OJT(On-the-JobTraining)や新人育成の現場で、指導者が共通して抱える悩みがあります。
「何度も教えているのに覚えてくれない」「少し指摘しただけで落ち込んでしまう」。こうした課題の背景には、伝え方の技術だけでなく、指導を受ける側の「受け取り力」や、その土台となる「自己肯定感」の問題が潜んでいる場合が少なくありません。
本記事では、コミュニケーションの根幹であるノンバーバル(非言語)の観点から、“伝え方”ではなく“育て方”に焦点を当て、若手社員の自ら成長する力を引き出すOJTのあり方を紹介します。
<目次>
- 伝える前に、受け止められる土台を整える
- 非言語を意識した“伝え方”が部下の受け取り力を育てる
- 指導者のノンバーバルが直接影響する、部下の「自己肯定感」
- 「褒め言葉」が疑心暗鬼になる部下へ:行動と貢献に焦点を当てた具体的承認
- 「安全な土壌」を育むために今日から実践できるノンバーバル・スキル
- 参考文献
- 著者
伝える前に、受け止められる土台を整える

OJTの現場では、指導側は「伝えた」つもりでも、相手には「伝わっていない」というすれ違いが頻発します。根本原因を辿ると、指導テクニックの問題ではなく、すなわち指導を「受け止められる土台」が整っていないことに行き着きます。
たとえば、自己肯定感が低い新入社員や部下は、指導やフィードバックを客観的なアドバイスとしてではなく、過度な個人的批判として受け取ってしまう傾向があります。その結果、失敗を恐れるあまり挑戦を避けたり、新しい知識のインプットに無意識の「拒否反応」を示したりすることもあります。
受け取り手がこのような心理状態では、指導者がどれだけ論理的で分かりやすい言葉を選んでも、内容は相手の心に届きません。OJTを成功させる鍵は、まず「受け取り手」の土台(=受け取り力と自己肯定感)を育む視点を持つことにあります。
非言語を意識した“伝え方”が部下の受け取り力を育てる
指導中に部下の表情が強張る、視線が定まらない、声が小さくなる。こうした反応に気づいた経験はあるでしょうか。これらは、言葉には出ていなくても、相手が指導内容をスムーズに受け入れられていないことを示す「非言語的な拒否反応」のサインです。
言葉の意味だけでなく、どのように伝えられたかという非言語情報によって、部下はメッセージを受け取ります。指導者がパソコンの画面を見ながら「話を聞いているよ」と伝えても、視線や姿勢に注意を払わなければ、部下は受け取りにくい状態になってしまいます。
こうした部下からの非言語的の反応を観察し注意を払うことが、部下の受け取り力の状況を理解し、適切に育てるための第一歩となります。[1]
指導者のノンバーバルが直接影響する、部下の「自己肯定感」
自己肯定感とは、自らの価値や存在意義を肯定できる感情であり、仕事への意欲や挑戦意欲の源泉です[2]。
指導者の非言語的なふるまいは、相手の自己肯定感に直接的な影響を与えます。
- 肯定的なノンバーバル:部下の話に穏やかな表情でうなずきながら耳を傾け、視線を合わせるーこうした肯定的な非言語メッセージは、相手に「自分は受け入れられている」「尊重されている」という安心感を与えます。この安心感が、部下が自信を持って行動できる土台となります。
- 否定的なノンバーバル:腕を組んで話を聞く、ため息をつく、無表情で対応するといった否定的な非言語メッセージはは、相手に「評価されていない」「歓迎されていない」という印象を与え、自己肯定感を低下させます。
指導者は、自身の非言語的なふるまいが、無意識のうちに部下の「受け取る力」を削いでいないかを常に意識し、自律的な成長を促す、受け止められる「土壌」を整える必要があります。
「褒め言葉」が疑心暗鬼になる部下へ:行動と貢献に焦点を当てた具体的承認

自己肯定感を育む上で「褒める」ことが大切とよく言われます。しかし、自己肯定感が低い部下に対しては、「すごいね」「よくやった」といった抽象的な褒め言葉は、逆効果になることがあります。本人が「何が評価されたのか」を具体的に理解できず、「お世辞ではないか」と疑ってしまうことがあるためです。[3]
効果的なのは、「事実」と「貢献」に基づいたフィードバックです。
例えば次のように伝えるといいでしょう。
「先日の会議で使ってくれた資料、あのグラフのおかげで議論のポイントが非常に明確になったよ。準備が大変だったと思うけど、チームにとって大きな助けになった。本当にありがとう。」
具体的な行動と成果を承認し、加えて周囲やチームに与えたプラスの影響を伝えることで、部下は自分の価値を客観的に理解しやすくなります。小さな成功体験を事実として承認し、共に喜ぶプロセスを積み重ねることが、揺らぎやすい自己肯定感を着実に育てていく鍵となります。
「安全な土壌」を育むために今日から実践できるノンバーバル・スキル
新入社員や若手社員が健やかに成長するためには、挑戦と失敗が許容される「心理的安全性」の高い職場環境が不可欠です。そして、職場の心理的安全性は、リーダーや先輩社員が日々発信するノンバーバルコミュニケーションによって大きく左右されます[1]。
OJTや1on1ミーティングの場で、指導者が意識的に実践すべき非言語スキルは次の3つです。
- 傾聴の姿勢(アクティブ・リスニング):体を相手に向け、少し前傾姿勢で聞く。適度な相槌とアイコンタクトで関心を示します。
- ミラーリング(同調):相手の姿勢や表情、声のトーンなどを自然に合わせることで、親近感や安心感を生み出します。
- 笑顔とアイコンタクト:穏やかな笑顔と適度なアイコンタクトは、「あなたを歓迎し、受け入れている」という分かりやすいサインです。特に、承認の場面では、笑顔を意識することが重要です[3]。
指導者自身がノンバーバルコミュニケーションを意識的に整えることで、部下が安心して指導を受け止められる土台を作ることができます。この「受け取り力と自己肯定感の土台」を育むことこそ、伝える側と受け取る側双方にとってストレスの少ない、より生産的な育成関係を築く第一歩となります。
参考文献
[1]経営プロ.(2024,May10).第28回:部下の行動を左右する上司の「ノンバーバルコミュニケーション」とは.
 Retrieved from https://www.hrpro.co.jp/keiei/articles/series/3913
[2]賢者の人事.(2024,April12).自己肯定感の低い部下と向き合う方法.
 Retrieved from https://blog.people-resource.jp/how-to-boosting-employee-self-esteem/
[3]Asana.(2025,July30).コミュニケーションの質をアップする、非言語コミュニケーションのコツ10選.
 Retrieved from https://asana.com/ja/resources/nonverbal-communication
著者

一般社団法人ノンバーバルコミュニケーション協会
公式HP:https://nca-japan.or.jp/ 
 
 






 
  
  
 