従業員が就業規則を守らなかったり、役職に対する著しい能力不足があったりする場合に、企業は従業員の降格人事をすることがあります。
また、最近では、成果主義の考え方に基づいて抜擢人事をすることも増えており、そういった企業では、降格をひどく重いものとしてとらえず柔軟に降格をしたいというニーズも増えています。
降格人事は、労働契約や法律に基づく「企業の権利」です。
一方で、降格人事の内容に対して、従業員が「理不尽だ」「納得できない」などと感じた場合、人事を無効とする訴えなどが起こされることがあるため注意が必要です。
本記事では、降格人事の主要なパターン「懲戒処分による降格」と「人事権行使による降格」を解説します。
解説したうえで、それぞれの降格処分が許される要件と注意点、降格人事に関する判例を紹介します。
<目次>
降格人事とは?
まず、降格とは、社内における職務上の資格もしくは役職を以下のように下位に下げることです。
- 部長を次長にする
- 課長から課長補佐にする
- 室長から外す
降格処分にともなって、「役職手当が減る」のように待遇が変わったり、「営業本部から総務部に移動」のように配置も変更になったりすることも多いでしょう。
懲戒処分による降格と人事権行使による降格
降格処分には、大きく2つの種類があります。
懲戒処分による降格とは?
懲戒処分とは、従業員が果たすべき規律や義務に違反したことに対して、使用者が加える制裁罰のことです。懲戒処分には、降格のほかにも、以下のようにさまざまな種類があるのが一般的です。
なお、具体的な種類は、企業(就業規則)によって異なります。
下に行くにつれて厳しい処分となり、一般的に降格は、解雇の手前というかなり厳しい位置付けとなります。
- 1.戒告
- 2.譴責(けんせき)
- 3.減給
- 4.出勤停止
- 5.降格
- 6.諭旨解雇
- 7.懲戒解雇
懲戒処分による降格は、問題行動や規定違反への制裁として行なわれるイメージです。
人事権行使による降格とは?
人事権行使による降格は、労働契約に基づき、企業がもともと持っている権利として従業員を降格させることです。
具体的には、従業員の能力不足や職務怠慢などから「いまの役職・等級に不適任」とされたときに、企業が人事上の措置として現在のポジションから外すものとなります。
企業が一般的に考える降格は、こちらのパターンが多いでしょう。
人事権行使による降格には、降職と降格の2種類があります。
- 降職:役職を下げること(部長から課長にする など)
- 降格:等級を下げること(非管理職の3等級から1等級にする など)
懲戒処分による降格が許される要件と注意点
懲戒処分としての降格は、「○○担当の従業員は問題行動を起こしたから!」などの企業の一存で決められるものではありません。
懲戒処分としての降格を行なうには、原則として、以下4要件を満たす必要があります。
- 1.就業規則に「懲戒」の規定があること
- 2.懲戒事由に該当する合理性があること
- 3.降格が社会通念に対して相当であること
- 4.手続きが適正であること
少し極端な事例で解説します。
たとえば、ある課長が、3日間の無断欠勤をしてしまったと仮定します。
無断欠勤したときに、たとえば、就業規則の懲戒事由に無断欠勤の項目があり、「3日以上の欠勤で処分対象」といった具体的記載があれば、懲戒処分によって降格とする「規定」と「該当する事由」という条件を満たすことになるでしょう。
ただ、無断欠勤した課長が「病気で救急搬送→緊急手術・緊急入院」となり、課長本人は欠勤当日に連絡ができる状態ではなかった場合、仮に訴訟されたら、たしかに事象は懲戒事由に該当するものの、社会通念上の相当性の観点で、懲戒処分による降格処分が不当であり無効と判断される可能性が高いでしょう。
なお、相当性の判断には、被処分者に弁明の機会を与えたり、賞罰委員会を開催したりするなどの適正手続き(手続的相当性)も求められます。
したがって、たとえば、緊急入院で無断欠勤になった課長の言い分を聞かず、企業が一方的に降格とした場合も、無効になる可能性が高いでしょう。
人事権行使による降格が許される要件と注意点
人事権は企業が持っているものであり、降格に関しても企業側の自由度は高いです。ただし、行使するうえで重要なことは「権利の濫用」に当たるとみられるかどうかになります。
たとえば、以下のような降格は、人事権を濫用した違法性のある降格であるとみなされやすいでしょう。
- 1.「有給休暇の取得時期の悪さ」による降格
- 2.「企業の意に沿わない言動をした」ことによる降格
- 3.「妊娠・出産・育児・介護」をきっかけとする降格
- 4.「企業側の指導がまったく行なわれていないのにも関わらず、能力不足とされた」ことによる降格
- 5.「2段階以上」の大幅な降格 など
1や3がNGであることは、労働者の権利上からも明らかです。
また、2や4などに関しても、どのような具体的な状況があったかという証拠、また、企業側で継続して指導を行なったが本人の努力や改善が見られないなどの証拠が求められることが多くなります。
降格人事に関する判例
降格人事の取り下げを求める訴訟は、さまざまなところで起こされています。本章では、降格人事の代表的な事例と判例を紹介しましょう。
バンク・オブ・アメリカ・イリノイ事件
企業の経営悪化によって余剰人員の再活用などが必要となり、再活用の過程で管理職の降格や役職手当の減額が生じた事件です。
判決では、企業側に経営方針に積極的な参加をしない管理職を降格する高度の必要性があり、企業側の裁量権の逸脱や濫用には当たらないなどの理由から、労働者側が敗訴しています。
日本プラントメンテナンス協会事件
自分を部長職から解いたことが嫌がらせだったとして、退職した労働者が訴えを起こした事件です。
通信教育の事業を担当する部長として黒字化への意欲が乏しく、部長として的確ではないことが認められるなどの理由から、降格人事は「企業の嫌がらせではない」という判決が出ました。
近鉄百貨店事件
勤務態度・勤務成績が悪く、改善が見られないことを理由に、百貨店の従業員が部長待遇から課長待遇に降格されたケースです。
今回の事件の従業員本人には、たしかに部長としての職務怠慢や能力不足の側面がありました。
しかし、職務怠慢などの一方で、配属先からの冷遇などの企業側にも責められる点があるとともに、降格後の従業員の勤務態度も改善されつつあるなどの諸事情があることから、本件の降格には職権濫用の違法の側面があることが認められました。
大阪府板金工業組合事件
事務局長代理の地位から経理主任に降格された従業員と、違法に賞与や賃金を減額されたと主張する従業員などが、同時に訴訟を起こした事件です。
降格人事は、当該従業員が年次有給休暇を取得しても、事務局長代理としての業務に支障が生じたことを認めるに足りないなどの理由で、無効判決になっています。
まとめ
降格人事には、大きく以下の2種類があります。
- 【懲戒処分による降格】従業員が果たすべき規律や義務に違反したことに対して、使用者が加える制裁罰
- 【人事権行使による降格】労働契約に基づき、企業がもともと持っている権利として従業員を降格させること
降格人事を行なう際には、上記どちらの種類であっても、ポイントとなる要件を満たし、職権濫用にならず、本人に納得してもらえる内容でなければなりません。
また、企業側から見たときに降格事由になりやすい「能力不足」や「組織の規範を乱す言動」などに関しては、降格処分が社会通念的に妥当である、また、組織として継続して指導してきたが改善が見られないといった証拠が必要となります。
具体的な降格人事の事例を知りたい人は、記事内の判例もチェックしてみてください。