特別支給の老齢厚生年金における収入制限の廃止は、令和4年4月の年金制度改正における大きなトピックです。
高齢化が進むなかで、国策として高齢者の雇用促進が推進される中で、今後も関連する年金制度や高齢者雇用の仕組みが変わることが予想されます。記事では、特別支給の老齢厚生年金と在職老齢年金制度の概要、令和4年4月の制度改正内容、企業の雇用に影響をもたらす収入制限の廃止の背景を紹介します。
<目次>
特別支給の老齢厚生年金、収入制限の廃止とは?
令和4年4月、在職老齢年金制度の改正によって、特別支給の老齢厚生年金における収入制限が廃止されることになりました。本項では、特別支給の老齢厚生年金と在職老齢年金の概要を整理したうえで、令和4年4月の制度改正の内容を紹介します。
特別支給の老齢厚生年金と在職老齢年金制度とは?
まず前提として、60歳以降も働き続ける65歳未満の高齢者は、勤務先から月給・賞与が支払われることに加えて、年金を受け取れます。
厳密には、「厚生年金の加入期間が1年以上あり、老齢基礎年金の受給資格期間を満たしていれば、60歳~64歳まで老齢厚生年金が特別に支給される」という仕組みであり、年金制度では「特別支給の老齢厚生年金」と呼ばれます。
なお、70歳未満の人の場合、厚生年金の適用事業所で働いていれば、60歳を過ぎて年金を受けていても、厚生年金への加入が義務付けられています。したがって、「月給・賞与+年金を受け取り、同時に年金を支払う」という形になります。
この「特別支給の老齢厚生年金」に関連して、令和4年4月の制度改正で収入制限が廃止されたのは在職老齢年金という制度です。
60歳以降の高齢者が特別支給の老齢厚生年金を受給した場合、賃金と年金の両方を受け取る形になり、年金だけを受給する高齢者に比べて所得が多くなってしまいます。
そこで「年金だけを受給する高齢者」と「働き続ける高齢者」の不公平さを防ぐために、法律で定めた水準以上の収入がある高齢者の年金額を減額する仕組みが在職老齢年金です。
基本月額と総報酬月額相当額とは?
後述する令和4年4月の制度改正を解説するうえで、基準となる「法律で定めた水準以上の収入」に関連する「基本月額」と「総報酬月額相当額」という2つの単語の意味を解説します。
どちらも在職老齢年金を適用する(一定以上の収入がある高齢者の年金額を減額する)かの基準収入を計算する際に使われる単語です。
⇒働き続けることで得る賃金額を示す単語
定義は「月給(標準報酬月額) + 直近1年間の賞与を12で割った額」
なお、標準報酬月額とは、社会保険料の計算をしやすくするために用いられる、報酬月額の等級ごとに設定された区切りの良い計算用金額を指します。
⇒受給する年金額を示す単語
定義は「老齢厚生年金(年額)を12で割った額」
令和4年4月の在職老齢年金制度の改正内容
前述の通り、在職老齢年金制度で年金受給額の減額対象になるかどうかは、「基本月額と総報酬月額相当額の合計」で決まる形になります。
令和4年3月までの仕組みでは、在職老齢年金の減額もしくは支給停止の基準額は「65歳未満」と「65歳以上」で異なっていました。
<令和4年3月までの減額もしくは支給停止の基準額>
- 65歳未満:28万円を超えた場合
- 65歳以上:47万円を超えた場合
今回、令和4年4月の改正では、65歳未満の人も基準額が47万円に緩和され、65歳以上と同じ基準となりました。この改正内容が「特別支給の老齢厚生年金における収入制限の廃止」と呼ばれます。
令和4年4月以降は、減額もしくは支給停止の基準額は一律で47万円となり、年齢に関係なく、以下どちらのパターンに該当するかで、年金額が減る(もしくは支給停止になる)かどうかが決まることになります。
支給停止額 = 0円(全額支給)
支給停止額 = (基本月額+総報酬月額相当額-47万円)×1/2×12
なぜ65歳未満の収入制限が廃止されたのか?
令和4年4月の制度改正で65歳以下の収入制限が廃止された背景には、国が目指す「生涯現役時代」の加速と年金制度に関連する以下の状況があります。
生涯現役時代とは?
多くの方がご存知のとおり、近年の日本は高齢化社会へと進んでいます。その中で、国は国力を維持するために、高齢者の就業を促進しています。そのために、いくつになっても意欲さえあれば、多様で柔軟な働き方で就労や社会参加できる環境を整備しています。
国では、以下2つの調査報告から、過去に比べると高齢者は“若返っており”、また、就業に対する意欲も高いと判断しています。
高齢者の歩行速度は2006年までの10年間で約10歳若返った
⇒ 働ける健康状態を維持している高齢者が増えている
70歳以降まで働くことを希望する高齢者が8割にのぼる
⇒ 高齢者側も働きたいと考えている
出典:生涯現役社会に向けた雇用制度改革について(経済産業省)
65歳未満の働き手の就労意欲向上
令和4年3月までの在職老齢年金制度は、基本月額と総報酬月額相当額の合計額が28万円を超えた人の特別支給の老齢厚生年金額を減額もしくは支給停止する形になっていました。
制定当時には妥当と考えられた仕組みですが、近年、60歳を過ぎて働く高齢者が増えている中で、「労働者の就労意欲を削いでいる」と問題視する声がありました。
こうした声を鑑みて、厚生労働省は当初、在職老齢年金の制度自体を廃止しようとしていたのです。しかし、在職老齢年金の仕組み自体がなくなってしまうと、年金収入のみで暮らす高齢者と高所得でかつ年金も受給する高齢者の経済格差が大きくなるという意見も根強いものでした。
こうしたさまざまな意見を踏まえて、令和4年4月の制度改正は、60~64歳までの支給停止額を65歳以上と同じ47万円にする形で決着しました。年齢に関わらず、支給停止額を一律にすることで、60~65歳で働き続ける労働者の意欲減退は緩和され、就労意欲を高める効果があると考えられています。
複雑な年金の制度設計のシンプル化
在職老齢年金は、後述する理由で企業の雇用対策とも関係する制度です。その中で、経済団体である日本経済団体連合会は、2003年頃から在職老齢年金制度をシンプルでわかりやすい仕組みにして欲しいと見直しを求めていました。
令和4年4月の「特別支給の老齢厚生年金における収入制限の廃止」で、60歳以上64歳未満と65歳以上の基準額が同じになったことで、年金制度が多少シンプルになったと考えられています。
特別支給の老齢厚生年金、収入制限の廃止による企業への影響は?
企業が令和4年4月まで、過去の上限(28万円)に合わせた賃金設定にしていた場合、制度の見直しに合わせて、60歳以上の社員の賃金見直しが必要になる可能性があります。高齢者側が、収入制限に合わせてシフトなどを調整していた場合、「より多く働きたい」といった要望が増える可能性もあるでしょう。
高齢者の就業促進は国策であり、今後も関連するさまざまな制度が整備・改正されていくと考えられます。企業は、従業員の年齢構成や雇用状況に合わせて、高齢社員の能力・体力に応じた職務の整備、高齢社員の増加にともなう組織バランスの維持と活性方法の確保などを検討していくことが必要です。
まとめ
令和4年4月の年金制度改正によって、65歳までの特別支給の老齢厚生年金における28万円という収入制限が廃止され、今後は65歳以上と同じ47万円という基準額で減額もしくは支給停止の判断がされることになりました。
収入制限が廃止された背景には、政府が目指す生涯現役社会の実現、高齢者雇用の促進方針が関係しています。今後も高齢者雇用の促進は続いていきますので、企業は、自社の状況も踏まえて、早めに自社で高齢者が働きやすい環境、高齢者を戦力化していく仕組みを整備することが必要です。