収入次第で年金受給額が制限される?在職老齢年金による年金支給の停止・減額の仕組み

更新:2023/07/28

作成:2022/08/14

古庄 拓

古庄 拓

株式会社ジェイック取締役

収入次第で年金受給額が制限される?在職老齢年金による年金支給の停止・減額の仕組み

近年の日本では、国をあげて生涯現役社会を目指すなかで、60歳を過ぎた高齢者が厚生年金に加入しながら仕事を続けるケースも多くなりました。

 

こうしたなかで長く問題視されてきたのが、働く高齢者の収入次第で年金の受給額が制限されてしまう在職老齢年金という制度です。在職老齢年金は、経済界などからの厳しい声を受けて、令和4年4月からの基準が変更になりました。

 

今回の在職老齢年金制度の改定は、企業の事務手続きの変更を強いるものではありません。しかし在職老齢年金制度が変わったことで、企業によっては高齢社員から賃金に関する相談がくるケースが増えるかもしれません。

 

記事では、在職老齢年金によって年金額が減額する仕組みと、令和4年4月以降における基本的な計算方法を解説します。後半では、令和4年4月の年金制度の改正で影響を受ける・受けない高齢社員の判別、生涯現役社会に向けて企業側に求められる対応などを紹介します。

<目次>

収入次第では年金受給額が減る?

老齢厚生年金には、在職老齢年金という仕組みがあります。在職老齢年金という制度の下では、高齢者が受け取れる年金額が、月給・賞与と年金額に応じて減る場合があります。

 

まず、1986年の年金制度改正により、老齢厚生年金の支給は65歳からになっています。しかし、厚生年金の加入期間が1年以上あり、老齢基礎年金の受給資格期間を満たしていれば、60歳から64歳までの老齢厚生年金が特別に支給されることになっており、これを特別支給の老齢厚生年金といいます。

 

したがって、該当する高齢者が、60歳以降も働き続けた場合、勤務先から月給・賞与が支払われることに加えて、特別支給の老齢厚生年金を受け取ることになります。

 

年金は本来、退職によって収入がなくなったあとの所得を保護するためにつくられた制度です。しかし、60歳を過ぎての再雇用などでは給与額が大きく減少するケースも多く、特別支給の老齢厚生年金が65歳未満でも支払われる形になっています。

 

一方で、給料が高い人の場合、年金制度における本来の目的である「退職によって収入がなくなったあとの所得を保護する」に該当しなくなる可能性が高いでしょう。そうなれば、退職をして年金を中心に生活をする高齢者との間に不公平感が生じます。

 

こうした背景から、働く高齢者と退職した高齢者の間に生じる不公平感を解消するために、「月給・賞与+年金額の合計が一定水準よりも高い場合は、受け取れる年金額が減る」という考え方の在職老齢年金という制度があります。

在職老齢年金の計算方法と改定

電卓

 

従来までの在職老齢年金制度の場合、65歳未満では、「基本月額と総報酬月額相当額との合計が28万円以下の場合」に限って年金は全額支給されていました。逆にいうと合計額が28万円を超えると、年金が減額される形になっていました。

 

しかし、令和4年4月に在職老齢年金制度における65歳未満の基準が見直されることになりました。制度改正後は、全額支給の上限を47万円まで拡大することになり、65歳以上と同じ条件に変わります。

 

具体的には以下のような形です。

  • ①基本月額と総報酬月額相当額との合計が47万円以下なら年金は全額支給される
  • ②47万円を超える場合、以下の数式に基づいて減額される
  • 支給停止額 =(基本月額-(基本月額+総報酬月額相当額-47万円)÷ 2)

基本月額(年金月額)は、老齢厚生年金(年額)を12で割った額です。そして、総報酬月額相当額は、月給(標準報酬月額)に直近1年間の賞与を12で割った額を足したものです。なお、標準報酬月額とは、社会保険料の計算をしやすくするために用いられる、報酬月額の等級ごとに設定されている区切りの良い計算用金額です。

 

なお、基本月額と総報酬月額相当額が47万円を超えたときに影響を受けるのは、老齢厚生年金だけです。老齢基礎年金は、基本月額と総報酬月額相当額が47万円を超えたとしても、年金額は通常通り全額支給されることになります。

ほとんどの60歳以上社員は年金減額の影響は受けない

笑顔のシニア社員

 

令和4年4月以降の在職老齢年金の仕組みでは、減額対象となる基準額が引き上げられたことで、年金の減額もしくは支給停止の影響を受ける60歳以上の高齢社員は限定されると考えられています。

 

基本月額と総報酬月額相当額との合計が47万円以下という基準は、一部の高給層にしか影響しません。

 

たとえば、老齢厚生年金120万円(基本月額10万円)の人の場合、総報酬月額相当額が37万円以上で「47万円を超える」という状態になります。総報酬月額相当額が37万円とは、毎月31万円(月給)+6万円(直近1年間の賞与を月給2か月分として12で割った額)前後が企業から支払われているイメージです。

 

上記の人の年収は、(31万円+6万円)×12ということになり、444万円です。一方で、60歳以上の年収は、200万円~400万円代が大半となっており、60歳以上社員の大多数は、年金支給額が減るレベルには該当しない考えられます。

 

在職老齢年金による支給制限を受けないケース

なお、在職老齢年金は、老齢厚生年金のなかの制度です。したがって、厚生年金に加入しないフリーランスや自営業者などは、60歳以降の仕事でいくらお金を稼いでも、在職老齢年金の基準である47万円の影響を受けることはありません。

その他、年金支給の停止や減額になるケース

在職老齢年金の制度以外にも、年金支給が停止あるいは減額になるケースがあります。

 

失業給付の受給中は年金支給が全額ストップ

雇用保険における失業給付の受給中は、在職老齢年金を含めたすべての年金が支給停止になります。つまり、失業給付と年金は同時には受け取れないことになります。

 

たとえば、60歳を過ぎて厚生年金の適用事業所を退職した人が、再就職に向けて失業給付をもらいながら就職活動をしている場合、失業給付の受給期間中における年金は支給されないことになります。

 

出典:現在年金を受けている方 これから年金を受ける予定の方へ(北海道労働局)

 

高年齢雇用継続給付を受給すると年金が減額

年金を受給している人が、厚生年金の被保険者である月に、雇用保険の以下の高年齢雇用継続給付を受給する場合、在職老齢年金の支給停止に加えて年金の一部が支給停止になります。

  • 雇用保険法の高年齢雇用継続基本給付金
  • 高年齢再就職給付金
  • 船員保険法の高齢雇用継続基本給付金
  • 高齢再就職給付金

出典:年金と雇用保険の高年齢雇用継続給付との調整(日本年金機構)
出典:失業給付・高年齢者雇用継続給付を受けるとき(日本年金機構)

生涯現役社会に向けて企業がやるべきことはたくさんある

在職老齢年金制度の改正があっても、企業が行なうべき事務手続きなどは特にありません。しかし、国が主導する生涯現役社会に対応するうえで、今後企業に求められる対応は意外にたくさんあります。

 

たとえば、従来の企業では、企業が特定の労働者を雇用し、定年まで仕事を与えるという「1対1」の関係性が一般的でした。

 

ですが、生涯現役社会になると、若手から高齢者まで幅広い労働者が社会で活躍できるようにするために、定年後の継続雇用や、定年退職した人材の社外活用といった「N対N」の関係性が築ける環境づくりが求められるようになります。

 

「1対1」の雇用が一般的だった組織で「N対N」を始める場合、若手を含めた社員の意識や価値観を変え、組織バランスを変革する必要があります。また、60歳を過ぎた高齢社員に社内外で活躍してもらうには、高齢人材の活用をする他社とのつながりや、高齢でも活躍できる役割を創出することも必要になるでしょう。

 

少子高齢化が進む中で、国による高齢者活用の取り組みは今後も間違いなく進みます。自社従業員の年齢構成を踏まえたうえで、必要があれば早めに対応を考えていくことが望ましいでしょう。

まとめ

在職老齢年金制度は、60歳を過ぎても働き続ける高齢者の収入額(給与+賞与+年金額)が基準を超えた場合に、受給できる年金額が減額もしくは支給停止になる制度です。

 

在職老齢年金はもともと、特別支給の老齢厚生年金において、働き続ける高齢者と無職の高齢者の不公平感をなくすために生まれた制度でした。

 

しかし、近年では、生涯現役を目指す時代のなかで、働きたい高齢者も増加しているため、労働者の就労意欲を低下させない目的で、令和4年4月以降は、60~65歳対象の在職老齢年金の年金減額基準が月額47万円に引き上げられました。

 

定年後の再雇用は給与が大きく減少するケースも多く、現時点では令和4年4月の制度改正による影響を受ける労働者は少ないでしょう。また、企業側として何か事務手続き等が生じるわけでもありません。

 

しかし、今後も生涯現役を進める制度改正や整備は加速することが予測されますので、自社の従業員で該当者がいる場合には、早めに環境整備に取り組む必要があるでしょう。

著者情報

古庄 拓

株式会社ジェイック取締役

古庄 拓

WEB業界・経営コンサルティング業界の採用支援からキャリアを開始。その後、マーケティング、自社採用、経営企画、社員研修の商品企画、採用後のオンボーディング支援、大学キャリアセンターとの連携、リーダー研修事業、新卒採用事業など、複数のサービスや事業の立上げを担当し、現在に至る。専門は新卒および中途採用、マーケティング、学習理論

著書、登壇セミナー

・Inside Sales Conference「オンライン時代に売上を伸ばす。新規開拓を加速する体制づくり」など

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