「売上3倍の『オリンピック特需』を捨てたタクシー会社」【知見メール130号】

2011/07/13

「売上3倍の『オリンピック特需』を捨てたタクシー会社」

皆様、ジェイックの知見寺(ちけんじ)でございます。

 

 

先月の後半に、大阪へ出張しました。

その帰りに、浜松で商談がありましたので、JR浜松駅で下車しました。

 

その際、エスカレーターに乗って、気付いたことがありました。

浜松駅では、エスカレーターの左側に立ち、

急いでいる人のために右側を空けていました。

 

東京も右側を空けますが、

大阪駅や京都駅では、左側を空けていたと思います。

確か、名古屋駅は、右側を空けていたような記憶があります。

 

とすると、エスカレーターで、

右側を空けるのか、左側を空けるのかの境目は、

京都と名古屋の間にあるのでしょうか?

 

 

 

さて今回は、このとき、浜松にてお会いした

Y社長から教えていただいたことをご紹介します。

 

私は、経営者の方にお会いすると、最後に

「今まで講演を聴かれた方の中で、一番良かったのはどなたですか?」

という質問を、よくさせていただきます。

 

このときも、Y社長にこの質問を投げかけました。

 

 

すると、

「長野にある中央タクシーの宇都宮会長だよ」

と回答いただきました。

 

私は、中央タクシーのことも宇都宮会長のことも知りませんでしたので、

Y社長に詳しく教えていただきました。

 

 

中央タクシーは、電話による依頼が売上の80%を占め、

駅前で客待ちをする暇がないほどだそうです。

長野市のタクシー会社は、12社ありますが、

「1日当たりの運行回数」や「1台当たり月間売上」で、

他社を圧倒的に引き離しての1位です。

 

例えば、1台当たりの月間売上で、

中央タクシーは平均120万円弱、他の11社の平均は60万円ほどです。

2倍も違うのです。

 

 

中央タクシーは、昭和50年に長野市で最後発のタクシー会社として

宇都宮会長が、28歳のときに創業しました。

 

それまでの業界常識やタクシー業界のあり方に疑問をもち、

理想のタクシー会社作りを目指します。

 

創業して、間もないころに雑誌で、MKタクシーの青木オーナーのことを知り、

青木オーナーに弟子入りします。

 

中央タクシーでも、MKタクシーに倣い、ドライバーはネクタイを着用し、

お客様の乗車時・降車時には、車から降りてドアの開け閉めを行ないました。

 

 

また、お客様が乗車すると自己紹介をします。

雨が降っているときには、お客様が濡れないよう

傘を差して乗車・降車のお手伝いをします。

 

「ドアサービス」「自己紹介」「傘サービス」の

3つのサービスを基本と定めました。

 

 

しかし、ドライバーはいろんな理由をつけて、

宇都宮会長の方針を無視する状態が1年近く続きました。

このとき、「ドアサービスを、自己紹介を」と

何万回でも言い続けるつもりだったそうです。

 

そして、徐々に宇都宮会長の指示に従うドライバーが増え、

多数派になるまでに5年掛かりました。

創業して3年目には、1台当たりの売上で、

最後発の同社が市内でトップとなっていました。

 

 

更に、その後の成長を決定付けたのが1998年の長野オリンピックです。

 

オリンピック期間中、世界中から報道陣が押し寄せ、

市内のタクシーを破格の条件で借り上げていきました。特需です。

中央タクシーにも、あっという間に50台以上予約が入りました。

 

ところが、オリンピックを1ヶ月後に控えた頃に、

あるドライバーから声があがります。

「オリンピック中、毎日、うちの車で病院に通っている

あのおばあちゃんはどうするんだろう?」

それを聞いた宇都宮会長は、全社員を集めて、話し合いをします。

そして、出た結論は、

「特需なんて捨ててもいい。いつものお客さんのところに行こう」

でした。

 

翌日から、予約のキャンセルにお願いして回りました。

 

中央タクシーの憲章には、

「我々は長野県民、新潟県民の生活に必要不可欠であり、

さらに交通弱者・高齢者にとってなくてはならない存在となる。」

と書かれています。

 

それを社員自らが実践しようと決定したのです。

 

長野オリンピックが開かれた1998年2月、

常に営業成績が1位だった中央タクシーは、6位となります。

 

しかし、その後は、大事にした固定客やこのとき初めて同社を使って

サービスを体験した新しいお客さん

(他社のタクシーを呼ぼうとしても出払っているため、

中央タクシーを呼ぶことになりました)に支えられ、

今の素晴らしい業績を生み出しています。

 

 

上記の憲章には続きがあります。

 

「私達が接することによって『生きる』勇気が沸き、

『幸せ』を感じ、『親切』の素晴らしさを知ってくださる多くの方がいらっしゃる。

 

私達は、お客様にとって、いつまでもこのうえなく、

なくてはならない人としてあり続け、この人がいてくれて本当に助かりますと、

思わず涙とともに喜んでいただける。

 

我が社はそんな人々によってのみ構成されている会社です。」

 

是非、宇都宮会長にお会いして、お話を聴いてみたいと思っています。

著者情報

知見寺 直樹

株式会社ジェイック 取締役

知見寺 直樹

大手コンサルティング会社を経て、2009年ジェイック常務取締役に就任。総経理として上海支店立ち上げも経験し、現在は本社HRおよび事業開発を担当する。

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