本章では、記事のテーマである「命令をしない」の詳細、また、人間関係の中で活用するためのポイントを解説します。
1.命令を質問の形に変えて、相手に伝える
人には「自分の行動は自身で決めたい」という心理があります。そのため、人から何か命令される=意思決定の自由を脅かされると、無意識に反発心が生じます。
これは心理学で「心理的リアクタンス」と呼ばれる心の動きです。
相手を動かそうとして一方的に命令すれば、相手には反発心が生まれてしまうのです。では、命令する代わりに、どのような伝え方をすればよいでしょうか。
カーネギーが提案する処方箋は、「命令を質問の形に変えて、相手に伝える」という、非常にシンプルなものです。
『人を動かす』で紹介されている具体例を見ていきましょう。
ペンシルバニア州ワイオミングの職業学校で教師をしているダン・サンタレリが、学生の不法駐車で学校の作業場の出入口がふさがれた時の様子を報告している。
同僚の教師がサンタレリ先生の教室へどなり込んだ。「入口に置いてある車は誰のだ?」学生の一人が自分のだと答えると、金切り声を上げた。
「車をどけろ! 今すぐにだ。ぐずぐずしてると車に鎖を巻いて引きずり出すぞ」確かに悪いのはその学生だ。置いてはいけない場所に車を置いたのだ。
しかしこの日から、当の学生が反発したばかりか、同じクラスの学生全員がことごとにその教師を困らせはじめ、学校勤めを不愉快きわまりないものにしてしまった。
この教師の場合、他に対処する方法はなかったのだろうか?もっと穏やかに車の持ち主を尋ね、「あの車をのけてくれたら、他の車の出入りが楽になるんだが、どうだろう?」と、持ちかけたら、その学生は喜んで車を移し、ほかの学生まで怒らせることもなしにすんだのではなかろうか。
(デール・カーネギー『人を動かす』より引用)
上記の事例で、教師は「今すぐに車をどけろ!」と不法駐車をしている学生にまくし立てた結果、相手は反発し、さらにクラス全員が教師に反抗的な態度を取るという最悪の状態になってしまいました。
カーネギーが言うように、もし、「あの車をのけてくれたら、他の車の出入りが楽になるんだが、どうだろう?」と伝えたら、結果はどう変わったでしょうか。
学生もそこまで不快になることなく速やかに車を動かしたかも知れませんし、クラス全員に総スカンをくらう事態も防げたに違いありません。
「人間は理性ではなく感情の動物である」とも言われます。
前述の通り、人は一方的に命令されると、自らの自由を侵されていると感じ、無意識に反発心を抱きます。
こうなってしまうと、指示が正しいかどうかは問題ではなく、感情的に相手の言うことに従おうとは思わなくなってしまいます。
頭ごなしに命令するか、それとも、質問や提案の形にするかは「伝え方」の違いです。
しかし、その伝え方を工夫するかしないかで、結果は大きく変わってくるのです。
2.命令を質問の形で伝えることの3つのメリット
前節でお話しした「命令を質問の形で伝える」という事のメリットを、3つお伝えします。
1つ目のメリットは、「相手の重要感を満たし、協力する気持ちにさせる」ことです。
具体的なエピソードとして、カーネギーは伝記作家アイダ・ターベル氏から聞いた、ゼネラル・エレクトリック社の会長であったオーウェン・ヤングの例を紹介しています。
「彼はいつも自主的に仕事をやらせる機会を与えたのだ。決して命令はせず、自主的にやらせる。そして、失敗によって学ばせた。こういうやり方をすると、相手は自分の過ちが直しやすくなる。また、相手の自尊心を傷つけず、重要感を与えてやることにもなり、反感の代わりに協力の気持ちを起こさせる。」
(デール・カーネギー『人を動かす』より引用)
オーウェン・ヤングは、自分から命令せず相手の自主性に任せることで、相手の重要感を満たし、「協力の気持ち」を芽生えさせることに成功していたというわけです。
メリットの2つ目は「相手の創造性を発揮させられる」ことです。先述したオーウェン・ヤングは、命令する代わりに、次のような伝え方をしていたそうです。
「こう考えたらどうだろう」「これでうまくいくだろうか」などといった具合に相手の意見を求めた。手紙を口述して書かせたあと、彼は「これでどう思うかね」と尋ねていた。彼の部下が書いた手紙に目を通して「ここのところは、こういう言い方をすれば、もっとよくなるかもしれないが、どうだろう」と言うこともよくあった。
(デール・カーネギー『人を動かす』より引用)
「ああしなさい」「こう修正しなさい」と指示して、感情的な反発が生じたとしても、仕事であれば、部下は指示された通りに行動するかもしれません。
しかし、その作業に工夫や創造性は生まれませんし、熱意も低いままでしょう。
これに対し、オーウェン・ヤングのように、相手に質問し意見を求める伝え方をすれば、部下は自ら考えようとしますし、行動にも熱意や主体性が生まれるでしょう。
メリットの3つ目は、「意見やアイデアが集まり、責任感を醸成できる」ことです。
カーネギーは『人を動かす』の中で、精密機械部品の工場長イアン・マクドナルドが、従業員に質問を投げかけた事例を紹介しています。
彼が管轄する工場に、ある時、非常に大きな受注になりそうな案件の話が飛び込んできました。
しかし、工場の予定は既に詰まっており、今の体制では納期通りに納品できそうにありません。その時、マクドナルドが取ったのは、次のような行動でした。
マクドナルドは、従業員に命令して突貫作業を強行するのではなく、まず全員にいきさつを説明する方法を選んだ。この注文が無事納入できたら、従業員にとっても、会社にとっても、はかり知れないほどの意義があることを話して聞かせたのである。話が終わると、次のような質問をした。「この注文をさばく方法があるのか?」「この注文を引き受けて納期に間に合わせるには、どんなやり方があるか?」「作業時間や人員配置をどうしたらよいか?」
(デール・カーネギー『人を動かす』より引用)
工場長は一方的に受注して、従業員に残業を指示するのではなく、「注文を納期に間に合わせることができるのか?」「どうすれば引き受けられるだろうか?」と従業員に質問したのです。
結果として、従業員達から次々とアイデアが飛び出し、会社は注文を引き受け、期限通りに納品することができたそうです。
カーネギーは「命令が出される過程に何らかの形で参画すれば、誰でもその命令を守る気になる」と話しています。
質問を投げかけ意見やアイデアをもらったうえで決めることで、「自らが決めたことである」という意識が生み出されるのです。
3.ビジネスシーンの中で「質問」するためのポイント
実際のビジネスシーンの中で、指示や命令の代わりに、質問の形で伝えるにはどうすれば良いでしょうか?こちらの意図を伝えつつ、相手の参画意識を生み出すためには、5W1Hを意識することが有効です。
ご存じの通り、5W1Hは、
- When(いつ?)
- Where(どこで?)
- Who/Whom(誰が/誰に?)
- What(何を?)
- Why(なぜ?)
- How(どうやって?)+How many(どれぐらいの分量で?)、How much(いくらで?)
というものです。
例えば、以下のような質問です。
- ・When(いつ)
- いつまでに着手したら良いだろうか?
- いつだったら実施すべきだと思う?
- ・Where(どこで)
- 試してみるとしたら、どこでやるのがいいだろう?
- どこに機会があるだろうか?
- ・Who/Whom(誰が/誰に)
- 誰に確認するとよいだろうか?
- 誰に質問したらいいだろう?
- ・What(何を)
- 問題は何だろうか?
- やるとしたら何が必要だと思う?
- 何があれば実現できると思う?
- ・Why(なぜ)
- なぜそれが必要だと思う?
- やる意味は何だろう?
- ・How(どのように)
- どうアプローチしたらいいだろう?
- やるとしたらどんな方法があるだろう?
- いくらだったらする価値があると思う?
質問をして答えを引き出すというやり方は、コーチングの技法です。
命令をしない、というのは厳密なコーチングを指すわけではありませんが、“命令せず質問する”を実践するためには、コーチングの技術を知っておくと参考になるでしょう。
HRドクターではコーチングの実践方法を分かりやすく解説した記事も用意しています。ご興味あればぜひご覧ください。