はじめに
最近、企業の経営層や人事の方から、ミドルシニアの活性化についての悩みを伺うことが増えています。いまの40代50代は、まだ終身雇用・年功序列が残っている時代に就職した世代です。
しかし、人事の考え方が成果主義、さらにはジョブ型へと変わり、“キャリア自律”といったキーワードも登場する中で、「ミドルシニアの気持ちにどう火を付けて、ベテランの知恵や経験を発揮してもらうか?」はひとつの重要テーマになっています。
今回は1万人を超える大企業であり、「社員の約45%が50代以上」というNTTコミュニケーションズが、ミドルシニア社員の活性化にどう取り組んだのか。NTTコミュニケーションズの現役人事 浅井公一氏をお招きしてお話しいただきました。
本記事は、全3部構成でお送りします。Vol.1では「ミドルシニア社員のキャリア自律の背景」についてご紹介です。vol.2で「ミドルシニアの75%に行動変容を起こした取り組み」、vol.3で「キャリア自律のメカニズム」ということでご紹介します。
*本レポートは2023年5月10日開催したセミナーを基に作成したものです。予めご了承ください。
講師プロフィール
ヒューマンリソース部
キャリアコンサルティング・ディレクター
<目次>
流行り言葉で煽ってもミドルシニア社員の自律は生まれない
いま、ミドルシニア社員の活性化に課題を感じている企業は少なくありません。企業の人事部は、外部のキャリアコンサルタントなどを招いて、シニア層にキャリア研修などを行っていることが多いかと思います。
その中で、このような言葉でミドルシニア社員を煽っている企業もあります。「終身雇用の崩壊」「年功序列の崩壊」「大企業の倒産危機」既存業務のAI化」…確かに間違ってはいませんが、実際にこのような言葉でどれくらいの社員が「そうだな、焦るよな」と反応するでしょうか。
諸外国とは異なり、日本ではほとんどの中規模以上の企業は、長年安定して運営が続いています。また、日本の法律上は、ローパフォーマーであっても簡単に首を切れない構造になっているため、上記のような言葉で焦る人は少ないのが現状です。
例えば、私の所属しているNTTコミュニケーションズでは、いくら世間が「終身雇用が崩壊しました」と言っても、実際の雇用は守られています。年功序列は崩壊したものの、後輩が自分を追い抜いて昇格していくだけで「自分が降格する」わけではありません。
大企業の倒産危機が話題になりますが、通信業界は東日本大震災やリーマンショック、そしてコロナ禍においても、危機どころか増収になっています。さらに「AIの台頭で仕事が奪われる」という言説についても、実際にはテクノロジーの進歩で職を奪われた人はごくわずかです。
つまり、いくら危機感を煽られようとも、実際の職場での現実とは一致していないので、煽り言葉が通用しないのです。
当社以外の会社員も似たような認識でしょう。例えば、NTTコミュニケーションズでは、コロナ禍にJALとANAから23名のキャビンアテンダントを在籍出向で受け入れました。受け入れたキャビンアテンダントには、私が四半期に1回キャリア面談を行ったのですが、彼女たちは「2年間ボーナスも出ず苦しい」とは言うものの、「自分の会社が潰れる」という不安は持っていませんでした。
つまり、日本の大企業に所属する人たちは、社会的に大きな打撃を受けても雇用に対する危機感はさほど持っていません。したがって、キャリアコンサルタントが使うような煽り言葉は全く効かないのです。
企業として自社の「キャリア自律」を定義しているか?
いま多くの企業が社員に向かって「キャリア自律しなさい」と促しています。しかし、そもそも「キャリア自律」とは何でしょうか。
具体的にどういう状態になった人を「キャリア自律できている人」と定義しているのか、その定義を示さないまま社員に「キャリア自律しなさい」と言っても、社員の側も「会社側は、いったい『どうなれ』と言っているの?」「どうすれば会社に認めてもらえるの?」ということが分からず、混乱します。
結局、社員のキャリア自律が進まないのは、会社側の「キャリア自律」の定義が不明確だからではないでしょうか。
一例として、NTTコミュニケーションズの定義を紹介します。我が社では、以下の3つの条件をすべて満たした人が「キャリア自律した人」であると定義しました。
- 第1条件は、今の現業の中で平均以上の業績を出せていること。
- 第2条件は、キャリア面談において数年先までのキャリアビジョンが明確に言えること。
- 第3条件は、キャリアビジョン達成に向かって行動計画を立てて研鑽をしていること。
3つの条件をすべて満たした人を「キャリア自律した人」だと定義したのです。
毎年、50歳になった人を対象に「キャリア自律」度の調査をしていますが、NTTコミュニケーションズの場合、キャリア自律の定義に当てはまるのは26%程度です。研修や面談などのキャリア教育を受けなくても「自主的に自律できている人」が26%いるわけです。
企業側の目線で言いますと、26%の人たちは上司や人事からの働きかけがなくとも、自主的にどんどんキャリアを構築していける「手のかからない人材」だということです。
キャリア自律率26%を達成した要因は「文化の定着」
キャリア自律率26%という数字は、一朝一夕に達成した数字ではありません。私がNTTコミュニケーションズでキャリア自律に向けた研修と面談を始めた2014年当時は、キャリア自律できていると言える人の割合は1.5%でした。
キャリア自律の施策を始めて最初の5年間でぐんぐん伸びて、2021年以降の3年間は20%前半ぐらいのところで停滞しています。あくまでも推測ですが、最初の5年間でキャリア自律率が大幅に増えた要因は、私が行ってきた研修と面談にあると考えています。
NTTコミュニケーションズでは、当該年度に50歳になる人全員に、強制的にキャリア研修と面談を受けてもらいます。対象者は毎年300人くらいです。
施策を始めてから、とくに40代の社員から「50歳になったら浅井さんの面談を受けるんですよね」という声が続々と聞こえてくるようになりました。つまり社内で「50歳になったら必ず受けるもの」、いわゆる健康診断的なイベントとしてキャリア教育が定着したのです。
すると40代になった社員に「50歳になったら面談がある。それなら今のうちからキャリアのことを考えなくては」という動きが徐々に生まれてきた。最初の5年間で割合が増加した要因は、これだろうと思っています。
自律できない8割には「キャリア教育」による支援が必要
キャリア自律率が26%に伸びる一方で、この3年間は20%台で停滞しています。これは、キャリア教育が文化として定着しても、能動的にキャリア自律に目覚めていける人は20%程度が限界なのではないか、裏返すと約8割の人は、何らかのキャリア教育を施さないとキャリア自律に目覚めないということだと捉えています。
8割の人たちへの施策として、我々は自律を促すマインドチェンジやモチベーション向上といった抽象的な変化を目指すのではなく、とにかく何らかのポジティブな「行動変容」を起こしてもらうためのアプローチを考えました。
効果的な人材育成などのアプローチとしては、マインドチェンジをさせてから行動変容を期待するのが王道ではありますが、我々の場合、まず「気持ちより先に行動させる」という逆の取り組みを行ったのです。
「先に行動させる」というのは、例えば野菜を食べられない子供が10人いたとします。10人に野菜を好きになってもらおうとするのではなく、まず強制的に野菜を食べさせる。結果として、ちゃんと野菜を食べられるようになる子供が3人くらいは出てくるのではないか…という考え方です。
少し乱暴に聞こえるかもしれませんが、最初は無理にでも食べさせないと、「野菜を食べるようになる3人は生まれてこない」という発想です。もちろん、「途中で嫌になったら止めて良い」ということも伝えています。
そして、実際の個のアプローチを実施した結果として、行動変容率75%という変化を生み出すことができました。次章では、取り組みの内容を詳しく紹介します。
さて、ここまで「ミドルシニア社員のキャリア自律の背景」についてご紹介しました。vol.2で「ミドルシニアの75%に行動変容を起こした取り組み」、vol.3で「キャリア自律のメカニズム」ということでご紹介します。本記事の続きは下記よりご覧いただけます。






