若手の早期離職につながる「キャリア焦燥感」とは何か、組織はどう向き合うべきか

更新:2026/06/04

作成:2026/05/27

「同期はもうプロジェクトを任されているのに、自分は何をしているんだろう」「このまま今の会社にいたら成長できないんじゃないか」こうした漠然とした不安から、早期離職を選ぶ若手社員が増えています。

 

筑波大学 准教授の尾野裕美氏は、若年就業者が抱えるキャリアへの焦りを「キャリア焦燥感」と名付け、20年以上研究を続けてきました。若手が焦りを感じる背景には何があるのか、若手の焦りをポジティブなエネルギーへ転換するために人事・管理職は何ができるのか、お話を伺いました。

 

<目次>

研究の原点は転職支援の現場で出会った「キャリアへの焦り」

「転職したい」という言葉の裏にあったもの

尾野氏が「キャリア焦燥感」の研究に取り組み始めたのは、転職支援の現場での体験がきっかけです。大学卒業後、民間企業で人事の仕事を経験した後、HR企業でキャリアカウンセラーとして転職支援に携わっていた頃のことです。

 

「当時、特に20代の転職希望者の方から、『今の会社にいたら成長できないんじゃないか』『他の会社に転職したら自分らしく働けるんじゃないか』という声が多く聞こえてきました」。

 

しかし、そんな若手と60-90分程度のキャリアカウンセリングをしていくと、多くの場合、同じ結末になります。最初は「転職したい」とたくさんの不満を吐き出すのですが、話していくうちに「今の仕事にも意味があるかもしれない」「上司が自分にこの仕事を任せた理由がわかってきた」と気づき、すっきりした表情で「やっぱり今の会社でもう少し頑張ってみます」と帰っていくのです。

 

お会いした若手の方々は忍耐力がないわけでも、わがままなわけでもありません。将来の道筋が見えず、漠然とした焦りを抱えているだけでした。そのような若者を何人も見ていくなかで、焦りによって視野が狭まって”後悔する転職” を選んでしまう人を減らしたいという思いが生じ、研究の出発点になりました。

 

尾野氏は転職そのものを否定しているわけではありません。問題にしているのは「視野が狭い中での安易な転職」です。焦りによって視野が狭まったまま動いてしまうと、転職後もうまくいかないケースが少なくない。そうした「早まった転職」を減らしたいという思いが、研究の出発点になっています。

 

構造的な背景─なぜ今の若手は焦るのか?

キャリア焦燥感が生まれる背景には、社会構造の変化があります。1990年代後半、終身雇用・年功序列から成果主義への移行が進むなかで、「ビジネス社会で生き残るスキルを早く身につけなければ」という焦りが若者の間に広がってきました。

 

加えて、現在の20〜30代は「個性を重視する教育」を受けて育っています。大学のキャリア教育、また就職活動で「あなたの強みは何か」「やりたいことは何か」を問われる環境のなかで、若手は「”自分らしさ”を早期に見つけなければならない」というプレッシャーにさらされています。

 

「入社した時点からキャリア自律を意識させる企業も増えてきました。学生から社会人になって、ただでさえ色々なことを覚えなければならない中で、自分が思い描いたキャリアはすぐには実現しないと感じた時、焦りが生まれやすくなります」と、尾野氏は説明します。

 

かつて企業がキャリア自律を求める対象は中堅・上位層が中心でした。しかし、今では入社直後の若手にまで及んでいます。キャリア自律の概念が悪いわけではありません。しかし、「うまくキャリアを築けないのは自分のせいではないか」という自己責任の意識が、若手をさらに追い詰める構造になっているのも事実です。

 

尾野氏は、近年は「タイパ(タイムパフォーマンス)」を重視する傾向や、AIに仕事が奪われるかもしれないという不安も、若手のキャリア焦燥感に拍車をかけていると指摘します。

 

この2、3年、ビジネスシーンの話題を席巻している生成AIは、「どこでも通用するスキルを身につけなければいけない」という焦りと直結し、組織側の長期的な育成計画やOJTへの不満として表れることもあると尾野氏は分析します。

 

「キャリア焦燥感」とは何か?

「キャリア焦燥感」の定義

尾野氏が名付けた「キャリア焦燥感」は、言葉の通り、「自分のキャリアに関する焦り」を指します。ここでのキャリアとは、職務経歴という狭い意味ではなく、「仕事を中心にしながらも、自分がどう生きていくか」という広い概念です。

 

「過去の自分はどうだったか、未来の自分はどうなりたいか。そういう時間的展望のなかで、現在の自分をどう受け止めるかによって生じる焦りの感情がキャリア焦燥感です」と尾野氏は説明します。

 

切迫感・キャリア構築への衝動・キャリアの懸念

このキャリア焦燥感を測定するアセスメントを開発するために、20代の若者へのインタビューを重ね、「キャリアへの焦りとはどういうものか」を丁寧に言語化する作業から始めました。結果として、焦りの中身が大きく3つの要素に分けられることが明らかになりました。

 

1つ目は「切迫感」です。切迫感は、気持ちは焦っているのに、どうにもしようがない。袋小路に入り込んでしまったような追い詰められた感情です。

 

「切迫感は、苦しさから早く脱出したいという欲求につながり、手っ取り早い選択肢として”転職”という思考が浮かびやすい」と尾野氏は言います。調査結果を見ても、切迫感が離職・転職意向と最も強く結びついているそうです。

 

2つ目は「キャリア構築への衝動」です。早くキャリアを築きたいという感情で、目標に向かって駆り立てられるような、エネルギッシュでポジティブな焦りです。衝動が外に向かえば転職活動の開始につながりますが、内に向かえば、現職での頑張りや成長意欲に転換されます。

 

なお、外に向いた場合、いきなり転職を決断するわけではありません。まず転職サイトに登録してみる、転職するかどうかを決めないまま転職活動をしてみるという探索的な行動として現れることが多いと尾野氏は説明します。

 

3つ目は「キャリアの懸念」です。「このままでいいのかな?」「将来の自分はどうなるのだろう?」という、比較的穏やかな”気がかり”という感情です。すぐの行動には移りにくい感情ですが、多くの人が抱えています。

 

尾野氏は「キャリア焦燥感は必ずしも年齢による差だけではなく、置かれている状況が影響します。たとえば、中途採用で新しい会社に入ったばかりの40代も、環境がわからない状態で焦りを感じることがあります」と補足します。

 

新卒や中途での入社、社内での異動直後など、「新しい環境に来たばかり」という文脈は年齢を超えてキャリア焦燥感を高める要因になってきます。

 

キャリア焦燥感を加速させる4つの状況

特に20代に顕著な「他者比較」の影響

キャリア焦燥感を引き起こす状況として、尾野氏は4つを挙げます。

 

キャリア焦燥感を引き起こす4つの状況

①自分のキャリアの方向性が見えなくなる「キャリア探索の停滞」
②職場からの評価が期待より低いと感じる「低い評価」
③活躍している同世代と自分を比べる「他者比較」
④仕事とプライベートの両立に不安を感じる「ワークライフバランスの欠如」

 

4つのなかでも、20代で特に顕著なのが「他者比較」です。「年代が上がると、同世代でもライフスタイルが多様化し、単純な比較はしにくくなります。しかし、20代は条件が似通っているため、他者と比較しやすく、それが焦りに結びつきやすい」と尾野氏は分析します。

 

なお重要なのは、4つの状況は「本人がどう認知しているか」が基準になるという点です。仮に、客観的には恵まれた状況にいても、本人が「評価されていない」「停滞している」と感じれば、キャリア焦燥感が生まれます。焦りの感情を左右するのは、外から見た事実よりも、当事者の主観的な認識です。

 

なお、「低い評価」における焦りやすさは、20代に限らず30代・40代でもほぼ同程度であることが調査から確認されています。しかし、「他者比較」における焦りやすさは年齢が上がるにつれて低下していく傾向があるとのことです。

 

SNSが変えた「比較」の構造

SNSの普及は、他者比較によるキャリア焦燥感を加速させています。SNSがなかった時代は、比較対象は自分の見える範囲にいる人でした。しかし、現在はSNSによって日頃接しない人も比較対象に入ってきます。SNSによって『自分より良い状態にいる人が大勢いる』と認知しやすい環境になっています。

 

とくに自分とかけ離れた成功者より、「大学が一緒だった」「会社の同期だった」という近い存在の活躍、成功がSNSに流れてきた時、焦りはとくに強くなります。

 

尾野氏は「SNSの情報はキラキラして見えるけど、実際にはSNS向けに盛っているだけということも多いでしょう。しかし、“自分のリアル”と、“SNS上の盛った情報”を比較してしまうのが最近の傾向だ」と言います。

 

近くにいる友人であれば、上手くいっていることも、上手くいっていないことも、自然と伝わります。しかし、SNSだけでつながっている、何年も会っていないような元同級生の情報は、“SNSでよく見せるための編集”が施されたものばかりになりがちです。

 

「自分のリアルと、SNSに流れてくる演出された情報を比較してしまう構造が生まれている」と尾野氏は分析します。

 

他者の頑張りを見て「自分も頑張ろう」とポジティブに変換できる人もいるでしょう。しかし、ネガティブな感情が生まれるのも自然な心の動きです。周囲と比較して嫉妬や自己嫌悪の感情が湧き上がりがちであれば、SNSと距離を置くことも一つの選択肢です。

 

人事・管理職が取るべき施策は?

労働者にキャリア自律を求める、また、SNSによってキラキラした情報が流れてくるといった時代背景の中で、若手を筆頭にキャリア焦燥感は生まれやすい構造があります。そして、キャリア焦燥感を放置すれば「転職」という選択肢にもつながりかねません。企業や人事はこうした状況にどう取り組めば良いでしょうか?

 

「10年後から逆算」より「半年後の自分」

尾野氏が、焦りをポジティブなエネルギーへ転換するうえで有効だと考えるのは、短期目標の設定です。キャリア研修や面談で「10年後のありたい姿を描いて、そこから逆算して考えよう」と促す場面が多くあります。尾野氏は「この方法は、若手の焦りに拍車をかけてしまうこともある」と指摘します。

 

遠い未来の目標を立てるのが得意、そこに向けて頑張れる人は、10年後のビジョンを描いて逆算していく形でも良いでしょう。でも実際には長期目標を立てて、確実に向かっていける人は少数派です。とくに管理職世代は、1on1や部下指導で、若手にはビジョンを描くことも求めながら、自分が若い頃はそういう目標は持っていなかったという人も多いでしょう。

 

尾野氏は、変化が激しい時代に、10年後から逆算することに意味を感じない若者も増えていると述べます。逆算思考が合わない相手に対しては、「今日の自分より明日の自分が少しできるようになっている」という積み上げ方の成長シナリオを描くことも有効な選択肢だと尾野氏は話します。

 

半年後・1年後といった本人がイメージできる短いスパンの目標を立てたうえで、「明日からできること」を一緒に考えるのです。キャリアビジョンでよくあるような「どんな仕事がしたいか?」でなくても構いません。「どんな人間関係を職場で築きたいか?」「どんな短所を改善したいか?」「どんなスキルを成長させたいか?」といったものでOKです。

 

小さな目標を達成する成功体験を積み重ねていくと、苦しさや焦りは和らいでいきます。キャリア焦燥感という焦りの感情は、動かないと膨らんでいきます。逆に、行動すると悪い焦りは減っていきます。

 

尾野氏は「重要なのは一律の方法を押し付けないこと」と強調します。長期目標が合う人には10年後を描くというやり方で良いし、一方で、短期目標がイメージしやすい人には積み上げ型の成長シナリオを提案する。それぞれがイメージできる時間軸で、「行動」につながる目標を一緒に探ることが大切です。

 

対話が内省を促す

若手へのインタビュー調査を重ねると、「誰かに話を聞いてもらって、話しているうちに自分の気持ちが整理されていった」という声が繰り返し出てくると尾野氏は話します。自分の気持ちを言葉にして誰かに聞いてもらうだけで、視野が広がったり、行動に踏み出せたりする人はたくさんいます。

 

1on1もメンター制度も、施策の形よりも中身が重要です。仕事の進捗確認や指示出しに終始する1on1は、ただの業務ミーティングです。若手が自分のキャリアへの不安を安心して話せる場になっているかどうかが、1on1やメンター制度では重要です。

 

多くの企業で人事施策として1on1の導入が進んでいる一方で、形骸化している企業も多く、進捗確認や指示出しの業務ミーティングになっているケースも少なくありません。

 

尾野氏は、上司との対話だけでなく、先輩社員の体験談を共有する場も、使い方次第で大きな効果を生むと言います。「ハイパフォーマーの武勇伝より、その人が新人の頃に悩んでいたエピソードのほうが若手には響く。『自分だけじゃないんだ』と思える経験が、孤独な焦燥感を和らげます」。

 

なお、他人に相談するより自分で内省するほうが合っている人もいます。焦りを感じる理由を書き出し、「これは今悩んでもしょうがない」「これは対処できる」と仕分けする方法で、自分で焦りをコントロールできた人もいます。

 

時間軸の話と同じで、施策を一律に押しつけるのではなく、相手に合った方法を探ることが重要です。尾野氏は、1on1をする管理職は、話すことで整理される人と書き出して整理する人、どちらのタイプかを見極めながら関わることが求められていると述べます。

 

若手の焦りを「嘆く」のではなく「受け止める」

「そんなことで焦るな」は逆効果

若手のキャリア焦燥感について、管理職と対話していると「なんでそんなに焦るのでしょう」「焦ってもしょうがないのに」という言葉が出てくることがあります。尾野氏は、そんなコメントに「あなたが若かった時、本当にそう思っていましたか?」と聞き返すと言います。

 

たとえば、30代、40代の管理職からは些細に見えることも、若手にとっては大いに焦る出来事です。「自分が新人の頃を振り返れば、今から見れば何でもないことで焦っていたはず。その頃を思い出してほしい」と尾野氏は言います。「最近の若者は」と世代を括る前に、なぜ焦っているのかを相手の視点で想像することが出発点です。

 

ただし「自分が若い頃はこうだった」という比較は、今の若者に通じにくくなっています。社会構造もキャリアをめぐる環境も、管理職世代が若手だった頃とは大きく変わっています。若手だった当時の感情を振り返ることは大切ですが、自分が若い頃の経験をそのまま当てはめることはリスクもあります。

 

「キャリア焦燥感を抱えている若手は、裏を返せば、『もっと成長したい』と思っています。焦りは、成長意欲がある証拠です。その意欲が外ではなく内に、今の職場での頑張りに向かうように関われるかが人事・管理職の腕の見せどころです」と尾野氏は話します。

 

仕事に意味を見つける支援が、焦りを和らげる

尾野氏自身も、キャリア焦燥感を抱えた経験があります。人事部配属だった若手のころ、営業に配属された同期が出張でお客様先を回っている話を聞いて、「自分は成長できていないのじゃないか」と焦ったそうです。

 

転機になったのは、自分が担当しているコピー業務への捉え方の変化でした。「部長以上しか見られない機密資料を扱っているのは、人事部にいるからこそ。コピーを取りながら、経営情報を学ぶ時間になると気づいたら、同じ仕事がまったく違って見えてきました」。

 

今やっている仕事が次につながっていること、経験を積んだ先に次のステップがあることを、管理職や先輩が言葉にして伝えられると若手の焦りを和らげます。「仕事の意味を語ってくれる上司が増えると、若手のキャリア焦燥感は大きく変わる」と尾野氏は語ります。

 

「今やっている仕事は実はこういうことにつながっている」「この仕事ができるようになったら次こういう仕事を任せたいと思っている」、管理職にとって、若手にそうした言葉を伝えることはそれほど難しいことではないでしょう。しかし、多くの職場でこの「意味の伝達」が省略されがちです。

 

若手の焦りを受け止めた上で、今の仕事に意味を見出してもらう。その一言があるかないかで、若手のキャリア焦燥感、日々の仕事への向き合い方は大きく変わるでしょう。

 

取材協力

尾野 裕美氏
筑波大学 人間系 准教授
尾野 裕美氏
日本製粉株式会社(現:株式会社ニップン)の人事部門、株式会社インテリジェンス(現:パーソルキャリア株式会社)のキャリアカウンセラー、株式会社リクルートマネジメントソリューションズの研究員を経て独立。博士(カウンセリング科学)。専門はキャリア心理学、産業・組織心理学。著書に『働くひとのキャリア焦燥感 キャリア形成を急ぐ若者の心理の解明』(ナカニシヤ出版)など。

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