なぜ、あの人とは話が通じないのか?|東大特任研究員が明かす、職場の“言葉の壁”の正体と「対話」の重要性

更新:2025/06/23

作成:2025/06/20

なぜあの人とは話が通じないのか?
「若手にもっと主体的に動いてほしいのに、想いが伝わらない」
「テレワークでメンバー間の意思疎通が難しくなった」
「世代間の価値観の違いから、会議で意見がすれ違うことが多い」

こうした職場のコミュニケーションに関する悩みは、多くのビジネスパーソン、特に人事担当者やミドルマネージャーにとって尽きないものでしょう。もしかすると、その根本的な原因は、チーム内に「共通言語」が不足していることにあるのかもしれません。

 

東京大学特任研究員であり、これまで5000人以上のビジネスパーソンとの対話を通じて組織課題の解決を支援してきた堀越耀介氏。

 

NECソリューションイノベータ株式会社、三井不動産株式会社、株式会社SBI新生銀行、株式会社LegalOnTechnologies…など多様な企業で導入されているメソッドを解説した著書『世代と立場を超える職場の共通言語のつくり方』は、現代の職場に蔓延するコミュニケーション不全の正体を解き明かし、その処方箋を示しています。

 

本記事ではこの本をもとに、なぜ私たちの職場では“言葉の壁”が生じるのか、そしてその壁を乗り越えるための鍵となる「対話」と「哲学」の考え方について、掘り下げていきます。

<目次>

なぜ、同じ言葉を使っているのに話が通じないのか?

「もっと主体的に動いてほしい」「理念を現場で実践してほしい」。私が現場で耳にするマネジメント層の切実な声です。しかし、その想いは「抽象的すぎてピンとこない」と若手社員に受け止められてしまう。

 

両者は同じ日本語を話しているはずなのに、なぜこの断絶が生まれるのでしょうか。その根底には、私たちが無自覚に使っている言葉の解釈の“ズレ”と、それを見過ごしてしまう組織の構造があります。

 

「価値創造」「責任感」…言葉の“意味のズレ”が壁を生む

私が考える問題の本質は、「同じ日本語を話していても、その言葉の意味とイメージが共有されていないこと」にあります。

 

たとえば、皆さんが人事や管理職として「私たちのミッションは価値創造です。これを意識してください」とメンバーに伝えたとしましょう。あなたの頭の中には、「これまでにない斬新なアイデアで、顧客に新たな喜びを提供する」といった熱い想いや具体的なイメージがあるかもしれません。

 

しかし、その言葉を受け取ったメンバーは、「価値創造と言われても、具体的に何をすればいいのか」と戸惑ってしまうのです。これはメンバーの意識が低いのではなく、そもそも「価値創造」という言葉が指し示す具体的なイメージを、あなたとチームが共有できていないことに本当の原因があります。

 

「主体性」という言葉も同様です。上司であるあなたは「組織の目的を理解し、自ら課題を見つけて挑戦すること」をポジティブな「主体性」と捉えているかもしれません。しかし部下は、「主体的に動けば、失敗したときに責められるのではないか」という不安から、その言葉をネガティブに受け取っている可能性はないでしょうか。

 

このような言葉の解釈のズレこそが、指示が的確に伝わらなかったり、よかれと思った説明が裏目に出たりする根本的な原因なのです。

 

VUCA、働き方の多様化…現代の職場が抱えるコミュニケーションの複雑性

“言葉の壁”は、現代のビジネス環境の変化によって、さらに高く、複雑化していると私は見ています。その大きな背景が、「組織内のコミュニケーションの複雑化」です。

 

①世代間ギャップと価値観の多様化

長年同じ組織でキャリアを積んだベテラン世代と、生まれたときからインターネットが身近にあったデジタルネイティブ世代。育ってきた時代背景や経験が違えば、仕事やキャリアに対する価値観が多様化するのは当然です。

 

「キャリアアップ」を重視する人もいれば、「ワークライフバランス」を大切にする人もいる。こうした一人ひとりの価値観が、言葉の解釈に影響を与え、チームの共通理解をより一層難しくしているのです。

 

②働き方の多様化

リモートワークやフレックスタイム、副業といった働き方の多様化は、メンバーが同じ時間・同じ場所に集まるというコミュニケーションの前提を覆しました。

 

テキストが中心となるやりとりでは、言葉の背景にあるニュアンスや感情が伝わりにくくなります。オフィスでの何気ない雑談の中で行われていたような、認識のズレを修正する機会も失われがちです。

 

こうした予測困難で不確実なVUCAの時代において、多様なメンバーが真に協働していくためには、これまで以上に「共通言語」を意識的に育む努力が不可欠だと、私は強く感じています。

 

5000人との対話で見えた!「伝わるチーム」になるための鍵

どうすればこの根深い“言葉の壁”を乗り越えられるのでしょうか。私が5000人以上の方々と対話をする中で見えてきたのは、その鍵が「伝える」から「伝わる」への転換、そして「対話」と「哲学」のかけ算にあるということです。

 

「伝える」から「伝わる」へ。「言語化」より大切な「共通言語化」とは?

多くの組織は、一方的に情報を「伝える」ことに終始してしまいがちです。しかし、本当に重要なのは「伝わる」こと。つまり、「双方向の対話」を通じて、言葉の背景にある意味やイメージを共有するプロセスに他なりません。

 

そこで私が提唱するのが、「言語化」よりも一歩進んだ「共通言語化」という技術です。

  • 言語化:何かについてわかりやすく伝えること。
  • 共通言語化:双方向的に語り合い、言葉の意味やイメージについての認識を共有すること。

たとえば、あなたの会社に「遊び心」という行動指針があったとします。この言葉を辞書的に「定義」して説明するだけでは、スローガンは形骸化してしまうでしょう。

 

そうではなく、「あなたにとって『遊び心』とは、どういうことですか?」と対話の場を開いてみる。すると、「すぐに思いつく答えに飛びつかず、もっと素敵なことができないかと工夫する姿勢」「定番レシピを少しアレンジしてみる感覚」といった、メンバーそれぞれが持つ豊かなイメージが引き出されてきます。

 

このように、対話を通じて個々のイメージを重ね合わせ、チームとしての共通の感覚を育んでいくこと。それが「共通言語化」です。このプロセスを経て初めて、言葉はメンバーのポテンシャルを引き出す「共有財産」となり、組織に深く根づいていくのです。

 

なぜ「哲学」が必要?チームの思考を深める「対話と哲学のかけ算」

「共通言語化」を進める上で、極めて強力なツールとなるのが「哲学対話」です。「哲学対話」は、あるテーマについて、互いの意見を尊重しながら探究していくワークショップの手法で、私は15年以上、研究・活用に取り組んできました。

 

私が「哲学対話」をビジネスの現場で活用することを推奨しているのは、哲学が「既存の前提を疑い、新たな視点や解釈を追求する思考」そのものだからです。

 

ビジネスの現場では、たとえば「主体性が大事だ」という言葉が、疑う余地のない“正解”として語られがちです。しかし、そこで一度立ち止まり、「そもそも、主体性って何だろう?」と哲学的な問いを立ててみる。この問いかけこそが、本質的な対話の出発点となります。

 

「主体性」とは、「上司の指示がなくても動けること」なのか。それとも「失敗を恐れず挑戦すること」なのか。対話を通じてメンバーそれぞれの考えや背景にある経験を丁寧に掘り下げていくと、互いの言葉の裏にある価値観が少しずつ見えてきます。

 

それは、誰かひとりの「正解」を押し付けるのではなく、チームで新たな意味や価値を“共創”していく創造的なプロセスです。

 

私が「対話と哲学のかけ算」と呼ぶ、このアプローチによって、チームは表面的なコミュニケーションの壁を乗り越え、同じ方向を向くための強固な土台を築くことができます。

 

その成果を私はNECソリューションイノベータ株式会社、三井不動産株式会社、株式会社SBI新生銀行、株式会社LegalOnTechnologiesをはじめ、さまざまな企業の現場で体感してきました。

 

ここまで、現代の職場に潜むコミュニケーションの壁の正体と、それを乗り越えるための「対話」と「哲学」という考え方の重要性についてお話ししてきました。

 

では、具体的にどのようにして、職場で「共通言語」をつくっていけばよいのでしょうか。実践編となる次回は、明日から皆さんの職場で試せる具体的な4つのアプローチと、日々の業務の中で対話を生み出すための習慣について、さらに詳しく解説していきます。

 

本記事は、全2部構成でお送りします。実践編は下記よりどうぞ。

 

著者

堀越 耀介(ほりこし・ようすけ)
東京大学UTCP上廣共生哲学講座特任研究員
堀越 耀介(ほりこし・ようすけ)
1991年生まれ、東京都出身。東京大学大学院教育学研究科博士課程修了。博士(教育学)。学術的な知見と、5000人以上に対する対話のファシリテーションの経験を融合させ、企業が課題解決や価値創造に取り組む活動を支援している。NECソリューションイノベータ株式会社、三井不動産株式会社、株式会社SBI新生銀行、株式会社LegalOn Technologiesをはじめとする多様な企業に対して、「哲学」と「対話」によって組織の潜在能力を最大限に引き出すコンサルティングを実施。株式会社ShiruBeでコンサルタント/上席研究員を務め、株式会社電通と研修プログラムの共同開発を行うなど、活動の場を広げている。著書に『哲学はこう使う――問題解決に効く哲学思考「超」入門』(実業之日本社)。『Forbes JAPAN』をはじめ、各メディアでも幅広く活躍する。

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