人事は真面目に、一生懸命に働いています。しかし経営陣から「パフォーマンスを出している」とはなかなか見られづらいこともあります。また、“キャリア自律”と言われる中で、従業員の“働く”を支援しながら「自分はこの先どこへ向かうのか」と悩んでいる人事担当者も多くいます。
こうしたすれ違いを解消したいという思いから、書籍『「人事のプロ」はこう動く』を執筆した株式会社Trustyyle代表・吉田洋介氏。東京・人形町で「人事図書館」を運営し、約740名の人事担当者コミュニティと向き合ってきた同氏に、人事担当者がキャリアを築く上でぶつかりやすい課題、プロフェッショナルへの道筋を伺いました。
<目次>
- 人事と経営者、すれ違いの構造を解消したい
- 「成果が出ない」「プロが育たない」二重苦の正体
- 人事とは「人を活かして事を成す」プロ
- いま人事のプロに求められる「人事を壊す力」
- 埋まらないギャップ「経営視点」とは何か?
- 決算書を読み、現場を知る──経営視点を養う実践
- 人事のプロを目指すために突破すべき4つの壁
- 置かれた立場から「人事のプロ」への道筋を描く
- 経験の幅を広げる現実的な方法
- 書籍『「人事のプロ」はこう動く』 &「人事のプロチェックリスト」
- 取材協力
人事と経営者、すれ違いの構造を解消したい
吉田氏は、2つの問題意識から『「人事のプロ」はこう動く』の執筆に踏み切ったと言います。
まず人事担当者が抱えるキャリアの悩みです。たとえばスタートアップで“一人人事”をやっている方は、直属の上司が経営者という環境にあることも多いでしょう。その中で「この先、自分は何になるのか?人事の仕事は好きだが、人事課長なのか、部長なのか、それともCHROになれるのか?」といった疑問を持ったとき、人事としてのキャリアを積み上げていくプロセスが見えない。何を積み上げれば人事として力がついたと言えるかが、分かりづらいという点です。
もう一つは、経営者と人事の間に生まれるギャップです。人事の方々はどの会社でも真剣に取り組んでいるし、手を抜いている人事担当者はほとんど見たことがありません。それでも経営者からは『パフォーマンスが出ていない』と感じられてしまいがち。『自分の方が採用はうまくできる』『人材育成も自分がやった方がうまくいく』という経営者の方もいます。
吉田氏は、「人事も経営者も本質的には同じことを望んでいる」と言います。人事は、もっと力をつけたい。経営者は、もっとパフォーマンスを発揮してほしい。お互いにそう思っているのに、どこかですれ違っている。「このすれ違いを解消し、両者の接点を打ち出せるのではないかと思ったのが、執筆の動機です」と吉田氏は振り返ります。
「成果が出ない」「プロが育たない」二重苦の正体
個人の問題ではなく、人事が置かれた環境の課題
![]()
吉田氏は、営業や開発職と比べて人事のキャリアパスが見えにくいと言われることについて、個人の問題ではなく、人事が置かれている環境の問題が大きいと捉えています。大きく分けて「成果を出しづらい外部環境」と「専門家が育ちにくい内部構造」の2つがあります。
成果を出しづらい環境という意味で、たとえば採用業務は、人口減少の中で成果を出すことが以前より格段に難しくなっています。テクノロジーの進化も激しく、社員の価値観や働き方も多様化しています。そのような状況の中で、経営陣でさえ結果を出すことが難しいのに、人事はさらに難しい立場に置かれていると吉田氏は語ります。
人事が専門家として育ちにくい要因
吉田氏は、人事が専門家として育ちにくい構造の要因を3点挙げます。
まず慢性的にタスクが溢れていることです。人事では、事業部から経営から依頼や相談がひっきりなしに来て、解決を求められる課題・扱うテーマはどんどん広がっているのに人事のリソースは増えないということが起こりがちです。
またジョブローテーションの問題もあります。人事のローテーションスパンは法務や経理と比べると短い傾向があり、3年程度で異動になる会社も多く、じっくり専門性を磨く時間が確保しにくい状況があります。
さらに「外部サポートが充実しているという逆説的な問題もある」とも指摘します。採用業務を例に挙げると、人材エージェントと上手くコミュニケーションして、アドバイス等に従えば、採用経験がなくても採用業務をこなせてしまうケースも多くあります。しかし、その状態で、人事としての採用に関する能力が高まったかというと、そうとも言えません。外部サポートが充実するほど、人事側が育たないという構造が生まれています。
人事としての専門領域を積み上げる
![]()
人事という仕事の中にはいくつかの領域があります。どこからキャリアを積み上げれば良いでしょうか。吉田氏は「キャリアを積み上げるべき領域の順序などはない」とします。採用と労務はどの会社にも必ずある機能であり、人事としてキャリアを築くスタート地点になることが多いでしょう。一方で、大企業であれば組織開発や人事制度から配置が始まるケースもあります。スタート地点よりも大事なのは、人事のプロとして“ステージ”を意識できているかです。
人事のプロとして成長していくためには、まず1つでいいので経営陣を超える専門領域を持つことです。経営陣が本気を出しても採用できなかった人材を採れる。役員が想定していた以上の人材育成の施策を打てる。吉田氏は、まず1つのテーマでそうした専門性を作ることが重要だと語ります。
そして次のステップは、それを3つ以上にすることです。「私は採用は強いですが、他は分かりません」という状態では、経営陣が求める“経営に貢献する結果”ではなく、“特定領域を上手くやる”ことにしかコミットできず、人事のプロとは言えません。たとえば「誰かが活躍しない」という事象に対して、問題は採用なのか、育成なのか、制度なのかを複合的に診断してソリューションを提供するためには、最低でも3つ以上の領域が必要です。吉田氏は「2つ目、3つ目の専門領域を作れるかが、人事のプロとしての分岐点です」と指摘します。
人事とは「人を活かして事を成す」プロ
![]()
吉田氏が定義する「人事のプロ」とは、「人を活かして事を成すプロフェッショナル」です。これは人材マネジメントの研究者・坪谷邦生氏の言葉を踏まえて、吉田氏なりに定義したものです。
「人を活かす」とは、誰かが苦しんでいるとき、しんどい思いをしている時にそれを解消する方向に働くことで、一般的に人事の方々は意識しているテーマでしょう。そして「事を成す」とは、事業のKPIや目標を達成していく、ミッションやビジョンを実現していくことです。
吉田氏は「人事のプロ」は専門知識だけを持っていればよいわけではないと強調します。現実の経営では葛藤が生まれます。あと100万円で全社目標が達成できるという時、その100万円をどう捻出するのか、その方法を倫理的にどう判断するか。いくら知識があっても葛藤しなければいけない場面があります。専門知識や技能、ソリューションを持ったうえで、「事をなす」ために葛藤し挑戦し続ける姿勢が必要であり、吉田氏は、その熱源があることがプロフェッショナルの条件だと考えます。
問題は、2つのバランスです。人を活かすだけに振れてしまうと、組織は「ぬるま湯」になります。従業員の関係性は良く、エンゲージメントスコアも高いけれど、業績は成長していない、何なら下降している状態です。1on1を導入して従業員の満足度は高いが、業績に貢献しているかどうかは分からない。そうした状態が「ぬるま湯」です。
逆に、事を成すだけに振れてしまうと「搾取」になると吉田氏は言います。成果を上げるために人を追い詰めるブラックなマネジメントで、数字は一時的に上がるかもしれないけれど組織は長続きしません。
そして、多くの会社はどちらでもない「放置」になっています。放置とは、「人を活かす」と「事を成す」、どちらの取り組みも中途半端で成り行きまかせになっている状態です。理想は「人を活かして事を成す」という両方を同時に追いかけることですが、当然簡単ではありません。だからこそ、人事のプロは、葛藤し挑戦し続ける姿勢が問われます。
いま人事のプロに求められる「人事を壊す力」
![]()
吉田氏は、CHROやCHOに期待されていることは、「人を活かして事を成す」をどう実現するかを組み立てることだと言います。その意味で、人事のプロの理想像とCHROに求められる役割は重なります。
ただ、実際には経営者からは「CHROが成果を出していない」という悩みをよく聞くと言います。人を活かして事を成す。これを実現できる人事のプロは、かなり少ないのが現状です。だからこそ、目指す価値があるとも言えるでしょう。
今後、人事のプロを目指すうえで、AIは避けて通れません。人事業務のかなりの部分がAIで代替できるようになっており、アメリカでは人事部門を3分の1以下に削減した企業も出てきています。既に吉田氏には、日本でも「半減させた」という事例も耳に入ってきています。
吉田氏は1990年代にパソコンが普及したときと同じ構図だとします。月末に10人がかりで給与計算をしていたのが、パソコンの登場で2人で済むようになった。当時は手計算の方が心がこもっていると言う人もいたかもしれませんが、今から見れば笑い話に感じるかもしれません。AIが加速させている変化も、本質的には同じことです。
だからこそ、CHROやCHOに今最も求められていることは「今までの人事のあり方を壊せるかどうか」です。人事部を守るのではなく、人と組織の課題を解くために自分たちの力をどう活かすのかを、経営の観点からゼロベースで設計しなおせるかです。吉田氏は「破壊とリビルドができる人材こそが、これからの時代に価値を発揮できると考えています」と強調します。
埋まらないギャップ「経営視点」とは何か?
![]()
人を活かして事を成すというのは、経営そのものです。経営者の大半は、人の問題と事業の問題を切り離して捉えていません。その意味で、人事の仕事は経営と同じ目線を持つことが求められます。
しかし、実態として人事と経営者の間には大きな認識のズレがあり、このギャップは1990年代からずっと埋まっていません。背景には優先順位の違いがあります。究極的には、人事は「組織と働く人の健全性」を追い求めますが、経営者は「事業の継続と成長」が最優先であり、その次に「社員への適切な分配」です。
![]()
たとえばエンゲージメントスコアについて、人事は高ければ高いほど良いと考えがちです。しかし、経営者は「大事な人が必要以上に辞めていなければ、スコアが3.8でも3.9でも大差ない」という感覚を持っていることが多いでしょう。給与も同様で、人事は「市場水準に合わせて上げましょう」と提案する一方、経営者は「固定費を上げたくない」という観点を持っています。吉田氏は「優先順位のギャップを解消し、人組織のプロフェッショナルとして経営陣に提言することが、経営目線のある人事の仕事だ」と語ります。
また、人事に欠けがちな経営目線は、比較的短期の事業収支・戦略・計画への貢献という観点です。「その施策をやって来年の数字がどう変わるのか?」という問いに答えられないことが象徴です。「人事の効果はじわじわ効いてくる」という言葉も真実ですが、吉田氏は、それを言い訳に成果を検証していないケースも多いと指摘します。
決算書を読み、現場を知る──経営視点を養う実践
貢献対象を知ることが、仕事の質を決める
人事が経営視点を養うための第一歩は、人事の貢献対象である経営者や社員をもっと知ることです。仕事とは、貢献対象に貢献してリターンをもらうものです。大手向けの営業であれば、1年目から担当先のIRを読み込むことを求められます。しかし、人事は『経営陣のことを知るのは難しい』という言葉で、貢献対象を知る努力が省略されがちです。
吉田氏が提供する「人事のプロチェックリスト」(累計682名が回答)で、平均スコアが最も低い項目は「人について知る」というカテゴリです。経営者について知らない、社員についても知らない状態でどうやって貢献するのかというのが、本質的な問題です。
![]()
経営者の「第一言語」である数字を学ぶ
![]()
具体的な実践として、まず決算書やPLを読めるようになることを吉田氏は勧めます。経営者の第一言語は数字です。英語を話す相手に日本語で話し続けても伝わらないのと同じで、相手の言語を学ばなければ対話が成立しません。人事の観点から「売上を上げるにはどうするか」「コストを適切にコントロールするにはどうするか」という問いを立てられるようになることが必要です。同時に、「現場や組織の健全性」という人事として忘れてはならない仕事もP/Lの観点から語れるようになること。吉田氏は「両利きができて、初めて人事と経営者が対等に対話できるようになる」と言います。
現場理解の解像度を上げることも重要です。課題を「営業の田中さんがA社のB課長に対して、なぜハイパフォーマーのやっている一言が言えないのか」という粒度まで把握できているか。それが採用の問題なのか、上司の指導の問題なのか、本人のスキルの問題なのか、はたまた心理的な問題なのかを診断できないまま、「営業研修をやりましょう」と提案しても根本解決には至りません。
人事のプロを目指すために突破すべき4つの壁
![]()
「人事のプロ」を目指す成長ステージには、年次ごとに乗り越えるべき壁があると吉田氏は言います。
まず年次に関係なく、最初に突破すべきは「認識の壁」です。「人事の仕事は、『人を活かして事を成す』の両方をやる仕事だという認識を持てているかどうか」がスタートラインです。「私は労務担当です」「採用が専門です」という認識では、人事のプロへの道は始まりません。
そして、若手期に突破すべきは「深さの壁」です。先ほど消化した通り、まずは1つの専門領域を経営陣の水準を超えるレベルまで深めることです。若手期はまずここに集中することが大事です。
次に中堅期に突破すべきは「広さの壁」です。1つの専門領域が深まると他の領域を深める時もイメージをつかみやすくなります。中堅になったら、専門性を3つ以上の領域に広げていく段階です。目標は、人と組織の課題を複合的に診断してソリューション設計できるようになることです。
最後にベテラン期に突破すべきは「習慣の壁」です。複数の専門領域が組み合わせながら、日常的に経営会議レベルで価値を発揮できているか。経営陣や現場のトップとやりとりすることが習慣になっているかが、ベテラン期のステージを決めます。この段階になるとCHOやCHROなどのポジションを伴うことも多いですが、役職とは関係なく経営層と対等に動けている人事担当者も存在します。
置かれた立場から「人事のプロ」への道筋を描く
組織のステージや文化によって人事の役割が異なるなかで、今置かれている立場から「人事のプロ」を目指す道筋をどう描けばよいでしょうか。吉田氏は「自分の現在地を客観的に把握することが出発点だ」とします。
「人事のプロチェックリスト」(95項目・無料)は、どの領域が得意でどこが不足しているかを可視化するためのツールです。吉田氏は「私のものでなくても構いませんが、何かしら自分の人事としてのスキルや考え方を客観視できる機会を作ることが重要です」と語ります。
他社人事との交流も有効です。人事として同じくらいのキャリアや経験年数の人がどういう視界で仕事をしているかを知るだけでも、自分の位置が見えてきます。社外勉強会やコミュニティへの参加など、外の基準と自分を照らし合わせる機会を持つことが大切です。
吉田氏は、「『人事のプロチェックリスト』を試して、『人事のプロのステージ』に照らし合わせると、多くの方が、自分がどのステージにいるかを聞かれたとき、『1と2の間です』『2と3の間くらいですね』と言えます。なんとなく感じていたことが、チェックリストで客観視して、ステージという軸で言語化されることで、次の一手が見えやすくなる。そのような使い方をしてほしい」と語ります。
経験の幅を広げる現実的な方法
「小さく試す」ことが、未経験領域への扉を開く
経験の幅を広げるためのアプローチについて、どれも有効ではあるものの、社内異動だけで幅を広げようとすると難しいケースは多いと吉田氏は言います。ポジションが空いていない、異動が認められないというケースは少なくなく、実際に多くの人事のプロが取ってきたキャリアの選択肢としては転職は有効な方法です。
ただ、転職にも壁があります。やったことのない領域を経験するために転職しようとしても「経験者優遇」の壁に阻まれることは多く、副業でも同様です。
だからこそ重要なのは「小さく試す」ことです。友人の会社の人事課題を無償で手伝ってみる、人事の勉強コミュニティでケーススタディに参加してみる。そういった形で、自分の領域外の経験をまず少量積んでみることが第一歩になります。
意思を持って動くことが、人事のプロへの最短経路
もう一つの現実的な解として、吉田氏は社内での昇進昇格も挙げます。ポジションが上がると複数の領域を見る機会が自然に生まれます。あと2〜3年で1つ上のポジションが見えそうという状況であれば、社内でキャリアを積み上げることを選ぶ判断もあります。逆に10年先にならないとポジションが空かないという状況であれば、待ち続ける選択肢は選びにくいかも知れません。
吉田氏は「大事なのは、意思を持って動くことです」だとします。目の前の業務をひたすらこなしているだけではキャリアは広がりません。次のステップのために、今この経験が必要だという意識を持って、能動的に機会を作りにいく姿勢が、人事のプロへの最短経路です。
書籍『「人事のプロ」はこう動く』 &「人事のプロチェックリスト」
吉田氏が執筆された書籍『「人事のプロ」はこう動く』と、「人事のプロチェックリスト」に興味がある方は以下よりご覧ください。
書籍「人事のプロ」はこう動く 事業を伸ばす人事が考えていること
「なぜ人事の頑張りは評価されないのか」「将来のキャリアが見えない」──そんな悩みを抱える人事担当者に向けた、実践的なロードマップです。1,000人以上の人事担当者との対話から見えてきた「人事のプロ」に共通する考え方と動き方を、著者が体系的に整理しました。
本書が定義する「人事のプロ」とは、制度を整えるだけの存在ではありません。「人を生かして事をなす」──事業成果と人・組織の健全性を同時に追い求め、葛藤しながらも動き続ける人のことです。独自のフレームワーク「人事のプロMAP」を使いながら、動き出す前に何を知るべきか、情報をもとにどう検討し、どう動くかを具体的に解説しています。
「人事のプロ」はこう動く 事業を伸ばす人事が考えていること
吉田洋介著|日本実業出版社
amazonリンク
人事のプロ チェックリスト(無料)
記事内でも触れた「自分は今、人事としてどのステージにいるのか」が客観的に答えてくれるツールが、株式会社Trustyyleがの提供する「人事のプロ チェックリスト」です。
知る・実行する・学ぶ・仲間をつくる・専門性を高めるといった15のカテゴリ、95項目の設問に答えるだけで、自身の強みと課題、次に取り組むべきアクション、参考書籍までが一覧で確認できます。ステージ0〜4の5段階で現在地が可視化されるため、「何から手をつければいいかわからない」という人事担当者にとって、キャリアの羅針盤として活用できます。
個人のセルフチェックはもちろん、チームメンバー全員で回答して組織全体の傾向を把握する「チーム分析モード」も搭載。人事部門のレベルアップや目標設定にも役立てることができます。
無料で使えるツールですのでご興味ある方は以下よりご確認ください。
人事のプロ チェックリスト






