2019年に改正労働基準法が施行されたことを受けて、この数年、労働基準法32条の3で定められたフレックスタイム制度を導入・検討する企業が増えました。テレワークが普及したことがフレックスタイム制度の促進につながっている側面もあります。
本記事では、労働時間に関する基本となる労働基準法32条の基礎知識を確認したうえで、労働基準法32条と関連するフレックスタイム制の概要を解説します。また、2019年に施行された改正労働基準法におけるフレックスタイム制に影響する変更点や、労働基準法32条を遵守する労務管理必要性、32条以外の改正労働基準法のポイントも紹介します。
<目次>
労働基準法32条の基礎知識
2019年の改正労働基準法のポイントを理解するには、まず、労働時間管理の基本となる働基準法32条の概要を押さえておくことが大切です。
労働基準法32条とは?
労働基準法32条は、労働時間に関するルールを定めた条項です。32条では、冒頭で労働時間の原則を以下のように定めています。
- 使用者は労働者に休憩時間を除き1週間について40時間を超えて、労働させてはならない。
- 使用者は1週間の各日については、労働者に休憩時間を除き1日について8時間を超えて、労働させてはならない。
労働基準法32条で定められた「1日8時間、週40時間」という労働時間の上限が、一般に「法定労働時間」と呼ばれます。
なお、労働基準法32条の2項以降では、以下の内容も定められています。フレックスタイム制に関しては、のちほど詳しく解説します。
- 第32条の2:一ヵ月単位の変形労働時間制
- 第32条の3:フレックスタイム制
- 第32条の4:一年単位の変形労働時間制
- 第32条の4の2:賃金の清算
- 第32条の5:一週間単位の非定型的変形労働時間制
出典:労働基準法 第四章労働時間、休憩、休日及び年次有給休暇(安全衛生情報センター)
労働基準法32条の特例措置
労働時間の原則は、法定労働時間の「1日8時間、週40時間」です。ただし、以下の事業のうち、常時10人未満の労働者を使用する事業場には、1週間の法定労働時間を44時間とする特例も設けられています。
- 商業(卸売業、小売業、理美容業、倉庫業、その他の商業)
- 映画・演劇業(映画の映写、演劇、その他興業の事業)
- 保健衛生業(病院、診療所、社会福祉施設、浴場業、その他の保健衛生業)
- 接客・娯楽業(旅館、飲食店、ゴルフ場、公園・遊園地、その他の接客娯楽業)
常時10人未満の労働者を使用する事業所のことを、特例措置対象事業場と呼びます。特例措置対象事業場の規模(人数)は、企業全体の規模を指すのではなく、工場、支店、営業所などの個々の事業場の規模になります。なお、特例措置対象事業場でも、一日8時間の原則は同じです。
32条に違反した際の罰則
労働基準法第32条(労働時間)違反が見られた場合、労働基準監督署による是正勧告が行なわれます。ただし、悪質な場合は6ヵ月以下の懲役または30万円以下の罰金が科せられる可能性もあります。
働き方改革の影響で、労働時間に関する世間の価値観は大きく変わってきています。悪質な事例は報道されて、企業イメージを大きく壊すケースもありますので注意しましょう。
労働基準法32条に関連する「フレックスタイム制」とは?
労働基準法では、それぞれの時代に応じて働き方に関する新たな制度の創設や変更が行なわれています。2019年施行の改正労働基準法で特に大きかったトピックが、労働基準法32条と関連する「フレックスタイム制」です。
本章では、フレックスタイム制の基礎知識を確認したうえで、32条の改正ポイントを整理して紹介します。
フレックスタイム制とは
フレックスタイム制とは、あらかじめ定めた一定期間における総労働時間の範囲内で、「労働者が自ら日々の始業時刻・終業時刻・労働時間を決められる制度」のことです。
フレックスタイム制は、労働基準法32条3項で基本的なルールが定められています。フレックスタイム制を導入した組織では、以下の2つを組み合わせる形で、勤務時間を設定することが必要です。
- コアタイム:全社員が必ず勤務しなければならない時間
- フレキシブルタイム:勤務しなくてもいい時間
参考:労働基準法 第四章 労働時間、休憩、休日及び年次有給休暇(安全衛生情報センター)
労基法32条改正「清算期間上限が延長可能になった」
上記を踏まえて2019年に施行された改正労働基準法におけるフレックスタイム制の変更ポイントを確認します。
まず、フレックスタイム制の労働時間や時間外労働時間は、清算期間のなかで考えていく必要があります。清算期間とは、「労働者が実際に労働した時間」と「あらかじめ定めた所定労働時間」にギャップが生じた場合に、ギャップを清算する期間のことです。一般的にイメージされる清算期間は、給与の支払いタームとなる「1ヵ月間」です。
従来の制度では、1ヵ月以内の清算期間における実労働時間が、あらかじめ定めた総労働時間を超過した場合、超過した時間に対して割増賃金を支払う必要がありました。
また、実際の労働時間があらかじめ定めた総労働時間に達しない場合は、以下のいずれかの対応をとることになっていました。
- 欠勤扱いとなり賃金が控除される
- 仕事を早く終わらせることができる場合でも、欠勤扱いとならないようにするため総労働時間に達するまでは労働しなければならない
2019年施行の制度改正により、清算期間の上限が3ヵ月に引き上げられました。改正後は、2ヵ月や3ヵ月といった期間で、総労働時間の範囲内で労働者が自分の都合に応じた労働時間の調整が可能になります。
制度改正前は、先述のとおり、1ヵ月のなかであらかじめ定めた労働時間と実労働時間の帳尻を合わせる必要があったため、フレックスタイム制度自体に若干使いづらい側面がありました。しかし、2019年施行の改正で上限が3ヵ月となったことで、より柔軟なフレックスタイム制の運用を行ないやすくなりました。
ただし、清算期間が1ヵ月を超えるフレックスタイム制度を導入する場合は、以下3つの手続きが必要ですので、抜け漏れが生じないように注意しましょう。
<清算期間が1ヵ月を超えるフレックスタイム制度を導入する場合の必要な手続き>
- 1.就業規則などに新しいルールを記載する
- 2.労使協定で所定の事項を定める
- 3.労使協定を所轄の労働基準監督署長に届け出る
時間外労働が発生するパターン
なお、清算期間が1ヵ月を超える場合、以下の2要件も満たす必要があります。
- 清算期間全体の労働時間が、週平均40時間を超えないこと
- 1ヵ月ごとの労働時間が、週平均50時間を超えないこと
上記のいずれかを超えた場合、時間外労働の扱いとなります。たとえば、清算期間を3ヵ月とした場合、週平均がいずれかのパターンに該当するときは時間外労働が生じたとして扱うことになります。
【パターン1】清算期間(3か月)全体の労働時間が、週平均40時間を超えた
- 1ヵ月目:40時間
- 2ヵ月目:40時間
- 3ヵ月目:50時間
【パターン2】ある1か月の労働時間が、週平均50時間を超えた
- 1ヵ月目:60時間
- 2ヵ月目:40時間
- 3ヵ月目:30時間
時間外労働が発生しないパターン
先述のとおり、以下2要件の両方に該当すれば、時間外労働は発生しません。
- 清算期間全体の労働時間が、週平均40時間を超えない
- 1ヵ月ごとの労働時間が、週平均50時間を超えない
たとえば3ヵ月の清算期間とした場合、以下のパターンであれば時間外労働は生じないことになります。
【パターン1】
- 1ヵ月目:45時間
- 2ヵ月目:35時間
- 3ヵ月目:40時間
【パターン2】
- 1ヵ月目:49時間
- 2ヵ月目:31時間
- 3ヵ月目:40時間
出典:フレックスタイム制のわかりやすい解説&導入の手引き
出典:働き方改革関連法のあらまし(改革労働基準法編)
労働基準法32条を遵守するための労務管理は必須
フレックスタイム制は、労働者が自らの都合等に合わせて柔軟に労働できる制度です。そのため、フレックスタイム制を導入することで、メンバーにとって働きやすい職場を作れるでしょう。
ただし、運用のやり方次第では、全メンバーの出社・退社時間が決まっている従来の働き方と比べて、管理や業務を進めるうえでのデメリットや問題が起こる可能性もあります。
フレックスタイム制を適切に運用するためには、以下のポイントを押さえて、労務管理をしっかり行う必要があります。
勤怠管理ツールの導入
フレックスタイム制では各メンバーの出社・退社時間が異なるため、労働時間の把握や時間外労働の判断などが複雑化します。また、改正労働基準法で清算期間の上限が延長になった場合、3ヵ月という長いスパンで時間外労働の判断が求められるでしょう。
フレックスタイム制を導入した場合、手計算などで労務管理を行なうことは、計算ミスや判断ミスも起こりやすくなるため、現実的ではありません。したがって、フレックスタイム制の実施では、勤怠管理ツールの導入が不可欠となります。
人事部門だけでなく現場の管理職も労務管理の意識が必要
フレックスタイム制は、これまで企業側で決めていた出社・退社時間を、各メンバーの自己管理に委ねる仕組みです。そのため、自己管理能力が低いメンバーの場合、以下のような問題が起こりやすくなります。
- 総労働時間が長すぎる
- 総労働時間が短すぎる
- コアタイムに何度も遅刻する など
これらの問題を防ぐためには、現場で各メンバーと一緒に働く管理職の労務管理意識を高め、適切な指導などを進める必要があります。
困ったときの相談先
フレックスタイム制の労務管理や制度改正内容でわからないことがある場合は、事業所所在地を管轄する労働基準監督署か、働き方改革推進センターに相談するとよいでしょう。
32条以外の改正労働基準法のポイント
改正労働基準法では、32条のほかにも、以下の新制度の創設や変更が行なわれています。本章では、3つのポイントを紹介します。
残業時間の上限規制(罰則付き)
残業時間の上限規制は、大企業は2019年4月、中小企業は2020年4月より導入された制度です。時間外労働の上限が、原則として「月45時間・年360時間」へと変更になり、臨時的な特別な事情がなければ原則を超えられなくなりました。
違反した場合、罰則(6ヵ月以下の懲役または30万円以下の罰金)が科されるおそれがあります。前述の通り、働き方改革や過重労働による自殺問題などを受けて、残業等に関する社会的な価値観は大きく変わっています。行政罰はもちろん社会的な制裁や風評被害も生じますので、勤怠管理ツールを使って、しっかり管理する必要があります。
年次有給休暇の取得義務化
2019年4月から、すべての使用者に対して「年5日の年次有給休暇の確実な取得」が義務付けられました。取得対象は、年次有給休暇が10日以上付与される労働者(管理監督者や有期雇用労働者も含まれる)です。
事業主は義務を果たすために、年次有給休暇の取得しやすい環境を整備する必要がありますし、有給休暇の取得状況をきちんと管理する必要があります。「有給休暇を取れる環境は十分にあるのに、利用しないような従業員個人の問題だ」という言い訳は通じませんので注意が必要です。
出典:年5日の年次有給休暇の確実な取得 わかりやすい解説(厚生労働省)
高度プロフェッショナル制度
高度プロフェッショナル制度は、高度の専門的知識などを有し、職務の範囲が明確で一定の年収要件を満たす労働者を対象とした制度です。
労使委員会の決議および労働者本人の同意を前提として、以下の措置を講ずることにより、労働基準法に定められた労働時間、休憩、休日および深夜の割増賃金に関する規定を適用しない制度になります。
- 年間104日以上の休日確保措置
- 健康管理時間の状況に応じた健康・福祉確保措置 など
なお、現時点では高度プロフェッショナル制度を適用できる条件は、例えば、年収1,075万円以上で、下記の業務に該当することなど、かなり限定的となっています。
<高度プロフェッショナル制度に該当する業務>
- ①⾦融⼯学等の知識を用いて⾏う⾦融商品の開発の業務
- ②資産運用(指図を含む。以下同じ。)の業務又は有価証券の売買その他の取引の業務のうち、投資判断に基づく資産運用の業務、投資判断に基づく資産運用として⾏う有価証券の売買その他の取引の業務又は投資判断に基づき⾃⼰の計算において⾏う有価証券の売買その他の取引の業務
- ③有価証券市場における相場等の動向又は有価証券の価値等の分析、評価又はこれに基づく投資に関する助言の業務
- ④顧客の事業の運営に関する重要な事項についての調査又は分析及びこれに基づく当該事項に関する考案又は助言の業務
- ⑤新たな技術、商品又は役務の研究開発の業務
出典:高度プロフェッショナル制度 わかりやすい解説(厚生労働省)
まとめ
労働基準法32条は、いわゆる法定労働時間の「1日8時間、週40時間」など、労働時間に関する法律ルールが定められた条文です。
2019年施行の改正労働基準法で特に注目されているのは、労働基準法32条の3で定められているフレックスタイム制です。改正労働基準法では、フレックスタイム制の清算上限が3か月に延長可能になり、より柔軟に活用できるようになりました。
ただし、フレックスタイム制を新たに導入した場合、各メンバーの労働時間や時間外労働の管理・判断が複雑になる側面もあります。フレックスタイム制をきちんと運用するためには、勤怠管理ツールを導入するとともに、現場の管理職や個々の社員が労務管理の意識を持つことが大切です。
働き方改革などの影響で勤怠管理に関する個人や社会の価値観は大きく変わっています。きちんと法令を遵守し、かつメンバーが働きやすい職場をつくれるように対応していきましょう。