近年、企業で社員の兼業・副業を容認する動きが加速しています。厚生労働省でも、企業と働く人の両方が安心して副業・兼業を行なえる環境を整備するために、平成30年1月に「副業・兼業の促進に関するガイドライン」を公開しました。
記事では、これらの動きを踏まえて、兼業・副業を認める制度を考える企業向けに兼業・副業の違いや特徴、また兼業・副業を容認する企業側のメリット・デメリット、兼業・副業の制度設計やルール、ガイドライン整備のポイントを紹介します。
<目次>
兼業と副業の違い
まず、兼業と副業は、どちらも本業以外に仕事をすることを指す言葉です。法律などによる明確な違いはありません。厚生労働省の資料・文書などでも、「副業・兼業の現状」といった形で併記されることが大半です。
しかし、ビジネスシーンでは兼業と副業が、少し異なるニュアンスの言葉として取り扱われる場合もあります。本項では兼業・副業、それぞれの意味やニュアンスを簡単に確認しておきます。
兼業の意味
兼業は、複数の企業で業務を兼務(掛け持ち)している状態です。兼業の特徴は、本業と副業ではなく、どちらも本業であるという意識にあります。副業と対比する形で、「複数」の“複”を使って、複業といったりもします。
副業がどちらかというと、余暇の時間に「スキルを活かして副収入を得る」「新しいことにチャレンジしてみる」といった感覚なのに対して、兼業の場合は、以下のように大きな目的・目標のために行なわれることが多いでしょう。
- 事業を成長させたい
- 社会貢献したい
- 大きな収入を得たい
- 同じ価値観を持つ仲間を集めたい
など
副業の意味
副業は、本業があったうえで、「副(サブ)」という位置づけで兼業する概念です。兼業と比べて従事する時間・収入・目的などが小さい傾向があります。たとえば、本業の仕事が終わったあとの夜や、週末などの時間を有効活用するイメージです。
なお、本来の副業は、本業とは別の企業で業務をすることを指す概念でした。しかし、最近では、本来の「副業」から派生して、「社内副業」という概念も生まれています。
兼業・副業・本業の関連性まとめ
兼業・副業・本業の特徴をまとめると、以下のようになります。
概要 | 目的 | 収入 | 時間 | |
---|---|---|---|---|
本業 | 主要な仕事、本職(本業・副業との対比で使われることが多い) | 生計を立てる主要な仕事 | おもな収入源になり、副業よりも多くなりやすい | 主要な仕事であるため、副業よりも長くなりやすい |
兼業(複業) | 本業と並行して行なう事業性の高い仕事 | 本業と同等の大きな目的・目標 | 副業より多く、本業と同程度になることもある | 副業より長く、本業と同程度・本業以上の時間になることもある(複数の本業を持つ状態) |
副業 | 本業が終わったあとや休日に行なわれる副(サブ)の仕事 | 時間の有効活用やスキルアップ | 本業・兼業よりも少なくなりやすい | 本業・兼業よりも短くなりやすい |
企業にとって副業と兼業を容認するメリットとデメリット(注意点)
兼業と副業には、それぞれにメリットとデメリット(注意点)があります。企業において兼業・副業の仕組みの制度化や容認をする場合、本業に効果的かつ支障が出ない範囲内で認める必要があるでしょう。
本項では、企業がメンバーの副業を容認した場合のメリットと注意点を確認します。
副業のメリット・デメリット
副業のメリット・デメリットは、以下のとおりです。
・副業のメリット
企業が実感するメリットとして大きいのは、本業のモチベーションと定着率が向上することです。
たとえば、本業の仕事に飽きてしまっていたり、自分が成長する可能性が見いだせなかったりするメンバーがいたとします。しかし本人が、自分のスキルを活かせる副業を行なうと、今のスキル向上や新たな知識・技術の習得が可能になります。
また、副業先で頼られたり仕事をやり遂げたりすることで、自己効力感やモチベーションも高まり、副業で得たものを本業に活かすという相乗効果が生まれるでしょう。
・副業のデメリットと注意点
副業の容認で多くの企業が懸念するのが、時間管理と健康管理の問題です。
たとえば、平日の本業が終わったあと19時~21時と土曜日に副業を行なうと仮定します。この場合、平日の日中は本業の仕事にフルタイムで取り組むわけですから、本業・副業の区別をつけずに考えれば、長時間労働になるでしょう。
長時間労働で心身に負担がかかれば、健康を害したりミスを多発したりするなどの形で本業に支障が出る可能性があります。また、明確なルール設定や教育をしないまま副業を認めると、同業他社での副業が発生したり、機密情報の漏洩が起こったりするリスクも生じます。
兼業のメリット・デメリット
兼業のメリット・デメリットは、副業のメリット・デメリットとほぼ重なります。併せて、事業性の高い兼業ならではのメリットと注意点を紹介しましょう。
・兼業のメリット
優秀で志の高い人材は、ただ仕事をするだけでなく、以下のような夢や長期的な目標を持っていることが多いです。
- 自分スキルを地域社会に役立てたい
- DXの分野で自分の力を試してみたい
- ベンチャー企業の経営者になりたい
など
兼業を容認すると、優秀な人材は、自社の業務を続けながら上記のような夢・目標の実現に邁進できます。邁進した結果、優秀な人材の定着率もアップするでしょう。また、事業性の高い兼業で得た知見や経験、人脈は、自社の新規事業の創出やオープンイノベーションに還元されることも多いです。
フリーランスなどの雇用形態を選択する人も増えている中で、優秀人材を一社で囲い込むことは難しくなっています。したがって、優秀な人材に働き続けてもらう、また、兼業制度の存在を伝えることで採用がしやすくなるといった側面もあります。
・兼業のデメリット
兼業でも、副業と同じように自社業務でのパフォーマンス低下や時間管理・健康管理の問題が生じやすくなります。副業以上に事業性が高いことが多いからこそ、機密情報や競業に関しても注意が必要でしょう。
また、志の高い優秀な人材は、「将来的には今の企業をやめて独立したい」などの夢や目標を持っていることも多いです。最終的に、兼業の事業が軌道に乗り、そちらのほうがおもしろいとなれば、「今の仕事を兼業ではなく本業にしたい」と考えるのは自然なことでしょう。
ただし、前述のとおり、人材の流動化が進む近年、独立志向を持つような優秀人材などを社内に抱え込むことは困難な時代になっているともいえます。最近では、自社を退職した「卒業生」とのネットワークを活用し、オープンイノベーションなどを行なうアルムナイ制度も注目されるようになっています。
退職した優秀なメンバーも大事な人脈であることを考えると、無理に囲い込もうとするのではなく、兼業でより長くつなぎ留めつつ、最終的に自社を離れるときにも、良好な関係を保つことが自社にとってのメリットになると考えたほうがよいでしょう。
合理的な理由がなければ社員の兼業・副業を禁止できない
厚労省が示したガイドラインでは、以下に該当しない限り、兼業・副業を禁止あるいは制限してはいけないとしています。
- 労務提供上の支障がある場合
- 業務上の秘密が漏洩する場合
- 競業により自社の利益が害される場合
- 自社の名誉や信用を損なう行為や信頼関係を破壊する行為がある場合
時代の流れとしても、副業や兼業は浸透しつつあり、禁止することで、既存社員の流出、また、優秀層の採用に不利益を生じることもあり得るでしょう。
制度設計やルール、ガイドライン整備のポイント
兼業・副業を容認すると、デメリットで紹介したような問題が生じることがあります。問題を防ぎ、兼業・副業の効果性を高めるには、制度設計やルールづくりで以下のポイントを大切にする必要があるでしょう。
就業規則に副業・兼業に関する事項を追加する
兼業・副業の容認は、本人と上司との口約束でも始められないことはありません。しかし、兼業・副業の容認で自社のビジネスに支障が出たり、本人・上司・チームメンバー間のトラブルを防いだりするには、就業規則に以下のような内容を記載することが大切です。
- 兼業・副業を原則認めること
- 労務提供上の支障があるときなどは、例外的に兼業・副業の禁止や制限が可能であること
- 兼業・副業する人が守るべき義務と罰則(安全配慮義務・秘密保持義務・競業避止義務 など)
- 労働時間の通算
- 通勤手当の取扱
- 通勤災害・業務災害の取り扱い
など
社員の健康管理・メンタルヘルス対策に配慮する
使用者は労働者が兼業・副業をしているかに関わらず、労働安全衛生法第66条などに基づき、以下のことを実施する必要があります。
- 健康診断
- 長時間労働者に対する面接指導
- ストレスチェックやその結果に基づく事後措置など
事業主には、働く人の健康を守るために、兼業・副業先と自社の労働時間を通算して、労働基準法における時間外労働の上限規制を遵守することも求められます。兼業・副業は個人の問題だから関係ないと考えていると、責任を問われることもありますので、注意が必要です。
副業・兼業容認のメッセージに注意する
兼業・副業の環境整備や容認をする際には、本人に対して「新たなスキルの習得、キャリアアップ、起業の手段や第2の人生の準備……」といったことを認める趣旨を正しく伝えることも大切です。
兼業・副業の制度創設や容認をするときに、「もう会社では面倒を見られない時代だから、副業や兼業で勝手に稼いで……」といったメッセージだと解釈されるとエンゲージメントが下がることもあります。
まとめ
時代の流れとして、副業や兼業するビジネスパーソンは確実に増加しています。また、一部の専門職になれば、優秀層ほど副業や兼業をするのが当たり前になりつつあります。
兼業や副業は、いくつかのケースに該当して合理的な理由がない場合以外は企業が禁止することはできません。メンバーが兼業や副業することのメリットはもちろんありますが、一方で、本業への支障、長時間労働による健康面への悪影響、競合先での就業や機密事項の漏洩などのリスクや注意点もあります。
こうした問題を防ぐためには、以下のポイントを抑えた制度設計やガイドライン整備をすることが大切です。
- 就業規則に副業・兼業に関する事項の追加
- 社員の健康管理・メンタルヘルス対策
- 副業・兼業容認のメッセージに注意
こうしたポイントを押さえた制度設計ができれば、兼業・副業の容認で本業側のトラブルが起こりにくくなるでしょう。兼業・副業の容認は、うまく扱えば社員の成長ややりがい、また、優秀層の採用や定着にプラスの効果があります。リスクや注意点をケアして、活用していきましょう。