近年、退職代行サービスの利用が急速に拡大しています。中でも「モームリ」は月間2,730名の退職確定という記録を打ち立てるなど、その利用者数の多さが注目を集めています。
本記事では、退職代行サービス「モームリ」を展開する株式会社アルバトロスの谷本慎二社長と株式会社ジェイック執行役員兼株式会社Kakedas(カケダス)代表取締役社長の東宮美樹氏の対談から、現代の退職理由と効果的な離職防止策について解説します。
*本レポートは2025年7月31日に開催したセミナーを基に作成したものです。登壇者の肩書等は登壇時点のものです。予めご了承ください。
<目次>
- 退職代行「モームリ」とは
- 退職代行を使われてしまう会社の衝撃エピソード
- Z世代の退職に関する意識調査
- 若手の退職に対する本音
- 効果的な離職防止策について
- こんなケースはどうすれば?Q&A
- 持続可能な人材定着に向けて
- 登壇者
退職代行「モームリ」とは
サービス概要と急成長の実態
モームリは2022年2月に創業し、わずか3年5カ月で従業員数70名を抱える企業となりました。退職代行サービス単体にとどまらず、メンタルクリニックや引越し会社との提携など、退職に付随するあらゆるサービスを提供する総合プラットフォームとして事業を展開しています。
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利用者数の推移を見ると、成長の勢いがよく分かります。初年度は月200~300件程度だった依頼が、2023年8月のYouTube出演をきっかけに569件まで急増しました。さらに2024年4月の地上波テレビ出演後は1,391件、2025年4月には過去最高の2,730件という数字を記録しています。
利用者の属性と特徴
モームリの利用者を分析すると、20代30代が全体の83.1%を占めています。最年少は15歳、最高齢は83歳と幅広い年齢層が利用している一方で、圧倒的に若年層の利用が多いことが特徴です。
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雇用形態別では正社員が最も多く、次にパートアルバイト、契約社員の順となっています。注目すべきは、全体の1%が雇用形態不明という実態です。これは契約書を交わしていなかったり、保険に加入していないため自身の雇用形態が分からないケースを示しており、労働環境に明確な課題がある職場の問題を浮き彫りにしています。
業種別の傾向
利用者が多い業種の上位は、サービス業、製造業、医療関連となっています。
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特に医療関連では8割が女性の看護師で、資格を取得して念願の看護師になったにもかかわらず、半年未満で退職し、その後は全く違う業種を選ぶケースが多く見られます。
退職代行を使われてしまう会社の衝撃エピソード
根性論で押し通そうとする会社
モームリに寄せられる退職理由の中には、明らかにブラック企業と呼ばれるような事例も含まれています。
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「バファリンを飲んで仕事を続けろ」「うつ病は甘え」といった発言や、研修期間中の携帯電話没収、エレベーターの利用禁止など、現代では考えられないような対応をしている企業も実在します。
口コミと労働環境がリンクする会社
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医療業界の事例では、スタッフに対する指導を患者の目の前で怒鳴りつけられたりした、という利用者がいましたが、実際にモームリから電話した際も終始せわしなくイラついた様子の対応で、その後口コミを確認すると「院長が患者の前でスタッフを怒鳴っている」「スタッフの態度が最悪」といった退職理由にリンクする内容が書かれていました。
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このように特に医療業界などのケースは、グーグルマップなどの口コミに書かれていることと、実際の労働環境が非常にリンクしている場合もあります。自社がグーグルマップに掲載されている場合は、チェックしてみると他者評価がわかるので、参考にしてみるのもよいでしょう。
Z世代の退職に関する意識調査
昭和的慣習に対する拒否反応
続いてモームリが中央大学の大学生92名を対象に実施した調査結果です。データを見ると、Z世代の働き方に対する価値観が明確に表れています。
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社訓の唱和については76%が「なし」と回答し、会社の人からの私用携帯への連絡は70%が「なし」、会社行事への強制参加は79%が「なし」と答えました。従来の日本企業で当然とされてきた慣習が、現在の若い世代には受け入れられにくいことが分かります。
プライベートと仕事の境界線を重視
Z世代は私生活と仕事のバランスを重視する傾向が強く、勤務前後の清掃や朝礼など、賃金に含まれない業務については89%が「なし」と回答しています。
また、男女共用の更衣室やトイレについても83%が「なし」としており、プライバシーや個人の尊厳を重視する姿勢が顕著に現れています。
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入社前後のギャップが最も多い退職理由に
モームリのデータでは、最も多い退職理由は「入社前と入社後で契約や労働内容にギャップがあること」です。これは大きく2つのパターンに分けられます。
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一つ目は労働者の理解不足によるものです。「思ったよりも大変だった」「思ったよりも責任が重かった」など、事前の情報収集や理解が不十分だったケースです。
二つ目は企業側の契約違反です。給与条件の相違、勤務地の変更、土日休みと聞いていたのに実際は出勤があるなど、明らかに契約内容と異なる状況が退職理由となっています。
若手の退職に対する本音
ここからは人材育成を手がけるKakedasが持つデータを基に、若手の退職に対する本音や社内でのコミュニケーションについて見ていきます。
退職の“きっかけ”と“決め手”とは
大前提は、いきなり人は辞めないということです。例えば、入社した後に「思った仕事と違う」「採用の時に聞いた話と異なる」などの漠然とした不安や違和感といったきっかけがあります。これは退職を考えるきっかけですが、このきっかけだけですぐ辞めるというケースは多くありません。
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きっかけがあった後、たとえば上司との1on1で職場環境や仕事、対人関係の悩みの話をした時にもらったフィードバックなどによって「ああ、もうこの会社はダメだ」などというように、たった一人の人間の言動が決め手となって辞めてしまう、というケースが上がっています。
従業員の離職は突然発生するものではありません。小さなモヤモヤが解消されずに蓄積し、それが大きな悩みに発展し、最終的に退職の決め手となる出来事が起こるという構造があります。
部下が本音を上司に相談できない理由
Kakedasで実施した調査データを見てみます。ビジネスパーソンへの「上司へどのくらい本音を言えているか」というアンケートです。結果を見ると、部下も上司も1位は「プライベートの悩み」の項目で「本音を言えていない」との回答が過半数に上ります。
上司・部下共に2位3位は「昇進・昇格」「人間関係」と続きます。また、全体的に部下の方が上司に本音を言えていないことも分かります。
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重要なのは、小さなモヤモヤの段階で適切に対処することです。但し、現実には上司と部下の1on1で「業務」の話はしやすくても、人間関係、昇進・昇格などは上司には本音は言いにくい、また、プライベートの悩みは上司に相談できない人が特に多いことが明らかになっています。
1on1の満足度と仕事への熱意は直結する
続いて、1on1の満足度と仕事への熱意の関係を示したデータです。最近は、上司-部下の対話、信頼関係を増やそうと1on1を導入している企業が大変多くなっています。
結果を見ると、1on1面談の満足度と仕事への熱量には強い相関関係があります。満足度が高い1on1を受けている従業員の67.5%が仕事に熱意を持っている一方で、満足度が低い場合は55.6%が熱意を失ってしまっています。
つまり、1on1はポジティブな効果もある一方で、1on1が上手くいかないとネガティブな効果も大きいということが分かります。
前述の「本音を言えているか?」の調査結果にも関連しますが、1on1が業務の話ばかりとなり、キャリアやプライベートの対話まで踏み込めていない企業も多くなっています。
部下側は「ネガティブな発言をすれば評価に影響するのでは」「上司に言ってもしょうがない」、上司側も「仕事以外の話をするのはハラスメントと言われるのでは」といった懸念から、お互いに業務以外の深い話をしにくい構造があります。
その中で心理的安全性を作る、また話すことに意味があると信頼してもらい、1on1で「部下の興味関心」と「本音」をしっかりと聞いてケアするには上司の力量が求められます。
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効果的な離職防止策について
部下の立場からした時、「プライベートやキャリア、昇進・昇格の本音は上司に言いにくい」という現実を踏まえて、どのような離職防止策を取ればよいかを解説したいと思います。
継続的なキャリア支援体制の構築
Z世代は小学生時代からキャリア教育を受けており、また年功序列が崩壊した中で育っていますので、キャリアに対する知識と関心は自然と高くなっています。その中で、ジョブ型等の更なる能力・成果主義、また生成AIの普及など、働き方の変化に対する不安も抱えています。
結果として「この会社でどのようなキャリアの道筋が描けるのか」というキャリア安全性を会社に求める傾向が強まっています。会社としても、若手の定着を図るうえではキャリア支援の実施が重要だということです。
キャリア支援がうまく機能すると、若手社員は働きがいを感じ、仕事への熱量が高まります。しかし、年に一度の評価面談で形式的に「何がやりたい?」と聞くだけの単発施策では意味がありません。重要なのは、まず若手自身のキャリア自律を図り、その上で、面談、社内公募制度、キャリア相談窓口、継続的な教育研修を連携させた包括的なキャリア支援の体制です。
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上司のコミュニケーションスキル向上
日常的な接点である上司との1on1の質も非常に重要です。前述の通り、1on1の満足度は仕事への熱意に直結し、不満足な場合は8割以上が熱意を失うというデータもあるわけです。そして、「プライベートやキャリア、昇進・昇格などの話は上司に本音は言いにくい」という構造がある中で上司-部下の1on1は実施されます。
1on1を成功させるためには、上司自身がプライベートを含めた自己開示をしたり、コーチングや傾聴などのスキルを磨いたり、そして、部下のキャリアや人生に関心を持つ姿勢を持ったりすることが不可欠です。
こうした上司のコミュニケーションスキル、人間性を含めたヒューマンスキルの向上支援も若手の定着・活躍支援をするうえで会社に求められることです。
こんなケースはどうすれば?Q&A
ウェビナー内で寄せられた質問の中から、いくつかピックアップしてお答えします。
Q1.ハラスメントと取られないよう、プライベートを訊く良い切り口はありますか?
A:まず重要なのは、なぜその質問をするのか、目的を明確に伝えることです。相手が不審に思わないよう、「あなたの働きやすさをサポートするために訊いている」という意図を最初に示しましょう。
また、管理職側の自己開示も効果的です。自分の家族のことや休日の過ごし方など、日常的にプライベートな話題をオープンにしていると、若手社員も「実は…」と話しやすくなります。これからの管理職には、仕事の話だけでなく、「うちの子どもがさ…」といった等身大の会話ができるコミュニケーション力が求められています。
Q2.若手は「成長したい」と言いますが、いまの若手の考える成長とは何でしょうか?
A:若手社員が考える「成長」は、上司世代が想像するものと異なる傾向にあります。上司世代は「成長=たくさんの経験を積み、時には残業もしながら力をつけていく」というイメージを持ちがちですが、Z世代は「プライベートとの両立を図りながら、効率よく知識やスキルを習得したい」と考えています。
上司世代の「失敗していいから経験してみろ」という言葉は、実は若手には不評です。むしろ「失敗事例も最初に教えてもらい、効率よく力をつけたい」というのが若手の本音。タイパ(タイムパフォーマンス)を重視する世代特性を理解した育成が求められます。
Q3.管理職になりたがらない若手が増えていますが、退職データに傾向はありますか?
A:管理職の退職理由で最も多いのは「激務」です。若手は上司や先輩を見て、管理職になることが割に合うか?合わないか?を判断しています。
管理職になりたがらない若手ばかりではなく、意欲的な若手も多くいます。問題は、その意欲を削ぐような働き方を上の世代が体現してしまっていることです。管理職の働き方改革や業務の見直しが、若手の離職防止だけでなく、将来の管理職候補の育成にもつながります。
Q4.会社の方針を変えられない場合、職場環境や人間関係が理由の退職は防げませんか?
A:率直に言えば、「人」の価値観を変えるより「企業」を変える方が簡単です。時代背景等もあったうえで存在する人の価値観を変えることは非常に難しいでしょう。企業文化や方針を変えられないのであれば、「その環境でも働きたい」と思える人材を採用時に見極める、かつそういった人を集めることが現実的な対策になるでしょう。
Q5.給与アップが難しい中小企業ですが、同業他社への転職を防ぐ方法はありますか?
A:給与で競争すると限界があるため、給与以外の差別化ポイントを明確にすることが重要です。具体的には
・この会社でどんなキャリアステップが描けるかの明示
業界水準より給与が低い場合でも「初動は低いかもしれないが、こういう経験を積める」という将来の道筋を見せることで、離職を防げるケースがあります。同業他社に転職するということは、仕事自体は嫌いではないということ。給与以外の魅力をいかに伝えるかが鍵となります。
ただし、今の若手は将来に不安があるからこそ「今の待遇」にはシビアです。実例が示せないまま「頑張れば良くなるから」といった言葉だけでケアすることは難しいでしょう。会社として、きちんと労働生産性を向上させ報酬UPに結び付けていく姿勢や動きを見せる必要があります。
持続可能な人材定着に向けて
退職代行サービスの利用増加は、若い世代の我慢不足というだけではなく、働き方や価値観の根本的な変化を表しています。企業は従来の常識にとらわれず、新しい世代の価値観を理解し、それに対応した人事制度や職場環境の構築が求められています。
重要なのは、問題が顕在化する前の早期対応です。小さなモヤモヤを解消し、従業員が本音で相談できる環境を整備することで、多くの離職は防ぐことができます。
谷本社長の言葉にあるように「人を変えるよりも企業を変える方が簡単」です。企業が主体的に変化することで、従業員の定着率向上と組織全体のエンゲージメント向上を実現できるでしょう。
「モームリ」のような退職代行サービスのデータは、現代の労働環境の問題点を浮き彫りにする貴重な情報源です。これらのデータを活用し、より良い職場づくりに取り組む企業が増えることで、日本の労働環境全体の改善につながることが期待されます。
登壇者






