日本企業の多くでは、試用期間が導入されています。採用した人材の適性・能力・勤務態度などを試用期間中に見極めたうえで、本採用をするのが一般的な慣習です。そうなると、採用企業側で知っておきたいのが試用期間の延長や解雇に関する基本です。
たとえば、試用期間中に以下のような理由から、試用期間の延長を検討したいことがあるかもしれません。
- 勤務態度があまり良くない → もう少し様子を見たい
- 自社の求める適性・能力に達していない → もう少しチャンスを与えたい など
では、こうした企業側の都合で、試用期間の延長をすることは可能なのでしょうか。
記事では、まず、試用期間の基礎知識を確認します。そのうえで、試用期間の延長が認められるために満たすべき4要件と、試用期間の延長に関する2つの事例、試用期間のなかの解雇が認められるか否かを解説します。
<目次>
試用期間の基礎知識
試用期間の延長における要件などを考える際には、まず、「試用期間」が何かを知っておく必要があります。
試用期間 = 解約権留保付労働契約
試用期間が付いた雇用契約は、法律用語としては「解約権留保付労働契約」といわれます。
解約権留保付労働契約とは、言葉の通り、「契約を解約する権利を(企業側が)留保している労働契約」です。つまり、留保している期間が試用期間であり、試用期間は労働者の本採用を決める前の試みの期間であるわけです。
企業は試用期間の間に、以下のような評価を行ない、自社の社員として適格かどうかを判定したうえで、本採用するかどうかを決定します。
- 人物
- 能力
- 適性
- 勤務態度
一般的な試用期間の長さ
労働基準法には、試用期間の長さに関する定めはありません。しかし、試用期間は、労働者の地位を不安定にする側面もあることから、労働者の保護観点からあまり長い期間は好ましくなく、公序良俗に反すると考えられています。
そのため、試用期間は3ヵ月が最も一般的で、1~6ヵ月の幅に収まることがほとんどです。なお、新卒と中途で試用期間の長さに違いはほとんどありません。
試用期間の延長を縛る法律はない
試用期間の長さを定めた法律はありませんので、延長を縛る法律もありません。だからといって、事業主の都合で自由に試用期間を延長して良いわけでもありません。試用期間の延長が認められる条件について、次章で詳しく説明します。
試用期間の延長が認められるために満たすべき4要件
詳しくはのちほど紹介しますが、試用期間の延長に関する合理性や有効性を争った判例はじつはとても多いです。試用期間に関する判例が多いということは、労働者と事業主で利害が反する部分であり、事業主側の判断で試用期間を延長すると労働者から裁判で訴えられやすいということです。
判例も踏まえて、事業主側の都合で試用期間の延長をするには、以下4つの要素を満たしている必要があると考えられています。
就業規則における延長の有無の明記
先述のとおり、労働基準法には、試用期間の延長に関する規程がありません。そのため、試用期間の延長が認められるようにするには、まず、就業規則や労働条件通知書(労働契約書・雇用契約書)に、延長の旨が記載されている必要があります。
なお、就業規則と労働条件通知書で内容が異なる場合には、労働条件通知書の記載内容が優先されます。一方で、労働者にとって有利な内容が就業規則にしか記載されていない場合は、就業規則が優先される決まりです。
そのため、試用期間中の契約内容や延長に関する内容を労働条件通知書に記載する際には、就業規則側にも試用期間中の契約や延長に関する内容を記載したうえで、労働条件通知書と合わせる必要があります。
延長の合理的理由の存在
試用期間を延長するには、たとえば、以下のような合理的理由が必要です。
- (1)試用契約を締結した際には予見できなかった事情で、適格性などの判断が適正に行なえなかった
- (2)本人の問題行動によってすでに社員として不適格と認められているが、本人の反省次第では本採用しても良いと考えているため、即時不採用にはしない
- (3)現状では職務不適格と判断されたが、配置転換などの方策を通して、さらに職務に適格性があるかどうかを見極めたい
(1)は、「自然災害による工場閉鎖で、通常業務ができなかった」などが合理的理由になります。(2)と(3)は、現状では不的確な労働者にもう一度チャンスを与えるイメージです。
逆に言うと、「判断がつかないからもう少し期間を延長したい」といった理由は、延長する合理的な理由とはみなされないということです。
延長期間の妥当性
延長期間も、公序良俗に反しない合理的な範囲に設定する必要があります。企業側に、適格性の判断ができない特段の事情がある場合は別ですが、基本は、当初の試用期間に加えて1~6ヵ月程度にすることで、妥当性が認められるでしょう。
該当社員に対する試用期間延長の事前通達
労働基準法では、試用期間を延長する場合の通知日を特に定めていません。しかし、試用期間は、労働者にとっては不安的な状況です。そのため、企業側が試用期間を延長するつもりであることを事前に通知しないと、労働者にとっては不具合があると考えられます。
したがって、企業側が合理的な理由・妥当性のある期間で延長を決めた場合も、事前に通知する必要があります。
試用期間の延長に関する事例や判例
試用期間の延長や試用期間後の解雇に労働者が納得できない場合、労使間トラブルや裁判に発展することはよくあります。本章では、試用期間の延長に関する2つの判例を紹介しましょう。
大阪読売新聞社事件
企業側の規則に基づいて試用期間を1年間に延長。最終的に延長前の試用期間で実施した非行を理由に採用不適格として、結果的に解雇された事例です。解雇が無効であるとして、地位保全などを求める訴訟が起こされました。
裁判は、試用期間の延長中に、延長前の事実(不的確な行動)のみを理由として解雇することは認められないとの判決になり、労働者が勝訴しています。
ブラザー工業事件
まず、ある労働者が、見習社員として入社しました。試験を経て試用社員として登用されることになります。しかし、以後3回の社員登用試験に不合格になったことで、就業規則に基づき解雇された事例です。解雇が無効であるとして訴訟が起こされました。
裁判では、まず、労働者の業務特性は、短い人で6~9ヵ月、長い人でも15ヵ月中に判断できるとしています。そのうえで、見習社員として入社した労働者が試用社員に登用されたにも関わらず、12~15ヵ月もの試用期間を設ける合理的な理由がないとしました。結果として、解雇を無効とするなどの労働者側からの申立ての一部を認めた判例となりました。
上記はいずれも少し特殊な事例ですが、基本的には日本の労働裁判は、労働者の権利を保護する方向での判決が多くなります。前章で紹介したような4つの要素がきちんとそろっていない場合、訴えられた場合には敗訴する可能性が高いと考えたほうがよいでしょう。
試用期間中の解雇は認められるか?
なお、大前提として、試用期間における「解約権留保付」は事業主が勝手な判断でいつでも契約を打ち切って解雇できるということではありません。試用期間中の解雇は、以下のような正当な理由がなければ、認められないものです。
- 勤怠不良である
- 病気やケガで復帰後の就業ができない
- 経歴詐称していた
- 協調性の欠如などの問題行動を重ねている
- 定められた成績を達成できない など
なお、上記のような事象があっても、試用期間中に解雇をするためには、企業側で十分な改善指導を実施したり、教育・相談などの改善努力を行なったりしたという事実(記録)が必要です。この点も押さえておきましょう。
まとめ
試用期間(解約権留保付労働契約)の長さは、3ヵ月が最も多く、1~6ヵ月が一般的です。試用期間の延長を縛る法律はありません。しかし、判例等をみると、以下の4要件を押さえておかないと、試用期間の延長は正当なものとは認められません。
- 就業規則における延長の有無の明記
- 延長の合理的理由の存在
- 延長期間の妥当性
- 該当社員に対する試用期間延長の事前通達
また、大前提として、試用期間中の解雇は正当な理由がなければ認められません。試用期間中に解雇するには、正当な理由があったうえで、企業側の十分な指導と改善機会を与えるなどの努力をしたという事実(記録)が必要となりますので、注意しておきましょう。