日本では「交渉」と聞くと、身構えてしまう方も少なくありません。しかし、交渉に苦手意識を持っている方は、マインドを切り替えるだけで苦手意識を克服できる可能性があります。
本記事では交渉が苦手なのを克服する3つのポイントを説明すると共に、すぐ実践できるテクニックも紹介します。
<目次>
日本人は交渉が苦手なのか?
![]()
日立ソリューションズが20代の会社員に「取引先や社内の人との交渉に自信があるか」を聞いたところ、「はい」と答えた人はわずか12.6%だったという調査結果があります。このデータに基づいて考えると、交渉に苦手意識を持っている日本人は多いといえるかも知れません。
しかし、情報産業労働組合連合会によれば「日本人だから交渉が苦手」に科学的な根拠はありません。ただ、日本と欧米諸国で、交渉スタイルが違う点はあります。
日本は問題解決より人間関係の維持にウェイトを置いてしまうことも多く、結果としてお互いの関係を維持するために意見を引っ込めたり、顔色を伺って意見を変えたりしてしまうことがあります。そのため論理的な交渉の機会が減り、交渉に対する苦手意識を持つ人が増えている部分もあると考えられます。
交渉への苦手意識を克服するメリット
交渉への苦手意識を克服することには、3つのメリットがあります。
- クライアントとの信頼関係がより強固になる
- 課題解決がうまくなる
- 人間関係がスムーズになる
クライアントとの信頼関係がより強固になる
交渉に苦手意識を持っていると、感情的にならず、かつ対等に議論することができなくなります。結果的に、一方的に自分の意見を押しつけたり、逆に相手の意見を聞き入れる一方になったりしがちです。そうするとお互いが納得できる結果が生まれず、継続的な関係性に支障が出てしまいます。
主張すべきことはきちんと主張するなど、クライアントとWin-Winの関係をきちんと構築する交渉スキルを身に付けることで、良好な関係性を持続させやすくなります。良好な関係性が築けていればリピート率の向上やアップセル・クロスセルにもつながるでしょう。
課題解決がうまくなる
上記は社外との交渉ですが、社内でも交渉や調整が必要なシーンは多くあります。ビジネスは課題解決の連続だといわれます。そして、課題解決の実践には交渉が必要であることも多々あります。
交渉力を身につけることでスムーズに着地点を見つけられ、人間関係のしこり等を残さずに課題解決ができるようになるでしょう。
人間関係がスムーズになる
自分の都合ばかり押しつけていると、うまくまとまらず作業が難航してしまったり相手との人間関係が壊れてしまったりする可能性があります。逆に人の要望ばかり受け入れていると、自分に負荷やストレスがかかり、同じように中長期的な人間関係の継続は難しくなります。
交渉力を持つことでコミュニケーションがスムーズになり、良好な人間関係を維持することにつながります。
交渉が苦手なのを克服するためのポイント
交渉の苦手意識を克服する3つのポイントを紹介します。
- 交渉はWin-Winを目指すものであるという意識を持つ
- ゴールと撤退の基準を設定する
- アサーティブコミュニケーションを実践する
交渉はWin-Winを目指すものであるという意識を持つ
交渉には、配分型交渉と統合型交渉という2つの種類があります。
配分型交渉とはある一定量の利益や便益、あるいは損害を自分と交渉相手それぞれがどれだけ負担するかを、話し合いで決着をつけることです。
また、統合型交渉とは利益やメリットを増やす、加えるなどすることでお互いに損することがなく、どちらも利益を獲得できる結果を目指すことです。別名WinWin型の交渉とも呼ばれます。
交渉が苦手という意識を持っている人は、“交渉=配分型交渉”という意識を持っていることが多いです。
配分型交渉はどちらかの取り分(利益の拡大や損失の負担)が増えれば、どちらかの取り分が減ることになり、必然的に交渉に勝ち負けが生まれることになります。感情的なしこりも残りやすくなるでしょう。
一方で、統合型交渉でWin-Winを実現できれば、お互いに望むものが得られますので、人間関係は維持され、むしろ強固になります。
交渉とは決して勝ち負けだけではなく、Win-Winを目指せるものであるという意識を持つことが苦手意識を克服する上で大切になるでしょう。
もちろんすべての交渉をうまく統合型にできるわけではありません。ただ、知っておくべきなのがスティーブン・R・コヴィーによるベストセラー『7つの習慣』で紹介されている“人間関係の6つのパラダイム”です。
- 1. Win-Win:自分も相手も、お互いが満足できる結果を目指そうとする考え方
- 2. Win-Lose:相手を打ち負かして自分のWinを得ようとする考え方
- 3. Lose-Win:相手との諍いや関係悪化を恐れ、相手に勝ちを譲る考え方
- 4. Lose-Lose:相手がWinを得るのは何としても阻止するため、自分の損失もいとわない考え方
- 5. Win:自分のWinをひたすら追求する考え方
- 6. Win-Win or No Deal:Win-Winが困難なときは、お互い合意のうえで「取引しない」という選択する考え方
コヴィー博士は中長期的に人間関係を維持するためには最後の「Win-Win or No Deal」であることが大切であり、逆に、これ以外の人間関係は中長期的にはすべてうまくいかなくなると言っています。
すべての交渉でWin-Winを実現できるわけではありませんが、中長期的には統合型交渉、”Win-Win or No Deal”を実践する意識が大切です。この感覚を持てるようになると交渉への苦手意識を取り払えるでしょう。
ゴールと撤退の基準を設定する
実務的には「何のためにその交渉を行ない、どのような成果を得たいのか」を事前に検討・整理しておくことが大切です。これには「BATNA」と「RV」を意識することが有効です。
BATNAとはBest Alternative To a Negotiated Agreement (不調時対策案)のことで、合意できなかったときに目指す最善の選択肢を意味します。先ほど紹介した“No Dealにする”という選択も、BATNAのひとつといえます。
また、RVとはReservation Value (留保価値)のことで、BATNAを行使した際に得られる価値を意味し、言い換えると交渉を撤退する基準です。
「どこまでなら妥協できるか?」「どのような条件までなら交渉に留まる価値があるのか?」を事前に想定しておくことで、配分型交渉も感情的なやり取りなどに陥らず決着させることができるでしょう。
アサーティブコミュニケーションを実践する
アサーティブコミュニケーションとは、自分が一方的に主張する攻撃的な自己表現(アグレッシブ)、また、一方的に相手の主張を受け入れる非主張的な自己表現(ノンアサーティブ)ではなく、自分と相手のどちらも尊重するというコミュニケーション方法です。
アサーティブコミュニケーションを実現できると、人間関係を壊したり、感情的なやり取りに陥ったりすることなく、きちんと自分の主張を伝えられます。アサーティブコミュニケーションを実践する上で役に立つのがDSEC法というやり方です。
DESC法とは以下4つのステップで会話を進める手法です。
- ステップ①Describe(描写する)
- ステップ②Express(説明する)
- ステップ③Suggest(提案する)
- ステップ④Choose(選択する)
例えば、「値引きには応じられないが、他の選択肢を受け入れてもらいたい」という場合だと下記のようになります。
- Describe(描写する)「ご提案いただいている価格での販売には応じられません」
- Express(説明する)「しかし、私どもとしては御社と末永いお付き合いを望んでおります」
- Suggest(提案する)「そこで、本来有料のオプションを無料でつけさせていただきます」
- Choose(選択する)「価格は変わらないものの、費用対効果が10%上がりますがいかがでしょうか」
「値引きには応じられないといっているでしょう」と攻撃的な主張をしたり、「わかりました、値引きできるよう上とかけ合ってみます、すみません」と非主張的になったりするのではなく、アサーティブコミュニケーションを用いて相手を尊重したうえで、きちんと自分の意見を伝えることで交渉がスムーズにいきやすくなります。
交渉に活かせるコミュニケーションのテクニック
![]()
本章では交渉で使えるテクニックを3つ紹介します。なお、テクニックは信頼関係を構築したり交渉したりするうえで有効です。
ただ、根本にwin-winを目指す姿勢などがないと逆効果になったり、駆け引きを激しくするだけになったり、心証を悪くしたりすることもあるので注意が必要です。
ペーシング
ペーシングとは相手と話し方や状態、呼吸などのペースを合わせることで、相手とラポール(信頼関係)を築く手法です。
- 声の調子や話すスピード、声の大小、音程の高低、リズムなどを合わせる
- 声の明るさや静けさ、暗さ、感情の起伏などに合わせる
- 相手の肩や胸や腹部の動きを観察しながら、同じ呼吸のリズムになるよう合わせる
キャリブレーション
キャリブレーションとは、相手の心理状態を、言葉以外のサイン、たとえば、表情や動き、呼吸のスピード、声のトーン・テンポなど理解することです。話している内容ではなく、相手の表情や姿勢、声の感じなどに注意を向けることで、相手の本当の気持ちを察することができます。
例えば、分かりやすい事例としては、話すスピードが早かったり、声がいつも以上に大きかったりする場合、相手がその話題に興奮していることが分かります。反対に表情が沈んでいたり声が小さかったり、姿勢が前かがみだったりした場合は、落ち込みを感じている可能性があります。
交渉においては、キャリブレーションを活用することで、相手が本当はどう思っているのか、焦っているのか余裕があるのかなどを理解して、自分がどうすべきなのかの参考にできます。
ドア・イン・ザ・フェイス・テクニック
ドア・イン・ザ・フェイス・テクニックとは本命の要求を通すために、まず過大な要求を提示し、相手に断られたら本命である小さな要求を出す方法です。これは、人間の「借りができるとお返しをしなくてはならない」と考える性質を利用したテクニックです。
例えば、10万円の商品に対して100万円の見積額を提示したとします。そして、相手が値引きを求めてきたところで、半額の50万円に値引きします。
すると相手は「半額にしてくれたから…」という”借り”を感じ、上述した「お返しをしなくてはならない」という心理から高くても購入してしまう傾向があります。
このように相手からすると「譲歩した」という見え方になることを目指すのがドア・イン・ザ・フェイス・テクニックです。交渉で有効なテクニックですが、あくまで表面的なテクニックです。
繰り返しになりますが、根本的な姿勢として統合型交渉であるWin-Winの実現を目指す姿勢を持つことが重要です。その姿勢を持たずに表面的なテクニックだけで交渉していると、人間関係、パートナーとの良好な関係などを維持することはできないでしょう。
交渉への苦手意識は克服できる!
交渉の苦手意識を克服するためには、交渉はどちらか一方の言い分を押し通したり、勝敗を決めたりするだけのものではなく、WinWinの関係を目指すものだというマインドを持つことが大切です。
そのうえでアサーティブなコミュニケーションを活用しながら、お互いの主張を尊重し話を進めることが交渉を成功させるポイントです。
本記事で紹介したポイントを実践して、双方が納得できる交渉、中長期的に継続できる人間関係を実現していってください。







