2018年10月、経団連(一般社団法人日本経済団体連合会)の中西会長は「2021年度以降に入社する学生を対象とした採用選考に関する指針を策定しない」と発表しました。 そして2019年4月、経団連と大学が「通年採用を拡大していく」ことに合意したと報道がありました。
テレビや新聞で広く報道され、「通年採用」というワードが注目されるようになりましたが、実のところ、この言葉や合意の内容は少なからず誤解されています。この記事では、「通年採用」が取り上げられた経緯、また本来の意味での「通年採用」、そして、実態として何が起こり、今後どのように対応していくべきかを解説します。
<目次>
- 新卒の「通年採用」が、いま注目される背景は?経団連の意向を解説
- 新卒の「通年採用」、実態は早期化・長期化・複雑化
- 「ポテンシャル一括採用」のモデルに縛られない採用事例
- 企業にとっての「新卒通年採用」のメリット・デメリットは?
- 事実上の「早期化」宣言に対応するポイントは?
- まとめ
新卒の「通年採用」が、いま注目される背景は?経団連の意向を解説
はじめに、通年採用という言葉や、経団連と大学側との合意が持っている本来の意味を確認しましょう。そこには、経団連のどのような意向が隠されているのでしょうか?
解されている「通年採用」
「通年採用」という言葉を「採用の早期化」とも捉えられるニュアンスで報じたメディアもあり、誤解している方も多いのですが、経団連と大学側は「採用を早期化しよう」という内容で合意したわけではありません。
2019年4月に発表された経団連と大学の合意事項は、以下の通りです。
- メンバーシップ型採用(いわゆる“就社”)に加えて、ジョブ型採用(いわゆる“職種別採用”)も含めて、複線的で多様な採用形態に秩序を持って移行する
- 外国人留学生や日本人海外留学経験者を積極的に採用する方向に移行する
- ジョブ型採用を念頭に、大学院生を積極的に採用する方向に移行する
ここでの「通年採用」は、“外国人留学生や日本人の海外留学経験者、インターン就業した既卒者、大学院生等、従来の3~6月以外に採用の時期・対象を広げる“という内容であり、「採用の早期化」とは一切関係ありません。
それにも関わらず、「通年採用=早期化」というニュアンスで捉えられたのは何故でしょうか。それには、2018年10月の経団連による採用指針の廃止を宣言した背景を考える必要があります。
経団連が採用指針の廃止に踏み切った背景
記事の冒頭でも触れましたが、2018年10月に経団連は「2021年度以降に入社する学生を対象とした採用選考に関する指針を策定しない」と発表しています。そこには、経団連の抱える危機感があります。
これまで、採用指針が機能してきた背景を考えてみましょう。それは、日本における「人気企業群」として圧倒的なポジションを占めていた経団連が指針を作り、説明会の母集団を形成する大学と大手就職媒体が全面的に協力してきたからです。
その中で、採用指針の運用は、景気が上昇して売り手市場になっていくと、リクルーター等を使った“青田刈り”と呼ばれる早期化が起こり、早期化が度を超すと判断されると、経団連が再び採用指針を制定し直すという繰り返しでした。
しかし、この数十年で新卒採用における経団連企業が占める「不動の人気」は大きく変わってきています。いまや優秀な学生が憧れるのはGAFA(Google、Amazon、Facebook、Apple)や外資系戦略コンサルティングファームであり、新経済連盟の加盟企業に代表されるようなメガベンチャーとも採用競争を強いられる状況です。
これら外資系企業やメガベンチャーは採用指針に従っていないケースも多くあります。その中で、経団連企業には今後の企業成長に不可欠な高度IT人財や経営幹部候補を、経団連の指針に関係なく動く上記のような企業に奪われていたわけです。その結果として、「これ以上、採用指針で自らを縛っていては、生存競争を勝ち残れない」という圧倒的な危機感が、経団連の経団連の指針廃止の裏にあります。
採用指針の廃止宣言に1~2年ほど先駆けて起こっていた2つの変化も注目です。1つは大学が1月2月に学内合同説明会を開催するようになった(採用広報の解禁「3月」を大学が破る)という変化、もう1つは、大手採用媒体の1社が2月に合同企業説明会を開催(大手採用媒体が採用広報の解禁「3月」を破る)という変化です。
つまり、応募先である経団連自体の相対的な人気度も下がり、採用指針が機能する一翼を担ってきた大学と大手求人媒体も採用指針を守らなくなってきたというわけです。実質的な自由化が進む中で、これ以上、採用指針で自縄自縛するわけにはいかない、という判断が2018年10月の宣言でしょう。
通年採用の先にある「ジョブ型採用」
経団連の危機感から見えてくる新卒採用におけるもう1つの大きな変化は、ジョブ型採用の本格的スタートです。ジョブ型採用は2019年4月の合意にも盛り込まれています。日本の新卒採用は、「一括ポテンシャル採用」が大半であり、入社して研修期間が終わるまでは、どこの部門、職種に配属されるかは分からないのが基本でした。
その中で、この数十年では、「職種別採用」という形で、職種を指定する形で採用をおこなう日本企業が徐々に増えてきました。とくに「理系/文系」という区分での採用はかなり一般的になってきました。しかし、その中でも原則として維持されてきたのが、「一括待遇」です。
日本における新卒採用はポテンシャル採用であり、現時点の能力ではなく、将来の伸びしろを評価します。だからこそ、基本的に“待遇”は一律であり、とくに大手企業においては入社して数年間は横並びという状態です。
大学との合意事項の中でも筆頭に述べられていた「ジョブ型採用」の促進。これは「一括採用=一律待遇」が崩れる前兆でもあります。記事の後半でもご紹介しますが、2019年4月の報道と前後して、日本の大手企業が「新卒でも学生時代の評価や実績に応じて年収700万を支払う」「海外展開の幹部候補として、新卒を年収1,000万で採用する」といった発表がおこなわれました。
新卒の「通年採用」、実態は早期化・長期化・複雑化
前のブロックでは、採用指針の廃棄と通年採用報道の背景を解説しましたが、このブロックでは、経団連発表後の20卒採用・21卒採用の2か年で、新卒採用市場がどう変わってきているか、その実態を解説します。実態を述べるうえで重要になるキーワードは早期化・長期化・複雑化の3つです。
採用の早期化
先ほど、“通年採用という言葉自体が早期化を意味するわけではない”と述べましたが、実態としては、この2か年で採用の早期化は急激に進んでいます。具体的には採用に直結したインターンシップの増加です。
まずインターンシップを実施する企業は、ここ数年で約3倍に増加しており、学生も複数企業のインターンシップに参加するようになっています。10社を超えるインターンに参加する学生も珍しくはありません。
採用企業側も、「インターンシップ経由で採用目標人数の○割を採る」「3月以降の採用活動は、インターンシップ採用が上手くいかなかった場合の補足」といった採用計画を立てる企業が増えています。
21卒採用は「コロナ禍の影響を受けて、5月6月の内定率が落ちている、採用活動が遅れている」と報道されましたが、実際には3月4月の内定率は前年対比で伸びています。つまり、それだけ採用市場は早期化して進んでいたのです。従って、「コロナ禍により“早期化して3月4月に採用活動を終えた企業”と“採用活動が遅れた企業”の二極化が進んだ」というのが実態です。
そして、“早期化して3月4月に採用活動を終えた企業”は、採用活動が遅れている会社がいることをチャンスとして、22卒の競合が少ない中で、より早期化にドライブをかけるべく動いています。
採用活動の長期化
採用活動のスタートが早くなれば、必然的に採用活動は長期化します。たとえば、大手求人媒体のタイミングに合わせて、大学3年生の3月に採用活動を開始すれば、実際の入社までの期間は13か月です。しかし、早期インターンシップの時期である大学3年生の6月から採用活動をスタートした場合、入社までの期間は22か月に延びます。
選考も、大学3年生の3月に採用活動を開始した場合は、5~6月に内定を出して承諾してもらう流れが一般的であり、接触からの選考期間は2~3か月間です。しかし、早期選考で3年生の6~8月に接触した場合、“他社も見てみたい”という学生の心理もあり、内定出しと承諾は12~2月頃におこなわれるケースが大半です。この場合、接触からの選考期間は6~8か月間に長引きます。
採用企業は、それだけの長期間にわたって、選考過程での魅力付け、内定承諾の獲得、入社までのフォロー等、22か月間にわたるコミュニケーションを設計・実行する必要があります。
採用活動の複雑化
先ほど、通年採用ではジョブ型採用が想定されていると述べました。ジョブ型採用においては、選考フローや提出物等も、ジョブ(職種・ポジション)によって変わってきます。すでに、文系採用と理系採用で異なる選考ルートを用意している企業も多いでしょう。
また、インターンシップ経由の早期選考は、3月以降の会社説明会を経由する選考プロセスとは別にすることが一般的です。よくあるケースでは、インターンシップ内から、優秀者だけをピックアップして特別選考を実施して、特別選考に漏れた学生には通常の選考ルートを案内するようなケースです。
さらに、ダイレクトリクルーティングやマッチングイベントの発達も、いきなり“個別面談”からスタートしたり、一次選考の“ファストパス(免除)”を約束したり、といったイレギュラーな採用プロセスの発生に拍車をかけています。
これにより、従来までの職種別採用に加えて、「インターンルートと3月以降の説明会ルート」「一般学生層の通常ルートと、インターンやダイレクトリクルーティングでピックアップした優秀層の特別選考ルート」等、多様なルートを設けて、プロセス管理する必要が出てきています。
「ポテンシャル一括採用」のモデルに縛られない採用事例
ここからは、これまでの日本の「ポテンシャル一括採用」のモデルに縛られず、幅広い層から優秀な人材を集めている企業の事例をご紹介します。事例の方向性は大きく2つ、「脱一律待遇」と「通年採用/通年入社による優秀人材の確保」です。
ファーウェイ・テクノロジーズ
中国通信機器最大手のファーウェイは、高い技術を持った若手人材の採用を強化するため、博士号を持つ新卒に対して3,000万円を超える年俸を提示したことで話題となりました。この年俸は、中国のIT企業幹部と同等水準の年俸です。
ファーウェイのCEOは、今後の採用では、全世界から数百人規模で年収1,000万以上の年俸で優秀な人材を採用したいと述べており、日本企業にとっても大きなライバルだといえるでしょう。
ソニー株式会社
ソニーでは、「経験者採用」と称して、専門性を持った人材を幅広く募集する採用をおこなっています。第二新卒も応募可能で、さらに大学院の博士後期課程に在籍中であっても応募することができます。応募締め切りもなく、研究に励みながら自分のペースで就職活動をおこなうことが可能です。
日本電気株式会社(NEC)
NECは、2021年4月入社の新卒採用から、学生の能力や入社後の職務に応じた報酬を提示する仕組みを設けると発表しました。経験者と同じ水準の報酬を用意することで、専門性の高いスキルを持つ学生の獲得を強化する狙いがあります。新制度では、新卒でも年収1,000万を超える給与を提示される可能性があります。
くら寿司株式会社
くら寿司では、2030年までの中長期経営計画達成に向けて、優秀な若手人材の獲得を強化しており、海外展開の幹部候補となる優秀学生を対象に、1,000万円の年収を約束する特別選考をスタートしました。世界で活躍できる人材を獲得し、グローバル事業の展開に繋げたいという考えです。
脱「一律待遇」の動きは、IT人材がとくに目立ちますが、本物の“経営幹部候補”の獲得に向けて、文系総合職でも、一律待遇を止める、採用チャネルを変える動きは増えています。
株式会社リクルート
リクルートでは、「入社時に30歳以下」であれば、既卒者でも就業経験者でも区分なく応募できるシステムを整えています。エントリーは通年で受け付けており、4月入社を基本条件としていますが、留学中で卒業が遅れる等の事情があれば、選考の際に入社時期を相談することも可能です。これまで出会えなかった人材を採用できる可能性が広がる、柔軟な採用方法です。
株式会社サイバーエージェント
サイバーエージェントでも、学年を問わず既卒を含めて新卒として採用する手法を導入しています。リクルートと同じく通年採用で、4月入社が基本ですが個別での入社時期の相談も可能です。
またサイバーエージェントは対面型の会社説明会を廃止して、基本的な会社紹介等のコンテンツはすべてWeb化しています。また、新卒もジョブ型採用に切り替えて、職種別に年間40種類以上のインターンシップやイベントを開催しており、学生は自分の希望職種に合わせてインターンシップに参加する形になっています。
ネスレジャパン株式会社
ネスレジャパンには、年齢・学歴・国籍に関わらずエントリーできる「ネスレパスコース」が用意されています。研究や留学等の学業に打ち込めるよう、学生が主体的に就活の時期を選べるのが特徴で、大学1年生からでもエントリー可能です。ディスカッション等、従来のエントリーシート以外の選考方法も選べる、自由度の高い選考方法です。
ソフトバンク株式会社
ソフトバンクでは、新卒・既卒・就業経験者を問わず、30歳未満なら誰でも採用試験を受けられる「ユニバーサル採用」の制度を整えました。1年を通して選考をおこなっており、新卒としての入社時期は4月と10月の2通りが用意されています。No.1採用や就労体験型のインターンシップ等、多岐にわたる選考プログラムが用意されています。
企業にとっての「新卒通年採用」のメリット・デメリットは?
前章で紹介したように、多くの企業で、新卒一括採用/一律待遇からの脱却が着実に進み始めています。ジョブ型採用に加えて、優秀人材に出会えるチャンスを逃さないための通年採用/通年入社もおこなわれています。企業がこのような通年採用/通年入社をおこなうことには、良い面も悪い面もあります。今後の対応を的確に判断するためにも、両方の側面を知っておきましょう。
企業にとっての「新卒通年採用」のメリット
画一的な採用手法しか取れなかった一括採用とは違い、通年採用では、ターゲティング、リーチ手法、訴求メッセージ等、創意工夫できる部分が多々あります。これまでよりも優秀な人材にリーチしたり、競争の少ないブルーオーシャンの採用媒体を見つけたりできる余地があります。
企業にとっての「新卒通年採用」のデメリット
企業による新卒通年採用の実施には、デメリットもあります。まず、従来とは異なる採用手法を新たに導入するため、コストがかかる可能性があることです。同時に、採用担当者の負担も大きくなることが予想されます。しっかりとしたノウハウがなければ、採用がますます困難になるのもデメリットです。企業には、これまで以上の対策が求められるでしょう。
また、前章で紹介したような大手企業は、採用人数も多いですので、通常の採用プロセスで必要人数を確保したうえで、優秀な人材がいればプラスαの採用をおこなうことも容易です。しかし、採用人数が限られる中小企業、ベンチャー企業では、通年採用に舵を切って採用人数を下回るリスクもあります。逆に採用の予定人数を超えて、余剰な人員を抱える余裕もないことが大半でしょう。
事実上の「早期化」宣言に対応するポイントは?
経団連の採用指針廃止と通年採用の促進は、実質的に採用活動の早期化をもたらしています。企業は早期化にどのように対応すれば良いのでしょうか。採用担当者や経営者がとくに注意しておきたいポイントを解説します。
採用活動は事実上早期化する
経団連の採用指針廃止の背景でも紹介したように大学が採用広報解禁日を守らなくなったり、大手採用媒体が2月に合同企業説明会を実施したりといったように、母集団形成のコントロールは崩壊しつつあり、新卒採用市場の自由化は確実に加速しています。
そのため、
- 早期接触(インターンやキャリアセミナー等)
- 早期選抜
- 早期採用
という流れが、今後ますます加速すると予測されます。そのため、実質的に採用活動が早期化することは間違いありません。自社の採用ターゲットに応じて、必要であればこの流れに対応する必要があります。
採用活動のオンライン化にも注意
コロナ禍をきっかけとして、あらゆる企業活動のオンライン化が進んでいます。22卒以降の採用活動においても、オンライン化の流れは加速するでしょう。すると、優秀な学生は、従来以上に多くの企業と接触できるようになります。
たとえば、地方の国公立大生や研究室での拘束が多い理系学生等、これまでは多くの面接を受けられなかった学生も、数多くの企業に応募しやすくなります。また、オンライン採用では、企業側も「東京の企業が、北海道から沖縄、海外の学生を対象に採用活動をおこなう」ことが容易になります。
つまり、オンライン化は上手く活用することで母集団形成を加速できますが、一方で、競合相手が増えることにもなります。
こうした変化も把握したうえで、採用戦略を練らなくてはなりません。優秀な学生との接触機会を増やしたり、母集団を確保したりするためには、オンライン化への対応は確実に検討する必要があるでしょう。
まとめ
新卒の通年採用は、「通年採用」の理解に対するミスリードや、報道内容と実態の乖離等が重なり、誤解を生じやすい状況となっています。その中で、新卒採用の早期化、長期化、複雑化は確実に加速しています。
また、中長期的には、「新卒一括採用/一律待遇」の崩壊が始まったともいえるでしょう。大きな流れを理解して、自社の採用ターゲット、採用力に応じた対応で、新卒採用を成功させてください。