育休・産休は法律で定められた制度であり、厚生労働省の調査では女性の育休取得率は86.6%、男性も40.5%。また、育休取得後の復職者は93%、男性は97%まで上昇しています。
しかし、中小企業や業界によっては取得率が伸び悩み、特に不動産業界では女性の取得率は85%あるものの復職率は78.5%、男性は取得率が19.9%と*と低水準にとどまっています。
制度はあっても、実際に利用されるかどうかは「組織風土」に大きく左右されます。最初の一人が取得できるか、その後に続く人が安心して手を挙げられるかは、制度設計以上に“組織の文化として根づくかどうか”が重要です。
本記事では株式会社パートナーズCHRO 清家氏に、産休・育休の“第一号取得”を支え、産休・育休の取得と復帰を当たり前の選択肢として根づかせたプロセスを伺いました。
会社名:株式会社パートナーズ
設立:2011年9月
従業員:181名 (2025年4月時点)
資産運用総合アドバイジングカンパニーとして、投資用不動産の売却、購入、運用、保険、少額投資などを主力事業とする。愛を持って真摯に寄り添い、資産運用の煩雑な手続きをテクノロジーの力でもっとカンタンに。「LOVE&TECHNOLOGY」を掲げ、生涯のパートナーとしてお客さまと向き合い続けます。
<目次>
改めて育休・産休を「当たり前」とする必要性
近年の傾向として、社員は「挑戦」と「安心感」の両立を重視するようになっています。特に若い世代や共働き世帯にとっては、「家庭とキャリアを両立できるか」が最大の関心事の一つです。
しかし育休や産休が制度として存在していても、実際には利用しにくく形骸化している企業も少なくありません。そのような状況は、優秀な人材の獲得・定着において大きなリスクとなります。
だからこそ、これらの制度を「特別扱い」ではなく「当たり前のもの」として根付かせることが重要です。労働人口が減少し続ける今、ライフステージやライフイベントを受け止められない企業は、持続的な成長が困難になります。
「当たり前のもの」とすることで以下のような効果が得られます。
ライフイベントによってキャリアを中断せざるを得ないケースが減り、育休・産休を経て復帰する社員が増える。
「制度を気兼ねなく使える」という安心感は、社員の心理的安全性が高まる。その安心感が、復職後のパフォーマンスやチャレンジ意欲を後押しする。
育休を前提にしたチーム体制を組むことで、誰かが抜けても業務が回る仕組みづくりが進む。結果的にチームの柔軟性が高まり、全体の底力が増す。
当社では2024年に産休・育休を取得し、復帰した社員が初めて登場したことを皮切りに、男性社員の育休取得も実現。2025年には新たに2名が産休・育休を利用、2026年の復帰を予定しています。
また現在も産休の取得を予定している社員がおり、今後ますます制度の活用が広がっていくことが期待されます。
社内アンケートでも「当社で長期的に働きたい」と考えている人が80%に到達するなど、少しずつですが着実に社員の意識に影響を与えています。
1.第一号取得を支えるプロセス
“第一号”を生み出すために
大切なのは、上司と部下の間に「この人に相談すれば前に進める」と思える関係性を築いておくことだと考えています。制度が整っていることが前提ですが、制度を実際に使えるかどうか、そして社内に浸透していくかどうかは、上司と部下の関係性にかかっていると言っても過言ではありません。
当社の1on1は、上司が受け身となり、部下が自由に話題を持ち込める形式で行っています。業務に限らずプライベートのことも自然に話せる場とすることで、「相談すれば一緒により良い方法を考えてくれる」という信頼感を生むことを意識しています。
当社ではマネジメント要件として“部下の可能性を信じて声をかける”ことを明確に定めています。この姿勢があるからこそ、社員は社内で初の制度利用となっても特別なことと感じず、不安を抱えずに安心して踏み出すことができたのだと思います。
また、制度利用の過程では画一的な対応ではなく、時々の状況に合わせて柔軟に対応することを意識しています。結果的に社員本人も安心して取得に踏み切ることができたのではないでしょうか。この柔軟な対応こそが、中小規模フェーズの強みだと思っています。
大事なのは“会社の方針”や“チームの健全性”といった軸を守りながら、その時々で最良の方法を考えるということです。つまり「なんでもOK」ではなく、本人にとっても組織にとっても良い形を一緒に探すことを大事にしてきました。
業務引継ぎは「機会」として丁寧に設計
制度利用にあたっては、上司や人事との面談を重ねることで不安を解消しながら、業務の引継ぎを丁寧に設計しました。
長年人事業務を担い、部下と向き合ってきた経験から言えるのは、3〜6ヶ月で引き継げない業務はほとんどないということです。つまり、妊娠が分かってからの準備でも、引き継ぎは十分に間に合います。
たとえ今は何も準備をしていなかったり、社内に前例がなかったりしても、どうか安心してください。大切なのは、何かあった時に迅速に共有してもらえるようなオープンなコミュニケーションです。
また、単に業務を一時的に分担するのではなく、後継となる人材を育成する機会として位置づけた点も大きなポイントです。“人材育成の機会”と位置づけることで、タスクの細分化や担当割りの明確化だけでなく、引継ぎを通じて新たなリーダー候補を育てることができました。
結果として、本人も安心して制度を利用できただけでなく、チームとしても次の成長につながる良い循環をつくれたと感じています。
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2.制度利用を“特別扱い”にしない工夫
人事制度を運用するうえで意識していること
人事制度を運用するうえで意識していることは、制度の導入→トライアル→フィードバック→改善というサイクルを現場も交えて回すことです。
たとえば短時間勤務やリモートワークといった柔軟な働き方を導入する際には、利用を希望する社員との面談を通じて具体的な働き方を設計します。その上で実際にトライアル運用を行い、本人や上司、チームメンバーからの声を集め、必要に応じて改善を加えていきます。
また、評価制度においてはOKR方式を活用し、社員自らが納得できる目標を設定、また「成果」に焦点を当てるようにすることで、短時間勤務やリモートワーク等の制度を利用する社員もそうでない社員も、努力や貢献が正当に評価されるように基準sを明確になり、不公平感を生まないようにしています。
さらに、制度利用者と非利用者の両方が納得できるよう、社内で対話の場を設けることも重視しています。たとえば社内イベント「ライフステージサポートについて語ろうの会」では、制度を利用する側・支える側が一緒になって意見を交換し、不安や疑問を共有しました。
拾い上げた疑問や不安は役員会議で議題に上げ、打ち手を検討。実際にレディース休暇の見直しを数週間で行うなど、スピード感を持って対応しています。こうしたPDCAサイクルを回すことで、制度が“現場に根づく”形に育っていくのです。
周囲の負担への配慮
業務のマニュアル化や後継者の育成といった仕組み面も強化してきましたが、正直なところそれだけで負担がゼロになるわけではなく、一時的にはどうしても誰かが頑張る場面は出てきます。だからこそ最終的には誰かが抜けても自然に支え合える雰囲気や文化をどう作るかが一番大事だと考えています。
その上で当社では、ライフイベントを「キャリアの中断」ではなく社員自身の成長のタイミングと捉えています。「結婚して家庭を築く」「子供ができて守るものが増える」そういったライフイベントで新しい価値観や気づきが生まれます。その人にとってとても重要な成長だと思います。
もちろん、ライフイベントの形は様々です。産休・育休といった変化だけでなく、子どもを望む中での活動や、個人のライフステージに関わることに対して、社員が心理的な負担を感じることなく、安心して会社に相談し、必要なサポートを得られる環境づくりを重視しています。
だから、福利厚生でライフもワークも両立できる環境を整えると共に、社員がより良い人生を歩むために自己の成長に向き合える環境を整えることを重視し、福利厚生や制度の見直しを進めてきました。
具体的な取り組みの一つが復職キャリアチョイス制度です。産休・育休・介護などの長期休暇から復職する際に、やむを得ない事情で働き方に制限がある場合は、希望部署と合意のうえで元の部署から期間限定で異動できる仕組みを導入しました。制限が緩和された後には元の部署に戻ることも可能で、本人にも組織にも負担の少ない復職を実現できます。
さらに、育休に入るタイミングで業務の引継ぎや後継育成を前提としたタスク設計を行うことで、若手メンバーに新しいチャレンジの機会が生まれ、結果的にチーム全体の力を底上げする効果もありました。
結果として、社員もチームも「ライフステージの変化を前向きに捉えられる」文化が育っています。今では、産休・育休の取得や復帰は特別な出来事ではなく、自然に受け入れられる流れとして定着してきています。
不動産業界の課題への対応
不動産業界が全体として取得水準が低い背景には、やはり紙や対面中心で、出社しないと仕事が進まないというアナログな働き方が根強く残っていることがあると思います。その結果「制度があっても物理的に利用するイメージが湧かない」ことが多く、実際の活用が進みにくいのではないでしょうか。
当社では以前から、不動産取引のDX推進とそれに伴うガバナンス強化に取り組んできました。業務プロセスをデジタル化・効率化することでリモート対応も可能となり、結果として社員がライフステージや状況に応じて柔軟に働き方を選べる環境を整えることができました。
ただし重要なのは、必ずしも最初から大きなDXをやりきることではなく、「その時々でベストな形を柔軟に整えていく姿勢」だと考えています。たとえば一部業務だけをクラウド化する、承認フローを見直す、引継ぎ方法を簡素化する――そうした小さな工夫の積み重ねでも、「制度を使える現実感」を少しずつ育てていくことができます。
私たちもこうした一歩ずつの取り組みを通じて、結果的に制度が“特別なもの”ではなく“自然に使えるもの”として社内に根づいてきました。
3.キャリアと制度を結びつける仕掛け
復職後に新たな挑戦を可能にした配置やキャリア設計
先述した復職キャリアチョイス制度などもありますが、復職や異動の場面を「負担が増えること」とは考えず、新しい経験や挑戦の機会になる前向きな出来事として受け入れるカルチャーを育ててきました。そのため積極的に送り出し、受け入れる土台があります。
もちろん、物理的に難しい状況が発生する可能性はあるので、本人・受け入れ部署・人事がしっかり話し合う場を設け、最適な形を探すことを大切にしています。大事なのは「難しいからできない」と決めつけるのではなく、その時々でベストな対応を柔軟に整えていく姿勢だと考えています。
部下育成や後任育成と制度利用をセットで進めた工夫
育休産休利用者には人としての成長、非利用者には後任を育てる機会と捉えてきました。具体的には、業務の引継ぎを「欠員対応」として終わらせず、タスクを整理・分担しながら若手や次世代メンバーに新しい役割を任せるようにしています。
プロセスは「業務を引き継ぐ=任せる」だけでなく、上司や先輩が伴走しながらOJTを行い、成長のきっかけに変えることを意識しています。結果的に、制度を利用する本人は安心して休暇に入ることができ、残るメンバーにとってはスキルを磨きキャリアを前進させる経験になっています。
実際に制度利用をきっかけにリーダー候補が育ったり、若手が短期間で成長したりするなど、チーム全体の力を底上げする成果が生まれました。つまり「制度利用=一時的な負担」ではなく、「制度利用=人を育て、組織が強くなるチャンス」という循環を意識して仕組み化しているのです。
組織全体での「対話」
「対話」も最も大切にしていることの1つです。本人と上司だけでなく、チーム全体でもコミュニケーションを取りながら「何ができて、何にサポートが必要か」をオープンに共有することで、不満が生まれにくい環境をつくっています。
さらに、対話を一部の人だけに任せるのではなく、ずれなく伝えられる人を増やしていくことも意識しています。人事やマネージャーに限らず、会社の考えを理解し共感できる社員が自然に発信できる状態をつくることで、現場レベルでも納得感のある調整が可能になります。
また、ワークショップや社内イベントを通じて、会社の考えと社員一人ひとりの思いを交換する場を意図的に設けています。そうした場で「なぜこの制度があるのか」「どうすればお互いに働きやすくなるのか」を一緒に考えることで、不安や不満をため込むのではなく、前向きに対話しながら解決する文化が根づいてきました。
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産休・育休によるキャリア断絶への対応
キャリアが途絶えやすい状況に対して、私たちは「いつでも戻れるスキルセットを身につけてもらうこと」こそが上司の大切な役割だと考えています。短期的な評価やポジションにとらわれるのではなく、長期的にどのような生活を歩みたいのかに合わせてキャリアを描けるよう、日々のコミュニケーションや指導を意識しています。
また、中小企業にとって重要なのは「社員に戻りたいと思ってもらえる会社であること」です。これまで一緒に働いてきた仲間がいて、仕事の内容も理解している。単純に考えれば、外に出るよりも戻ってきた方が安心して働けるはずです。
だからこそ、制度や事業の成長といった前提を整えたうえで、“この会社のメンバーと一緒にいたい”と感じてもらえるかどうかが鍵になると考えています。
そのために私たちは、理念や価値観、文化を大切にし、ロイヤリティを高められる環境づくりに力を注いでいます。社員一人ひとりが「ここなら自分らしく成長を続けられる」と実感できることこそが、キャリアを途切れさせない最大の支えになると考えています。
育児休暇を通じた成長
産休・育休は「仕事」として見れば休暇ですが、実際にはその間に身に付けられるスキルやマインドもあります。そのひとつが、限られた時間で成果を出す力です。
時間に制約があるからこそ、何を優先すべきかを瞬時に判断し、効率的に進める工夫を重ねる必要があります。育休を経て復帰した社員のこうした思考は個人のスキルにとどまらず、社内の業務効率化にも波及しています。
さらに、育児は日々予測できないことの連続であり、相手に合わせて柔軟に対応する力が自然と鍛えられます。子どもは何もわからないところから始まる存在で、論理や理屈がそのまま通じるわけではありません。
だからこそ、相手の状況を察し、伝え方や接し方を工夫しなければならない。これはまさに、部下やチームメンバーを育成する際のマネジメントと重なる部分だと思います。
そしてもう一つが、長期的な視点です。育児は一朝一夕で成果が出るものではなく、時間をかけて少しずつ成長を見守る営みです。この経験を通じて、「持続的な成長」を見据えた思考力もさらに磨かれていきます。これはキャリア設計や事業戦略にも活かされており、短期的な成果だけでなく長い目での成長を見据える姿勢につながっています。
4.「社風」へのつなげ方
“第一号”を単発で終わらせないために
当社では、最初に産休・育休を取得した“第一号”の事例を参考に、制度を文化として根づかせる取り組みを進めてきました。具体的には、第一号の社員と次に産休に入る社員を中心に座談会ワークショップを開催し、体験や不安を率直に共有しました。
同時に、会社として「どのような姿勢で制度を整えていくのか」を経営側から発信し、制度を一緒に育てていくという意識を社員全体に広げていきました。
この場では、実際に制度を使ってみたからこそ見えてきた課題が話題となり、そこから自然に対話が生まれました。課題が明らかになったからこそ改善の方向性も共有でき、社員にとって「次に自分が利用するときも安心できる」という空気が広がりました。
結果として、二人目・三人目と制度利用が連鎖的に続き、制度を「特別なもの」ではなく「当たり前」として受け入れる文化が定着していきました。
さらに、こうした対話は制度改善に直結する土壌づくりにもつながりました。たとえば、この座談会で出た声は翌週の役員会議でも取り上げられ、既存の制度(出産準備休暇など)を改めて確認するなど、「社員の声を制度に生かしていこう」という意識が役員層にも共有されました。
社員の声を真摯に受け止め、今後の運用や見直しにつなげていこうとする姿勢が示されたこと自体が、安心感や信頼につながり、制度の浸透を後押ししています。
社風を変えるために大切なこと
もし同じような状況で推進に苦戦されている方がいるとしたら、まず考えたいのは、部署の責任者や代表など、カルチャーに大きな影響を与える人たちが、このテーマに対してどれだけ本気で向き合っているかです。ここが乗り気でない場合、なかなか空気が変わらないのは自然なことだと思います。
そのうえで、人事や推進する立場の方にお伝えしたいのは、「言い続けること」の大切さです。正直、最初は刺さらないかもしれませんし、すぐに変わるわけでもありません。それでも粘り強く「これは必要だ」と言い続けることが、やがて組織の土台を変えていきます。
いざ制度を使う対象者が現れたときに、「ずっと言ってきましたよね」という状況をつくれているかどうかは大きいと思います。今は理解されなくても、胆力を持って言い続けること自体がカルチャーを変える一歩になると考えています。






