最近、企業の経営層や人事の方から、ミドルシニアの活性化についての悩みを伺うことが増えています。1万人を超える大企業であり、「社員の約45%が50代以上」というNTTコミュニケーションズが、ミドルシニア社員の活性化にどう取り組んだのか。NTTコミュニケーションズの現役人事 浅井公一氏をお招きしてお話しいただきました。
*本レポートは2023年5月10日開催したセミナーを基に作成したものです。予めご了承ください。
本記事は、全3部構成でお送りします。Vol.1では「ミドルシニア社員のキャリア自律の背景」についてご紹介です。vol.2で「ミドルシニアの75%に行動変容を起こした取り組み」、vol.3で「キャリア自律のメカニズム」ということでご紹介します。
vol.2では75%もの社員の行動を変えた研修と面談の取り組みについて、事例に基づいてご紹介します。
前後の記事が見たい方は、以下よりご覧ください。
<目次>
- ミドルシニアの75%に行動変容を起したキャリア自律促進の取り組み
- 研修では面談に向けた準備をする
- 教材はノンフィクション再現ドラマ
- 講師と受講生の相性も考慮
- ワークショップのグループ分けにアセスメントツールを活用
- コミットできるまで面談時間は無制限
- 面談所感のフィードバックで「上司」を変える
ミドルシニアの75%に行動変容を起したキャリア自律促進の取り組み
NTTコミュニケーションズでは、年度内に50歳になる社員全員を対象に、「キャリアデザイン研修」と「50歳節目面談」を行っています。
根本的なことですが、もし確実に社員をキャリア自律に導ける研修が存在するのであれば、キャリア自律に悩む企業はなくなるはずです。なぜなら、その研修があれば問題は解決するからです。
ですが、実際にそのようなパーフェクトなプログラムを持った研修会社は存在しないでしょう。我々はそれが分かっていたので、「研修プログラムは自分たちで作る」と決めていました。
ただし、研修の講師だけは外部に委託しています。いくら良い研修プログラムを組んでも、プログラムを十分に活かすにはプロの講師が必要だからです。外部講師に自社の研修プログラムを覚えてもらった上で、講師としてのノウハウを発揮する形で実施しました。
研修では面談に向けた準備をする
じつは我々は研修でのマインドチェンジやモチベーション向上は目指していません。それは面談で行うことにしており、研修はあくまでも「面談のサブ」と考えています。
研修の受講生たちは、研修の前日までにeラーニングで5分程度の映像を見て「研修の目的」を学びます。研修の内容ではなく「あなたが受ける研修は、こういう目的があります」という事前説明ですね。事前にeラーニングで学んでもらい、目的を腹落ちさせてから研修に参加してもらう流れになっています。
研修ではキャリアシートや行動計画書などを作るのではなく、一ヶ月後に行うキャリア面談に向けた準備を行います。「面談で質問される事項にちゃんと答えられるように、自分のキャリアビジョンを面談で語れるように、研修で準備しましょう」という位置づけです。
実際に考えることは面談までの宿題にして、研修では「どう考えたらいいか」という思考法だけを学びます。大半のミドルシニアは、キャリアについて真剣に考えたことがありません。ですから、まず「考える機会」を業務命令で作る必要があるのです。
キャリアについて「考えてもらう」ことがひとつの目的ですから、考えた結果として「自分はやっぱり、ダラダラ仕事をして定年を迎える」という答えでも構わないと思っています。前述のたとえを使うなら、野菜嫌いの10人に強制的に野菜を食べさせてみる、結果として「やっぱり無理」という子供が出てきても良いと考えています。
ただ、一度も「考える」チャレンジをせずに「このままずっと食べられません」ではいけません。食べられるかどうか、キャリア自律できるかどうかは、一回チャレンジしてみないと分からないのです。
教材はノンフィクション再現ドラマ
研修では、テキストはなく1本15~20分程度のドラマ仕立ての映像を3本用意しています。前年度の受講生との面談内容を元に、「NTTコミュニケーションズのミドルシニア社員の日常」をドラマ化して、自分たちの姿を客観的に認識してもらう内容です。
会社を取り巻く状況は刻々と変わりますから、前年度の面談内容と本年度の人事戦略をもとに、ドラマは毎年新しく制作しています。
ドラマ仕立てのストーリーを見せると、受講生からは「主人公が○○しなかったからいけないのだ」「私ならこうするのに」「主人公の気持ちに共感するけど、上司はそんな風に受け止めていたのか」といった多様な意見が飛び交います。
いち視聴者として考えると、客観的に考えられ、さまざまな意見が飛び交います。ただし、視聴したドラマは「NTTコミュニケーションズのミドルシニア社員の日常」をもとに制作したもの。つまり主人公は、自分の姿なのです。はじめは客観的に考えていても、そこに気づいて考えを深めていけるのが、ドラマ仕立ての良いところです。
講師と受講生の相性も考慮
研修の講師は、厳選した2人の方にお任せしています。2人の講師は、「静」と「動」の両極端なタイプの方です。一人はとてもアクティブな女性の講師、もう一人は、仏門の研究もされている穏やかな男性講師です。同じプログラムを行っても、「両方とも同じ研修なんですか?」と驚かれるくらい、全く違う研修に見えるぐらいです。
なぜこのような両極端な2人を起用しているかというと、研修を実施する中で講師と受講生の相性が、研修の効果を左右すると分かったからです。
アクティブな女性の講師が担当する研修では、職場で活発な人や実際に活躍している人からは「とても良い研修で、楽しかった」という声が挙がりました。その一方で、おとなしい人やあまり成果を出せていない人からは、「研修がきつく、とてもついていけない」といった声が出ていました。
対して、穏やかな男性講師が担当する研修では、ハイパフォーマーの人からは「退屈な研修だった」と評価が良くなかった。ところが、おとなしい人やローパフォーマーのベテラン層などからは「今の自分を受け入れてもらえ、少し勇気が出てきた」と人気が高く、研修後の個別相談コーナーでは、講師の前に行列ができるくらい心に染みる研修となっていました。
つまり、ハイパフォーマーにアクティブな講師をセットするとパフォーマンスが上がり、ローパフォーマーに穏やかな講師をセットすると、悩みを解決する効果があるというわけです。
こうした結果を踏まえて、講師と受講生の相性も重要だと気づきました。現在は、人事データをもとに受講生をセグメント分けして、相性が合う講師に振り分ける作業を行っています。これにより研修の効果が倍増していきました。
ワークショップのグループ分けにアセスメントツールを活用
研修中に行うワークショップのグループ分けも工夫しています。研修では「キャリア・アンカー」というアセスメントツールを使っています。キャリア・アンカーは自分が一番大事にしている価値観を可視化し、8つのパターンに分類するものです。
- 01 専門・職能別コンピタンス
- 02 全般管理コンピタンス
- 03 自律・独立
- 04 保障・安定
- 05 起業家的創造性
- 06 奉仕・社会貢献
- 07 純粋な挑戦
- 08 生活様式
自分の技術・専門性を発揮できる機会を追い求める。そしてその自覚から満足感を覚える人。
高い技術を身につける機会を欲しがる。ほかの分野に移ると満足度が低下する。
キャリアを歩んでいくに連れて、人を統率して成果を上げていく責任ある地位を追い求める。
組織経営に求められる全般的な能力を重視し、組織の階段の高みを目指す人。
仕事の手順や時間、進め方は自分のペースで出来る職場を求める人。
研究職など行動の自由度が高い職種を選ぶ傾向がある。
組織の中での安心と安定を何よりも求める。将来予測が出来て余裕をもって仕事をしたいと考える。
組織への忠誠心が強く雇用保障や終身雇用が望ましい。
新しいことを創り出して達成させることに幸せを感じるタイプ。
自己の能力の証として起業の機会を追い求める。
世の中を良くしたい、暮らしやすい社会を実現したいという社会的価値の向上を意識する。
今でいう「社会起業家」タイプ。
解決が困難な問題や課題を克服するという挑戦の機会を求める。
あえて「困難」を探し求めたり、手ごわい相手に打ち勝つために頑張るという「挑戦」自体に価値を見出す。
個人の時間、家庭生活、キャリア全ての面での調和を求める。
生活にあらゆる要素をバランスをとりたい人。
例えば1番目の「専門・職能別コンピタンス」は、「自分の専門性を極めていきたい」という価値観の人。企業で多く見られるのは4番目の「保障・安定」で、「安定した仕事をやっていきたい」という価値観の人です。
研修ではこれらのタイプ分けを元に、価値観の合う者同士をグルーピングします。すると、同じような価値観の人同士なので、グループセッションがとても盛り上がります。面白いことに、同じグループワークのテーマでも、価値観によって、それぞれのグループで全く違うことを話します。
例えば「あなたは、どうやって組織貢献しますか?」というお題を出すと、専門性を極めていきたい人のグループは「プロフェッショナルをどんどん育成して、しかるべきところに配置するのが貢献だ」という議論になる。一方で、生活重視の人は「皆が家族で夕飯を食べられるようにすれば、プライベートで幸せを感じて結果的に仕事にも力が入る。どうしたら定時に上がれるかを考えるのが貢献だ」という議論で盛り上がるのです。
このように、同じ価値観の者同士で悩みや考え方を共有することで、「自分だけじゃなかった」ということが分かり、ホッとする、元気を得られるという副次的な効果も出ています。
コミットできるまで面談時間は無制限
我々の行う「50歳節目面談」の特徴は、一人に対する面談の回数を制限していない点です。
一人ずつ順番に面談をしますから、1回の面談の区切りは1時間としています。しかし、時間内にキャリアビジョンを宣言して、そのための具体的な行動を自分の口からコミットできない限り、再面談をセットし続ける仕組みにしました。面談のゴールは、行動計画がコミットできた時。それができるまで面談は何回も続きます。
私が行った面談の最長は、10時間(10回)です。「伝説の10時間面談」などと言われていますが、もちろん、10時間経ってもコミットできなければそれ以上の時間を費やします。
重要なのは、我々キャリアコンサルタントが何をもって「変わるきっかけを掴んだ」と判断するのか。ポイントは「客観性」と「開始時期」の2つです。
ポイント1:客観性
ミドルシニアのキャリアビジョンで多いのは「後輩から頼られる存在になります」というコミットです。しかし、これは我々の面談では通用しません。どういう状態になったら「後輩に頼られている」と言えるのか、定義づけができていないからです。
そのため、行動をちゃんと起こしたことを客観的に判断できるように、面談では行動計画を設定させます。
例えば、経理のベテラン層であれば、期末決算で若手が苦労しているので「期末の一ヶ月前になったら、経理経験2年未満の社員を集めて決算の勉強会を開きます」と。こういう具体的なコミットであれば、行動しているかどうかは、誰の目から見ても明らかです。
ポイント2:開始時期
ドルシニアの場合、「いつまでにやります」と約束しても、行動を始めないケースが少なくありません。
例えば、「1年以内にTOEICの点数を100点UPします」というコミットではダメなのです。100点上がったかどうかは客観的に判断できますが、「いつからどういう勉強を始めます」という約束をしておかないと、行動をちゃんと起こしたかどうかが掴めません。
もっと具体的に「○月○日までに英会話スクールに申し込んで、通い始めます」というコミットをすれば、実際にその日が過ぎたら「申し込みましたか?」と確認できます。つまり、「いつまで」ではなく「いつから」を確約しないと、我々は「変わるきっかけを掴んだ」とは判断しません。
「客観性」と「開始時期」の二つを本人の口からコミットするまで、面談が続く運用になっています。
面談所感のフィードバックで「上司」を変える
我々の「50歳節目面談」は、面談の後にキャリアコンサルタントが所感をまとめ、面談対象者の上司へフィードバックすることも大きな特徴です。
もちろん、キャリアコンサルタントには守秘義務がありますから、面談の最初に「今日の話は上司にフィードバックします」と伝えて、本人の承諾をもらいます。さらに、「上司に伝えられて困ることはそう伝えて下さい。そこは守秘義務を守り、一切伝えません」と約束した上で、本音を打ち明けてもらっています。
上司宛の所感には、上司が気づいていない部下の価値観や、上司が行わなくてはならないキャリア指導のアドバイスを記載しています。フィードバックがあることで、上司は対象部下との接し方を変えることができますし、フィードバックが上司の行動変容に結びつく例も多く見られます。
上司へのフィードバックは、下手な上司向け研修を実施するよりも、大きな効果が出ます。フィードバック内容は、研修での抽象論や一般論ではなく、現実の部下に対して個別具体的にどうしていったら良いかを所感の中で示しているため、行動変化に結びつきやすいのです。
本人とのキャリア研修と面談、そして、上司へのフィードバック、やっていることは王道の取り組みですが、この繰り返しが、75%の行動変容率と20%を超えるキャリア自律率を生んだと思っています。
さて、ここまで「ミドルシニアの75%に行動変容を起こした取り組み」についてご紹介しました。vol.3では「キャリア自律のメカニズム」ということでご紹介します。本記事の続きは下記よりご覧いただけます。