あこがれの支配人【人を残すvol.19】

2020/02/05

あこがれの支配人

いつも大変お世話になっております。

株式会社ジェイックの梶田です。

 

皆様は、若い頃(今もお若いのでしたらごめんなさい)、

あこがれた上司や先輩、あるいは、就きたいと思った職位は

ありましたか?

 

最近は、役職なんか就きたくないと考える若手が多いそうです。

 

曰く、

 

「大変なだけだから課長になんかなりたくない…」

 

「残業手当なくなるし、大変なだけだから今のままで…」

 

「部長や課長は観ていると苦しいだけで…」

 

などなど…若手のモデルとなる筈の管理職が、

ただ大変な役回りとだけ映っているのは、寂しい限りです…。

 

私は、最初に就職したのが映画館を運営する会社でした。

 

外資系の複合型映画館の波に押されたり、バブルの崩壊で

その会社は最終的には経営破たんをしてしまいましたが、

 

今でも、私の社会人としての原点はそこにあります。

 

当時は封切りしたばかりのロードショーといえば、

駅前にある大きなビルの映画館で観るのが普通でした。

 

夏休みやお正月などは800席の客席が埋まり立ち見がでます。

 

その混雑の中でも、パリッとした黒のスーツに身を包み、

ピカピカのウイングチップの革靴を履いて、映画館の入り口で

お客様を迎えるロマンスグレーの支配人…

 

…私の憧れの上司でした。

 

「一番館」と呼ばれた箱も集客も大きな映画館の支配人ですから、

配給会社や宣伝会社からも、一目置かれた存在でした。

 

お酒が好きな方でしょっちゅう二日酔いで出社していましたが、

映画の開始時間になるとスイッチ入ってキリッとするんです。

 

「仕事よりも友達を大事にしろよ」

 

サービス業ですから土日も仕事でしたが、

我々若手に、たまに土曜や日曜にも休みをくれたりしました。

 

忘れられない出来事があります。

私が入社して3年目の秋でした。

 

前年に”男はつらいよ”の渥美清さんがお亡くなりになり、

その追悼上映会と銘打って、全48作を朝から晩まで繰り返し

上映したのです。

 

当時は、土曜はオールナイト興行が普通でした。

 

支配人は、オールナイトの日は決まって、ふらっと出て行き、

明け方、お酒のにおいをプンプンさせて帰ってきます(笑)

 

その日の最後の上映が終わりに近づき、私は映写室にいました。

映写機のフィルムの巻き取りの為です。

 

映写機の光を通す小窓から、ちょうど48作目の最後のシーンを

眺めていました。

 

上映がおわり、映写機が回転を止めて、館内にあかりが灯り、

緞帳が降りたその時、思いもよらない光景を目にしました。

 

客席の1/3ほど、まばらにお座りになっていたお客さんは、

その時まで誰一人席を立つことなく余韻に浸っているようでしたが、

 

緞帳が降り切ったその時、まるで申し合わせたように、

 

皆さん、その場に立ち上がり大きな拍手をしはじめたのです。

 

空席を感じさせない大きなスタンディングオベーション。

 

私は映写室の小窓から、今まで目にしたことがないその光景に

驚きと感動で胸がじーんと温かくなり、泣きそうになりました。

 

そして、

 

ふと気が付くと、映写機を挟んで、隣の小窓の前に、

いつの間にか帰ってきた支配人が、同じ光景を眺めていたのです。

 

彼は、客席を観ながらこう言いました。

 

「どうだ。いい仕事だろ?」

 

私は声にならない声で、

 

「…はい」と答えたような記憶があります。

 

もう、20年以上前のある日、午前4時ごろの出来事ですが、

今でも、その時の感動はよく覚えています。

 

私は、彼のような支配人になりたかったのですが、

もちろん遠く及ばず、会社もなくなり、仕事も変わって、

とうとう、憧れの支配人にはなれませんでした。

 

それでも、あの支配人のようなカッコいい大人になりたいと

今でも思っています。

 

「マネジメントとは憧れの仕事である」

 

仕事の仕方だけではない、仕事の誇りや喜びも教える。

 

そんなマネージャーがたくさんいれば、多くのビジネスマンが

夢と希望を持てるようになるのではないかと思います。

 

皆様は、いかが思われますか?

 

私共ジェイックは、

働く人が自分の仕事に夢と誇りを持てるような、

そんなお手伝いをさせて頂きたく日々研鑚を積んでまいります。

 

どうぞよろしくお願いいたします。

 

 

追伸:1

阪神淡路大震災から25年が経ちました。

 

”男はつらいよ”の渥美清さんがお亡くなりになったのは、

その翌年1996年のことでした。

 

遺作となった”男はつらいよ 寅次郎紅の花”

(原作:山田洋次、監督:山田洋次、脚本:山田洋次、朝間義隆、

製作:中川滋弘、配給:松竹株式会社、公開日:1995年12月23日、製作国:日本)

のラストシーンでは、震災から復興を目指す神戸に寅さんが訪れるんです。

 

更地になってしまった神戸の街で復興に汗を流す、

旧知の人たちに囲まれた寅さんは、こう言って物語を締めくくります。

 

「ほんとうにみなさんご苦労様でした!」

 

寅さん、渥美清さんの最後のセリフでした。

なんとも素敵で格好いいなぁと思います。

 

著者情報

梶田 貴俊

株式会社ジェイック 西日本代表講師

梶田 貴俊

前職、通信機器ベンチャー商社勤務時代にリーマンショックを経験。代表取締役として、事業再生計画を推進し同社のV字回復を実現した。現在はジェイックの講師として西日本の研修事業を牽引している。

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