企業を取り巻く環境が時代と共に変化するなか、経営の基盤となる理念を策定・浸透させることは組織開発の重要なポイントです。しかし、理念浸透を課題としている企業や人事担当者は多いのではないでしょうか。
企業における理念の浸透に、いち早く取り組みを始めたのが株式会社マルハンです。早期にパチンコ事業を「サービス業」と定義し、1997年から全社を上げて理念の検討に取り組み、翌年の1998年に「マルハンイズム」を制定。その後もカンパニー制への移行など、さまざまな組織改革を行いながら、売上1.4兆円へと成長を遂げています。
社員からパート・アルバイトにまで理念を浸透させるための施策や、今まさに注力しているパーパス浸透に関する取り組みについて、株式会社マルハン 東日本カンパニー 上席執行役員の武田 幸久氏に、HRドクターを運営する株式会社ジェイック 取締役 兼 常務執行役員 近藤が伺いました(以下敬称略)。
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企業を取り巻く環境が時代と共に変化するなか、経営の基盤となる理念を策定・浸透させることは組織開発の重要なポイントです。しかし、理念浸透を課題としている企業や人事担当者は多いのではないでしょうか。 企業における理念の浸透に、いち早く取り...
<目次>
企業の存在意義を示す経営理念「マルハンイズム」の制定
業界の変革を目標に、マルハンイズム制定によって社内をまとめ上げる
近藤御社の存在意義や価値観を表す「マルハンイズム」は、企業の土台として社内にしっかり根付いていると伺っています。マルハンイズムが制定された背景や経緯を教えていただけますか。
武田マルハンイズムの原点は、1990年代にパチンコ事業を「サービス業」と定義したことだと思います。当時はパチンコ事業がサービス業であるという認識がほとんどなかった時代でした。
しかし代表の韓(裕氏。現・代表取締役 東日本カンパニー社長)がマルハンの各店舗を巡回した際、従業員が各人の仕事に誇りや意義を見出し、パチンコを通じて価値を提供していくためには、サービス業としての自覚を持つべきだと感じたといいます。
そしてこの“目に見えない価値”を“目に見えるサービス”に変え、パチンコ業界そのものを変革することをミッションとして掲げました。
この「パチンコ事業はサービス業である」という考え方は、おそらくマルハンが最初に言い出したもので、当初はお客様も困惑されたと聞いています。しかし少しずつ受け入れていただき、その結果が店舗の全国展開と売上の向上に表れました。
1993年からは、業界を変えたいと思う人材を集める「共感採用」を軸とした新卒採用がスタートし、1995年には“パチンコ新時代のシンボル”として「マルハンパチンコタワー渋谷」をオープン。パチンコは平屋の店舗が成功するといわれていた時代に、多層階という新たな発想での店舗づくりに挑戦しました。
こうして順風満帆に見えたマルハンではありましたが、実は水面下では「良いお店を作りたい」「業界を変えたい」という思いで集まった従業員たちが、人間関係やコミュニケーションに関する課題に直面していました。
当時は心構えとしての「社訓」があり、従業員間の意思疎通のためにルールやマニュアルも制定したものの、あまり効果が得られなかったのです。
この問題を解決するため、代表の韓(氏)はアメリカに足を運び、書籍『7つの習慣』の著者であるスティーブン・R・コヴィー博士と面会する機会を得ます。そこで、マルハンならではの理念を作ること、そして理念をもとにした仕組みを作って浸透させることが大事だとアドバイスを受けたのです。
この出来事を受け、1997年に理念制定に向けた「イズムプロジェクト」がスタートしました。『7つの習慣』の考え方をベースに、当時在籍していた従業員ら1,400名以上が参加し、550日かけて議論を重ねました。
私は1997年に入社したのですが、各店舗で分科会を開催し、よいお店を作っていくために必要な要素について話し合ったことを今でも覚えています。当時の様子は映像でも記録され、貴重な資料として保存されています。
「マルハンイズム」を浸透させるための取り組み
評価制度改革など多様な取り組みを実施
近藤マルハンイズムを浸透させるために、どのような取り組みを行ってきたのか教えてください。
武田マルハンイズムの浸透にあたっては、いくつかの施策に取り組んできました。まずは、お客様に「サービスNo.1スタッフ」を決めていただく「スーパースター制度」の導入です。
顧客サービスが向上し、サービスの質を競争優位性として、2000年代には店舗の全国展開を成し遂げました。しかし一方で、企業の急拡大に従業員の育成が追いつかないという課題が顕著になりました。
そのため、2009年には「イズム評価」を取り入れます。これは年に2回、従業員同士が6段階で評価を行う、いわゆる「360度サーベイ」です。通常の賃金とは別に手当が支給され、マルハンイズムを実践する従業員の取り組みが報酬として金銭面に反映されるようになりました。
また当時は、「周囲の模範になるレベルでマルハンイズムに沿った行動をしないと管理職になれない」という昇進要件がありました。現場からは様々な声があったものの、経営層がマルハンイズムを体現していない管理職に対して危機感を持っていたこともあり、結果的に10年ほど継続して実施されました。
他の従業員に感謝を伝える「イズムの種まき」
近藤マルハンイズムを浸透させるために、「イズムの種まき」という取り組みも行っていると伺いました。詳しくお聞かせください。
武田以前は、名刺サイズの「サンクスカード」に他の従業員に対する感謝の気持ちを書き、送り合う取り組みがありました。現在はカードではなく、タレントマネジメントシステムを通して「イズムの種まき」という表現で感謝の気持ちを送り合っています。この施策に金銭的な報酬は一切なく、内発的な動機付けを重視してきました。
仕組みを浸透させるため、施策を始めた初期は管理職に対して「毎月20回サンクスカードを送ってほしい」などのお願いをしていました。「イズムの種まき」が文化として浸透した現在では、特に何も働きかけなくても90%以上の従業員が自主的に実施してくれています。
近藤自主的にサンクスポイントを送り合う文化が醸成されたのですね。「イズムの種まき」を通して、どのような効果が得られたのでしょうか。
武田主な効果は、従業員が他者に興味・関心を持つようになったことだと考えています。人の行動をよく観察し、それに対して感謝するという文化が醸成されました。
また、人は誰しも承認欲求を持っていますが、「イズムの種まき」は承認欲求を満たす役割も果たしています。承認のポイントは大きく4つあります。「行動の承認」「成果の承認」「成長に対する承認」、そして最も大事な「存在の承認」です。
職場の一員というだけでなく、ひとりの人間として存在を認めるということですね。これらの承認のポイントが「イズムの種まき」の中に組み込まれているので、お互いに認めて高め合う環境の構築につながっているのだと思います。
加えて、サンクスポイントを送付する際には、その行動がどのマルハンイズムにつながっているのか、カテゴリを選択するような仕組みになっています。このカテゴリ選択について集計したところ「チームマルハン~IではなくWeで考えよ~」が圧倒的に多く選ばれていました。
自分よりもチームとしての考え方を重視するという文化ができていることがわかると思います。
一方で「正しいことは正しい」というカテゴリはあまり選ばれておらず、行動における厳格性にはまだ課題があるとわかりました。この結果を経営陣にも共有し、人事制度や目標設定に反映させようとしています。
1997年から続く「イズムの芽」
近藤他に、マルハンイズムを浸透・定着させるための施策はありますか。
武田「イズムの芽」という取り組みを1997年から続けています。これは、従業員との関わりのなかで「この人のこの行動がすばらしかった」など、マルハンイズムを感じるようなエピソードを全社で募集し、毎日の朝礼でひとつのエピソードを紹介する取り組みです。
加えて、年1回「イズムの殿堂」と呼ばれる表彰式を実施し、特に優れたエピソードは「殿堂入りエピソード」として、ポスターや映像などの記録に残しています。エピソードの応募数にノルマはありませんが、年間で約3,000〜4,000件のエピソードが集まってきます。
この取り組みを長年続けていることは、当社にとって大きな意味を持つと思っています。なぜなら、マルハンイズムを制定した当時の価値観や思いを、現在にまで紡いでくれているからです。
マルハンイズムが制定された1998年から所属しているメンバーはもう150人ほどしかいない今、「イズムの芽」を通して現在のメンバーがマルハンイズムを受け継いでくれているのは、とても貴重なことだと感じています。
「マルハンイズム」を今後につないでいくために
今後の企業成長を見据え、東日本カンパニーの「パーパス」を制定
近藤マルハンイズムを策定してから30年近い月日が経ちました。今後の企業成長を見据えて、マルハンイズムに関してどのような施策を進めていく予定でしょうか。
武田当社はエリアや事業ごとに社内分社化した「カンパニー制」を導入していますが、私たち東日本カンパニーでは2024年より、独自のパーパスを掲げました。
これまでは「パチンコ業界を変える」というミッションのもと、共感採用で入社したメンバーが旗頭となって変革を進めてきました。しかし、パチンコ業界全体が伸び悩んでいるという現実もあり、以前からのミッションだけでは従業員をまとめ上げ、牽引していけないのではないかと考えたのです。
そこで次のステップについて検討したところ、パチンコをエンターテインメントとして感じてもらいながらも、パチンコ業界にとどまらず広く社会課題を解決していく企業に生まれ変わる必要性があると認識しました。
こうして従業員とともに向かう方向を再定義し、「人生にヨロコビを」という理念をより具体化した結果、「人とつながりの力で、人生100年時代に生きるヨロコビを創造する。」というパーパスを掲げるに至りました。
なお、パーパスを策定する際に意識したのは、パーパスの「自分ごと化」です。自分ごと化に失敗すると、どんな取り組みも次第に形骸化してしまうことを、これまでの施策で学びました。今後は大きなチャレンジとして、従業員がパーパスを自分ごと化できるような取り組みを推進していきたいです。
近藤東日本カンパニーでは、パーパスを浸透させるためにどのような取り組みを行っていますか。
武田これからエンゲージメントサーベイに似た取り組みとして、求められる人財「ドリームチャレンジャー」を測り高めるという取り組みを始めていきます。
これは「チャレンジしたい」「チャレンジできている」従業員を増やし、「自分自身の能力を発揮したい」と感じられる環境を構築する取り組みのことで、お客様への提供価値や業績の向上にもつながると考えています。
施策のなかにパーパスの浸透に関する要素も取り入れています。具体的には、ドリームチャレンジャーを測るアンケート調査のなかで、パーパスの浸透度についてチェックしています。
また、従業員全員が持っているマルハンイズムが書かれたカードのなかに「マイパーパス」を書く欄を設けています。これにより、各人が自分の好きなことや大切にしている価値観と向き合い、自分のパーパスについて考える機会を作っています。
加えて、従業員の入社時研修のなかで、マルハンイズムだけでなくパーパスについても伝えるようにしています。そして、入社半年後のタイミングで「イズムの芽」のエピソードを書き、マイパーパスについても考えてもらうよう設計しています。
こうした取り組みがパーパスの実現にどのように影響するのかわかるのは、まだ先のことです。当面は、アンケート回答などの情報を適切に管理しながら、回答をもとにチーム全体の課題を捉えて解決していくことが大事だと思っています。
近藤マルハンイズムが浸透している土壌がすでにあるからこそ、その分パーパスが浸透するスピードが早いのではないかと思います。文化が醸成されているなかでさらにパーパスを浸透させていく事例は多くありませんので、興味深い結果が見られるかもしれませんね。
これからの管理職に求められるリーダーシップやマネジメント
人に応じてリーダーシップやマネジメントのスタイルを変えていく
近藤これまでの変化を踏まえ、今の環境下で求められている管理職の役割についてお聞かせいただけますか。
武田管理職の基本的な役割は以前と大きく変わらず、「自分の考えを伝えて人を動かし、実現していくこと」だと考えています。そのためには、自分がどのように組織を導きたいのかを明確化することがまず必要です。
また、長期的な視点で物事を見据えながら、考えの解像度を高め、他の従業員にできる限り噛み砕いて伝えることも求められます。
従業員が自ら動きたくなるような状態にするためには、まずは相手のことを知らないといけません。そして、リーダーシップを発揮する方法やマネジメント手法を、個々の相手に合わせて変えていく必要もあります。
マルハンでは20〜50代の幅広い年齢層の従業員が働いていますから、それぞれに合ったアプローチが非常に重要です。その一方で、組織の目標が不明確だったり、何らかのコンフリクトを起こしたりしている場合は、トップダウンのアプローチが必要なケースもあるでしょう。
ここ最近で管理職の業務が難しくなった背景に、以前にも増して従業員や組織が多様化したことがあると思います。リーダーシップやマネジメントスタイルの引き出しを増やし、自身の組織や部下の状態に応じて、その都度適したものを選択していくことも必要です。
これからの管理職は、過去の成功体験に頼りすぎずに、適切なスタイルを試して発揮していくことが求められると考えています。人事部門としても、さまざまな教育や研修を通じて、管理職をしっかりサポートしていきたいです。
「組織の結節点」である管理職を適切にサポート
近藤管理職に対する教育やリスキリングなどを通して、どのようなスキルや姿勢を身に付けてほしいと考えていますか。
武田管理職は、組織の結節点としての役割を持っています。だからこそ、経営層と従業員の両方の視点を持つこと、そして従業員に対して組織の向かうべき方向を伝えながら、協力を得ていくようなスキルを身に付けてほしいですね。経営側の意図を理解せずにいると、いつか組織が崩れていくかもしれません。
管理職として求められることは多様化していますが、その一方で管理職としてのやりがいは依然大きいと思います。大きなことを成し遂げたとき、いちメンバー以上の達成感を得られることは、管理職ならではの醍醐味です。
今の管理職は、組織が右肩上がりで成長している時期に昇格してきました。そのため、幅広い年代層の価値観を許容して生かす考え方や、それを実現していく成功体験が十分だとはいえません。管理職側から相談や戸惑いの声をもらうこともあります。今後はこれまで以上に管理職のフォローに努めていきたいです。
近藤本日は貴重なお話をいただき、ありがとうございました!
東日本カンパニー 上席執行役員 人事部・総務法務部・調達建設部 管掌 武田 幸久氏
取締役 兼 常務執行役員 近藤 浩充
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