分業や専門特化が進んだ組織をマネジメントする方法として、近年、マトリックス組織への注目が集まっています。マトリックス組織は、うまく運用できれば大きな効果をもたらす半面、運用の難しさやリスクもあります。
マトリックス組織の導入に興味をお持ちの方に向けて、マトリックス組織の特徴や種類、メリット・デメリット等を整理しました。
<目次>
マトリックス組織とは
マトリックス組織とは、以下のような異なる業務遂行要素を“縦軸”と“横軸”で組み合わせ、双方の機能や利点を同時に実現しようとする組織の考え方です。
- 職能
- 事業
- 部門
- 製品
- エリア
など
マトリックス組織の中で、最も一般的なのは、以下のような「縦軸が事業部やサービス、横軸が職種」という構成です。
上記では、例えば、“マーケティング職の社員”がいた場合、「マーケティング部門」と「A~Dの事業部のどこか」に属する形になり、上司も「マーケティング部門のマネージャー」と「事業部門のマネージャー」という2人の上司を持つ形になります。
「マーケティング職として専門性を持ち、マーケティング部門内で成功施策の情報共有などを行ないながら、所属する事業部内で、1つの統一した事業方針や施策に従って、マーケティング、営業、研究開発、製造、カスタマーサポートの各職種で連携を取って活動する」というイメージです。
マトリックス組織の歴史と背景
マトリックス組織は、NASA(米国航空宇宙局)が1960年代にアポロ計画を進めるときに、導入を推奨したことがきっかけで広まるようになりました。未知の領域であり、大きな挑戦であったアポロ計画の実現に向けて、導入されたのが“プロジェクトマネージャー制”です。
当時、機能別組織が一般的であった中で、プロジェクトの責任者としてプロジェクトマネージャーを設置することで、機能別組織に横串を通して、1つの目標を共通で追う「プロジェクトチーム 」を編成したのです。
こうしたプロジェクトチームが期間限定の臨時的な組織編成から恒常化したことで、マトリックス組織が定着、普及していくことになります。
マトリックス組織 3つの種類と特徴
マトリックス組織の種類は、3つに大別されます。ここでは、職種×プロジェクト/事業型のマトリックス組織を前提に、それぞれの特徴を紹介していきましょう。
ウィーク型
ウィーク型のマトリックス組織は、特定のプロジェクトマネージャーを配置せず、各メンバーが資源の調達や意思決定を進めていく形です。各メンバーは、あくまで職種別組織への所属が主で、その中で自分の担当プロジェクトを持っているようなイメージです。
プロジェクトの指揮命令がトップダウンではないウィーク型には、各職種が専門性を活かしながら、現場で柔軟な対応を取れるフットワークの軽さに特徴があります。一方で、プロジェクトに参加するメンバーの関係性や能力によっては、指揮命令系統がうやむやになったり、プロジェクト内での連携や一体感が失われたりする場合もあります。
バランス型
バランス型の組織は、各プロジェクトと各部門の両方にマネージャーを配置するマトリックス組織です。バランス型のマトリックス組織は、プロジェクト進行度合いのチェックや必要に応じた再調整が可能となっており、システム開発や大規模建設のプロジェクト等で導入されやすい特徴があります。
バランス型の場合、各メンバーが複数の上司を持つため、マネージャー間の関係性や調整不足が生じると、“2人の上司から矛盾する指示が出る”といったマトリックス組織のリスクが表面化しやすい傾向があります。
ストロング型
ストロング型とは、プロジェクトマネジメントを専門に行なう部署(PMO:プロジェクトマネジメントオフィス)を独立させ、そこから選ばれたマネージャーを各プロジェクトに配置するマトリックス組織です。
プロジェクトマネージャーには、職種別組織のラインマネージャーよりも強い権限を持ちます。指揮命令系統が明確なストロング型のマトリックス組織では、各メンバーはプロジェクトに集中しやすくなります。“ブランドマネージャー”や“プロダクトマネージャー”といった形で、外資系企業を中心に導入されています。
マトリックス組織のメリットとデメリット、起こりがちな問題
マトリックス組織は、“分業による生産性UPとプロジェクトや事業の連携”を両立できるメリットがある一方で、導入で生じやすいデメリットや問題もあります。
マトリックス組織導入のメリット
導入したマトリックス組織がうまく機能した場合、企業内に以下のような好循環が生まれやすくなります。
・専門特化とプロジェクト内での連携を両立できる
マトリックス型組織を導入する最大のメリットは、職種別による専門性やノウハウ蓄積、生産性UPと、プロジェクトやエリア、事業等の連携を両立できる点です。
職種別や事業別、エリア別などの1つの軸だけで組織を作ると、“事業内での連帯意識は生まれやすいが、専門性が磨かれない”“専門性は高まるが職種間連携がうまくいかず、全体としての効率が上がらない”といった問題が生じやすくなります。
マトリックス型組織は、2つの軸を作ることにより、“良いとこ取り”をできる組織体制です。
・部門を超えた強い情報共有や協力体制が生まれる
従来型の組織では、事業部や部門、職種といった小さな枠組みの中で課題解決しようとする流れが起こりがちです。一方で、マトリックス組織を導入すると、部署や部門の枠を超えて、社員同士の協働が発生しやすくなります。
「部門」と「職種」、2つの軸で、成功事例や情報共有、マネジメントが行なわれることで、協力体制や相互支援などが生まれやすくなるのです。
・変化対応や人材の有効活用がしやすくなる
マトリックス組織が導入されると、エリアや事業部、職種を超えて、各人材が幅広い経験を積みやすくなります。職種の軸で動く場合でも、違う事業、プロジェクトを経験しやすくなることで、専門性を高めていくことができるでしょう。
また、マトリックス組織では、職種とプロジェクト/事業といった2つの軸で、現場の情報が吸い上げられます。それに応じた変化対応もしやすくなりますし、各事業の状況を加味した人材の有効活用や最適配置などもしやすくなるでしょう。
マトリックス組織導入のデメリットと起こりがちな問題
メリットの多いマトリックス組織ですが、導入のやり方やメンバーのレベル次第で以下の問題が生じる場合があります。
・意思決定が複雑化する
マトリックス組織の導入で生じる最大の問題が、意思決定や決済等が複雑化することです。意思決定スピードが遅れたり、調整に時間が取られたりするリスクがあります。
・メンバーにストレスが生じる
2人以上の上司がいる状況では、マネージャー間の関係性や意思決定や決済等が複雑化連携不足が生じると、矛盾した指示がなされるようなこともあり得ます。自分で調整・吸収できないメンバーがいた場合、大きなストレスをかけることになり、精神的な疲弊によるパフォーマンス低下にも繋がります。
・組織運営コストが増大する
マトリックス型組織では、組織の運営コストが大きくなりがちです。極端にいえば、上司-部下の関係が2つ以上あるということで、会議や打ち合わせが2倍になる可能性があるということです。情報共有の仕組みやマネージャー間の連携で、増大する運営コストを吸収する必要があります。
マトリックス組織を導入する際に注意すべきポイント
マトリックス組織を導入するときには、以下の点に注意をする必要があります。
自立したメンバー
マトリックス組織を導入した場合、前述した通り、現場のメンバーには2つの方向から指示が来ることになります。職種ラインとサービスラインでは優先順位が異なりがちですので、指示がズレることも生じます。
マトリックス組織をうまく運用するためには、各メンバーがズレの生じる背景を理解したうえで、分からないときに自ら積極的に上司に確認・調整していく動きが大切です。こうした自立したメンバーが少ない場合、マトリックス組織のデメリットが顕著に出やすくなります。
指揮系統の整理
指揮系統や担当責任の混乱を防ぐには、事前に優先順位を考えたうえで、業務フローや運用ルールを作ることが大切です。
ある程度の大枠において、まず事業部門側と職種別のそれぞれの上司が、どういう指示なら単独で出して良いか、どういうときには違う軸の上司に事前確認をしたうえで指示を出すかを決めておく必要があるでしょう。
責任者間の信頼関係やコミュニケーション
指揮系統を事前に整理することには限界があります。従って、マネージャー間の信頼関係や円滑なコミュニケーションがなければ、「ここは相手に任せよう」といったことがうまくいかず、マトリックス組織のデメリットが生じやすくなります。
問題を解消するには、上層間の情報交換を密にして、それぞれの状況や優先順位、意見の把握や認識の一致を図れる仕組み作りが必要です。また、教育を通したマネージャーの意識改革や、信頼の文化を根付かせる取り組みも重要となるでしょう。
まとめ
マトリックス組織は、職能やエリア、事業といった業務遂行要素を2つの軸で組み合わせ、複数の指示系統を持たせる組織の総称です。マトリックス組織は、職種等の専門性とプロジェクトや事業内での連携を両立させることができる大きなメリットがあります。
一方で、マトリックス組織は、現場のメンバーが“2人以上の上司を持つ”ことになるため、意思決定が複雑化したり、メンバーに負担がかかったりするリスクもあります。
マトリックス組織の検討に際しては、社員の主体性や上層部のコミュニケーションや信頼関係の状況、また情報共有の仕組みなどの状況を考慮すると良いでしょう。