建築業界では、いまだに「3K(きつい・汚い・危険)」のイメージが根強く、人材不足や若手の流出が大きな課題となっています。特に地方の工務店では、新卒採用の難しさや定着率の低さが経営の悩みとなることが少なくありません。
奈良・京都南部を拠点に急成長を遂げるアイニコグループ株式会社は、その常識を覆す経営を実践する異色の工務店です。
新卒社員の離職率は9%、社員の7割が新卒採用、平均年齢29歳という若い組織ながら、売上はこの10年で7.3倍に拡大。2025年版 Great Place to Work® Institute Japan「働きがいのある会社」の中規模部門でトップ40にも選出されています。
同社がいかに建築業界の課題を乗り越え、若手が活躍し続ける組織をつくることができたのか、社員の定着率と満足度を高めるための独自の人材育成の仕組みや、組織づくりの秘訣について、代表取締役 田尻 忠義様に伺いました。
会社名:アイニコグループ株式会社様
設立:1997年
従業員:136名(パート・アルバイト 28名 含む)
奈良・京都南部を中心に注文住宅やリフォーム、不動産などを手がける住宅会社・楓工務店として創業。2024年に現在の社名に変更し、『住宅会社』という枠組みに捉われず、注文住宅をはじめ不動産売買、リフォーム・リノベーション、民泊、介護、保育園、コンサルタント、SaaSの開発・販売・支援などへと事業を広げている。2023年には人材育成サポートとして「ITを活用した<仕組みづくり>研修サービス」の提供や、2024年12月には工務店・不動産に特化した業務管理SaaS「BOXJOB」を自社開発し、販売も開始している。
<目次>
- Q.田尻様のご経歴を振り返りつつ、会社創業までの経緯を教えてください
- Q.人を増やしながら、新卒の離職率9%を実現させた秘訣は何でしょう?
- Q.改めて、多角化を進めた経緯や目的を教えてください
- Q.理念に基づく事業展開が、貴社のみならず多くの企業にも有益な業務管理ツールの開発にまでつながったのですね?
- Q.今後のさらなる事業展開のための組織づくりについてお聞かせ下さい
Q.田尻様のご経歴を振り返りつつ、会社創業までの経緯を教えてください
田尻様:私は10代の頃から建設作業員として働き、現場仕事に強い関心を持っていました。仕事に慣れるうちに「もっとできることはないか」と考え、大工に転身したのが23歳のときです。同じ年に結婚もしており、妻には迷惑をかけてしまいましたが、私の無謀なチャレンジを応援してくれたことに感謝しています。
私は狭い団地で育ちました。不満はなかったのですが、ある日友達の家に行くと子供部屋があり、おやつには高級なお菓子が出てくるなど、自分の生活との違いに驚きました。羨ましさもありましたが、「住宅と幸せな人の姿」はこういうものなのだと強く印象に残り、自分もいつかそんな家を建てたいと思うようになりました。
大工を志したのは、友人から「現場で一番偉い人だ」と勧められたのがきっかけです。当時の大工は、工期に間に合えば仕事の進め方は自由でしたが、ケガをしても保証はなく、厳しい世界でした。そんな中でも、私は難しくても自由な仕事に魅力を感じ、大工の道を選びました。
しかし、当時の職人の世界は厳しく、徒弟制度の中で「教えないのに、できないと怒られる」ような環境でした。それでも、お客様に喜ばれる大工になりたい一心で必死に学びました。現場は閉鎖的で誰も教えてくれず、マニュアルもない環境でしたが、その経験が現在の会社で知識を共有する体制を整えるきっかけとなりました。
そうした努力の末、ようやく一軒家の請負大工になることができました。しかし、現場でお客様から直接ご要望をお聞きしても、それを元請の住宅メーカーに受け入れてもらえないことが多くありました。
そのため、例えば、窓の大きさや棚の高さなど、細かな部分で齟齬が生じ、「棚一つ変えられなくて何が注文住宅だ」とお客様に怒られることもありました。
このままでは、地元で手掛けたお客様に会っても胸を張れず、子どもにも誇れる仕事ができないと感じるようになりました。「それならば、自分で全部やったほうがいい」と決意し、独立に至りました。「アイニコグループ」という社名には、そうした経験を原点に「愛と笑顔で人に会いに行こう」という想いが込められています。
Q.人を増やしながら、新卒の離職率9%を実現させた秘訣は何でしょう?
田尻様:採用活動の際に、私自身の独立に至る経緯を学生に伝えています。企業理念である「笑顔の創造」の意義を理解してもらうための説得力はあるようです。採用プロセスでは4次にわたるマッチング面接を実施し、理念に共感できるかを重視しています。
当社は多角的な事業を展開していますが、単に事業内容を理解するだけでなく、「なぜこの事業を展開するのか?」という理念を共有することが重要です。その結果、これまで新卒5期生までの離職率は0%を維持してきました。現在の9%という数字に満足することなく、再び0%を目指していきたいと考えています。
一般的に、離職率が上がる原因の一つとして、採用する側にも問題があります。本人の成長に対する今後の見通しをつけられていないのです。
若い人なら、入社後に壁に当たるのは当たり前なので、そこで先々の見通しをつけてあげて、「今は詰まっているけどその先にこうした理想像がある」ということを示すべきでしょう。それが明確に見えていれば、簡単には辞めないはずです。
ただ、新卒から1年ぐらいで仕事の基礎は覚えるかもしれませんが、仕事の本質を理解し、自分のパフォーマンスを発揮するには3年くらいかかります。建築業界での新卒離職率は約36%もあり、可能性を見出すまえに辞めてしまうのは本当にもったいないことです。
Q.改めて、多角化を進めた経緯や目的を教えてください
田尻様:多角化の根幹には、企業理念である「笑顔を創造し続ける」という想いがあります。すべての事業は、この理念を軸に、お客様や社員、そして社会全体に笑顔を生み出すために展開してきました。
その第一歩として、2018年にリフォーム・リノベーション事業を発足。続く2019年には、不透明な業界の慣習を払拭し、お客様に安心して取引していただけるよう不動産事業「トチナラ」を開始しました。
さらに同年、新入社員の意見を受け、子育てと仕事を両立できる環境を提供するため「リールキッズ楓保育園」を開園しました。2021年には、地域の高齢者の生活を支えるため介護事業「きたえるーむ 奈良帝塚山店」をスタートさせています。
また、業界全体が縮小傾向にある中で、持続的な成長を目指し、2023年にはIT・システムコンサルティング事業「働きがい改革研究所」を設立しました。
当社の業務フローを形式化し、社員の成長を加速させる仕組みも含めた教育プログラムとして提供開始。
そしてこの取り組みを発展させ、2024年12月には業務管理SaaS「BOXJOB」を自社開発して提供開始しました。
「BOXJOB」は、業務フローの可視化と進捗管理を一元化するシステムです。各プロジェクトの進行状況をリアルタイムで把握できるほか、作業の節目でアラートを発することでタスクの抜け漏れを防ぎます。特に、当社でもかつて課題となっていた「業務の属人化」や「進捗管理の曖昧さ」を解決するために開発されました。
社内での試験運用を経て、現場での業務効率化に大きな効果があることを実証し、外部提供を開始しました。導入企業からの評価も高く、成約件数は増加の一途を辿っています。
こうした事業展開はすべて、社員やお客様の課題を解決し、より多くの人に笑顔を届けるためのものです。今後も「笑顔を創造し続ける」という理念のもと、新たな挑戦を続けていきます。
Q.理念に基づく事業展開が、貴社のみならず多くの企業にも有益な業務管理ツールの開発にまでつながったのですね?
田尻様:家づくりのプロセスには非常に多くの工程があり、沢山のスタッフが関わります。しかし、効率的に業務を管理する仕組みがなく、タスクの抜け漏れや進行の不透明さが課題でした。そこで、「うっかり忘れてしまっても大丈夫な仕組み」を作ろうと考えたのです。
業務を進める中で、人間である以上、どうしても作業を忘れることはあります。しかし、このシステムを導入することで、万が一そうした抜けがあってもタスクが自動でリマインドされ、エラーが発生してもその都度フローに組み込んでいくことで、次回以降はシステムが適切に問いかけ、再発防止ができます。
結果として、誰もがより楽に、効率よく業務を進められる環境を整えることができました。
この仕組みは家づくりに直接携わらない広報や経理などの社内業務でも活用されています。実際に使用した社員からは「的確でわかりやすく、まるでゲームのようだ」という声も上がっています。
業務着手の際に余裕が生まれることで、作業の負担が軽減されるだけでなく、業務の切り分けがしやすくなります。さらに、AIを活用することで、より高度な効率化も可能になります。当社では今後の展開を見据え、AIの活用に関する勉強会も進めています。
Q.今後のさらなる事業展開のための組織づくりについてお聞かせ下さい
田尻様:今後の事業展開を考える上で大切にしているのは、社員一人ひとりが主体的に動くことです。会社が成長し続けるためには、社員一人ひとりが自らの仕事に責任を持ち、積極的に変化を創り出していくことが不可欠です。そのために、まずは社員が当事者意識を持ち、自ら考え、行動する環境をより一層強化していきたいと思います。
年次や役職に関係なく、社員が声を上げやすい職場づくりを引き続き大切にしていきます。
例えば、「このルールの方が働きやすい」「もっと効率的に進められる方法がある」といった視点で、社員が自ら課題を見つけ、解決策を考えていけるような風土は当社の企業文化としてすでに定着しています。上司が指示するのではなく、社員自身が改善策を提案し、実行することで、よりよい会社へと成長していくことができます。
そのためには、まずお互いの信頼を深めることが欠かせません。社員同士、また上司と部下の間で信頼関係を築き、互いに支え合いながら成長していける環境を整えることが最も大切です。お互いの意見を尊重し、意見交換を重ねることで、チームとして強固な絆が生まれ、どんな困難にも立ち向かえる力がついていきます。
私たちが目指すのは、社員全員が自分の役割を越えて、組織全体の成長に貢献することです。そのためには、社員の自主性を引き出し、常に変化に対応できる柔軟な組織文化を育んでいく必要があります。
また、最近ではGPTW「2025年 働きがいのある会社」のランキングで中規模部門トップ40に選ばれましたが、これはまさに社員が自発的に会社づくりに関わってきた成果だと思います。今後もこの体制を維持し、社員全員が力を合わせて新しいチャレンジを続けていきたいと考えています。
規模が大きくなっても、この姿勢は変わりません。全員が同じ方向に向かって挑戦し続けることで、業界全体に良い影響を与える企業となりたいですね。そのためには、まずCS(顧客満足度)とES(従業員満足度)の向上を目指し、実績を積み重ねながら業界のリーディングカンパニーを目指していきます。