HRTech2025から考察するAgenticAIの浸透と、AI時代のHR施策

更新:2025/11/17

作成:2025/11/12

HRTech2025から考察するAgenticAIの浸透と、AI時代のHR施策

2025年9月、アメリカで開催されたHR Tech Conference&Expo 2025(以下、HR Tech 2025)カンファレンスに参加した株式会社HRize代表・岩見直哉氏に、AI時代のHR施策について詳しくお話を伺いました。

 

カンファレンスで語られた「Agentic AI」という新たな概念から、HR領域におけるAI活用の米国と日本のギャップ、そして日本企業が今すぐ取るべきアクションまで、実践的な知見を紹介します。

 

<目次>

Agentic AIの定義とAI時代のHR施策

Agentic AIの定義

HR Tech 2025で最も注目されていたキーワードが「Agentic AI(エージェンティックAI)」です。岩見氏は、従来のAIとの違いを次のように説明します。

 

「これまでのAIは、言ったことを調査してくれる、つまりインフォメーション的な役割でした。Agentic AIは完全に動くことを目指して今進化している過程です」

 

具体例として、飛行機の欠航というシーンが挙げられます。従来のAIであれば「飛行機が欠航した場合、一般的にどうすればいいか」という情報を提示するだけでした。しかしAgentic AIは、本人のカレンダーを確認し、その人の移動の思考ロジックを理解し、代替便の予約まで完結させてしまいます。

 

「情報の提示だけでなく、自律的に作業まで完結してくれる。それがAgentic AIの定義です」と岩見氏は語ります。

 

HR領域での具体的な活用例

HR領域においても、Agentic AIの活用は広範囲に及びます。例えば給与計算・支払いといったペイロール業務では、ロジックと日付が決まっているため、AIが自動で完結することが可能です。

 

勤怠管理においても、締め日の連絡、未入力者への督促、異常な勤怠時間のチェックと修正依頼まで、一連のプロセスをAIが自動で処理できるようになります。「もし本当に全部繋がれば、人間の手を全く借りずに、最終確認・承認のプロセスを除けば、勤怠の締めから給与支払いまでが完全に自動で回るようになるでしょう」と岩見氏は予測します。

 

AI時代のHR施策の方向性

「Be the Change」というテーマの下、カンファレンスではAI時代のHRのあり方が議論されました。岩見氏は「役割は大きくは変わらないが、よりシャープになる」と表現します。

 

HRの役割は大きく4つの象限で整理できます。縦軸を「人事の専門性」と「自社組織の理解」、横軸を「中長期的な事業計画の実現」と「短期的な事業計画の実現」とした場合、専門性の高いオペレーション業務(給与計算、就業規則の作成など)は間違いなくAIに代替されていきます。

 

一方で、AIに確実にできないのは「自分の組織をちゃんと理解して、その人たちを導いていく」「モチベーションを上げる」といった人間が担保しないといけない部分。「オペレーション部分をなくして、残りの三象限をよりシャープに濃くしなければいけない」と岩見氏は指摘します。

 

AIの導入によるHRの役割と価値提供の変化

AI導入によってHRの価値提供はどう変わるのでしょうか。岩見氏は「カンファレンスでは、人に対するインサイトや人との関係性といった、AIにできない部分が多く語られていた」と振り返ります。

 

「あの人がいると飲み会が楽しい」「あの人のいる職場はいつも雰囲気がいい」──そういった人間ならではの価値が、より重要視されるようになります。人をモチベートする力、人を導く際に「あの人の言うことは聞こう」と思わせる力が、HRの価値提供の中心になっていくと話します。

 

なお、その中でカンファレンスで頻繁に語られていたのが、倫理観の整備や法的コンプライアンスの重要性です。「どこまでやって良いか?どこはやってはいけないか?」という境界線の設定や、情報漏洩リスクへの対応が、AI時代のHRの新たな役割として強調されていました。

 

興味深いのは、アメリカで組織論を学ぶ際の第一講義が「法律」から始まるという点です。「日本で人事をやる人が最初に労働基準法を学ぶことはほとんどない。一方、アメリカは法律に基づいてやるという考え方が根っこにあるんです」と岩見氏は文化的な違いを指摘します。

 

アメリカは「やってみる文化」だからこそ、実施における“穴”にも気づきやすく、一周回って「倫理観や法的コンプライアンスが重要である」という議論が活発でした。

 

米国で「実運用」されていた領域

展示会における実運用の実態

HR Tech 2025の展示会は、大規模なブースと細分化されたブースに分かれていました。大規模ブースは、タレントマネジメントを一貫して提供する企業群です。日本でいうとSmartHRのようなイメージで、「HRの全ての領域にAIを活用していく」という姿勢が顕著でした。

 

特に採用分野におけるAI活用の進捗は目を見張るものがありました。「日本では聞いたこともなかった会社のAI分析精度がめちゃくちゃ高くて、ここまで進んでいるのかと驚きました」と岩見氏は語ります。採用分野が最もAI活用が実用レベルが進んでいる領域であり、他の領域(育成、評価、配置など)と比較しても進捗に差があるとのこと。

 

しかし、岩見氏は「印象に残った具体的な運用事例というのはそこまで出てなかった」と述べており、代わりに「AI活用からから学んだこと」という、アメリカ特有の実行・失敗・学習というサイクルが重視される傾向の講演が多く見られたとのことです。

 

技術の成熟度と課題

「実務で十分機能するレベル」と岩見氏は断言します。これは「Agentic AIの本来の定義」という意味では全然足りないものの、実務で活用できるという意味では十分な水準だということです。

 

岩見氏自身も日常的にAIを活用しており、「もうAIを実務で活用するうえでの壁は感じていない」と話します。AIを実務で運用している企業が直面している課題について尋ねると、アメリカでも壁を感じられていないと感じるとのこと。「多くの企業にとって最大の課題は『AIを使っていない』ことそのものであり、実際に使い始めれば懸念していた課題の多くは自然と解消されていく」と話します。

 

人とAIの役割分担

AI時代のHRプロフェッショナルに求められるもの

HR Tech 2025では「Disrupt(ディスラプト)」という言葉が繰り返し語られていました。Disrupt(ディスラプト)は「ぶっ壊す」という意味であり、AIが現状のHRをぶっ壊す。つまり、AIが前提となる今後、今と同じ仕事の仕方をしようと思っていたら絶対に時代遅れになる、という警鐘です。

 

「ディスラプトを人事が率先してできないといけない」と岩見氏は強調します。そして、そのために大事なのは、仕事を抜きにした「自分らしさ」であり、「感性」です。

 

「ディスラプトには感性が必要です。仕事だけに没頭していると、日常の違和感や『何かおかしい』という感覚に気づけなくなる。少し距離を置いて俯瞰した時に初めて『あれ、これ本当に正しいのか?』と疑問を持てる。この感性を持ち続けることが、常識を壊す問いを立てる出発点になります」

 

岩見氏は自身の経験として、上司から「『めんどくさい』を『チャンス』だと思え」と言われたエピソードを紹介します。「自分が『めんどくさい』と感じたことは、他の多くの人も同じように感じている可能性が高い。そうした負の感情に敏感になり、それを改善のチャンスだと捉え直す。こうした自分らしさ、自分の感性こそが、良き問いを立てる起点となり、AI時代にはさらに重要になる」と語ります。

 

採用における具体的な役割分担

採用プロセスにおける理想的な分担はどうあるべきでしょうか。岩見氏は「本気を出せば全部AIでできる」としつつも、「人間がAIに任せきれるかという信頼の戦い」だと指摘します。

 

大きな差は、「完全にAIだけで採用するか、人間の裁量を残すか」という会社の理念による選択です。一部の営業代行会社やカスタマーサポートなど、数と効率を重視する企業では採用業務の完全AI化の方向も考えられます。しかし、スタートアップのように「本当に欲しい人を採用したい」という企業であれば、面接と最終判断は人間が行うべき領域となります。

 

一方で、日程調整や候補者の思考性を読み取る作業、その人に合わせた返答の自動化などは、AIに任せるべき領域です。最もAIに代替されにくいのは、面接における合否判断と、候補者へのアトラクト(魅力付け)です。「会社の代表が熱く語る魅力とAIが自動で出す情報には、天と地の差がある」と岩見氏は言います。

 

役割分担の原則と基準

岩見氏が最も強調するのが、根本的な発想の転換です。「これまでのAI活用の発想は『人間が主で、AIがサポート』という位置付けが大きかった。しかし、Agentic AIの出現によって逆になったと思っています。まず『AIでどこまでできるんだっけ?』と、一旦すべてAIに任せることを前提に考えてみる思考に変わる」と話します。

 

「アメリカがAIにベットしているのはまさにそこで、もう全部にAIをとりあえず入れてみる。例えるなら『めちゃくちゃ優秀なエースが1人いて、そのエースを前提に業務を組む』という感覚です」と岩見氏は説明します。

 

採用であればまず、「人間が介在しなくても採用プロセスが完了する状態をAIでどうやって作れるか」を考え、AIで完結する状態を一旦作った後に「これだと○○が担保できないから、ここには人間を配置する」という発想になるのです。

 

岩見氏は、AIに任せるべき業務と人間が担うべき業務を区別する基準は「その会社の理念だ」と述べています。つまり、自社が何を大切にし、何を担保すべきかを判断することが重要なのです。

 

日本企業の最初の一歩

米国との現状ギャップ

4年連続でHR Tech 2025に参加している知人との会話で、岩見氏は衝撃的な事実を知ります。「日本はまだ『人間がどうAIに代替されるだろう』『AIの出現でどう変わるだろう』という議論が多いですよね、と言ったら、『それは3年前くらいのテーマですね』と言われたんです」

 

つまり、日本のAI活用はは3年遅れているということです。アメリカではすでにAIを「パートナー」「仲間」と呼び、完全に業務をする前提としてAIを組み込んでいます。

 

しかし、悲観する必要はありません。「AIの性能は指数関数的に伸びるからこそ、AIを使えば3年のギャップもまだまだ埋められる範囲にある」と岩見氏は話します。

 

日本企業特有の障壁

「知り合いの会社で、セキュリティ的に最新のChatGPTの最新版を入れられず古いバージョンしか入れないと言っているところがある。それでは浸透しない」と岩見氏は指摘します。

 

日本が慎重になる背景には、情報漏洩や倫理観への強い懸念があります。「日本は確かにセキュリティやコンプライアンスに対するリスク管理がシビアです。ただ、本気を出せばセキュリティの優秀な人を配置して担保することは可能なはず。それをやっていないだけだと思います。つまり、極端にいえばAI活用にお金をかけていないだけ」と岩見氏は話します。

 

現在、日本における法整備への慎重さや倫理観が、逆効果になっている側面があります。アメリカは「やってみる文化」だからこそ、法整備や倫理観の”穴”に気づきやすい。そして、一周回って「法整備が大事だ」という議論が活発になっているのに対して、日本はやる前から慎重になるあまり、行動せず、活用が進まない状況が続いています。

 

破壊を恐れずに進めるための第一歩

破壊を恐れずに進めるための第一歩_1

 

日本企業が最初に取るべきアクションは何でしょうか。岩見氏は、企業の持続性は「不確実性の打破(イノベーション)」と「確実性の向上」の二軸で成り立っていると話します。

 

ここでいう「不確実性の打破」とは、従来のやり方や常識にとらわれず、新しい価値や方法を生み出すことを指します。例えば、これまでノーベル賞を受賞してきた研究者は、テーマを5〜6回も変えて挑戦してきたと言われています。その過程には偶然や直感も多く含まれます。イノベーションを起こすためには、偶然や感性といった不確実性にも頼りつつ、自分たちでストーリーを作り出していくことが重要です。

 

また、確実性の向上は、データや分析を用いてプロセスや業務の進め方の問題点を特定し、改善するアプローチを指します。

 

岩見氏は、AI活用を通じてHRの役割は「不確実性の打破(イノベーション)」寄りに、AIは判断や分析を通じて「確実性の向上」を担う方向にシフトしていくと話します。

 

破壊を恐れずに進めるための第一歩_2

 

岩見氏は、HRがリーダーシップをとっていく際に大事なのは「ディスラプト(常識を壊す)」であり、「問いの質」が重要だと言います。とくに「人間が果たすべきHRの価値」を考えるうえでは、感性を起点とした問いの質が重要です。「AIは使えそうだな。どうやって使ったらいいんだろう」という問いと、「AIすごいな。全部AIにやってもらうにはどうしたらいいんだろう」という問いでは、その後の行動が大きく変わります。

 

岩見氏が重視するのは後者の問いです。なぜなら、全てをAIに任せる視点で問いを立てることが、業務の効率化や自動化の可能性を最大限に探る行動に繋がり、結果として人間が果たすべき価値や役割を明確にできるからです。

 

破壊を恐れずに進めるための第一歩_3

 

問いを立てるうえで特に重要なのが、「大局観」であり、「事業の目的・成果を見失わないこと」です。「AI導入は目的になりがちです。しかし、本当に大切なのはAIを入れた結果、ここが圧縮されて代わりに人の力をこう活かして事業がこうなるというストーリーであり、何のためのAI活用か、つまり、事業の目的・成果を逃すなということです」と岩見氏は指摘します。

 

破壊を恐れずに進めるための第一歩_4

 

岩見氏は「HRにおける人間ならではの役割」として、感情的なリスクを超える力を挙げます。質問して『バカだと思われないかな』と躊躇したり、情報共有して『誰も反応してくれなかったら嫌だ』と思ったり、失敗を話して『無能だと思われないか』と恐れたり──そういった感情的なリスクをいかに超えられるかが重要です。

 

「僕も恥ずかしい経験、後から考えると頭が痛くなるくらい恥ずかしい経験をしてきました。なんであんなことしたのか、あんなことをぶち上げたのに失敗して恥ずかしい、など。でもその経験こそが、AIには代替されない力だと思います」と岩見氏は話します。

 

「常識を壊す」問いを立てて行動しようとすると、必ず感情的なリスクが生じます。そのリスクを乗り超えること、それを後押しする勇気や経験が大切だということです。

 

日本企業の勝てる組織づくりへの支援

岩見氏は、HRizeとして日本企業の組織づくりを支援する中で、「旗を立てること」が肝だと語ります。

 

「AI活用でも、この会社のあるべき姿はこうで、AIという手段を使えば、そこにいけるよね、という旗の立て方が重要です。そして、自分たちの旗を立てるには、自社はどんな集団なのか、自社は社会に対してどんな価値提供をなぜするのか、といった事業の根源を突き詰める必要があります。」

 

AI活用を進めるうえで、パーパス、ビジョン、ミッションが持つ役割はより大きくなり、そこに対する深掘り力の差が出てくると予測します。

 

その中で、HRizeでは、「自社の根源を完全に理解した上で戦略を作り、独自の持続的競争優位のアイデンティティを明確にして、一貫性を持って組織・制度・採用につなげていく」支援を行っています。

 

5年後の勝者と敗者を分けるもの

HR Tech 2025全体を通して、岩見氏が日本企業に最も伝えたいメッセージは、「行動あるのみ」だと言います。議論している間にもAIは進化し続けています。だからこそ、まず触ること、使うこと、失敗すること。そこから全てが始まります。

 

5年後、AI活用で「勝った企業」と「遅れた企業」の差は、おそらく次の5つの点から生まれるでしょう。

AIへの投資額:セキュリティを担保した上で、最新のAIツールに予算を割けるか
経営層のAIリテラシー:経営陣が本気でAIにベットし、全社導入を決断できているか
失敗を許容する文化:感情的なリスクを超えて、行動と失敗から学ぶ姿勢があるか
自社のアイデンティティの明確さ:パーパス・ビジョン・ミッションを深掘りし、旗を立てられているか
人間らしさの追求:AIに任せる部分と人間が担う部分を明確にし、感性を研ぎ澄ませているか

AI時代のHRプロフェッショナルに求められるのは、専門知識以上に、感性、ストーリーテリング、そして何より「自分らしさ」です。仕事を抜きにした自分を見つめ直し、違和感を感じ取り、旗を立て、組織を導いていく──そんなHRの姿が、これからの日本企業には求められているのです。

 

取材協力

岩見 直哉氏
株式会社HRize 代表取締役社長
岩見 直哉氏
東北大学経済学部経営学科卒業後、重工系メーカーに入社し、工場における1,500人規模の勤怠・給与・社会保険管理、労働組合対応窓口を経験。本社異動後、年間300人規模の新卒採用(機械・電気電子工学系)を5年間にわたって主導、現場受け入れインターンシップも年間100名超を達成するなど、大規模組織における採用戦略の実行を牽引。その後はスタートアップに転身、企業規模15〜30名のメタバース開発事業において、Vision改定に伴うMissionチューニングから人事制度全体構築、エンジニアやデザイナーなど多岐にわたる中途採用を主導。その後、Vtuber運営事業スタートアップでは、中期経営計画策定メンバーとして人事領域を担い、等級、目標管理、評価、報酬を含む人事制度を一から策定。2024年に株式会社HRizeを創業。

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