平成28年施行の改正障害者雇用促進法によって、企業における障害者の法定雇用率が引き上げられるとともに、対象範囲に精神障害者が加えられるようになりました。
近年では、テレワーク・リモートワークの普及によって、障害者雇用に関する状況が変わった部分もあるでしょう。
こうしたなかで企業が障害者雇用を実施して、法定雇用率を達成するうえでは、具体的に何をチェックし、採用基準においてどのような視点を持つべきでしょうか。
記事では、最初に企業が障害者雇用に取り組む必要性と背景を解説します。
そのうえで、障害者の採用において重視すべき基準と、障害者が安心して働ける環境づくりのポイントを紹介しますので、参考になれば幸いです。
<目次>
障害者雇用に取り組む必要性と背景
これから障害者雇用を実施するという場合、そもそも障害者雇用の背景や必要性がわからないこともあるかもしれません。
この章では、障害者雇用の基礎知識として、障害者雇用促進法の概要や法定雇用率という概念、障害者雇用の見通しを簡単に確認します。
障害者雇用促進法とは?
障害者雇用促進法とは、障害者が自立することを促進するための措置を総合的に講じ、障害者の職業的な安定を図ることを目的とする法律です。
障害者雇用促進法は、昭和35年に制定されており、以下のことが定められています。
- 職業リハビリテーションの推進
- 障害者に対する差別の禁止等
- 対象障害者の雇用義務等に基づく雇用の促進等
- 紛争の解決
- 雑則
障害者雇用促進法は、時代の流れに合わせて、何度も改正が行なわれています。
最も新しい平成25年の改正(平成28年4月施行)では、以下の概要とポイントが追加・変更になりました。
雇用の分野における障害者に対する差別の禁止及び障害者が職場で働くに当たっての支障を改善するための措置(合理的配慮の提供義務)を定めるとともに、障害者の雇用に関する状況に鑑み、精神障害者を法定雇用率の算定基礎に加える等の措置を講ずる。
- 1.障害者の権利に関する条約の批准に向けた対応
- (1)障害者に対する差別の禁止
- (2)合理的配慮の提供義務
- (3)苦情処理・紛争解決援助
- 2.法定雇用率の算定基礎の見直し
- 3.その他
出典:障害者の雇用の促進等に関する法律の一部を改正する法律の概要
「法定雇用率」の概念と対象範囲
法律では、障害に関係なく、希望や能力に応じて、誰もが職業を通じた社会参加のできる「共生社会」実現の理念のもと、すべての事業主、法定雇用率以上の割合で障害者を雇用する義務が定められています。
この義務と考え方を、障害者雇用率制度と呼びます。
この制度のなかで、企業に障害者雇用を義務付ける基準となるのが、法定雇用率です。
法定雇用率とは、「企業全体の常用労働者に対する障害者の割合」になります。
障害者雇用促進法第43条第1項では、従業員が一定数以上の規模の事業主に対して、従業員に占める身体障害者・知的障害者・精神障害者の割合を法定雇用率以上にすることを義務付けています。
この一定数以上の数値は減少傾向にあり、現在は「43.5人以上」になっています。また、令和3年3月1日以降の法定雇用率は、以下のとおりです。
- 民間企業:2.3%
- 特殊法人等:2,6%
- 国、地方公共団体:2.6%
- 都道府県等の教育委員会:2.5%
なお、障害者雇用義務を履行しない企業に対しては、ハローワークから以下の流れで雇用率達成指導が行なわれます。注意しましょう。
- 雇用状況報告(毎年6月1日の状況)
- 雇入れ計画作成命令(2年計画)
- 雇入れ計画の適性実施勧告
- 特別指導
- 企業名の公表
改正障害者雇用促進法では、法定雇用率を原則5年ごとに見直すことを定めています。
なお、施行後の5年間(平成30年4月1日~平成35年3月31日まで)は、激変緩和措置による猶予期間となっています。
平成25年の改正障害者雇用促進法から、算定基礎に精神障害者を加えるようになり、また、実質的な法定雇用率の引き上げが実施されています。
しかし、激変緩和措置による猶予期間内は、以下の対象範囲で計算が行なわれる仕組みです。
出典:障害者の雇用の促進等に関する法律の一部を改正する法律の概要
出典:障害者雇用率制度について
出典:障害者雇用率達成指導の流れ
今後の見通し ‐テレワーク、リモートワークによる影響‐
厚生労働省の「令和2年 障害者雇用状況の集計結果」によると、雇用されている障害者の数や実雇用率(実際に雇用されている障害者の割合)は過去最高を記録しています。
一方で、法定雇用率における達成企業の割合は、前年からほぼ横ばいの状態です。
ただし、2023年(令和5年)4月に法定雇用率が引き上げられることで、達成企業の割合は変動する可能性があります。
こうしたなかで、最近注目されているのが、改正障害者雇用促進法で法定雇用率の対象範囲に加わった精神障害者と若年層の発達障害者の雇用に関して、テレワークをうまく活用して雇用することです。
テレワークやリモートワークでは、精神障害者や発達障害者が苦手であったり負担になったりすることが多い以下の問題を緩和・解消できる部分があります。
- 満員電車などでの通勤
- 周囲の声や蛍光灯の明るさへの感覚刺激
- 周囲とのコミュニケーション
- ビジネス基準での身だしなみ など
上記の問題をクリアできれば、対人関係のトラブルや急なパニックなども少なくなり、従来の職場では出せなかった能力を発揮しやすくなるでしょう。
いわゆる健常者の補助業務だけに留まらず、業務範囲を拡げられる可能性もあります。
近年では、法定雇用が義務付けられるなかで、中堅中小企業が精神障害者や発達障害者の雇用が必要となることも多くなっています。
障害者の採用において重視する基準
障害者を雇い入れる場合、中長期的な勤務や本人の健康維持につながる以下のポイントを大切にする必要があります。
業務や職場環境への適性
障害者雇用では、自社の業務内容や働く環境と、本人の特性・症状などがマッチしているかどうかの確認がとても必要です。
個人の障害事情もそれぞれが違うなかで、心身の負担なく働ける仕事や環境かどうかということです。
ここでミスマッチが生じると、お互いに不幸なことになります。
これは、一般の労働者にもいえることですが、説明を聞いた本人が「できる」と思っていても、実際にやってみたら心身への負担が多いケースも少なくありません。
業務や職場環境への適性やマッチングを見極めるには、体験入社の場を作ることも一つの手になるでしょう。
参考:~福祉・企業協働の障がい者インターンシップ事業の試み~(特定非営利活動法人 ユニバーサルクリエート)
就労意欲
障害者雇用では、本人が「働きたい!」「この仕事をやりたい!」と思えているかどうかも重要です。
障害者の場合、そもそも就職の応募・相談が、支援機関の指導員や家族の意向であったり、就労移行支援事業所を利用していると利用期間内に就労支援が組み込まれていたりする流れであったりすることもあります。
本人の就業意欲が薄ければ、自社が期待する働きをしてもらえる可能性は低いですし、ストレスやトラブルも生じやすくなり、結果的に早期離職につながることもあるでしょう。
心身の安定状況
業務への適性や意欲がいくら高くても、心身の不調や不安定さから以下のようなことが頻発するようであれば、雇い入れは難しいでしょう。
- 急な不安やイライラから、作業が中断してしまう
- 体調不良で頻繁に遅刻や欠勤をしてしまう など
なお、障害者雇用には、就労準備性という概念があります。
出典:「在宅生活ハンドブックNo.21」就労に向けて求められるもの(別府重度障害者センター)
上記のうち、職業適性と基本的労働習慣は、働くなかで向上できる可能性も高い部分です。
一方で、心身の不安定さによって以下のように対人スキル・日常生活管理・健康管理に問題がある場合は、雇い入れが難しくなるかもしれません。
- 対人スキル:不安やイライラで周囲のメンバーにすぐ感情をぶつけてしまう
- 日常生活管理:体調不良から毎日同じ時間に起きられない
- 健康管理:服薬を忘れて体調を悪化させてしまう など
支援機関によるサポートの活用
障害者雇用をする場合、面談などによる本人の状況把握と適切なフォロー・ケアが不可欠です。
ただし、人事担当者や上司が知らない障害や病気を持つ人材を初めて雇い入れた場合、企業側だけでの状況把握や対処が困難になることがあるでしょう。
その場合は、障害者の身近な地域で就業面と生活面の一体型な相談・支援を行なう「障害者就業・生活支援センター」の活用を検討することも有効です。
十分なコミュニケーションによるミスマッチ防止
障害者雇用では、十分なコミュニケーションによって、職場環境や業務内容などに対して「どう思うか?」「どう考えているか?」を聞き出すことが大切です。
本人の障害の程度やコミュニケーション能力にもよりますが、Yes・Noで答えられる表面的な話だけで物事を判断するのではなく、STAR面接のように「話を深く掘り下げる」という考え方で耳を傾けることは、障害者雇用でも活用できる可能性が高いでしょう。
障害者が安心して働ける環境づくりのポイント
雇い入れた障害者に能力を発揮してもらうためには、障害者が安心して働ける環境の整備が必要です。
ただし、環境づくりのポイントは、障害者本人の障害や業務内容、働き方などによっても変わってきます。
この章では、環境づくりの事例とポイントを簡単に紹介します。
職場環境の整備
厚生労働省では、全国の事業主が実際に取り組んでいる環境整備の事例を、以下の資料にまとめています。
この項では、多くの事業主に実施が求められる4項目の整備例を紹介しましょう。
参考:合理的配慮指針事例集
・職場内の導線
以下のような工夫をすることで、歩行具や車椅子の利用者、視覚障害者でも、自分のデスク・トイレ・会議室などに不便なく移動できるようになります。
- 車椅子でも動きやすいオフィスレイアウトにする
- 視覚障害者のために廊下のライトを明るいものにする
- 階段に手すりをつける
- 床にバッグや資料を置かないようにする
- トイレから近い席にする など
・職場への移動手段
障害者にオフィスなどで働いてもらうには、本人の自宅~オフィスまでの経路のなかで、不便なく通勤や移動ができる工夫も必要です。
- 自家用車通勤を認める
- 自社ビルから最も近い駐車場を障害者専用にする など
・空調管理
障害者の場合、一般社員と比べて、暑さ寒さや空気乾燥に敏感であることも多いです。
場合によっては、本人の要望を聞いたうえで、以下のような配慮や対策を講じる必要があります。
- エアコンの風が直接当たらない席にする
- エアコンの風が直接当たらないように、風よけルーバーを取り付ける など
- 温度計/湿度計や、加湿器を設置する
・禁煙、分煙配慮
障害者を雇い入れる場合、以下の厚生労働省の資料を見ながら、職場における受動喫煙防止策を見直したほうがよいでしょう。
また、障害者の健康を守るうえでは、呼吸器障害や疾患のある障害者の導線と、喫煙所を完全に分けることなども必要となります。
勤務形態、休暇制度の整備
障害者雇用の勤務形態は多種多様です。体調維持や安全のために、以下のように休暇制度も充実させる必要があるでしょう。
- 通勤ラッシュを避けた始業・就業時間にする
- 公共交通機関のダイヤに合わせた始業・就業時間にする(平日・土日で変える)
- フレックスタイム制度を導入する
- 通院日の休暇を認める
- 台風・降雪などの日は、無理な出勤を控えてもらう
- テレワークで働いてもらう など
業務内容の調整が可能な体制
障害者は、体調や精神状況でパフォーマンスが変わる可能性も高いです。
そのため、障害者にすべての仕事を任せきるのではなく、本人の進捗や体調に合わせて柔軟に業務量や仕事内容を調整できる体制にする必要があります。
人間関係と職場メンバーの理解
障害者ならではの勤務形態や休暇制度、業務量の調整をするには、上司や現場のメンバーの理解が不可欠です。
精神障害や発達障害がある場合、「大きな刺激に弱い」「◯◯なときに不安になる」などの特性も理解してもらう必要があるでしょう。
障害の程度にもよりますが、理想は相互理解です。
障害者の負担にならない範囲で、メンバーとのコミュニケーションや相互理解をする仕組みをつくることが大切になります。
採用後のフォロー
障害者雇用は、雇い入れが済めば終わりではありません。
ダイバーシティー&インクルージョンと同様に、多様な価値観や特性、視点などを取り入れ、障害者にも活躍し続けてもらうことが大切になります。
そのためには、採用後も継続的なフォローを行ない、就労環境や制度などの改善をしていく必要があるでしょう。
また、障害者の職業適性や基本的労働習慣が向上した場合、本人の負担にならない範囲で、業務範囲の拡大などを検討しても良いかもしれません。
まとめ
企業における障害者雇用は法定雇用率が定められており、下回ると罰金も発生します。
今後は、法定雇用率の数値は引き上げられていく方向にあるため、企業側にも対応が迫られるようになりました。
障害者の採用をするには、以下のポイントを重視した面接・選考が大切になります。
- 業務や職場環境への適性
- 就労意欲
- 心身の安定状況
- 支援機関によるサポートの活用
- 十分なコミュニケーションによるミスマッチ防止
また、障害者が安心して働けるようにするには、以下のポイントを中心に環境づくりをしていく必要があるでしょう。
- 職場環境の整備(導線、移動手段、空調管理、禁煙・分煙 など)
- 勤務形態、休暇制度の整備
- 業務内容の調整が可能な体制
- 人間関係と職場メンバーの理解
- 雇用後のフォロー
テレワークやリモートワークをうまく活用して、働く環境を整備することも有効となります。
なお、HRドクターでは、障害者のマネジメントに関して、以下のようなインタビューも公開しています。ぜひ参考にしてください。