生産性の向上や企業の成長を考えるとき、社員のモチベーションを上げることは重要なポイントです。
一方で、モチベーションという言葉は、「やる気」や「意欲」といったあいまいな意味でも使われ、「モチベーションが上がらない…」と一種の言い訳のように使われる部分もあります。そのため、マネジメントや経営側からすると、モチベーション向上の重要性は感じつつも、何となくネガティブなイメージを持っている側面もあるかもしれません。
しかし、モチベーション本来の定義や向上の理論について確かな知識を持っておくことで、マネジメントの質は確実に向上させることができます。記事では、モチベーションという概念と向上施策を心理学等の視点から解説していきます。
<目次>
モチベーション(動機)とは?
本来の“モチベーション”とは、心理学において「動機」や「動機付け」を意味する言葉です。「動機」とは、人が何らかの行動を起こすきっかけであり、「動機付け」とは、行動のきっかけを生み出すプロセスを指します。
冒頭でも記載した通り、日常においてモチベーションは、「やる気」や「意欲」と同様の意味で使われることも多いですが、これは誤解を生む表現であり、あまり正しいとらえ方とはいえません。
やる気や意欲といわれると、「プロのビジネスパーソンとしては、“やる気”や“意欲”は、各個人が自分で管理すべきものである」と感じられる経営者やマネジメントの方は多いかと思います。
確かにその通りですが、一方で感情を持つ人間だからこそ、「“やるべき”と頭で分かっていても、感情的にどうも動けない…」といった状態が生じることも事実です。
従って、「メンバーの“行動”の量を増やし、質を高め、いかに組織の成果を生み出すか」という視点で、“モチベーション”を正しくとらえて、マネジメントすることが大切になります。
「モチベーションが高い」とはどういう状態?
マネジメントでは社員のモチベーション向上を目指すわけですが、そもそもモチベーションが高い状態とは、どのような状態なのでしょうか。
仕事に対するモチベーションが上がった社員には、以下のような変化が見られます。
- 行動量が増える
- 集中力が高まる
- パフォーマンスが高まる
- 行動スピードが速まる
- チャレンジ精神が旺盛になる
モチベーションが高いとは端的にいえば、「望ましい行動が加速される」状態です。行動することへのハードルが解除されていますので、「行動量が増え、また雑念がなく行動することで質も高まり、結果として成果も上がりやすい」のです。
モチベーションの4類型
動機について、より深く理解するには、心理学者デイビッド・マクレランドが提唱した「欲求理論」が適切です。
マクレランドの欲求理論は1976年に発表されたもので、人の動機を4つに分類したものです。個人ごとにどの動機が強いかには違いがあり、強さの順番で「その人が何で動機付けされるか」の違いが生まれます。
- 達成動機
- 権力動機
- 親和動機
- 回避動機
マネジメントにおいて、部下のモチベーションを高める、つまり動機付けするためには、その社員の動機がどの順番で強いかを把握して、それに応じたアプローチをすることが適切です。
以下で、4つの動機について詳しく説明します。
達成動機
字の通り、「成し遂げる」ことへの欲求です。達成して得られるものなどよりも、達成すること自体に対して努力する傾向があるタイプです。達成動機は、イギリスの登山家ジョージマロニーの有名なインタビュー、記者の「なぜ山に登るのか?」に対する「そこに、山があるからだ」という答えに似ています。「そこに目標があるからには達成したい」のが達成動機なのです。
- 目標を達成するための努力は惜しまない
- 最大の関心は目標達成であり、自分の成長や進歩である
- 適度な挑戦やリスクを好む
- 自分の行動に対して、迅速なフィードバックを求める
- 自分の努力で達成できない目標や仕事を嫌う
- 適度な難易度の目標を設定する
- 目標は分かりやすく、本人の努力で影響できるものにする
- 過度なコントロールは行なわず、仕事を任せる
- 達成に向けたサポートをする
- 目標達成や成長、能力向上に向けて率直にフィードバックする
権力動機
権力動機は、人を動かすことへの欲求です。また、人を動かす力として、地位や身分への欲求にも繋がります。権力動機の強い人は、他者に影響を与えたり、コントロールしたりすることに達成感を見出します。興味・関心は、自分自身の仕事をやり遂げることよりも、他者やチームへの影響力の行使にあります。
- 責任を与えられることを楽しむ
- 他者に影響することやコントロールすることを好む
- 自分がコントロールされることを嫌う
- 権力の象徴として身分や地位を重視し、競争が激しい状況を好む
- 効率的な成果より、他者への影響力行使や信望を得ることにこだわる
- 仕事が顧客や周囲に与える影響、重要性をしっかりと伝える
- 与えた影響を感じさせる顧客の声などをフィードバックする
- 責任と権限を明確に持たせる
- 競争させる(競争相手がいない場合、成果によって評価されることを明確にする)
- 影響力を発揮することが成果に繋がる仕事をアテンドする
親和動機(欲求)
親和動機は、人と良い関係性を作りたい、チームや集団に貢献したい、組織のなかでうまくやっていきたいという欲求です。周囲に気を配り、「自分が潤滑油になることで、より友好的な人間関係を築きたい」と考える協調性が高いタイプです。親和動機が強いタイプは、人間関係に興味・関心の焦点があたります。
- 他者から好かれたい、よく見てもらいたい
- 人の役に立ちたい
- 心理的な緊張状態は避けたい
- チーム内のサポート役として配置する
- 相手との信頼関係を作る
- チームや組織内の人間関係を整える
- 感謝や承認の声掛けをこまめにする
- 顧客との関係性を作らせる
回避動機
回避動機は、失敗や困難な状況を避けようとする動機です。回避動機は安全動機とも呼ばれ、マクレランドの欲求理論に最初は含まれていませんでしたが、のちにマクレランド自身が4つ目の動機として加えたものです。回避という通り、危険やリスクを避け、“安全な状態”を志向します。
- 達成や成功よりも、失敗やリスクを避けることを重視する
- 失敗やリスクがある状態では行動しない
- 周囲に合わせて行動をする
- 他の動機との順位を確認する(回避動機が1位か、回避動機が強いが2位以下かでマネジメントのポイントが変わります)
- 発生しうるリスクを伝え、責任を負わせないことを約束する
- 一緒に計画を作り、成果へとたどり着く道筋を立てる
- ミスが許されない仕事、リスクを洗い出す仕事を任せる
- 納期は明確に区切ったうえで、行動を急かさない(計画する時間を許容する)
リーダーが知っておきたい2種類のモチベーションアップ方法
ここまでは、マクレランドの欲求理論に従って動機を4タイプに分けて見てきましたが、動機は「内発的動機」「外発的動機」の2つに分けることもできます。メンバーのモチベーションを上げるためには、こちらの分類法も知っておくと有効です。それぞれの違いと要素、具体例を解説します。
内発的動機と外発的動機の違いとは?
内発的動機とは、自分自身の内側から生まれる動機付けです。例えばある仕事を与えられたときに、「それが好き」「それをやりたい」といった気持ちからやりがいが生じている状態です。内発的動機で動機付けされていると、行動すること自体が目的になりますので、高い集中力が発揮され、質の高い行動が期待できます。
一方、外発的動機とは、行動する結果として外から与えられるものが動機になっている状態です。仕事の内容ではなく、成果に対する報酬への欲求が同期になっています。
外発的動機は、“外から刺激することができる”ため、組織のマネジメントで一般的に使われます。行為自体に強い興味や関心がない人のモチベーションを向上させることができ、短期間で効果があらわれやすいのが特徴です。
続いて内発的動機と外発的動機を構成する要素を紹介します。
内発的動機の要素
内発的動機は、以下のような要素から成り立ちます。
- 目的:自分が行なう行為に価値や意味を感じたり、自分の価値観と一致したりしていることで、内発的動機が高まります
- 自己決定感:管理されたり強制されたりするのではなく、「自分自身で決断し行動している」と感じることで内発的動機が高まります
- 自己効力感:仕事をやり遂げられる、「自分はこの仕事をできる」と感じられるとき、人は有能感を覚え、内発的動機が高まります
外発的動機の具体例
外発的動機には、行為の結果として外から得られる刺激が動機となります。刺激は大きく2つに分けられます。
- 報酬:給与や賞与などの金銭的インセンティブ、昇進・昇格、周りからの賞賛や感謝等の精神的インセンティブ
- 嫌悪からの回避:物理的・精神的な罰則やペナルティー、降格や減給等
モチベーションアップ・維持に役立つ5つの心理学的取り組み
ここまでにご紹介してきた心理学の理論を踏まえて、メンバーのモチベーションアップに向けては以下のような工夫や施策があります。
相手に合わせた動機付け
動機付けしたい社員が、「マクレランドの欲求理論に照らし合わせて、どの動機が強いタイプに該当するか」を確認します。それぞれの動機に応じてアプローチすることで、効率的に相手のモチベーションを上げたり、行動しない要因を解除したりできます。
なお、どの動機が強いかを知るには、特性検査などの診断を用いることが有効です。HRドクターを運営するジェイックでは、入社時の特性検査結果が、配属先の上司等に共有され、マネジメントにも活用されています。
モチベーションダウン要因の排除
マクレランドの欲求理論を活用すると、各メンバーのモチベーションダウンの要因も見つけやすくなります。モチベーションを上げるアプローチも重要ですが、下がるマネジメントをしないことも大切です。
例えば親和動機が高い人は、周囲のメンバーと一緒に和気あいあいと仕事に取り組みたいため、自分一人で難しい仕事に取り組むような心理的緊張が苦手です。また、組織内の人間関係が悪かったりコミュニケーションが少なかったりする状態にもモチベーションが下がります。
また、権力動機が高い人は他者やチームへの影響力を重視するタイプなので、本人の数値目標や作業の効率性への厳しい指摘をしたり、他者に影響を与えたりする仕事から外されると、モチベーションが下がりやすいです。
このようにメンバーの動機に応じて、モチベーションが下がるポイントがありますので、それを排除するようにマネジメントを行ないます。
外発的動機付けのポイント
金銭的・精神的な報酬による外発的動機付けは、マネジメントにおいては有効な施策です。外部から即効性を持って、モチベーションを上げることができます。一方で、外発的動機付けを行なうときに注意すべきポイントが2つあります。それは、“中毒性・依存性”と“内発的動機付けの阻害”です。
まず、外発的動機付けは、慣れが生じてくると徐々に効果が落ちてきます。極端に書くと、アルコール中毒や薬物中毒と同じように、より強い刺激を求めるようになり、「報酬がないとモチベーションが極度に下がる」状態になるリスクがあります。
例えば、金銭的なインセンティブがある状態が当たり前になってくると、“より高額なインセンティブでないと動かなくなる”や“インセンティブが付かない仕事をやらなくなる”といった状態です。
また、外発的動機付けは、場合によってはメンバーの内発的動機付けを損ねるリスクもあります。例えば、「もともとは仕事自体がおもしろくやっていたのに、金銭的なインセンティブ制度が導入されると、やる目的が金銭的なインセンティブ中心に置き換わってしまい、いつの間にか、金銭的なインセンティブがないとやりたくなくなる」「自己成長や仕事のおもしろさが動機付けとなっていたのに、いつの間にか、上司に褒められることが目的となっている」といった状態です。
すでに内発的動機から優れた行動をしている場合は、特に外発的動機付けの導入には慎重になるべきです。
内発的動機付けのポイント
内発的動機付けは、内側から湧き出るものだからこそ、限りもありませんし、非常に強力です。従って、モチベーションアップと維持にとても効果的である一方で、短期的に確立したり、外部からコントロールしたりすることは難しい側面があります。
従って、内発的動機付けは、ミッションやバリューの浸透と同じように、ある程度中長期の時間軸で取り組んでいく必要があります。内発的動機付けへのアプローチとしては、
- 仕事の意味付け:ミッションやビジョン、提供価値、本人のミッションや価値観の明確とか一致点の探索等
- 自己肯定感:存在承認の関わりや感謝の声掛け、内省型の研修
- 自己効力感:振り返り研修や成長実感の獲得、能力向上の働きかけ、良い行動の習慣化
等が挙げられます。
相手に選択させることの重要性
モチベーションを上げるうえで重要なアプローチのひとつが、自己決定権の尊重です。人には“心理的リアクタンス”という「他人から押し付けられた指示に無意識に反発する」という心の働きがあります。
例えば、子供の頃に親から「宿題をしなさい」といわれると、やろうと思っていた気持ちが急に萎えてしまうといった経験はなかったでしょうか。これが心理リアクタンスです。
従って、メンバーのモチベーションにうまく働きかけるためには、部下の自己決定権を尊重、また演出する必要があります。実際に権限を委譲していくことも大切ですし、メンバー自らが「やる」と決断したかのように感じさせる工夫も有効です。
一方的な指示だけではなく、いくつかの選択肢を与えたうえで、本人が「やる」と決める余地を作ることも良いでしょう。
まとめ
本来、“モチベーション”とは心理学において、“行動を起こすきっかけ”を意味する言葉です。正しく理解してアプローチすることで、メンバーの行動量や行動スピード、行動の質にポジティブな変化を生み出すことができます。
モチベーションへアプローチするうえでは、マクレランドの欲求理論と内発的動機・外発的動機を理解しておくことが重要です。これらの理論は、各社員のモチベーションを高めるうえで、実践的に活用することができます。