理念は、以下3つのいずれか、もしくは複数を含んだものであることが多いです。
- Mission:企業の使命(どのような価値創造をするか?)
- Purpose:企業の目的(何のために企業が存在するか?)
- Vision:企業のゴール(どのような未来や世界を実現するか?)
また、企業理念に含まれてくることがあるものとして、下記のような「組織のなかで大切にしたい価値」もあります。
- Value:企業の価値観(組織内で模範となる価値観)
- Way:企業の流儀(大切にする判断基準、スタイル)
企業理念を考えるうえでは、最初に紹介した3つの要素を考えるとよいでしょう。
良い企業理念の条件とは?
良い企業理念は、以下のような特徴を持ち合わせていることが多いです。実際に企業理念をつくるときには、自社の理念に以下の要素があるかどうかをチェックするとよいでしょう。
- 経営者の想いが反映されている
- 社会やステークホルダーとの関係性が反映されている
- 事業に紐づく内容である
- メンバーが共感する内容である
- 短く覚えやすい文章である など
企業理念と経営理念の違い
企業理念と経営理念に、厳密な定義の違いはありません。そのため、多くの企業で、同じニュアンスで使われることも多いです。
ただし、企業理念が“何のために企業があるか?”というMissionやVision、Purpose寄りであることが多いのに対して、経営理念は“どのような経営をするか?”という価値観やあり方が中心です。
したがって、経営理念は、ValueやWay的な内容であることが多いでしょう。
企業理念が重要な理由
近年、企業がビジネスを行なう環境は、事業のDX化や、コロナ禍やウクライナ侵攻などの影響で、大規模な変化も起こりやすくなっています。
また、知識労働の普及や産業のサービス化にともない、現場における柔軟な対応や価値創造、イノベーションも求められるようになりました。
こうした環境のなかで、かつてのようにトップダウンですべてを意思決定したり指示したりすることが難しくなっています。
さらにリモートワークなどの働き方、副業やフリーランスをはじめとする多様な雇用形態が広がるなかで、組織の求心力は弱まりやすくなっています。
そうしたなかで、判断基準や考え方の「軸」となり、「求心力」となるのが、企業理念や経営理念です。
近年では、ダイバーシティ経営やグローバル化によって、異なる文化的背景や宗教観、価値観を持つ人と協働することも増えるようになりましたし、そもそも価値観の多様化が進んでいます。
多様な価値観を持つメンバーをひとつにまとめるうえでも、仕事の土台・共通言語としての企業理念や経営理念が大切になってきます。
企業理念の作り方とポイント
企業理念は、“作って終わり”ではありません。企業理念は、メンバーに浸透し、内容の理解や仕事への活用をされてこそ、効果を発揮するものとなります。
企業理念の見直しや新規作成をする場合、まず、社員参画型のプロジェクトチームをつくることが有効です。
本章では、社員参画型のプロジェクトチームが行なう作業内容と、企業理念の作り方におけるポイントを解説しましょう。
経営者の思いを整理する
先述のとおり、良い企業理念には、“経営者の思い”が反映されていなければなりません。
そのため、まずは、経営者にヒアリングを行ない、思いや背景にある歴史・価値観・物語などを整理する必要があります。
他社の企業理念に引っ張られない
企業理念は、自社が創出できる独自の価値や、自社がどのような価値創造をするかを表現したものです。
「どのような表現が良いか」「どのような要素が含まれているか」「事業とどうつながっているか」などの参考として、他社の企業理念を見ることに問題はありません。
ただし、理念に引っ張られてしまうと思いを十分に表現したものにはなりませんので、注意したいところです。
企業理念を定義する
前述のように企業理念は、以下の3要素が含まれることが多いでしょう。
- Mission:企業の使命(どのような価値創造をするか?)
- Purpose:企業の目的(何のために企業が存在するか?)
- Vision:企業のゴール(どのような未来や世界を実現するか?)
そして、議論するうえでは、自社における企業理念は何を表現したものか、どういう構成にするかを共通認識にしておくことが大切です。
たとえば、Missionの軸を大切にして「何をするか?」を考えている人と、Visionを軸に「何が実現するか?」を考えている人では、当然表現が変わります。
変わるときに、何を表現するのか、一つの文章にするのか、Mission-Visionといった2つの文章にするのかなどの前提条件をすり合わさずに、個々の表現の是非を検討しても議論が噛み合いません。
一言一句にこだわる
企業理念は、短くシンプルな文章にする必要があります。だからこそ、一言一句までこだわることが大切です。
理念づくりで重要なことは、大げさな表現をすれば“魂を込める”ステップです。
たとえば、なぜ「我々は」ではなく「我々が」なのか、「貢献する」ではなく「貢献し続ける」なのはなぜか?など、隅々まで議論して、言葉に意味を込める必要があります。
発信し続けることで血肉とする
企業理念が完成したら、社内外に発信し続けることが重要です。
社内への発信・浸透の話は後述しますが、理念を社外に発信し続けると、企業ブランドが形成され、社会的な信頼が得られる効果も生まれるでしょう。
また、社外で起こる「発信⇒認知⇒社員への反応……」の流れから、社内メンバーにおける理解や浸透が進むこともあるでしょう。
定期的に見直す
たとえば、「事業Aで世界の暮らしを豊かにする」などの企業理念を作った場合、時代が変わって事業Aが時代遅れなものとなれば、企業理念も見直す必要があるでしょう。
上記は極端な事例です。もちろん、Mission、Purpose、Visionなどが含まれた企業理念は、非常に中長期的な視点で作られますので、根本から変わるようなことはそうないでしょう。
しかし、事業の広がり、企業のステージなどに応じて、表現を見直す必要が出てくる、見直したい状況もあるでしょう。
企業理念も定期的に見直すことが大切です。数年に1度見直して、表現を微修正し続けている企業もありますし、見直した結果、“いまは変えない”という選択でもまったく問題ありません。
企業理念を浸透させる方法
企業理念を形骸化させないためには、企業理念を社内メンバーに浸透させ、仕事の意思決定などに活用してもらう必要があります。本章では企業理念の浸透方法を紹介します。
発信し続ける
まずは、企業理念に触れ続けてもらうことが大切です。具体的には、経営陣のメッセージや社内報などで企業理念を発信し続け、メンバーの目に触れる機会を増やします。
また、リッツ・カールトンで有名なクレドカードのようにカード化したものをメンバーに配布して、社員証と一緒に身につけてもらってもよいでしょう。
企業理念を浸透させるうえでは、まず知ってもらう、覚えてもらうことも大切です(覚えることがゴールになっては意味がありませんが、活用するためのファーストステップとして暗記している状態は必要です)。
リッツ・カールトンのクレドの運用・仕組みなどに興味がある人は、以下のページもチェックしましょう。
共感を得る
メンバーが、企業理念に対して “他人事”では意味がありません。
企業理念は、どうしても抽象的な表現となる傾向があります。
そのため、抽象的な表現に対して共感を得られるようにするには、理念にストーリーや個々人が持っている体験、仕事上の成功体験などを紐づけることが大切です。
- 創業期のこういう体験が、理念につながっている…
- 自分の仕事でいうと、A社との仕事は理念を体現したと胸を張れる仕事だ…
- 自分自身もこういう体験があるから、うちの企業理念に共感できる… など
企業理念をもとに考える
経営者メッセージなどによる一方的な発信だけでは、やはり他人事になりやすいです。
企業理念の内容をメンバーにとっての自分事にしてもらうには、朝礼やミーティングなどで企業理念に関するディスカッションを行なったり、上司とメンバーの1on1で企業理念に書かれた共通言語を使ったりするなどの方法で、繰り返し触れ、かつ、自分の仕事などに当てはめながら考える仕組みや環境を整備することが大切になります。
行動につなげる
企業理念の内容をメンバーの行動につなげる方法は、リッツ・カールトンのクレド浸透のやり方、朝礼が参考になります。
理念に繰り返し触れ、かつ、社員一人ひとりが「自分の仕事でいうと、こういう行動が企業理念に沿った行動だ」と具体的な行動に紐づけられるようにすることです。
人事制度に連携させる
人事制度の評価項目と企業理念を連動させると、現場での教育や指示、フィードバックなども行ないやすくなります。
また、いわゆる情意評価(仕事への姿勢などの評価)の基準に企業理念の一部を取り入れたり、昇格などの基準として企業理念の実践レベルを提示したりすると、朝礼などと違う形で企業理念を思い出す機会が生まれるでしょう。
企業理念の実例
世界的な有名企業などでは、自社の軸や求心力となる企業理念を作っていることが多いです。企業理念の見直し・新規作成をするときには、以下のような有名企業の理念を参考にしてみてもよいでしょう。
Googleは、自社の使命という表現で「世界中の情報を整理し、世界中の人々がアクセスできて使えるようにすること」という企業理念を掲げています。
使命に紐づくものとして「10の事実」があり、「10の事実」はValueやWayに近い内容になっています。
- 1.ユーザーに焦点を絞れば、他のものはみなあとからついてくる。
- 2.一つのことをとことん極めてうまくやるのが一番。
- 3.遅いより速いほうがいい。
- 4.Web上の民主主義は機能する。
- 5.情報を探したくなるのはパソコンの前にいるときだけではない。
- 6.悪事を働かなくてもお金は稼げる。
- 7.世のなかにはまだまだ情報があふれている。
- 8.情報のニーズはすべての国境を越える。
- 9.スーツがなくても真剣に仕事はできる。
- 10.「すばらしい」では足りない。
出典:Google のサービスを活用して、日々の暮らしをもっと便利に
出典:Google が掲げる10の事実
楽天グループ
楽天グループの企業理念は、以下のとおりです。
- 楽天グループは、「イノベーションを通じて、人々と社会をエンパワーメントする」ことをミッションとしています。
- ユーザーや取引先企業へ満足度の高いサービスを提供するとともに、多くの人々の成長を後押しすることで、社会を変革し豊かにしていきます。
- 「グローバル イノベーション カンパニー」であり続けるというビジョンのもと、企業価値・株主価値の最大化を図ってまいります。
なお、楽天グループの企業理念は、全メンバーの価値観・行動指針である「楽天主義」とも連動しています。
「楽天主義」は、ブランドコンセプトと成功のコンセプトの2つに分かれており、以下の項目で構成されています。
【楽天主義のブランドコンセプト】
- 大義名分
- 品性高潔
- 用意周到
- 信念不抜
- 一致団結
【楽天主義の成功のコンセプト】
- 常に改善、常に前進
- Professionalismの徹底
- 仮説→実行→検証→仕組化
- 顧客満足の最大化
- スピード!!スピード!!スピード!!
まとめ
企業理念は、企業としての存在価値・目的を示すものです。企業理念の見直しや新規作成をするときには、以下のような要素を意識するとよいでしょう。
【組織の外:顧客や社会に提供する価値】
- Mission:企業の使命(どのような価値創造をして変革をもたらすか?)
- Purpose:企業の目的(何のために使命をなすか?)
- Vision:使命の結果として実現させる未来や世界観
また、企業理念とセットで作られるのが以下のような項目です。
【組織のなかで大切にしたい価値】
- Value:企業の価値観(組織内で模範となる価値観)
- Way:企業の流儀(大切にする判断基準、スタイル)
企業理念の作成や見直しをするときには、以下のポイントを押さえて作成していくとよいでしょう。
- 経営者の思いを整理する
- 他社の企業理念に引っ張られない
- 5つの要素を意識する
- 発信し続けることで血肉とする
- 定期的に見直す
企業理念は、メンバーに浸透させてこそ高い効果を発揮するものです。企業理念を社内に浸透させるには、ポイントを押さえて継続して取り組むことが大切です。
- 発信し続ける
- 共感を得る
- 繰り返し触れる
- 行動につなげる
- 人事制度に連携させる