寅さんの「鉛筆売り口上」
いつも大変お世話になっております。
株式会社ジェイックの梶田です。
中学生の娘が、学校からiPadを持って帰ってきました。
学校の授業で使用し、そのまま自宅学習としても使うそうです。
彼女が言うには、
担任の先生の授業は、無駄話が多くていつも時間に追われ、
黒板も走り書き…iPadがなかったら全然理解できない…と。
私も、研修講師として毎度「教え方」には苦慮していますので、
身につまされる思いでした。
話は変わるのですが、今年も年末年始はステイホームで、
録りためてある映画DVDコレクションをいくつか鑑賞しました。
新しい映画よりも、昔観た古い映画に手が伸びることが多いです。
故渥美清さんの「男はつらいよ」シリーズは、
何度見ても、心温まりいろんな意味で元気をもらえます。
第47作目「男はつらいよ 拝啓 車 寅次郎様」の中に、
こんなシーンが収録されています。
社会人となった甥の満男が仕事(営業)の愚痴をこぼす場面、
寅さんは、満男の営業の腕前を見てやろうということで、
そこにあった鉛筆を自分に売り込んで見せろ、と言うのです。
(以下は映画の実際のシーンを要約しています)
満男は、その何の変哲もない鉛筆を、
「消しゴム付きで便利な鉛筆です。買ってください。」
とセールスを始めるのですが、寅さんは即座に「いらない」と…。
消沈する満男の手から鉛筆を引き取った寅さんが、
微笑みをたたえて、その鉛筆を見つめてから、こう切り出します。
「…俺はこの鉛筆を見ると、おふくろのことを思い出すんだ。
オレは不器用だったから、満足に鉛筆ひとつ削れなかった。
すると夜、おふくろが鉛筆を削ってくれたんだ。
火鉢の前できちんと正座して削ってくれるんだけど、
削りカスが火の中に入るとプーンといい香りがしてな。
きれいに削ってくれた鉛筆で勉強せず、落書きばっかりしていた。
でも削った鉛筆が短くなると、その分だけ頭が良くなった気がしたもんだ。
…
お客さん、ボールペンってものは便利でいいでしょ。
だけど味わいってもんがない。
その点、鉛筆は握り心地が一番。
木の温かさ、六角形が指の間にきちんと収まる。
ちょっとそこに何でもいいから書いてごらん。
(お客役の満男が渡された鉛筆で試し書きをする)
どう、デパートでお願いすると1本60円はする品物だよ。
だけど、ちょっと削ってあるから30円だな。
(満男が手を止めて寅さんを見る)
いいよ、いいよ、タダでくれてやったつもりで20円!
(いいの?という顔の満男)
すぐ出せ。さっさと出せ。」
(居合わせたおいちゃん、おばちゃん、妹のさくらまでも財布をまさぐる)
<引用「男はつらいよ 拝啓 車 寅次郎様」(1994年製作 配給:松竹)>
私は、このシーンを見ていて何故だか涙が出そうになりました。
お母さんが火鉢の前で小刀で鉛筆を削り、そばで見ている子供の寅さん。
そして火鉢の中で燃える削りかすの煌めきと焦げた香り…
まるで見ているように頭の中に浮かび、胸に去来するものがあります。
“教える”ということの本質を、寅さんの売り口上に見た気がします。
我々もビジネスマンとして、商品やサービスを世に知らしめる努力をし、
その為の方法や知恵を若い人たちに伝承させるべく日々勤しんでいます。
娘の学校の先生が、生徒の将来を願って、勉学を教えるのも、
経験豊かな上司が、部下に仕事そのものや向き合い方を教えるのも、
大切なのは、教えられた側がどう受け取るか、です。
そこには、おそらく、教わった事や教わった物の価値を感じること、
それを疑似体験するような心に訴えかける物語が必要な気がします。
「マネジメントとは“疑似体験させてあげる”こと」
コロナの流行によって、ビジネスの有り様も多様になりました。
リモートワークが当たり前になる中で、教えることも教わることも、
その前提となる関係性に大きな変化が生まれたように思います。
そんな中でも、物語はそれ自体が、記憶の中で息づき再生され、
時に、その人を勇気づけ、方向性を示唆してくれることがあります。
映画にしろ文学にしろ、良い物語に出会うことはそれだけで、
生きていく上での財産になりますね。
“寅さん”は色褪せることなく、私の中に息づいています。
皆様には、そんな物語はありますか?
株式会社ジェイック
梶田 貴俊