社員のキャリア自律を目指し、研修制度やキャリア制度の設計を見直す企業が増加しています。しかしその一方で、具体的にどのような施策に取り組むべきか悩む企業や人事担当者も多いのではないでしょうか。
こうしたなか、2017年から精力的な人事改革に取り組んできたのが、パナソニック コネクト株式会社です。土台となるカルチャーとマインドの抜本的な改革はもちろん、キャリア自律やラーニングカルチャーの形成、1on1定着化(2018年社内導入、2022年社外メンターとの1on1導入)などを実施してきました。
この改革に至った背景から実際の取り組みまで、パナソニック コネクト株式会社 チーフ・ヒューマン・リソース・オフィサー(CHRO)の新家 伸浩氏に、『HRドクター』を運営する株式会社ジェイック 執行役員 東宮が、お話を伺いました(以下敬称略)。
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社員のキャリア自律を目指し、研修制度やキャリア制度の設計を見直す企業が増加しています。しかしその一方で、具体的にどのような施策に取り組むべきか悩む企業や人事担当者も多いのではないでしょうか。 その中で、2017年か...
<目次>
組織改革におけるカルチャー&マインド改革の重要性
カルチャー&マインド改革に取り組んだ背景
東宮御社は人事改革のなかで、まずカルチャー・マインドの改革から着手したと伺っています。その経緯や理由をお聞かせいただけますか。
新家当社の前身であるパナソニック コネクティッドソリューションズ社は、パナソニックの社内分社として2017年4月に設立されました。同時に、日本マイクロソフトから戻ってきた樋口(泰行氏)が社長(プレジデント)に就任しました。
樋口は就任後たびたび「戦略よりさらに大事なのがカルチャーだ」と話しました。もちろん戦略も重要ですが、戦略を実行するのは人だからです。樋口はすぐに、抜本的なカルチャー&マインド改革を進め始めました。
まず取り組んだのは本社移転です。当時の本社は大阪でしたが、社内外との交流を加速するために、本社機能を東京に移しました。社長就任後わずか半年、2017年10月のことでした。
同時に日々の実務に関する改革にも取り組み、社内の主な連絡手段をメールからチャットへ移行、会議や社員集会の座席を自由化しました。週報による上司への報告も完全に撤廃しました。このように、社内のコミュニケーションをどんどんカジュアルに変えていきました。
また、役職に起因する感情的なヒエラルキーをなくすため、「フォーマリティの排除」をキーワードに全社員がフラットに話せるカルチャーに変えていきました。
本社移転のタイミングで社長室や役員室も撤廃し、オフィスの座席をフリーアドレス制に移行。従来は社長室にいて、秘書を通じてアポイントを取る必要のあった樋口が、今は皆と同じワークスペースに座っていて、誰もがいつでも話せる状態になっています。
樋口はこのようにありとあらゆる障壁を取り除いて、社内に向けるエネルギーを最小化するとともに、「今まで社内に向けていたエネルギーをすべてお客様に向けよう」というメッセージを発信し続けました。
改革に伴う社内の反応と変化
東宮社内体制や制度に変化があったことで、戸惑った社員もいらっしゃったのではないでしょうか。
新家戸惑った社員もいたと思います。そのため、カルチャーの改革を連鎖的に進めることを意識していました。カルチャーには復元力があり、変化を続けないとたちまち元に戻ってしまうからです。
カルチャー改革には大きなパワーが必要であり、変わらない方が楽であるという意識ではなく、カルチャーを変えることで多くのポジティブな変化が生まれるのだという認識を広げるべく、早期に新たなカルチャーを定着させるようにしました。
また人事としては、社員の声を聞くことを大事にしていました。社員集会でアンケートをとり、意見があったら役員も含めて目を通します。そして、意見をもらった部署は必ず何らかの回答を出すように徹底しました。
このように、社員からの意見に対する対応を積み重ねたことが社員からの信頼につながり、「意見を発信してもいいんだ!」というカルチャーが醸成されていきました。
すると、コロナ禍の少し前からカルチャー変化の兆しが見え始めました。社員が自主的に声を上げるようになったのです。そしてコロナ禍では、リモートで働く環境を実現できないか、押印を廃止できないか、などの提案が社員から寄せられ、外部環境の変化に迅速に適応できました。
社員は元から意見を持っていたものの、なかなか言いづらかったのだと思います。なぜなら社内にはヒエラルキーがあり、萎縮していたからです。
しかし、萎縮する必要はない、意見を伝えてほしいと言いながら改革を進めてきた結果、社員自らが自分たちのことを考えて行動できるようになっていきました。
ラーニングカルチャーの醸成とキャリア自律
ラーニングカルチャーを求めた背景は「企業の大きな変化」
東宮そうやって社員の自主性が育っていったのですね。一方、社員のキャリア自律を促進するため、ラーニングカルチャーの醸成にも取り組まれています。背景をお聞かせください。
新家パナソニックグループはコングロマリット企業としてさまざまな事業を展開していましたが、各事業のお客様が置かれている市場環境や注力する点などの違いが、年々拡大していました。
それに伴い、社内の人事制度や業務プロセス、対外的なブランド戦略などを一律にしておくことが難しくなり、各分社を事業会社化して最適化を進めることになりました。これにより、2022年4月にパナソニック コネクトが誕生しました。
パナソニック コネクトはBtoB事業のため、社員がお客様と直接向き合うことが多く、現場での判断を数多く求められます。そのため、社員が自発的に考えて決めること、そしてそれが自分に反映される機会を増やすことを念頭に、2023年4月から全社一斉にジョブ型の人事制度を導入しました。
新人事制度の肝は、従来は人事の機能であった採用・異動・評価・育成・報酬など一連のサイクルをすべて現場に移譲し、現場のマネージャーが人事まわりの権限を持つ体制に変更した点です。
そして、その制度を活用できるように、マネジメント力の強化にも取り組みました。2022年度は、年30時間ほどのトレーニングを実施しています。
「CONNECTers’ Academy」による学習支援
東宮企業内大学として「CONNECTers’ Academy」を設置されています。ここではどのような内容が学べるのでしょうか。
新家「CONNECTers’ Academy」はリアルとオンラインを掛け合わせた研修機関で、学習内容を大きく3つに分類しています。
1つ目は「リテラシー」。プレゼンテーション力やロジカルシンキングなど、ビジネスにおける基礎知識を習得します。
2つ目は「スキル」。職種ごとに必要な専門スキルを強化します。「スキル」研修のプログラムは職種別の委員会で作られており、今後、定期的に見直しをかけていく予定です。
そして3つ目は「コアバリュー」。越境プログラムやリベラルアーツ学習などのコンテンツを通じて、自分自身のコアバリューを強化していきます。
この「CONNECTers’ Academy」はすでに社員間で浸透していて、当たり前に利用するものとなりつつあるようです。また、施策としては、2023年度から年2回“CONNECTers’ Success Month”という学びの強化月間を設け、さまざまな特別講演や、精力的に学ぶ社員を紹介する取り組みを行っています。
このほか、学習時間のランキング作成や、どのような学びがどれくらい増えているのかのモニタリングも行っています。
「CONNECTers’ Academy」に関する定量目標は定めていませんが、私個人としては、社員の半数ほどが「CONNECTers’ Academyを利用できて良かった」と感じてくれたら嬉しいです。
開校から1年経った今は、目標の8割は到達できたかな、と感じています。やっと学びの土台が整ったところでしょうか。これからも社員の意見や要望を元に、見直しや改善を繰り返していきます。
キャリア開発におけるマネージャーの役割
マネージャーに求められる「聞く力」「引き出す力」
東宮続いて、キャリア開発についても伺います。御社ならではのキャリア開発を進めるにあたって、マネージャーに求められる能力はどのように変化しましたか。
新家従来のミーティングやキャリア面談の場は、時間内の9割は上司が話し、残り1割だけ部下が話すといった状況でした。この背景には、過去のビジネスモデルが大量生産型で、社員にも均一化や同質化が求められていたからだと考えられます。
しかし現在はビジネスモデルが大きく転換しており、多様性や新たな価値の創造などが求められるようになりました。キャリア採用も増え、さまざまなバックグラウンドや強みを持つ人材が集まるようになりました。
彼らはキャリアに対する考え方が一人ひとり違い、それぞれに目指したい方向性があります。
従って、マネージャーが一方的に話し、仕事内容や方向性を決めつけるような対応は、現代にはそぐわないのです。これからは「あるべき論を語る力」ではなく、「人の話を聞いて引き出す力」が求められるでしょう。
相手の話を聞きながらありたい姿を引き出すこと、そして企業と個人の目指す方向を結びつけるようなサポートが大事です。
東宮「聞く力」や「引き出す力」が求められるのですね。しかし、マネージャー自身が受けてきた教育とは異なるため、難しく感じてしまうのではないでしょうか。
新家そうだと思います。だからこそ、マネージャーも学び続けることが大切です。さらにいうなら、単にスキルを学ぶだけでなく、部下との人間関係を構築し直すことも重要だと思います。
例えば、人の話を聴く、つまり傾聴する際は、テクニックで話を引き出すのではなく、対等な人間関係を作り、その上で相手が何を考えているのかを聞くことが大事です。こうしたベースが整ってくると、おのずと話すトピックが増え、経験も蓄積され、マネジメントとしてのスキルが強化されていくでしょう。
企業としては、良い事例を社内に展開していくことが大事です。当社ではイントラネットに好事例を掲載しています。
また、マネージャー同士をつなぐ目的で、チャットツールにマネージャー専用のコミュニティを設けているのですが、そこでさまざまな情報が共有されているようです。また、聴くスキルを向上させるトレーニングもトライアル的に実施してきました。
マネージャーは日々業務に追われています。今後はその業務負荷を削減するプロジェクトなど、物理的な負荷を取り除いていく取り組みにも力を入れていきたいと考えています。
所属部署に縛られない1on1の実施
東宮1on1の取り組みについても教えていただけますか。
新家1on1は原則、2週間に1回・15分で実施しています。基本的には上司と部下とで行っていますが、部署間の垣根を越えて実施する「クロス1on1」も用意しています。
「クロス1on1」は希望制で、私も多いときには週3人ほどの社員と話しています。若手社員のほうが積極的に1on1を依頼してくるかもしれません。私にとっても、彼らが現場でどんな仕事をしているのか、何を考えているのかがわかる、大変有意義な時間です。
また1on1ではないのですが、当社では部門横断型のプロジェクトを多く進行しています。その際には部門の枠組みに捉われない関係性構築が大事になります。
他部門の上司やメンバーが何を考え、どういう思いで仕事をしているか、どういうメカニズムで働いているのかなどの情報を交換し合うと、お互いに気づきがあるだけでなく、組織としてのアジリティが上がり、ひいてはアウトプットの良化や品質向上にもつながると感じています。
危惧される「社員の囲い込み」が意外と起きない理由
東宮現場に人事権を移譲していくと、部門や上司が優秀な社員を囲い込むことの発生も危惧されます。人事としてどのように対策されているのでしょうか。
新家ジョブ型の人事制度だと、人材の囲い込みや、業務外の仕事の放棄が発生するのではないかと危惧する声がありますが、意外と起こらないと思います。一橋大学名誉教授の伊藤先生がおっしゃるように「自律」とは「自由」と「規律」であり、すべて自由になるわけではありません。
自律した個人が自分の考えで動いていくと、自然に個人やチームが最適化されていきます。人気のない部署からは人が出ていくかもしれません。一方で、その部署に残った人は「昇格のチャンスが増えた」と捉えることもできます。
このように、社員や現場のマネージャーが自律的に動いた結果、自然とバランスしていくのではないかと思います。当社ではこれを「エコシステム」と呼び、エコシステムの構築も促進しています。
人事部門にも変化が必要で、これまでのように現場の要請に応じて動くのではなく、現場を牽制する機能を担うこと、すなわちガバナンスを効かせることが重要です。
もし現場から「人をたくさん集めたい」「もっと給料を上げたい」などの要望があったとき、それらがビジネスの成長につながるのかをシビアに見極め、バランスを調整しないといけません。
社外メンターとのキャリア1on1の重要性
社外メンター制度の取り組み
東宮御社では社内での1on1にとどまらず、社外メンターとの1on1の機会も提供していると伺いました。社外メンター制度の導入に至った背景や、現時点での反響をお聞かせください。
新家当社にはキャリア採用で毎年約200人が入社しており、キャリア採用の社員比率が高まってきました。とはいえ、パナソニック出身者のほうが多いこともあり、企業全体としては組織の違和感などに気づきにくい状態です。
日々の業務プロセスなど「過去からずっとこの方法でやってきた」という慣習が数多くあり、部署によっては、社外の声を聞けない状態でした。
そこで、社外の方と1on1ができる制度をトライアルで導入してみたところ、社員が社外メンターと話すことで「なぜこんなことで悩んでいたのだろう。他の方法があったじゃないか」など、さまざまな気づきが得られたそうです。
外部の視点を取り入れることで、自分を見つめ直すきっかけにもなったそうです。トライアルに参加した製造部門の社員からは「1on1前後の業務をモニタリングしたら、大きく改善していた」という喜びの声も寄せられました。
そこで次は公募制にしたところ、希望者が100人ほど集まり、用意した募集枠が4時間ほどで埋まるほどの大きな反響がありました。
こうした社外メンター制度が受け入れられたのは、ラーニングカルチャーの土台があって、社員が社外の人を受け入れる土壌ができていたことが大きいと思います。
歴史を振り返ると、日本は黒船や元の襲来、鉄砲の伝来など、外部の力を借りて変化してきました。外の意見を取り入れ変化できるようなポジティブな環境を意図的に作ることが、これからも大事になると感じています。
東宮自社や自分が客観視できると、強みや課題が明確になり、行動変容が生まれやすくなりますね。御社の今後の展望についてもお聞かせいただけますか。
新家人事部門として大切なのは、さまざまな取り組みを企業成長や企業価値の持続的向上につなげることです。社員がいきいきと働ける環境を作り、それをビジネスの成果につなげ、社員に還元するようなサイクルの構築が大切だと考えています。
振り返ると、コロナ禍においては一時的に苦しい時期がありました。当社は飛行機の座席に備え付けられるモニターの開発・製造を多く手がけていますが、飛行機がまったく売れなくなったのです。しかし他のビジネスに支えられて厳しい時期を乗り越え、現在では業界も回復し、練り直した作戦を元に業績を伸ばし続けています。
ビジネス環境は非常に変化が激しいからこそ、こうした変化に対応できる人材を育成し、私たち人事部門もより変化していこうと思っています。
東宮最後に、これから人事改革に取り組もうとしている企業に向け、メッセージをお願いします。
新家人事改革を推し進める際は、「変化しようというカルチャーがないからできない」と諦めるのではなく、カルチャーの醸成から少しずつ取り組むことが大事です。そして、やると決めたのなら、ひるむ必要はありません。
当社は今後、経済環境が何十年も停滞してきたところから脱却する日本企業として、ひとつのモデルケースになれたらと思っています。これからも愚直に取り組み続けるのみです。
東宮本日は貴重なお話をいただき、ありがとうございました!
執行役員 ヴァイス・プレジデント CHRO 兼 人事総務本部 マネージングダイレクター、最高健康責任者 新家 伸浩 氏
株式会社Kakedas 取締役
東宮 美樹氏
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