「テレワークでメンバー間の意思疎通が難しくなった」
「世代間の価値観の違いから、会議で意見がすれ違うことが多い」
こうした職場のコミュニケーションに関する悩みは、多くのビジネスパーソン、特に人事担当者やミドルマネージャーにとって尽きないものでしょう。もしかすると、その根本的な原因は、チーム内に「共通言語」が不足していることにあるのかもしれません。
東京大学特任研究員であり、これまで5000人以上のビジネスパーソンとの対話を通じて組織課題の解決を支援してきた堀越耀介氏。
NECソリューションイノベータ株式会社、三井不動産株式会社、株式会社SBI新生銀行、株式会社LegalOnTechnologies…など多様な企業で導入されているメソッドを解説した著書『世代と立場を超える職場の共通言語のつくり方』は、現代の職場に蔓延するコミュニケーション不全の正体を解き明かし、その処方箋を示しています。
本記事ではこの本をもとに、なぜ私たちの職場では“言葉の壁”が生じるのか、そしてその壁を乗り越えるための鍵となる「対話」と「哲学」の考え方について、掘り下げていきます。
<目次>
なぜ、同じ言葉を使っているのに話が通じないのか?
「もっと主体的に動いてほしい」「理念を現場で実践してほしい」。私が現場で耳にするマネジメント層の切実な声です。しかし、その想いは「抽象的すぎてピンとこない」と若手社員に受け止められてしまう。
両者は同じ日本語を話しているはずなのに、なぜこの断絶が生まれるのでしょうか。その根底には、私たちが無自覚に使っている言葉の解釈の“ズレ”と、それを見過ごしてしまう組織の構造があります。
「価値創造」「責任感」…言葉の“意味のズレ”が壁を生む
私が考える問題の本質は、「同じ日本語を話していても、その言葉の意味とイメージが共有されていないこと」にあります。
たとえば、皆さんが人事や管理職として「私たちのミッションは価値創造です。これを意識してください」とメンバーに伝えたとしましょう。あなたの頭の中には、「これまでにない斬新なアイデアで、顧客に新たな喜びを提供する」といった熱い想いや具体的なイメージがあるかもしれません。
しかし、その言葉を受け取ったメンバーは、「価値創造と言われても、具体的に何をすればいいのか」と戸惑ってしまうのです。これはメンバーの意識が低いのではなく、そもそも「価値創造」という言葉が指し示す具体的なイメージを、あなたとチームが共有できていないことに本当の原因があります。
「主体性」という言葉も同様です。上司であるあなたは「組織の目的を理解し、自ら課題を見つけて挑戦すること」をポジティブな「主体性」と捉えているかもしれません。しかし部下は、「主体的に動けば、失敗したときに責められるのではないか」という不安から、その言葉をネガティブに受け取っている可能性はないでしょうか。
このような言葉の解釈のズレこそが、指示が的確に伝わらなかったり、よかれと思った説明が裏目に出たりする根本的な原因なのです。
VUCA、働き方の多様化…現代の職場が抱えるコミュニケーションの複雑性
“言葉の壁”は、現代のビジネス環境の変化によって、さらに高く、複雑化していると私は見ています。その大きな背景が、「組織内のコミュニケーションの複雑化」です。
①世代間ギャップと価値観の多様化
長年同じ組織でキャリアを積んだベテラン世代と、生まれたときからインターネットが身近にあったデジタルネイティブ世代。育ってきた時代背景や経験が違えば、仕事やキャリアに対する価値観が多様化するのは当然です。
「キャリアアップ」を重視する人もいれば、「ワークライフバランス」を大切にする人もいる。こうした一人ひとりの価値観が、言葉の解釈に影響を与え、チームの共通理解をより一層難しくしているのです。
②働き方の多様化
リモートワークやフレックスタイム、副業といった働き方の多様化は、メンバーが同じ時間・同じ場所に集まるというコミュニケーションの前提を覆しました。
テキストが中心となるやりとりでは、言葉の背景にあるニュアンスや感情が伝わりにくくなります。オフィスでの何気ない雑談の中で行われていたような、認識のズレを修正する機会も失われがちです。
こうした予測困難で不確実なVUCAの時代において、多様なメンバーが真に協働していくためには、これまで以上に「共通言語」を意識的に育む努力が不可欠だと、私は強く感じています。
5000人との対話で見えた!「伝わるチーム」になるための鍵
どうすればこの根深い“言葉の壁”を乗り越えられるのでしょうか。私が5000人以上の方々と対話をする中で見えてきたのは、その鍵が「伝える」から「伝わる」への転換、そして「対話」と「哲学」のかけ算にあるということです。
「伝える」から「伝わる」へ。「言語化」より大切な「共通言語化」とは?
多くの組織は、一方的に情報を「伝える」ことに終始してしまいがちです。しかし、本当に重要なのは「伝わる」こと。つまり、「双方向の対話」を通じて、言葉の背景にある意味やイメージを共有するプロセスに他なりません。
そこで私が提唱するのが、「言語化」よりも一歩進んだ「共通言語化」という技術です。
- 言語化:何かについてわかりやすく伝えること。
- 共通言語化:双方向的に語り合い、言葉の意味やイメージについての認識を共有すること。
たとえば、あなたの会社に「遊び心」という行動指針があったとします。この言葉を辞書的に「定義」して説明するだけでは、スローガンは形骸化してしまうでしょう。
そうではなく、「あなたにとって『遊び心』とは、どういうことですか?」と対話の場を開いてみる。すると、「すぐに思いつく答えに飛びつかず、もっと素敵なことができないかと工夫する姿勢」「定番レシピを少しアレンジしてみる感覚」といった、メンバーそれぞれが持つ豊かなイメージが引き出されてきます。
このように、対話を通じて個々のイメージを重ね合わせ、チームとしての共通の感覚を育んでいくこと。それが「共通言語化」です。このプロセスを経て初めて、言葉はメンバーのポテンシャルを引き出す「共有財産」となり、組織に深く根づいていくのです。
なぜ「哲学」が必要?チームの思考を深める「対話と哲学のかけ算」
「共通言語化」を進める上で、極めて強力なツールとなるのが「哲学対話」です。「哲学対話」は、あるテーマについて、互いの意見を尊重しながら探究していくワークショップの手法で、私は15年以上、研究・活用に取り組んできました。
私が「哲学対話」をビジネスの現場で活用することを推奨しているのは、哲学が「既存の前提を疑い、新たな視点や解釈を追求する思考」そのものだからです。
ビジネスの現場では、たとえば「主体性が大事だ」という言葉が、疑う余地のない“正解”として語られがちです。しかし、そこで一度立ち止まり、「そもそも、主体性って何だろう?」と哲学的な問いを立ててみる。この問いかけこそが、本質的な対話の出発点となります。
「主体性」とは、「上司の指示がなくても動けること」なのか。それとも「失敗を恐れず挑戦すること」なのか。対話を通じてメンバーそれぞれの考えや背景にある経験を丁寧に掘り下げていくと、互いの言葉の裏にある価値観が少しずつ見えてきます。
それは、誰かひとりの「正解」を押し付けるのではなく、チームで新たな意味や価値を“共創”していく創造的なプロセスです。
私が「対話と哲学のかけ算」と呼ぶ、このアプローチによって、チームは表面的なコミュニケーションの壁を乗り越え、同じ方向を向くための強固な土台を築くことができます。
その成果を私はNECソリューションイノベータ株式会社、三井不動産株式会社、株式会社SBI新生銀行、株式会社LegalOnTechnologiesをはじめ、さまざまな企業の現場で体感してきました。
ここまで、現代の職場に潜むコミュニケーションの壁の正体と、それを乗り越えるための「対話」と「哲学」という考え方の重要性についてお話ししてきました。
では、具体的にどのようにして、職場で「共通言語」をつくっていけばよいのでしょうか。実践編となる次回は、明日から皆さんの職場で試せる具体的な4つのアプローチと、日々の業務の中で対話を生み出すための習慣について、さらに詳しく解説していきます。
本記事は、全2部構成でお送りします。実践編は下記よりどうぞ。






