本章では、記事のテーマである「顔をつぶさない」の詳細や実際の人間関係の中で活用するためのポイントを詳しく解説します。
1.相手の「顔をつぶさない」ことが、なぜ大切なのか?
人を変える上で、相手の「顔をつぶさない」ことが、なぜ大切なのかを改めて確認してきましょう。
カーネギーは『人を動かす』の中で、「顔をつぶさない」の解説で、児童文学「星の王子さま」の作者として有名なサン・テグジュペリの言葉を紹介しています。
「たとえ自分が正しく、相手が絶対に間違っていても、その顔をつぶすことは、相手の自尊心を傷つけるだけに終わる。あの伝説的人物、フランス航空界のパイオニアで作家のサン・テグジュペリは、次のように書いている。『相手の自己評価を傷つけ、自己嫌悪におちいらせるようなことを言ったり、したりする権利は私にはない。大切なことは、相手を私がどう評価するかではなくて、相手が自分自身をどう評価するかである。相手の人間としての尊厳を傷つけることは犯罪なのだ』」
(デール・カーネギー『人を動かす』より引用)
人は誰もが自尊心を持っています。顔をつぶすというのは、相手の自尊心を傷つけることにつながります。
「人を変える」ためには、相手の自尊心を満たし、相手自身に自ら変わってもらうことが不可欠です。
相手の顔をつぶすことは、私たちにとって絶対に侵してはならない人としての尊厳を傷つけること、すなわち”自尊心を損なう行為”になります。
相手の自尊心を傷つけてしまえば、相手の中に憎しみや憎悪の種を蒔くことになり、相手を動かせないどころか、人間関係も台無しになってしまうかも知れません。
相手があなたに憎しみや憎悪、そこまでいかなくても反発心を抱いていれば、あなたの言葉は相手に届かなくなります。
たとえ、あなたの指摘がどれだけ正しいとしても、相手は感情的に反発し、あなたのアドバイスを受け入れようとはしなくなるでしょう。
相手を動かすためには、「顔をつぶさない」ことが何より大切なのです。
2.相手の顔を立てることで、どんな効果を得られるのか?
相手の顔をつぶさず、顔を立てることで、どんな効果が得られるのでしょうか。『人を動かす』では、対象的な2つの事例を基に解説しています。
1つ目は、大勢の前で顔をつぶされた工場主任のケースです。
「ペンシルバニア州ハリスバーグのフレッド・クラークは、自分の会社で起こった事件について次のような話をした。『生産会議の席で、副社長の一人が、ある製造工程について工場主任に意地の悪い質問をしていた。その口調は攻撃的で、手際の悪さを槍玉に挙げた。同僚の目を気にした主任の応答は煮え切らなかった。副社長はいよいよ激怒し、主任を叱りつけ、噓つきとまでののしった。』
(デール・カーネギー『人を動かす』より引用)
この事例に登場する工場主任は、もともと非常に有能な人物でした。
しかし、大勢が見ている前で恥をかかされたことで、工場主任は大きな屈辱を感じ、なんと会社を辞めてしまうことになります。
工場主任をさらし者にした副社長の目的が、工場主任を動かして工場をより良くすることだったとしたら、副社長のアプローチは大失敗です。
副社長は工場をより良くするどころか、取り返しのつかない被害を与えてしまったわけです。
2つ目は、上記とは逆に顔を立てることで成功したケースです。
カーネギーは、販売部門で働くアンナ・マゾーンという女性が、新商品のテスト販売という大仕事を任されたときのエピソードを紹介しています。
「テスト販売の結果が出て、それを見た時、私は愕然としました。企画の段階で大変なミスがあり、テスト販売全部のやり直しが必要なのです。おまけに、この企画について報告する予定の会議までに部長と打ち合わせをする時間がありません。会議がはじまり、いよいよ私が報告する番になった時、私は震えが止まりませんでした。泣きくずれそうになるのを持ちこたえるのが精一杯です。まかり間違って涙をこぼしたりすれば、同僚の男性から『やっぱり女にマネジメントの仕事は無理だ。すぐ感情的になる』などと言われるに決まっている。それだけは避けようと心に決めました。
私は手短に報告し、自分に手落ちがあったので、次の会議までにもう一度調査する旨を説明しました。私は腰を下ろし、部長の怒りの言葉を待ち受けました。ところが、部長は、私の労をねぎらい、新しい企画には、ミスはつきものだと言い、再調査が正確で有意義なものになることを確信すると述べました。
部長は、私を信じており、私が最善を尽くして、なお失敗したのは、能力不足ではなく、経験不足からだと、全員の前で言ってくれたのです。会議が終わって、私は、二度と部長の期待に背くまいと心に誓いながら、胸を張って部屋を出ました」
(デール・カーネギー『人を動かす』より引用)
上記では、対象的な2つの事例を紹介しました。
前者の事例では「人の顔をつぶした」ことで、相手を動かせなかったどころか、会社にとって大切な人材を失ってしまいました。
一方、後者では、相手の顔を立てることで、相手から大きな信頼を得ることができるのです。
3.“今どきの若者”を指導する上で、「顔をつぶさない」ことの重要性
前節では、『人を動かす』の事例を基に、相手の「顔をつぶさない」ことの重要性、また、人を動かす上で、相手の顔を立てる、相手の面子を尊重する大切さを解説しました。
「相手の顔をつぶさない」というカーネギーの原則は、今どきの若手を育成する、指導するうえでも大切です。
現在の30代後半から40代以上、1990年ぐらいまでに生まれた方は、新人のころに上司から「仕事では大いに恥をかきなさい」「恥をかきながら成長するものだ」と教えられた人も多いかもしれません。
当時は、子供のころに「近所の人に叱られる」「学校で先生に怒鳴られる」といった経験をしたことがある人も多く、“叱られる”ことや“恥をかく”ことに対して耐性があった側面もあります。
しかし、いまの20代の若手や新人は、そもそも“叱られた”経験自体が少なくなっています。
その結果、人前で間違いや失敗をしたり、恥をかいたりすることに非常に敏感で、極力避けようとする傾向が強くなっています。
したがって、新人や若手社員を指導・注意する時は、相手のプライドやメンツを傷つけてしまわないよう、十分に配慮して指導する必要があります。
例えば、新人が仕事のやり方を何度か聞いてきたとします。
この時、「この前も教えたばかりなのに、もう忘れてしまったのか。物覚えが悪いな。いい加減にしてくれよ!」といった返答をしてしまう上司や先輩もいるかも知れません。
声には出さなくても、表情や態度に出てしまう人もいるでしょう。しかし、このような伝え方や態度は相手の自尊心を傷つけることになってしまいます。
新人や若手社員が基本的なことを聞いてきた時は、「恥を忍んで勇気をもって聞きに来てくれた」と考えるとよいでしょう。
そして、「分からない事、不安な事を確認するのは大事だね。さっきの質問なんだけど…(中略)…これからも遠慮しないで、聞きに来てくれよ。」と伝えれば、相手は自尊心を損なうこともなく、次回以降も安心して聞きに来てくれるでしょう。
注意や叱責をする時も同様です。
例えば、朝礼に遅刻してきた若手に対して、「おい、もう朝礼始まってるぞ!遅刻してきて何だ、その態度は!」と皆の前で注意すれば、本人のメンツやプライドを傷つけることになります。
たとえ、叱責の内容自体は正当だとしても、「恥をかかされた」と思う人もいるでしょうし、個人の受け取り方によっては「わざわざ人前でさらし者にされた」と逆恨みする人もいます。
その場では、「あとで状況を教えて下さい」ぐらいに留めて、1対1で事情を確認したうえで「次は気を付けなさい」と短く伝えたほうがよいでしょう。