デジタル技術が進化するなかで、企業の事業やサービスに大きな変化が起きています。こうした流れにスムーズに対応するために、企業はデジタルに強い人材を社外から確保するだけではなく、社内でもそうした人材を育てなければなりません。また、IT化等にともなって、今まで担当していた業務がなくなる人材も発生しており、配置転換にともなう教育も求められています。
こうしたなかで注目されているのが、“リスキリング”という概念です。日本ではまだなじみの薄い言葉ですが、DX(デジタル・トランスフォーメーション)と並行して語られることが多く、記事ではリスキリングの概要や導入のポイントを解説します。
<目次>
- リスキリングとは?
- リスキリングはなぜ注目されているのか?
- 国内企業のリスキリング実施状況
- リスキリングが企業にもたらすメリット
- リスキリング導入のステップ
- リスキリングを実践する際のポイント
- 中小企業での戦略的リスキリングの重要性
- まとめ
リスキリングとは?
リスキリング(reskilling)とは、技術革新やビジネスモデルの変化に対応するために、新しい知識やスキルを学ぶことです。
端的にいえば“学び直し”ということですが、今日的な文脈ではおもにDXや第4次産業革命など、社会の急速な変化に対応するための知識やスキルの再教育を指すことがほとんどです。欧米では有名企業が先行して早期から取り組んでいましたが、近年になって日本でも導入に意欲的な企業が増えてきました。
経済通産省が発表した資料では、リスキリングは以下のように定義されています。
「新しい職業に就くために、あるいは、今の職業で必要とされるスキルの大幅な変化に適応するために、必要なスキルを獲得する/させること」
どちらかといえば学びを提供する企業側の視点が強い言葉ですが、学ぶ本人の主体性なしに成功はないため、双方の視点から“獲得する/させる”という表現が併記されています。
リカレントやOJTとはどう違うのか?
リスキリングと類似した言葉に“リカレント”があります。学校を卒業した人間が何かを新たに学び直す点ではどちらも同じです。
ただし、リカレントは“教育→就労→教育→……”のように、社員が主体的に職場を離れ、もしくは仕事をつづけながら、大学等の教育機関で学ぶイメージが強い言葉ですが、一方で、リスキリングは企業内での研修等を通して新たなスキルを学ぶことが想定されており、どちらかといえば企業側が主体となっている言葉です。
また、職場内での教育といえばOJT(On the Job Training)が連想されますが、OJTは既存の組織や業務でのスキルアップが前提であるのに対し、リスキリングは社内で新たに生まれようとしている事業や必要なスキルを持つ人材がいない仕事を遂行するためのスキル獲得、また、配置転換が必要な人材に対するスキル教育という色が強くなります。
つまりリスキリングへの取り組みは、変化するビジネスモデルや事業戦略に対応できる人材の育成、また、待ったなしでの配置転換への対応が目的であり、OJT以上にドラスティックな考え方が求められます。
リスキリングはなぜ注目されているのか?
リスキリングが注目され始めた背景として、大きく分けて3つの理由があります。
DX推進の加速
AIやIoTをはじめとするデジタル化の進展により、企業のビジネスモデルやサービス、職場環境、業務の進め方、就業スタイル等が激しく変化しつつあるのに加え、新たな職業・職種も誕生し始めています。
そうした流れが続くなかで、組織内でも「今までの業務がなくなる」「今までの知識や技術は確実に通用しなくなる」人材が生じており、新たな時代に対応できるスキルの習得が求められるようになってきたわけです。
DX人材の不足
DX化が進展する一方で、なくなる仕事が生じる一方で、DX人材は明らかに不足しています。自社にフィットする知識と経験を持つデジタル人材を確保するのは簡単ではありません。
システムエンジニアやプログラマー等のIT関連部署や担当者のみならず、営業・総務を含むすべての部署でDXへの対応が求められる場面も多く、必要となる人員はかなりの人数に上ります。こうした状況下にあって、リスキリングによる既存社員の戦力化が注目され始めたのです。
コロナ禍による働き方や必要なビジネススキルの変化
新型コロナウイルスの流行を機に、内勤の社員がテレワークに替わったり、顧客との商談や営業活動が対面からオンラインへ移行したりと、働き方が大きく変わるケースも増えています。
このような環境変化に適応するうえでも、必要な各種インフラやツール、コミュニケーションルールの変化などについて、社員のリスキリングを推進することが求められている企業もあります。
国内企業のリスキリング実施状況
国内企業は現時点でどの程度リスキリングを実施しているのか。株式会社manebiが2022年1月に実施したアンケート調査(有効回答数500)によると、5割以上の企業がリスキリングを実施していると回答しており、社員の再教育に対する各企業の関⼼の⾼さを感じます。
•リスキリングをすでに実施している企業の比率は52.6%。今後実施を予定している企業は13.2%
•リスキリングで学習されているテーマの主流は“DX化の基礎教育”
(データ分析40.1%、情報セキュリティー39.8%、ITリテラシー37.4%)
•リスキリングでの学習手段は:
【1,000人未満の中小企業】自社講師による対面研修が最多(42.0%)
【1,000人以上の大企業】eラーニング(56.6%)とオンライン研修(41.6%)が主流
•リスキリングの予算は、大企業と中小企業ではかなりの差が生じている:
【1000人未満の中小企業】
- 100万円未満:49%
- 100〜500万円未満:24%
- 500〜1,000万円未満:14%
- 1,000万円〜1億円未満:12%
- 1億円以上:1%
【1,000人以上の大企業】
- 100〜500万円未満:30%
- 500〜1,000万円、1億円以上:20%
- 1,000万円〜1億円未満:18%
- 100万円未満:12%
•リスキリングを実施する理由は“⼈材育成・⼈材戦略”“ITリテラシー強化”“DX化”に加えて“社員のモチベーション向上”も
•リスキリングに踏みきれない理由としては、“人員・予算のリソース不足”“社員教育の仕組みがない”が、ともに約3割を占める
今後はDX化による既存業務の自動化ややり方の変更が進み、同時にDX⼈材の確保はますます困難になると想定されます。従って、⼤⼿企業だけでなく、中⼩企業にとってもリスキリングが当たり前になる時代がやってくるのは確実です。
リスキリングが企業にもたらすメリット
リスキリングが企業や組織にもたらす効果はさまざまですが、ここでは大きく5つのメリットを解説します。
余剰人員の防止につながる
求められるスキルの習得に取り組む社員を支援し、組織内での異動による最適な人員配置を実現することによって、余剰人員の発生を防ぐことができ、人件費の生産性を高めることにつながります。
業務効率化と生産性向上が期待できる
習得したスキルや知識は、既存業務の効率化に活かすことも可能です。特にDXの推進によって業務の自動化や工数の削減が可能になると、ルーティン業務の負荷が大幅に軽減され、コア業務や新しい業務により多くの時間を割くことができるため、生産性の向上にもつながります。
新しいアイデアが生まれる
既存社員が新たなスキルと知識を身に付ければ、今までにないアイデアが社内から生まれやすくなります。アイデアを活用して新たな製品・サービス・事業として成果を出せれば、売上の拡大も期待できます。社内に新風を吹き込む意味でも、リスキリングに取り組む価値は大きいといえるでしょう。
企業文化の継承に寄与する
リスキリングによって既存の人材を活かすことができれば、新たな人材と入れ替える必要がなくなります。つまり、今まで築き上げてきた企業文化や社風をそのまま受け継ぐ形で、自社の強みや優位性を活かした戦略を立案することが可能になります。
採用コストの削減につながる
新たなスキルや知識を持つ人材を採用すると、採用面だけでなく育成にもコストがかかります。それに対し、リスキリングを活用して既存の人材をフルに戦力化できれば、新たな雇用を創出できる事業分野へのスムーズな異動も可能になり、採用コストの削減につながります。
リスキリング導入のステップ
次に、リスキリングを実際に導入する際には、どのようなステップで臨めばいいのかをまとめてみました。
ステップ①リスキリングの目的・対象を明確化する
まずはリスキリングに取り組む目的、意義、対象となる社員・組織を明確にします。それによって目指すべきゴールが明らかになり、当事者である社員の納得感が得やすくなります。
また、リスキリングのメリットを具体的に個人レベルで落とし込み、各自が価値を生み続ける人材になるために何が必要かを明確にすることも重要です。それによって個人としても成長・変化することへのモチベーションが上がり、組織内で新たなスキルや知識を学ぼうとする文化が浸透します。
ステップ②スキルのギャップを可視化する
リスキリングを実行するにあたっては、社員が現在保有しているスキルと今後必要となるスキルを把握し、ギャップがどこにどの程度あるのかを明確にしなければなりません。
そのため、スキルマップの活用等によって社員のスキルの現状を可視化したうえで、1 on 1ミーティングやキャリア面談等を通じて不足スキルのフィードバックを実施。必要なリスキリングを提示して“何を学ぶべきか”を理解させると同時に、納得感と前向きな姿勢を形成します。
ステップ③教育プログラムとコンテンツを決める
リスキリングの方法には、研修、オンライン講座、社会人大学、eラーニングなどさまざまな種類があります。
社員に習得させたいスキルに合わせて、必要な育成プログラムとコンテンツを幅広く整えておくことも一つですし、短い時間軸のなかで進める必要があれば会社側で選定して一気に進めるやり方もあります。
ステップ④習得したスキル・知識を実践で活用させる
リスキリングは、学習プログラムを提供し受講させれば完了というわけではありません。リスキリングによって習得した新しいスキルや知識を“宝の持ち腐れ”にさせず、実践で活用できるように導くまでがリスキリングのあるべき姿です。
また実践の結果に対するフィードバックの機会を設け、リスキリングの効果を検証することで、個人のさらなるスキルアップとコンテンツの改善につなげることも大切です。
リスキリングを実践する際のポイント
リスキリングを実践するうえでのポイントもいくつかあります。リスキリングは継続して行なうことが大切ですので、社員がリスキリングに取り組みたくなるような仕組みを作ることがカギになります。
社内の理解を促し協力体制を整える
DX推進によって業務の効率化、顧客価値向上、新製品・サービスの提供、ビジネスモデルの転換を図る企業では、モノづくり、顧客接点、研究開発、バックオフィス等あらゆる業務プロセスが大きく変わることになります。
そこで、社内に向けて「なぜリスキリングが必要なのか」をロジックと情熱を持って説明し、協力体制を整え、受講者が取り組みやすい環境・制度を構築することが実践に向けてのポイントになります。
モチベーションを高める仕組みを作る
リスキリングの対象となる人は、現在または今後社内で必要とされるスキルが不足している状態でもあります。そのため適切なフィードバックを行ない、学ぶことへのやる気を高める必要があります。
また、学習はしっかりと継続することで効果が出ます。モチベーションを高める、継続する、どちらの意味でも、仲間を集めて取り組ませる、成長を体感させる、スキル習得に対する何らかのインセンティブを用意する等、モチベーション維持のための仕組みも重要です。
リスキリングに必要なコンテンツを選ぶ
社内の課題解決に直結したコンテンツ選びが重要となるため、内製化だけにこだわることなく、外部のコンテンツやリソース、プラットフォームを活用するなど柔軟に検討することが大切です。
リスキリングに対する社内認知度を高める
リスキリングの認知度はまだまだ低いため、海外の先進的な事例の紹介や、最新情報のこまめな発信等、社内でのリスキリングの認知度を高めていく努力も必要です。
中小企業での戦略的リスキリングの重要性
人手不足が深刻化するなか、中小企業は大企業以上にDX人材の獲得が難しくなっています。そのためDXを推進するにあたっては、リスキリングによって社内でDX人材を育成するほうが、社外から採用するよりもコスト面でも時間面でも近道になることが多いのです。
ただし中小企業がDXに取り組む際には、リスキリングに対して大企業以上に戦略的に取り組むことが重要となります。理由としては次の3つが挙げられます。
新たな業務プロセスに対する抵抗感が大きい
中小企業では、デジタル技術の導入や活用が遅れているケースが多く見られるため、DXによって業務のプロセスが激変することに不安や抵抗感が大きくなる傾向があります。
だからこそ、リスキリングを行なう意義やメリットをていねいに説明し、新しい仕事のやり方にスムーズに移行できるような取り組みを着実に、そして戦略的に行なうことが重要になってきます。
余剰人員が発生した場合の負荷が大きい
社員数の少ない中小企業では、新たなスキルの導入やデジタル化について来られない社員が発生した場合、社員が少ないからこそ周囲や人件費の負担等が重くなります。
だからこそ余剰人員をできるだけ発生させないよう、戦略的な視点を持ってリスキリングに取り組み、社内の人材を最大限活用する必要があるわけです。
人材育成に時間をかけられない
デジタル技術を用いて新たな事業領域を開拓するにあたって、中小企業は人手や資本に余裕がないからこそ、戦略的な視点を持ってスピーディーに、効率よく社員の新たなスキル習得を実現させる必要があります。リスキリングの推進に必要以上に時間がかかり過ぎれば、生産性の向上やビジネスモデルの転換が遅れ、経営が圧迫されかねないからです。
まとめ
DXの重要性に注目が集まるようになった今、人材の育成に対して問題意識を持つ企業が増えています。
これからの各企業は、リスキリングがOJTや単なる学び直しとは違う、新たな価値創造を行なうための手法であることを理解したうえで、社員に今後習得させたいスキルを洗い出し、外部のリソースなどもうまく使いながら早急にリスキリングの仕組み作りを進める必要があります。
特にこれから本格的にDXに取り組む中小企業にとっては、リスキリングをしっかりと実行していけるかどうかが、組織的なDXと生産性の向上を実現させるうえで重要になるでしょう。