本章では、記事のテーマである「遠回しに注意を与える」について、実際の人間関係の中で活用するためのポイントを詳しく解説します。
1.「遠回しに注意を与える」とはどういうことなのか?
人は、自分の言動に対して他者から指摘されると、機嫌を損ねプライドを傷つけられたと感じてしまうものです。このことから、カーネギーは『人を動かす』の中で、他者の過ちを指摘することは、避けるべきであると話しています。
しかし、私達の人生、仕事やプライベートのさまざまな場面で、相手に注意や改善を促すことが必要な局面は多々あります。例えば、自分の子供に対して、あるいは、教育者や部下を持つ管理職として、立場上指摘しなければならないというケースは少なくはないでしょう。
そして、決して自分の自己満足のためではなく、相手の成長や幸福、相手のメリットのために伝えるのだということも多いでしょう。このような場合においても、カーネギーは「遠回しに注意を与える」ことが人を変えるための原則だといいます。
『人を動かす』の本では、禁煙エリアでタバコを吸う従業員を注意する経営者の事例が紹介されています。
チャールズ・シュワッブがある日の正午に工場を見まわっていると、数人の従業員が煙草を吸っているのに出くわした。彼らの頭上には〝禁煙〟の掲示が出ている。
シュワッブはその掲示を指さして『君たちは、あの字が読めないのか』と言っただろうか? シュワッブはそんなことは絶対に言わない。その男たちのそばへ行って、一人一人に葉巻を与え、「『あ、皆で外へ出て吸ってきたまえ』と言った。
もちろん彼らが禁を破って悪いと自覚しているのを、シュワッブは見抜いていたが、それには一言も触れないで、心尽くしの葉巻まで与え、顔を立ててやったのだから、彼らに心服されるのは当然の話である。」
(デール・カーネギー『人を動かす』より引用)
シュワッブ氏は、頭ごなしに叱責するのではなく、相手に葉巻まで与えたわけです。相手は自分たちが悪いと自覚しているからこそ、シュワッブ氏の言葉に感服し、行動を改めなければ…と痛感します。
シュワッブ氏が示したように、相手が「自ら変わろう」「変えないといけない」と思える伝え方こそが、「遠回しに注意を与える」ということなのです。
シュワッブ氏は従業員を管轄する経営者ですから、厳しく注意しようと思えばできたことでしょう。しかし、マナー違反だからと言って一方的に指導したのでは、従業員たちはその場は従っても、反発したり、今度は見つからないようにこっそりと喫煙したりするかもしれません。
もちろん緊急の場合は、その場で行動を修正する、強制的に修正する必要がある場合もあるでしょう。しかし、相手自身に継続的に行動を変えてもらいたいと思うのであれば、そして、相手自身が薄々自分の行動が悪いと思っているようであれば、頭ごなしに指摘するよりも遠回しに注意を与える方が効果的なのです。
2.「遠回しに注意を与える」を実践するうえで大切なポイント
「遠回しに注意を与える」を上手に活用することで、相手の自尊心や人間関係を損ねず、相手に自発的に「変わろう」とする動機を与えることが可能になります。
冒頭でも紹介した通り、カーネギーは、書籍『人を動かす』の「遠回しに注意を与える」の章で、「人の気持ちや態度を変えようとする場合、ほんの一言の違いが、成功と失敗の分かれ目になることがある」と注意を促しています。
“ほんの一言の違い”とは、具体的にどういうことを指すのでしょう。カーネギーの言葉を続けて見ていきましょう。
人を批判する際、まずほめておいて、次に“しかし”という言葉をはさんで、批判的なことを言いはじめる人が多い。
たとえば、子供に勉強させようとする場合、次のように言う。『ジョニー、お父さんもお母さんも、お前の今学期の成績が上がって、本当に鼻が高いよ。しかし、代数をもっと勉強していたら、成績はもっと上がっていたと思うよ』
この場合、“しかし”という一言が耳に入るまでジョニーは激励されて気をよくしていただろう。ところが、“しかし”という言葉を聞いたとたん、今のほめ言葉が果たして本心だったのかどうか疑いたくなる。結局は批判するための前置きにすぎなかったように思えてくる。信頼感が鈍り、勉強に対するジョニーの態度を変えようとする狙いも失敗に終わる。」
(デール・カーネギー『人を動かす』より引用)
例えば、部下やメンバーにフィードバックする際、以下のような伝え方をしている上司もよくいます。
「この提案資料は分かりやすくて良くできてるね。ただ、この表現だと刺さるのは担当者までだな。上役の決裁者が見たときに、メリットが伝わってこないよ」
最初に相手を褒めることは、大切なことです。カーネギーも、人を変える9原則のなかに「まずほめる」という原則を入れています。しかし、まず褒めて、すぐ後に「しかし」や「ただ」という言葉を入れてしまうと、相手の気持ちは一気にトーンダウンしてしまいます。
カーネギーの言う通り、「最初のほめ言葉は、苦言を言うための前置きだったのか…」と思われてしまうでしょう。無意識に、「しかし」 や「ただ」といった逆説の接続詞を途中で入れてしまうと、遠回しに注意を与えたつもりが裏目に出てしまいかねません。
伝える側の心情としては、「まず我慢して、しっかり褒めた…いよいよ言いたかったことを伝えるぞ!」と、無意識のうちに、「しかし」や「ただ」といった接続詞を使ってしまいがちです。こうした無意識のうちに出てくる接続詞ひとつ、言い回しひとつが成功と失敗の分れ目となる“ほんの一言”になるのです。
3.「しかし」ではなく「そして」
前節では、「遠回しに注意する」を実践する際、たとえば、褒めた後に「しかし」「ただ」といった逆接の接続詞ひとつで相手の気持ちは一気にトーンダウンしてしまうという注意点をお伝えしました。
では、「遠回しに注意を与える」を実践するに当たっては、どのような表現で伝えればよいでしょうか。カーネギーは、前節の事例の続きで、「しかし」を「そして」に伝えることがポイントだと言います。
この失敗は“しかし”を“そして”に変えるとすぐに成功に転じる。『ジョニー、お父さんもお母さんも、お前の今学期の成績が上がって本当に鼻が高いよ。そして、来学期も同じように勉強を続ければ、代数だって他の科目と同じように成績が上がると思うよ。』
こういえば誉め言葉の後に批判が続かないので素直に耳を傾けるだろう。変えさせようとした問題点が遠回しに知らされたことになり、彼は期待に応えようと努力するだろう。」
(デール・カーネギー『人を動かす』より引用)
カーネギーの助言に従って、同じように前節で例にあげたフィードバックのセリフを言い直すと、例えば以下のようになるでしょう。
Before
「この提案資料は分かりやすくて良くできてるね。ただ、この表現で刺さるのは担当者までだな。上役の決裁者が見たときに、メリットが伝わってこないよ」
After
「この提案資料は分かりやすくて良くできてるね。そして、数値を入れたグラフを入れて補完してあげると、決裁者の人にも関心を持って検討してもらえるんじゃないかな」
フィードバックを受ける側の立場になって、比較してみると、「そして」を使った表現の方が指摘を素直に受け止める気持ちになると思いませんか。
「しかし」を使った表現はダメ出しされたように聞こえます。これに対して、「そして」を使った表現は、認めてくれた上で、さらに良くするための提案のように聞こえます。
「遠回しに注意を与える」という原則の言葉だけを見ると、「回りくどい」「ストレートに伝えた方がいい」と思うこともあるでしょう。
誰かに注意するとき、目的は「相手に何かを変えてもらうこと」です。注意をすること自体が目的ではありませんし、注意を与えても相手が変わらなければ意味がありません。そして、目的を考えるなら「相手自身に行動を変えようという気持ちになってもらう」ことが一番大切です。
相手に行動を変えようと思ってもらうためには、やはり言葉ひとつが大切です。「相手が気持ちよく行動を改善してくれるには、どんな伝え方がよいか?」を意識して、伝え方を工夫する習慣をつけましょう。